幕間2
ニコが取り出した黒いドロドロとした球体が一畳程に広がり門となる。
「それじゃあぁレッツゴぉ~」
言葉の抑揚に対してあまりにも無表情なニコ。
「…………ルーナ」
「うん、行こう」
覚悟を決めるルーナと流花。
門に近付く二人を横から眺めているニコ。
「────待って」
声の主は髪も服も真っ白な少女。
白色の、軍服と医療用白衣の中間のような服に白色のスカート。一度は絶望の淵に沈んだ少女だったが、その銀色の瞳にはまだ光があった。
「エリン!?」
「エリン、大丈、夫?」
「あらあらぁ、起きちゃいましたかぁ? 大変ですねぇ~」
明らかに体調の悪そうなエリンを見て心配する二人に対し、ニコは彼女の瞳の光に気付いて面倒だと思った。
「あなたがグリエバ・ニコさんでしょ? 話は大体分かってる。私も連れて行って」
「あ~あぁ。あなたも繋がっちゃった類ですかぁ? それともぉご主人様と同じようにぃ『神性』を帯びちゃった感じですかぁ?」
「神性? ……なんの話?」
ニコの質問に首を傾げるエリン。
ニコはエリンの様子を見ると大きな溜息を吐いて、鬱陶しいといった気持ちを言葉にのせた。
「まぁ~あ? べっつにぃ~、いいですけどぉ~。ニコちんは責任取りませんからぁ、何かあったら自分でご主人様に謝ってくださいねぇ~」
「分かった」
自ら決断したエリン。
そして四人は暗い門をくぐるのであった。
~霙の内在世界~
真っ暗な世界。
それなのにお互いの姿が見えるという不思議な感覚。
「ニコちん、どこに行けばいいし?」
「さぁ? どこでしょうかねぇ~?」
「流花、はぐれたら、危ない」
突然ルーナに手を繋がれて赤面する流花。
「ニコちん達もおてて繋いじゃいますぅ?」
「えっ!? だ、大丈夫かな」
何となくニコの無表情な顔を見るのを避けたくなって、思わず背後を見るエリン。
「あれ? 入り口が────」
入ってきた門が見えないことを流花とルーナに話そうとするも、二人はいつの間にか他の人間と話していた。
「サナちゃんだし!」
「サナ、生きてたんだ。ルーナ、嬉しい」
「流花お姉ちゃんにルーナお姉ちゃん? どうしてこんなとこにいるの?」
そしてエリンは気付く。
いつの間にか自分と彼らとの距離が開いていることに。
「…………サナ、ちゃん」
完全に傍観者としての立ち位置となっているエリン。
それでも、彼女はここが自分の立ち位置だと思った。
「どうですぅ? アナタが殺したサナちゃんですよぉ~?」
「私が………」
ニコの言葉を聞いて俯くエリン。
楽しそうに二人と話すサナ・ルナティを見て、私は何を思っただろうか。もう、私にはあの場所には一緒にいられないのだと、そう思った。
「───あっ! お姉ちゃん逃げて! 早く逃げなきゃダメなの」
「え? どうしたし」
「……何も、居ないよ?」
「違うの! 霙お姉ちゃんみたいな魔眼がないと分からないの! ダメ! 来ないで!」
何かに気付いた様子のサナ。
サナの『魔眼』という言葉に反応したのか、エリンの魔眼が勝手に発動する。
「あれ? どうして!? …………何、あれ」
突然のことに慌てるエリン。
そして勝手に魔眼が発動してしまった以上に目の前の光景に慌てていた。
「あれだなんて失礼なこと言わないで下さいよぉ。あの人達はぁ別のご主人様かご主人様の中に住んでいる人ですぅ」
「人?」
「そこにぃ、疑問をもったらこの世界でなんてぇ~、やっていけませんよぉ~」
エリンの魔眼に映ったモノ。
それは黒い影・這い寄る混沌・半透明の人間・異形の化け物・闇から生まれたヘドロ……。
「二人とも危ない!」
「「え?」」
「あれ?」
直後、連中は弾けるように霧散した。
直後、エリンは二人の近くにいた。
直後、サナの姿が消えた。
「エリンどうしたし?」
「エリン、顔色、さっきより、悪い」
「今……だって……」
「「???」」
二人の不思議そうな顔。
「ほ、ほら、サナちゃんも二人に教えてくれてたでしょ?」
「え? エリン、本当に大丈夫?」
「エリン。サナは、悲しいけど、もう、会えないでしょ?」
「…………、」
何を言われているのだろう。
ならばさっきのサナは? そのサナと話していた流花とルーナは一体誰だ?
