44:終わりの始まり1
流花とルーナは目覚めた。
三杉ももうじき目覚めるだろう。
「もぉ~ご主人様ぁ」
さっき中に入って確認した感じ、エリン以外は大丈夫。
「ニコ、エリンにかかった負荷は肉体的にも精神的にも大きい。あの子が目覚めたら、私の代わりにケアを頼む」
流花に砂浜まで吹き飛ばされた霙。
そんな霙を心配して来てみればいきなり別れの挨拶。
「あの子のとこにぃ、行くんですねぇ~。何でもかんでも守れるわけじゃないのにぃ、大切な友達を最近知り合ったばかりのニコちんに任せて行っちゃうんですねぇ~」
夕焼け。
それを反射した、赤い海。
ニコの方に長く伸びる霙の影。
表情には出ないが、声色に出たのかもしれない。
「…………行くよ。どうしてお前がこんなに私を好いてくれるのか分からないけど、私はお前の気持ちに甘えて、頼って、利用して、みんなを守る」
「それはぁ、あの子達の記憶を覗いてまで一人で抱え込むことなんですかぁ? ニコちんにはぁ、ご主人様の中でちょっぴりしか見れてないけどぉ、ご主人をあんな風にした敵に勝てるんですかぁ?」
霙には分かっている。
ニコは……この少女は私の事を心配してくれているのだ。ニコが本気になれば、すぐ目の前の影を使って私の動きを止められるし、夜になれば魔力をかなり失った今の私に成すすべはない。
それでも何もしない事。
それだけで十分に信頼できる。
「覗いてたのバレてたんだぁ」
「半分くらいご主人の内部と繋がってるんですよぉ? 分からない訳ないじゃないですかぁ」
霙は姉妹武器である魔道具達を腰のベルトへ。
飛ばされるときに持っていた『賢者の書』をリュックに入れ、背負う。
「まぁいいや、とにかく行くよ。それと、菫は別に敵って訳じゃないよ。先の未来で私の相手になるってだけ」
「それを敵っていうのではぁ?」
「なんとなくだけど、向こうの思惑は分かってる。初めて会った時から怪しかったけど、菫には菫の考えがあるわけだし、それが衝突するのは仕方ないよ」
歩き出す霙。
去り際、霙はニコを抱きしめた。
「こっちは任せたぞ」
その一言の重さ、嬉しさ。
霙が見えなくなってもニコはしばらく動けずにいた。そうして夜になり、星が輝き始めてようやく動けるようになって、やっと思いを言えた。
「そういうところが魅力なんですよぉ、ご主人様ぁ」
真っ暗な夜に浮かび上がる純白の少女。
ずるくてカッコいい主人のため、彼女は守るべき家へと向かう。
~帝国:森~
「…………あっちか」
魔眼を発動させ、セラフィー・ルシフェルの魔力をたどる霙。
「…………」
セラフィーは霙の教え通り、自身の魔力を一定量出し続けてくれていた。だからこそ霙は今、セラフィーの行方を追えている。
「ニコの情報的に、相手は村人とかの低級層が中心。そのうちの一人が何かしらゼロと繋がっている可能性があるな」
徐々に暗くなるルケイ世界。
その中を黒の仮面に黒の外套を着た流人が、一定速度で駆けていく。
「このタイミングとなると相手はゼロか、ゼロの使徒。もしくはそいつらに雇われたギルドハンターであったり帝国の人間」
相手の目的がある程度絞り込めたからと言って、問題解決にはつながらない。
今の霙に必要なのは、『相手が誰なのか』『どこまで運ばれたか』である。
「セラフィーの魔力が尽きれば、更に魔眼に負担をかけなければ…………」
魔眼のおかげで暗い森の中でも進んで行ける。
だが、霙も復活したばかりで本調子ではない。それに魔力だって無尽蔵にあるわけではないのだ。
「夜の闇に紛れて静かに奪還…………」
理想が必ずしも叶うなんて甘いことは考えない。
最悪、この身が滅びてもセラフィーを助け出す。
「なっ!?」
そんなことを考えていた最中、突然セラフィーの魔力が無くなる。
「…………あぁ、」
違う。
残存魔力が濃く、それでいて広がっている。すなわち、魔法が使われた。
そう、エリンの切実な願いに天使は答えたのだ。その反動で魔力を使い切ったか、それともセラフィー・ルシフェル本人の特異な体質なのか。
