46:終わりの始まり3
人外達の話を聞き、セラフィーを追う霙。
「はぁ、はぁ、はぁ……いッ!」
全身を襲う痛みと苦しみ。
それに耐えながら走り続け、ようやく帝都の壁が見えるところまで来た。
「はぁ……あの女に『力』を使い過ぎたか? ──儂の剣術を上手く使ったのぉ。ああいう使い方は、全く思いつかんかったよ霙。──ニコちんとしてはぁ~、ご主人様がぁ無事なら何でもいいですぅ……」
痛みと苦しさだけでなく、『内在世界』を現実世界に顕現させたこと。そしてあの『力』を使ったこと。それらすべてが霙の負担となって押し寄せ、混ざり合う。
今の霙の意識は『内在世界』と繋がってしまっているため、自己の意識が入り交じって薄くなったり引き延ばされたりしているのだ。
『あそこが、帝都。あそこにセラフィーが……』
「あぁ? 今のは誰の声だ?」
その症状は悪化しつつある。
もう、自分の声と自分ではない誰かの声・思考・意識、それらの区別があやふやになっている。
「ううぅっ!」
内から漏れ出そうになるのを必死に抑える霙。
(怖い。怖いよぉ。自分がいなくなっちゃいそうで、怖い)
『早く出させろ』
『私も行ってみたいよ~』
『お前なんてどうでもいいだろ? さっさと外に出せよ』
『自分ばっかりズルいとは思わないのかしら?』
内からの声。
『内在世界』に住まわせている人々の霙に対する不安そうな表情まで分かってしまった。
「あのね、──『千変万化』──あぁ゛ー、うァ~ムヌゥゥ──『千変万化』──おい、さっさと我を直したらどうなんだ姉上。残りの二人も……ああ! 邪魔だ天泣! 鬱陶しいぞ!」
「じゃあ私がやっておくね」
突如として現れるもう一人の『ミゾレ』。
しかし、霙は驚かない。
精神をすり減らし過ぎて驚くことも出来ないのか、それとも最初から分かっていたのか。
「そうか……妹達を頼んだ」
「頼まれました~」
そう言うと、もう一人の『ミゾレ』は森の奥に消えていった。
「なぁ、頼むよ。僕の身体で喋るのは止めてくれないか? 中で喋る分にはいいからさ」
意識が明滅としながらも、何とか繋ぎ止め、一歩づつ帝都に向かっていく。
「待ちな、流人の姉ちゃん」
「な──
突然正面から話しかけられ、反射的に返答しようとした瞬間に背後からの気配と殺気。
に?」
霙は背後をゆっくりとした動作で振り返る。
そこには空中で霙の影に貫かれた紙人形があった。
「あれ? 頼んでないけど、代わりにやってくれたの?」
目の前でパラパラと崩れていく紙人形。
『気付いていたのなら、次からは自分でやって欲しいわねぇ』
「そうだね~。気を付けるよ」
自分の意思とは無関係に動く影を見ながら、霙はゆったりとした口調で内に住まう誰かに答えた。
「ハッハッハ! 流人は全員頭がおかしいなどとウルメシアが言っていたが、姉ちゃんはとびっきりのおかしさだな!」
帝都の方に向き直すと、上半身裸の赤毛の男がいた。
「ニンゲンさんもそうでしょう?」
「まぁそうだけどな!」
明るく振る舞う男。
戦闘になるのが分かっていて楽しげといった印象の男に対し、霙は自らの世界を展開させる。
「体の中に種があります……それは帝国の固有魔法使いでしょう。さっきのニンゲンさん達にも根付いてました……彼の能力は手で触れたものの限界を調整するといったところですかね?」
「姉ちゃん大丈夫か?」
突然機械的に話す霙に思わず声をかけた男。
「はて? いつから貴方の姉になったのでしょうか? それとも、また私は私の知らない私によって日常を変えられてしまっているのでしょうか?」
「ハッハッハ! 本当に面白い姉ちゃんだな!」
そう言って一気に距離を詰める男。
「流人であり傭兵。命が支配されている身なのですね、可哀想」