エリンは頭を抱える。
抱えて考えたところで自分が霙ほど頭がよくないことも分かっている。それでも考える。
「ヒヒ、キヒヒヒヒ!」
そしてエリンの考えはニコの笑い声によって中断された。
「キヒヒヒヒィイイ!! あ~あぁ、面白いなぁア~。君達のせいでぇエ、こんなになっちゃったよぉオオオ!」
乾いた笑い。
ひび割れた笑顔。
さっきまでの真っ白かつ無表情な絶世の美女の姿は見る影もなく、あるのはギザギザとひび割れた笑顔を張り付けた悪魔の姿だった。
「ここはぁア世界の真理と精神世界の融合した世界ですよぉオ? さっきのサナだって誰かの心の風景が混ざっただけのものに決まってるじゃないですかぁア!」
今までのぐんにゃりとした話し方とは打って変わり、語尾に力強さを感じる。
「「「…………」」」
ニコのあまりの変貌に言葉も出ない三人。
「あ~あぁア! まただんまりですかぁぁァアアア!! いいですヨ? そっちのちっこい二人は夢の世界にでも送ってあげて、ちょっぴりキャラ被りな白い子は『引き出し』と『扉』を片っ端から開いて壊して鍵にしちゃいましょうか」
ニコの赤い瞳がさらに赤くなり、彼女の背後からコウモリの前足の骨が現れる。
「え、エリン!」
「う、動けない。ちょっと、大変、かも?」
足元から伸びる影に掴まれ、動けない流花とルーナ。
その影達はやがて大量のグリエバ・ニコと化していった。
「───『魅了』」
「…………!?」
だがエリンも動けない。
「一応は二人の心を癒せるし、問題ないよね? まぁ、あってもさっきの契約で責任は君達にあるわけだし……あ、もう話せるようになってるよ」
「ッ!」
思わず唇を噛むエリン。
音もなく暗い地面に引きずり込まれる二人をただ見ているだけしか出来なかった自分が情けない。
「どうしたの? あぁ、この翼のことかなぁ? 私って吸血鬼だけど人間の血を吸ったりしてないからほとんど骨なんだよね。それとも話し方?」
「……違う」
噛み殺すような声がエリンから漏れる。
「いやぁ~分かるでしょ? あんなの作ってるに決まってるじゃん。そっちの方が可愛いでしょ?」
「違う! お前のことなんか聞いてない!」
涙を流し、怒りに震えてもなお動けずにいる少女の叫び。
「おい、あんま調子に乗んなよ人間」
顔を歪ませ、憎悪のこもった声で返す少女の歪んだ愛。
「お前を殺すのは簡単だ。だけどなぁア! こっちはこっちで目的があんだよ。大人しく『扉』の鍵になっとけ」
「…………。」
エリンは思い出す。
そうだ、これが『流人』だ。幼かったあの頃、あの時代までの私が倒して捕まえて、時には殺した『流人』達と同じなんだ。
彼女だけが特別で、ドクターだけが順応しただけで、何も『流人』が異世界からやってきた罪人だってことは変わらないじゃないか。
「分かったか? ご主人の複雑な心を、私は射止めたいんだよ。───『ついて来い』」
エリンの身体が勝手に動き、翼の骨が生えたニコの後ろに付いて行く。
それでも、エリンが考えるのを止めることは無かった。
(どうして勝手に魔眼が発動したの? 本能が察した? それともこの内在世界が私に第二魔法的に魔眼を発動させた? どうして発動と同時にサナちゃんとあの変なのは消えちゃったの?)