ともかく追跡のヒントは途絶えてしまった。
「ぁ……ぁ……」
夜の森。
闇に溶けている全身真っ黒な流人は今にも消えてしまいそうだった。
『不幸だな。あの娘が連れ去られたときに限って王国の友人も襲われるなんて』
「うるさい」
『それな~~。ちょっち寝ようとしたらぁ、捕まったんでしょ? ヤバすぎ』
「黙れ」
『は? おめえが馬鹿だから俺らが教えてやってんだろ。まだわかんねぇのかよ雑魚』
頭も考えも息も整っていないのに、それでもなお搔き乱す『住人達』の声。
「答えが分かってるのか?」
『分からないのですか? 残念ですね。君には期待していたというのに』
『替わりなさいな。妾であればすべてを解決して差し上げてもいいのよ』
「な~な~。疲れたし寝ようよぉ~」
「なんでもいいから早くしない? 私だって外で遊びたいんだけど』
『あれ? 今って誰の番?」
「俺に任せろよ。皆殺しにしてやるからさ」
『痛いよぉ、お願い!! 誰か助けてよ!!』
巡り巡る。
輪廻転生。
回り回る。
千変万化。
混ざり混ざる。
変幻自在。
黒白混沌。
森羅万象。
「『」』
歪み歪む。
それでも、
『「』」
アレラはある種の神なのだ。
「ッ!?」
多くの人の想いによって、そして今まであった多くの人のおかげで、神無月 霙は神になったのだ。
「…………今、どれだけの時間…………」
気付く。
『カレラ』のおかげで。
「私が寝る直前までは近くに人間はいなかった」
そして勝手に覗き見たエリン達の記憶のおかげで。
「菫は『あの時』と違って姿を見せなかった」
思考を言葉にし、整理しながら無言で『天泣』を人間にする。
「天泣、セラフィーの臭いはある?」
「ないよ、みぞねえ」
可愛い妹を元の魔道具(日本刀)に戻し、確信する。
「すべて計算通りって感じだ。タイミングが良すぎるというより、歯車を噛み合わせてる」
セラフィーの誘拐計画や魔力の痕跡を消す何かしらの手段や王国での菫の行動は準備があったうえでの行動。
誘拐のタイミングやサナの暴走は完全にゼロが歯車を合わせた。だとすれば王国か誘拐犯、もしくはその両方にゼロとコンタクト出来る存在がある。
「キヒヒッ! 残念だったなぁ、セラフィーの魔力はこの世界のとは違うんだよなぁ。だからお前らの臭い消しや魔力消しじゃ消えないんだよなぁ!!」
口角を目一杯上げ、引き攣った笑みのまま魔道具の『根雪』と『天泣』で周囲の木を力任せに切り倒していく。
「計画性が高すぎるのも問題だよなぁ!? 俺様みたいなのにバレちゃうってさぁ~!!!! 思わなかったのかなぁあああああ!!!」
まさに狂気乱舞。
「どうせ追えても準備万端なんだろ? 迎撃準備万端の敵地に行く馬鹿なんかいねえよ。お前らから来いよ! ギルドハンタ―だろうが一般人だろうが首謀者だろうがなんだろうがぶっ殺して滅ぼしてやるからよおおおおおおおお!!!!」
単なるストレスのはけ口にされた木々はたまったもんじゃないが、問題はこれから。
「術式展開────『我が激情を歌にのせて敵に伝えよう 思いの数だけ心の数だけ歌がある 喜び怒り哀しみ楽しみ 内情は数多混沌の大合唱 足りぬ肉のために開放しましょう。 禁忌の扉を開く時、私の心がようやく届く』────心裏一体」
妖しくて雅で艶めかしい。
そんな歌が夜の森に響いていた。
「私は私のママデイイ!! やっと『ワタシ』を出せるんだァ…………い、異世界最高ォ!!」
相手はまだ知らない。
一体全体、誰を相手にしてしまったのかを。
~帝国:帝都~
「へ! 陛下!!」
美しい装飾に人一人の為に作られたにしては大きすぎる椅子。
そんな権力と財力の象徴に座る皇帝は、あまりに若い少年。
「何だ騒々しい」
一つ訂正があるとするなら、それは彼が年齢の若さなど感じさせぬ程の器であるということだろうか。
部下がどれだけ慌てていようとも、この広大な帝国を治める校庭に焦りはない。