男の拳をひらりひらりと躱していく霙。
「それはさっき言いましたわ…………あらあら、そうでしたね」
ある種の一人芝居。
余裕たっぷりな霙を見て、男はさらに笑顔になる。
「やっぱ、強いやつは俺の世界にはいなかったか! 楽しいぜ姉ちゃん!」
「そう、よかったわね」
直後に変わる霙の瞳。
それが何を意味するのか、男は知っていた。
「魔眼か!」
咄嗟に目を瞑る男。
「あらあら、見えなくても戦えるのですね」
「そう! だよ!」
左からの拳、と見せかけて時計回りでの上段回し蹴り。
それを躱す霙だったが、それは相手の予想の範疇。
「そう、能力で足を強化するために上段まで足を上げたのね」
男の能力によって、触れられた右足が肥大化する。
そして、何の比喩でもなく地面を爆発させた右足が至近距離で霙に向かう。
≪ボドン!≫
まるで水に少し大きな石を投げ入れたような音が聞こえた。
「吹き飛んで倒れてないで起きな! 生きてんのは分かってるんだぜ」
森の木々をいくつか破壊しながら吹き飛んだ霙だったが、彼女はすぐに男から見える場所まで歩いてきた。
「その強すぎる肉体。その肉体のために生まれたような能力。それが貴方の罪ですわね」
「異世界流しに遭った理由か? いいじゃんかそんなの、今は闘いを楽しもうぜ!」
左足も触り、強化された脚力で一気に霙との距離を詰める男。
距離が離れれば、魔眼で強化された魔法で攻撃されかねない。それが分かっているからこその高速接近だった。
「夢現一刀流・居合──『言の刃』」
しかし、直線での攻撃は霙に難なく躱され反撃される。
「いかに速かろうとも、最初から来る場所が分かっていればいくらでも躱せるというもの。妾の刃で切られた感想はどうじゃ?」
透明な幻影の刀で確かに切られた男だったが、霙が振り向くとすでにこちらに向かって突撃していた。
「効かんねえ!」
またしても攻撃をまともに受けて吹き飛ぶ霙。
その体は帝都を守る壁に直撃し、少しばかりめり込む形となった。
「その技によく似た技を使うじいさんを俺は知ってるんだよ。あの人のに比べれば、姉ちゃんの幻覚攻撃なんか無いに等しいぜ」
霙の放った夢現一刀流・居合による『言の刃』は、その詠唱を聞いたものに自身が切られたと錯覚させる剣術。目を瞑っていた男に、その効果は絶大なはずだったが初見ではなかったことと練度の差が効果を薄めてしまったのだった。
「だぁあああああ! 痛い! 痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
「どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだぁああーー!!」
「ゴブッ……イギッ……ナぁあああああああああああーーー!」
「血が……骨がぁっ! 内臓ちゃんがぁああ! 苦しんでるよ? 死んじゃうよ? どうするの!?」
「アグネルタ・ケチャラルテぇ! がずボ! ギャァアア!!」
「な、何が起きてる?」
突然声のする方向が増え、戸惑う男。
しかし、すぐさま能力で耳に触れて耳の能力を限界突破させる。
(発狂して俺に目を開けさせる罠か。バレバレだぜ姉ちゃん)
目と同じくらい分かる聴覚でもって、相手が魔法によって複数の場所から声を同時に出していることが分かった。
「そんなに叫べんなら、もっと闘えるよなあ!」
限界突破した脚力で霙に突っ込み、そのまま帝都の壁を貫通して地面に霙を叩きつける。
「姉ちゃんが丈夫な体で助かるぜ!」
霙に馬乗り。そのまま何度も何度も霙を殴りつける。
「そう、よかったわね」
「ッ!?」
突如として背後から聞こえる声。
しかし、限界突破した耳はその声を幻聴だと言っている。
(さっきの言の刃の時に何か仕込んでたか?)