『それはエリンの魔眼を強化するためだよ』
答える声がした。
「え? どういうこと?」
「あぁア!? 黙って付いて来い人間! まったく、何匹か知り合いが死んだ程度ですぐ壊れるんだからよぉオ」
『いきなり話しかけて悪かったよ。大丈夫だよ僕の声はエリンにしか聞こえてないから、心の中で話してごらん』
頭の中で言われた通り、エリンは頭の中で話しかけてみる。
『聞こえますか?』
『うん。聞こえるよ』
何だか今の自分の状況に対して、とても穏やかな声で話しかけられているというシュールな状況に笑顔という活力が戻る。
『先に言っておくけど、こっちの世界にはその子を止められるほどの制御個体も支配者も統括者もミゾレさんも残ってないんだ』
『じゃあ、霙ちゃんに何かあったんですか?』
そのエリンの優しい言葉に、顔も分からない誰かは少し嬉しそうな声で返答した。
『フフッ、エリンはやっぱり優しい子だ。大丈夫、霙さんは絶対に帰って来るよ』
『良かったぁ……あれ? そういえば何の話でしたっけ?』
ようやく本題を思い出すエリンと誰か。
『ああぁ、ゴメン。さっきエリンの魔眼を発動させたのは僕で、そうすることで後々この状況を自分の新しい力で打破できるようになるんだ』
『新しい力?』
『詳しくは言えない。それは自分の目で確かめなきゃいけないことだから……』
急に語尾が暗くなり、暗い世界に一瞬の静寂が訪れた。
『エリン、これから何があってもこれだけは覚えておいて欲しいんだ。聞いてくれるかい?』
『もちろんいいですよ』
『これから君の人生を変えるような、そして君の生き方を破壊するようなことに繋がることを思い出したとしても、君は僕の言葉を信じてくれるかい?』
慎重そうな誰かの言葉。
最初の優しい言葉遣い。そして今の諭すような慎重な言葉。
あぁ、これは死道さんと同じだ。父親のように私を心配してくれて、愛してくれている人の言葉だ。
『急に「君」だなんて他人みたいに。大丈夫です! 私はあなたのことが分かりませんが、あなたは最初から私のことを知っていたのでしょう? あなたの信じる「私」は、そんなに弱いですか?』
『…………やっぱり強い子だね、エリン。あれから、一人で一生懸命に生きて……大きく……』
『泣いてます?』
『うぅん、大丈夫』
ズズっと鼻をすする音が聞こえた気がした。
『それと、私は一人じゃないです。小さいときは色々あったけど、今は一人じゃないです』
『それは本当に良かったよ、「レスト・エリン」』
『え?』
『レスト・エリン、君が忘れてしまった本当の名前だよ。レストの苗字は消せても、エリンの名は消せなかったみたいだ』
『それってどういう───』
エリンが言い終わるより先に、誰かの言葉が続いた。
『エリン、僕は君を愛している』
その言葉の理由を考えていると、動かされていた身体が急に止まった。
「おい! ボーっとしてんじゃねぇエ!」
突然の怒号とビンタ。
頬を叩かれても身体はピクリとも動かないが、意識がこちらに戻ってしまった。
「…………!」
また喋れない。
それでも目に怒りを込める。オーラを放つ。少しでも抵抗する。
「それじゃあ始めますか……『真理詠唱』──【3rd】Magic『半理:境界の理』」
ニコの詠唱が終わると同時に、心と自分と体がバラバラになった。
『エリン』はエリンでなくなった。