「テルリ村近く、東の森にて巨大な魔獣発生との知らせが入りました!!」
部下の心を考え、汲み取るのもまた長の仕事。
皇帝『イルミンスール=メルデラナ=ウルメシア』はまだ19歳という若さでありながら、帝国国民から歴代皇帝の中で最も尊敬を集める皇帝である。
「はぁ、テルリは例の『交渉材料』を無事に捕獲。しかし村に直接、巨大な魔獣が襲ってきているから、我々に助けてほしいと?」
「は、はぁ……」
「その魔獣はアレの持ち主たる流人がけしかけたものだろうな…………それにしても巨大な魔獣をけしかけられるほどの実力者。まぁ、流人共の能力は我々でも理解の及ばぬ力が多いからな」
相手から何かを奪い取るというのに、向こうが反撃しないなどという甘い考えはない。たとえ相手が帝国であっても、反抗するものは反抗するのだ。しかも自分の能力を過信し、そして頼り切った流人ともなればルケイ世界における帝国の恐ろしさも知らずに単騎攻撃を考えてもおかしくない。
「で、ですが陛下。その魔獣はどうやら天使様の名前を叫び、広範囲に自身の眷属をばらまきながらこちらに進行中とのこと。このままでは──」
「分かった」
だらだらと部下に話を続けさせるわけにはいかない。事は一刻を争うとみた皇帝はすぐさま報告に来た部下に指示を出す。
「全軍準備させろ。テルリ村に3000送り、残りは帝都と森から来る眷属共を迎撃する」
「はっ!!」
(言葉を話すのであれば古の魔獣か? いや、しかし古の魔獣は神聖魔法王国の連中が皆殺しにしたはずだ。だとすると…………)
「…………ゼロめ、一体何をこの世界に持ち込んだ」
部下が全力で部屋の廊下を駆けていき、長い長い部屋から出て行く。
その様子を見てからイルミンスール=メルデラナ=ウルメシアは自身の『固有魔法』を使う。
「親愛なる帝国国民よ、今まさに生ける厄災がこちらに向かってきている。君達は我が妻の能力に従って避難しろ」
彼の目の前には顔の大きさ程度の薄く平たい闇があった。
「…………頼んだよ、アンリ」
「…………」
帝都に響き渡るイルミンスール=メルデラナ=ウルメシアの声。
いや、『帝都』というよりは『国民一人一人』と言った方が正しい。
「来るがいい流人。奪われたと勘違いしているだろうが、その思い上がりごと粉砕してくれる」
~帝国:テルリ村~
「なっ!? なにあれ!?」
テルリ村の村長であるテルリは森の方に突然現れた『黒い山』を見て驚いていた。
「テルリちゃん! 皇帝陛下に話はつけてあるから、急いで帝都に『天使様』を送ろう!」
この村長も、帝国を治めるイルミンスール=メルデラナ=ウルメシアに負けず劣らずの存在。
まだ、17歳という若さでありながら実力主義のテルリ村の村長をしているのだ。
『セラフィー!!!』
もう日が暮れる。
黒い化け物はこちらに近付いてくる。
「帝国はコッチに何人よこせるって?」
「3000だそうだ」
報告によれば、森の方にはあの『山みたいなヤツ』以外にも変なのが来ているって言ってたし、それにたった3000人じゃアレはどうにかできない…………。
「分かった。村の人達は天使様を急いで帝都へ運んで! 私は帝国軍と一緒にアレを出来るだけ足止めする」
「分かった。行くぞお前ら!!」
「「「ウォオ!!」」」
威勢も体つきもいい大男達が一斉にセラフィーを捕らえている籠に群がり、数人で持ち上げる。
「なぁ、おい。天使様ぐったりしてるけど、大丈夫か?」
「あぁ、連れてくるときに『天使様』が魔法を使ってからずっとぐったりしてるんだ」
「それにしても、このセラフィー・ルシフェルちゃんだっけ? 正直この子が天使だってのも信じられねえよ。あの化け物を呼び寄せたりとか皇帝陛下に送らなきゃいけないような子には、俺には見えねぇ」
『セラフィー!!』
「無駄口はいいから魔道具を付けろ。夜道や森であんな黒い化け物が俺らを襲いに来るんだぞ? 魔道具があるとはいえ、気が緩み過ぎだ」