男はぐったりとした霙の首に手をかけ、締め上げていく。
「霙ったら、あっけなく死にそうじゃないかしら?」
「どうするぅ? あのイケメンマッチョに教えちゃいますぅ?」
「でもさ、あの人絶対目を開けてくれないよ? どうするの?」
さっきよりも音源が増えたように聞こえる。
そして今度は耳も本物だと言っている。
「分身でも出来んのか? それとも増殖系か?」
男の質問に対する返答は、驚くほど近くから聞こえてきた。
「どうだと思う?」
「うわぁっ!」
唐突に耳元で囁かれた甘い声。
気が付くと、馬乗りになっていたはずの相手がいない。
「フフッ、そんなに怖がらないでよぉ。可愛いんだからぁ」
体を這うように細い指が動いている感触がする。
「こらっ! ダメでしょリリナ。新しく来た子に手を出しちゃ」
「えぇ~いいじゃんちょっとくらいさぁ~。この世界でエッチしてもどうせいくらでも弄れるんだしさ」
あまりのことに混乱する男。
思わず目を開けてしまいそうになるが、その衝動を必死に抑え込む。
「リリナお姉ちゃん。サナちゃん連れてきたよ」
「ん~ありがとぉ~」
「あ、あの。サナ、そういうのは……」
「えっへぇ~大丈夫だよ。エッチぃことなんかサナちゃんにさせないってぇ~。それとも何? リリナお姉ちゃんだからってそういうこと期待してたぁ~?」
「お前ら、一体何を……」
さらに気付く。
いつの間にか地面の感触も身体の強化も消えている。
「なっ! 違うもん! リリナお姉ちゃんのバカぁ!」
「ああっ! 行かないでサナちゃ~ん」
触れられていた感覚も消える。
直後、とてつもない静寂が男を包む。
「…………。どこだ」
気配も音もしないため、とうとう目を開けた男。
そこは暗闇。全方向が黒く、何も見えない。
「あ~あ、やっぱり生命力が高すぎたかなぁ? なるべく反抗しないで欲しいんだけどなぁ~」
「お前……さっきの姉ちゃん、だよな?」
どこからともなく現れた霙に、目を開けたまま話しかける男。
「今は姉ちゃんじゃなくて兄ちゃんだけどね」
何の警戒もなく近付いてくる霙に攻撃を仕掛けようとする男だったが、いつの間にか体が何かに縛られていることに気付いた。
「クソッ! 何だこれ、俺の能力でも吹き飛ばない!?」
普通、彼の手に触れられれば、その物体は限界を超えて爆発したり融解したりするものなのだが、何故だか壊れない。
「それじゃあ答え合わせといこうか」
楽しそうに微笑む霙。
「目が赤くなったのを見て魔眼だと思ったんでしょ? 違うよ。最初から魔眼は発動してたんだ」
「なっ! あんときは目が黒かったぞ!」
そうは言ったものの今も発動している可能性を考え、すぐに目を瞑る。
「そうだよ? 黒くても魔眼。それを解除しながら、赤だけ残してニコの吸血鬼としての身体能力を借りたんだ。そして君を飲んだ」
「の、飲んだ? 何を言ってるんだ」
「そのままの意味だけど? ほら、君が僕に目を瞑ったまま突撃したろ? あの時に君は僕の『内在世界』に飲み込まれたんだよ」
「それがお前の能力か?」
「あらあら、お前だなんて言われちゃってるぅ~」
自分のことをまるで他人のように話すソレの言葉を聞きながら、男はどうにかここから勝つ計画を考える。
「考えても無駄。君には紙人形を操ってるヤツとか、帝国の連中を内部から狂わせてもらう役があるんだから」
魔法による洗脳。
その言葉が男の脳裏をよぎる。
「ハッ、それこそ無駄だぜ。俺の心臓は帝国の皇后の能力でいつでも殺せる状態だからな、そんな思考をした時点で殺される」
「そう、よかったね」
三度目のその言葉からは、心底どうでもいいといった感情が伝わった。
「『真理詠唱』──【3rd】Magic『狂気感染~ルナティックパンデミック~』」
霙の目が赤くなるが、目を瞑っている男には見えない。
だが、見えなくてもいい。
「……バイバイ。この世界じゃ、サナの能力を避ける術なんてないからね」
サナ・ルナティの能力:『狂気感染~ルナティックパンデミック~』
最強にして最凶の精神系能力。その真の発動条件は、サナ・ルナティの情報。
認識などいらないし、本人を見たり声を聞かなくてもいい。ただ彼女の情報が目に映る、聞こえる、触れる。さらには彼女の匂いでも、味でもいい。その血の一滴、髪の一本でも感じればそれまで。
「それじゃあ流人の真君……でいいのかな?」
「はい。貴方が私の脳から得た情報は正しいです」
「そうか。じゃあ、内部からよろしくね」
「分かりました」
暗い世界に開かれる光の門。
それは帝国にとって希望の光ではなく、絶望への入り口に過ぎないのだった。