「…………んっ、ママぁ……ママ? ママ!! ママ!! 私はここだよ!!」
「まずい、お前ら! 行くぞ!!」
セラフィーを捕らえた籠が走り出す。
しかし、逃げてももう遅い。闇に響くセラフィーの声を、確かに化け物は聞いたのだから。
「そこかセラフィー…………キヒッ! ギャヒャヒャヒャ!!」
黒い山のような巨大なナニカの正体。
それは霙の中に潜む別のミゾレ。そして、その眷属達と言われている魑魅魍魎の化け物達も当然ミゾレ達だ。
「はぁ~ぁああ、どうしてやりょぉ~きゃにゃぁ…………? キヒ。コロシュ? ころころしちゃうにょほぉおおおおお!!」
自らの心の禁忌。封じた心の扉。深淵に潜むIF達。そして抑えていた感情。
それらを開放してしまった今の霙…………ミゾレはどうなるのだろう。
大きくて黒いミゾレのようなナニカの上に立つ霙は、自分の口に両手の指を入れながら楽しそうに、それでいてイライラとした様子で力いっぱい地団駄を踏む。
「オラオラオラオラオラァアアアアア!! 死ね! 醜いなァアアアアア! てめぇら見てるとイライラすんだよ! 私は自分が嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで…………あ? 何見てんだゴミクズが」
テルリ村でこちらを見ていた少女に気が付いたのは、果たして『魔眼』の影響か? それともただの幻覚なのだろうか。
重要なのは、機嫌の悪い霙の前に現実であろうと幻であろうと『サンドバック』が映り込んでしまったことだ。
「…………何か来る!」
殺気を感じ取ったテルリは本能に従い、得意の防御魔法を最大出力で張る。
「ギャー!! アアアアアアア!! キャー!! かってぇなぁァアアアアア!」
「!?」
音もなく、そして突然テルリの防御魔法にナニカが張り付いていた。
「あぁ? キモ。お前もゼロの使徒ですかぁ? それともそこら辺に本当の意味も分からず使ってる固有魔法使いちゃんですかァアアアアア!?」
「ハァアアア!!」
(感情は読めない。でも、これは確実に私の敵!)
テルリの回し蹴り。
テルリ村における『村長・テルリ』という立場は、一対一の戦闘で最も強い人間とその家族に送られるものである。つまり、村の最強が新たな『テルリ』という名を受け継ぎ、そしてその最強の家族も『テルリ』となるのだ。
そんな『テルリ』の……村最強の一撃。
「…………あれ? 何で『天泣』で切れてない訳? あぁ、身体に防御魔法を纏わせてんのね」
「くっ!?」
(これが例の『魔眼使いの流人』ね。まさか、あの体勢から抜刀してくるなんて……)
黒い仮面に黒い外套。
魔道具の姉妹武器は暗い紫色。
異世界の夜は暗い。『魔眼』もある霙の有利は確実。だが、霙が考えていたのは、そんな目先の事ではなかった。
「やっぱり『固有魔法使い』の魔力量はすごいねぇ! ねぇねぇ、どんな能力なの?」
若干距離をとるテルリに対し、霙は抜刀した『天泣』を鞘に戻す。
「教えるわけ、ないでしょ」
テルリの固有魔法:『感覚共有』は、相手の気持ちや思考がなんとなく分かるというもの。
しかし、それも万能ではない。特に肉体戦闘に特化したテルリ村の人々は本能的であったり、反射的な動きをするのでテルリの固有魔法があまり意味をなさない。
(魔法はすべて魔眼でバレる。それに、私の固有魔法は…………)
『カワイイよあの子ぉ~!! 食べよ! ね、食べちゃおうよぉ~』
『殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい…………』
『どうせアイツもゼロの使徒かなんかなんだろ? いいのか、こんな女に時間を割いて』
『そうだよ! 早くセラフィーちゃんを助けに行かないと。何されるか分かんないよ!』
『ウデナヴャ・グニ……ルー、ルー、ナピラヌラ?』
「ねぇ、私達の心はどう? 繋がってみてどう思った?」
(何もかもお見通しなの!?)
「アナタ……本当に人間なの? アナタの心、とても正常とは思えない」
流人はルケイ人に勝てない。
その理由は、ゼロの強制弱体化やルケイ魔法の優先であったりが大きい。
「ん? 私もそう思うよ」
華奢な体つきにも関わらず、とんでもない怪力を誇る流人であればゼロの強制弱体化によって肉体の能力のバランスを修正される。
「それに、さっきの抜刀。アナタ、外套の下は私以上に鍛えられた身体なんじゃない? そうじゃなきゃ、あの体勢から私の蹴りを受け止められないでしょ」
だとすると、目の前の流人は弱体化を受けたうえであれだけの能力。もしくは能力ではなく、純粋な身体能力なのか。
「あ~面倒だなぁ。別に、どうでもよくない? 私の身体なんてもうさ、色々と壊れてるし。いろんな連中に弄りまわされてるしな」
霙が仮面を外し、腰のベルト型の魔道具にくっつける。
リュックは、でかい化け物の中。心は開放された。空っぽのはずなのに、それなのに。
それなのに、カレラはまだ霙と繋がっている。
「え!? 女の子!? (しかも美人……)」
「そうですよぉ~美人さんなんですよぉ~! 皆、そういうの。コンナノニ、『美人』だなんて言ってクルノ」
小声を聞かれたテルリ。
その心の内は、恥ずかしさよりも相手への異様さであった。
「僕は君を敵だとは思わない。どうせ君も歯車の一つで、真実は知らないんだろ? どうせゼロのせいなんだろ? だから帰りなよ。そこら辺の明るい家の中にさ」
「…………」
(皇帝陛下は『天使様』の力を借りてゼロ様に、この世界をよくしてもらうって言ってた。この流人が皇后陛下が教えて下さった通り、真に『天使様』が仕えるべき人なのかもしれない……)
「やっぱり、アナタには天使様を預けられない。あの化け物達もアナタが呼びだしたって言うならなおさら」
「は? お前に何が分かんの?」
「皇帝陛下は『天使様』を大切にする。だけど、アナタなんかと一緒にいたら、『天使様』はいつか壊れてしまう」
「だ! か! ら! なんでそんなことをお前に言われなきゃいけねぇんだよ! 俺様とセラフィーの何をお前が知ってるんだよ!!」
話の内容なんてどうでもいい。
テルリの目的は帝都から送られてくる3000人の増援を待つこと。
「ルケイ人には分かるんですぅ~」
この流人がテルリ村に突っ込んで来てから、あの山のような化け物の動きが鈍くなった。
そこからテルリは、目の前の流人を倒せば森から出てくる魔獣のようなモノ達も止まるはずだと推測する。
「あぁン?」
霙も直後に気付く。
仮面を外したことで周囲の魔力の流れが良く見える。
「キッモ…………なぁ、覚悟決めろよ?」
魔力が空中に集まり、術式を生む。
その術式を霙は瞬時に『魔眼』で術式の内容を理解する。
「全員、滅ぼすからな」
「…………、」
霙の宣言に返す言葉の無いテルリ。
直後にテルリ村に現れた複数の黒い輪。そこから現れる帝国の兵士達。
「総員! テルリ様に従い、陣形を整えろ!!」
「「「「はっ!!」」」」
「コネクト!」
テルリは自身の固有魔法:『感覚共有』でテルリの思考と感覚の一部を周囲の兵士達に夜の闇に紛れる黒い流人の位置を教える。
もちろん、『魔眼』で見えている霙がなんの対策もしないはずもない。
「紫雲!」
霙は自分とテルリを取り囲むように現れた兵士達に向かってナイフであり妹でもある紫雲を投げ、投げた方向とは違う方向に向かって走り出す。
「ハァアアアアア!!」
霙は紫雲に『イデア』を纏わせることで、イデア特有の青白い光に兵士達の注意を向かせる。
そして投げた紫雲には王国から出る時に三杉から貰った魔道具の糸をつけている。
≪ガキッィン≫
しかし、当たれば即死のイデアを纏った紫雲も、兵士達の盾で弾かれる。
「正面! 盾を構え!」
甲冑を着ているいる兵士達の視界は悪く、薄暗いテルリ村の中で黒い外套に黒髪の流人である霙は見えにくい。
(槍か!)
それでも陣形を組み、盾の間から槍を突き出すのはテルリの固有魔法の恩恵である。
「根雪展開!」
武装した兵士達に突撃する霙。
直後、変形式の大鎌である『根雪』を展開して棒高跳びの要領で兵士達の頭上を越える。
(身体強化魔法も使ったから残存魔力がヤバいけど、やっぱ人間共の壁は薄かったわ)
このまま上に盾を向けてくれればさっき投げた紫雲に纏わせたイデアで何人か倒せるかもしれない。
「軽装! 散開して流人を包囲して!」
そこにテルリの声。
彼女の固有魔法のせいで糸と紫雲を使った攻撃も盾で簡単に防がれた。
「クソッ!」
霙は、テルリの固有魔法の術式も、その内容も分かっている。
だが、テルリは霙がそのことを知っている前提で帝国軍を動かしている。
(村にいると囲まれ続ける…………森に向かって、相手の陣形を崩さねば)
テルリの固有魔法に限らず、繋がる魔法への対抗策は繋がりを断つこと。
テルリから伸びる魔力を他の魔法か武器の魔道具で断ち切ってしまえば繋がりは消える。
「逃がしませんよ」
だが、今の霙にそれだけの魔力はない。
そして霙を取り囲む陣形によって魔道具による繋がりの切断も難しい。
(速い!)
兵士達の陣形を突破し、そのまま走ることで再び囲まれるのを嫌った霙だったが、テルリが追いつく。
「軽装囲んで! 囲んだら重装が攻撃!」
周囲に指示を出しながら霙に攻撃を仕掛けるテルリ。
走る勢いそのまま、霙の側面に向かって飛び蹴る。
「…………」
その攻撃を霙は側転しながら躱す。
躱しながらの反撃。
左手で持った、大鎌である根雪での下からすくい上げる攻撃。さらには、根雪の柄にナイフである紫雲に結んだ糸を引っかけて紫雲に勢いをつける。
「ハァッ!」
空中での方向転換は不可能。
テルリは自分の手元に円柱型の防御魔法を展開。それを掴んで方向転換し、霙を追撃。
「来い!」
霙は体勢を低くしたまま、鋭く霙の首に迫るテルリの槍のような足技をギリギリのところで躱して右手でテルリの足首を掴む。
「…………」
瞬間、テルリは身体を捻ることで霙の肘の位置を地面と平行にし、霙の脇の下あたりに掴まれていない方の足で蹴り上げらんと迫る。
当たれば霙の肘は粉砕される。
地面に叩きつけようとした霙が反撃を食らう始末。咄嗟に霙は手を離し、背後に根雪を振るう。
「ガァアアッ!?」
霙の背後から槍で突き刺そうとしていた軽装備の兵士の片足が根雪で切り飛ぶ。
その一瞬の間。
テルリは地面に手をついてバク転して体勢を整え、霙は糸で引き戻していた紫雲を拾う。
(飛ばしてた紫雲を使ってたら死んでたな)
『本当に姉様は…………囲まれていることを忘れるな』
『あうぅぅ、ちっちゃい防御魔法とかで紫雲のことを三次元的攻撃に使ってほしいのにぃー』
「そうだな。もっと集中しないとな」
(多勢に無勢。武器はあれども、彼らの防具を破るほどの切れ味などない訳で…………はぁ、アニメとかだったらスパスパ切れるんでしょ? いいよね。楽で。…………繋がりのせいで死角からの攻撃無効、そして囲われてるんだよね? だから繋がりが切れない。掴むのはあんまり良くないし、寝技は殺されちゃうし、その逆も死んじゃうし)
「…………切りたいから、貰うね?」
軽装兵が一人やられたことで、周囲の緊張感が増す。
そんな中、霙は彼らとは逆に冷静さと余裕が増してきていた。
「はぁっ! はぁっ! な、何を……アギャァアアアア!!」
霙が片足を根雪で切り落とした兵士に近付くと、兵士は霙の影にズブズブと飲み込まれていった。
「あぁ……ヒヒッ…………そうだよねぇ、あれ? そうだよね? うんうん。やっぱりそうなのかなぁ」
「アナタ、いったい何をしたの」
「生成魔力を含めても魔力が足りないから、助けるついでに魔力を貰ったんだよ?」
テルリの言葉に対し、『何故そんなことを聞くのか分からない』といった純粋無垢な少女のように答える。
「え?」
その変化にテルリは戸惑う。
なまじ、固有魔法で人の心に詳しくなったからこその戸惑い。先程までの霙の『心の色』と今の彼女の色や雰囲気はまるで別人のように感じたからだ。
「ぎヌュぁ?」
困惑するテルリを無視した霙が訳の分からない言葉を発したと思えば、突如として周囲を囲んでいる兵士に突撃する霙。
「槍を前へ!」
「「「ハッァ」」」
大盾に甲冑、そして槍。
魔力が十全な霙ならともかく、今の霙にとっては数の差だけでも苦しいというのに。
「へぇ~槍も盾も魔道具なのね。じゃぁ魔法もあんまり効かないね」
誰かに話しかけるような霙の独り言。
そんなことをしながらも、霙は正面の槍を躱して左側から迫る槍を根雪で弾く。そして右側からの槍は局所集中の防御魔法で防ぐ。
その姿はまるでイナバウアー。
「ギヒ」
霙は正面から伸びる槍の柄を右手で掴んで腕を肩甲骨から動かし、鞭のようにしならせる。
「なっ!?」
直後、槍を掴まれた兵士が前のめりに吹っ飛ぶ。
「ニィ~~~~~ィィイイイッ」
囲いの陣形が崩れ、霙が兵士達の中に入っていく。
「少数でもいいから囲んで!」
霙に追いつこうとするテルリの言葉が明らかに兵士達に伝わっていない。
(繋がりを切られた!?)
暗い夜の異世界。
視界の悪い中での戦闘。テルリの固有魔法:『感覚共有』の流れはテルリから一人ずつ繋がっているのではなく、テルリから数人に繋がり、そこから派生して繋がっている。
(今ので半分くらいは消えたかなぁ? 兵士ちゃん達見えてるのかなぁ?)
感覚の共有が完全ではなくなった今、テルリの恩恵が消えてしまった兵士達は混乱の中で襲い来る流人に立ち向かわなくてはいけない。
「おい! そっちに行ったぞ!」
「ガァアッ」
「おい! どうした!?」
恩恵の消えた重装兵は根雪の鎌に膝裏を引っかけられて倒されるか、膝を切られるか。兜を被っている彼らの視界の悪さでは真っ黒な服装の霙の攻撃を判断しづらい。
「流人めッ!」
「ギャヒャッ!」
まだ視界の良い軽装兵は背後から霙に襲い掛かるものの、霙の背後に張られた防御魔法に槍を弾かれたところを霙に容赦なく殺される。
「陣形を整えて!」
テルリの叫びも固有魔法も空しく、彼らには届かない。
テルリの恩恵を受けている者とそうでない者との差。それによって引きおこる混乱。
距離を保つからこその陣形だった。だからこそ、それが崩れた時は脆い。
「数の有利をいかッ───」
(囲まれててもなぁ、そんなに見えてないんでしょ? 根雪ちゃんが鎌のおかげで引っかけやすいし死角から切り込めるから楽なのなぁ~)
「ヤメロォオオ!!」
混乱した兵士達に阻まれながらも、テルリはとうとう霙を射程圏内に収める。
「やぁ~~やッ」
走る勢いを殺さず、そのまま身を捻りながら一回転。
当たるだけで相手を沈めるテルリの拳が霙に迫るが、霙は暢気な言葉と共に根雪で引っかけていた兵士の死体をテルリに向かって投げつける。
≪ゴッシャァッ!!≫
兵士の着ていた甲冑はひしゃげ、衝撃で地面を滑っていく。
「───ッ!」
怒りの目線と共に、テルリは自身の固有魔法を全開させる。
対象は周辺の人間すべて。
「…………」
しかし、そのほとんどが繋がらない。
そして霙もいない。
テルリに明らかな精神攻撃をした霙はそのまま他の獲物へ向かっていた。それでもテルリの魔法を『魔眼』や魔力の流れから読み取ると、糸を付けた紫雲を使って空中でプロペラのように回す。
(糸も魔道具だし、紫雲も魔道具だしさ。君が僕に近付くほど繋がらないんだなぁ~これが)
「ハァーッ!」
「ホイ」
正面からの突きを躱し、相手が距離を取ろうとするのを糸付き紫雲で足を絡めとり転倒させる。
これだけの数なのだ、毎度殺さなくても戦闘復帰を遅らせるだけでも効果がある。
「…………」
霙は自分を見つけてきた複数人を相手に、ただ淡々と倒していく。
槍を根雪で絡め取り、糸で転ばせたり逃げられないようにしたり。前の世界で独学で学んでいた武術を使うこともあった。合気道・忍術・剣術などなど。
そして、機は熟した。
(兵隊さん達をいっぱい吸ったし、十分かな?)
『さっさと離脱してセラフィーを追え。彼女を救わなければ、この我が許さん』
『そうですよぉ~早くニコちんの魔眼で止めちゃいましょうよぉ~』
『確かにニコお姉ちゃんの能力だったら相性いいよね。夜だし、血もいっぱいあるし』
『それに死体もだよね? サナのは調整とか没入感とかね、大変だもん』
「そうだな」
『中の住人達』の声に従い、霙は身体強化魔法で後方へ飛んで距離をとる。
「我が声を聞くがいい! 兵士共!」
霙が大声を出したことで、混乱していた兵士達の心が一瞬だけ統一する。
「『内在する我から一つ、可能性をこの世界に顕現する』───『魅惑する身も心も我が瞳と血の如く紅に染まるがいい! 【真紅魔眼】!!』」
一瞬、世界が紅く染まる。
「「「「…………」」」」
「ッ…………みんな!?」
頭を押さえながらも、なんとか霙の攻撃に耐えたテルリは周囲の兵士達から伝わる心の模様が変わったことに気付く。
「ありゃ、意外と精神防壁が強いのね」
「クッ!」
力を振り絞り、なんとか立ち上がる。
眼前の敵を見据え、集中力を高めていく。
(魔眼使いの流人。しかも魔眼は複数……あの赤いのがみんなのことを──)
「そうだよぉ~この魔眼がみんなを止めてまぁ~す」
「…………」
今さら驚かない。
この帝国の歴史上、何度も現れた流人の中でも眼前のコイツは最悪の類だろう。
「我が名はテルリ村、村長! テルリ! いざ尋常に勝負!!」
全力で相手に突進していくテルリに対し、瞳を血のように染め上げた霙はニヤニヤと揺らぐ。
「尋常に勝負だなんて趣味じゃないなぁ」
馬鹿にした笑いを漏らしながらも、突進してくるテルリの目の前に小さな粒のような防御魔法を展開する辺りはさすがの悪趣味である。
「ふッ!」
防御魔法は基本的に設置するものだから動かせない。
テルリ自身も、その特性をいかして空中に足場を作ったり相手の攻撃を受けると見せかけて防御、そのまま一方的に攻撃するといった攻撃をしているが……
「そろそろ赤く染まったかなぁ? ほらほらぁ、種の根源に戻っといでぇ~」
(コイツは明らかにヤバイ)
霙の使い方は、さらにその先。
基本的に魔法使い適性というのは本人の魔力量と魔力操作能力で決まる。
魔力量が多ければ同じ魔法であっても大きさで勝る。しかし、規模が大きすぎたり小さすぎたりすると魔法は暴走したり維持できなかったりするものなのだ。
(どうしてコッチの魔法が使えるのか分からないけど、さっきの魔法からして魔力量もかなりある。しかもあんなに小さい防御魔法を正確に私の目の前に展開できる操作性……まさに化け物って感じね)
「はぁ~い、お帰りピョ~ン」
霙に集まる赤い粉・赤い液。
テルリの周辺にいた兵士達が分解されていく。色までは暗くて見えないものの、兵士達だったものがどんどん敵に集まって吸収されていくがテルリに焦りや極度の怒りはない。
「(距離2メートル)」
小声で呟き、さらに心を落ち着かせて集中する。
「霙ちゃんはなぁ~神無月 霙って言うんだって! よろしくね、テルリちゃん」
場違いで意味の分からない言葉も表情も、暗闇で浮かび上がるようなそのおぞましい色の瞳も。
テルリには関係ない。
「ふぅぅー……」
ただ目の前の敵を倒す。
帝国に貢献し、皇帝陛下と帝国の為にこの流人を倒す。
「夢現二刀流変形型、天泣・紫雲──『幻影』」
ただそれだけだ。
(幻覚で分身……私の固有魔法でどれが偽物かは分かる。てことは、狙いは幻影魔法に隠れて他の魔法やトラップ)
「キヒヒ、推して参る!」
構える両者。
二人の激しい戦いが始まる。




