43:再誕と再生
暗い暗い闇の中、浮遊感と共に私は『死』を覚悟した。
昔から死にかけたことは何度もあったが、私の身体は死を受け入れることなく生きるための最善を勝手に尽くし、私の身体に傷と苦痛を残していく。
気が付くと私は、『死ぬことが出来ないイキモノ』だと不遜にも傲慢にも盲目的にも、そう信じ切っていたのに…………とうとう死ぬの?
「ネェミゾレ、アナタハヨウヤクシネルノ?」
「無理無理、死にたいとか死んでやるとか言ってコイツが一度でも死ねたことがあったか?」
「でもさ、夢の中とかさ、精神的には何度も死んでたよね」
「キャキャッ! また増えちゃったねぇ~」
「キャキャッ! ほんとだよねぇ~」
私の事なんて何も知らないくせに、そのくせに知ったような口を……名前も顔も知らないヤツラにコッチの事だけを知られている。
頭の中の住民の大半は私にとってストレス以外の何物でもない。消えていなくなればいいのに。
「リリナとしては嬉しいよ? 霙ちゃんだけじゃなくてぇ~、いろんな子と交わりたいしねぇ~」
弟や学校の連中から受けた性的なイジメ。その時生まれたリリナという人格。
なんでだろう、知らなかったことがまるで『前から知っていたみたいに』思えるなんて。
「目を開けなさい、霙。暗いのは、アナタが目をつむっているからでしょう? 目を開けて、待っているお友達と話してきなさい」
あぁ、なんて優しい声なんだろう。
私の中にこんな素敵な人がいたなんて……理想的な母親? ってことなのかな?
気が付くと私の両手を誰かが握っていた。
目を開くと柔らかな炎の明るさを感じる。これはカグツチのだ。
「まさか霙とこんなところで会うなんてな」
「…………カグツチ? サナ?」
私の右手を握るカグツチと左手を握るサナが目に映っている。
あぁ、この感覚はマズイ。意識が解離しかかっているのか、精神的な波が不安定な方に傾いているのかといったところだろう。
自分でもよく分からないけど、『悪い』のは分かる。
「そうだよ、私の王子様」
「「王子様?」」
サナの言葉に霙とカグツチの声が重なる。
「うん! だって、霙は独りのサナを抱きしめて助けてくれたんだもん!」
「おいアホ流人、お前サナに何をしたんだよ」
「え!? な、何もしてないよ。わっ、私はただぁ~サナちゃんを精神分析してぇ、願いをかなえてあげただけですぅ~」
「ふ~ん……だったら説明してみろよ」
「あのね、カグツチお兄ちゃん。サナはね、ちっちゃい時から本読んでたの。だからね、一人がすっごく寂しくって……それでね、いつか霙お姉ちゃんみたいな王子様がサナを助けてくれるって思ってたんだ」
サナの言葉を聞き、霙は納得の表情だがカグツチは全く理解できないといった表情。外から彼ら三人の会話───世界───を見聞きしている私達───AS IF PERSONALITY───からすると、私達の世界に来ていることに対する疑問がないことの方が不思議だわ。
「要するにね、サナちゃんは『いつか素敵な誰かが能力で孤独となってしまったサナちゃんを救ってくれる』っていう願望があるわけね。これを私は『シンデレラコンプレックス』だと思ったわけよ、なのでカッコイイ王子様を出来るだけ再現して、サナちゃんの深層世界に入って能力を解除したってことなのナ~」
「しんでれらしんど…………え、え~っと、なんだっけ? は? え、それがなんだっての?」
「あのね、『シンデレラコンプレックス』っていうのは『理想の相手がいつか自分を救ってくれる』っていう幻想を信じ続けるっていう病気っていうか、考え方のこと」
「その病気にサナがなってたのか?」
「そ。生まれてから洗脳された人を人形だと思ってたサナちゃんの友達は本だけ。サナちゃんの世界はすごく狭くて、本の世界は広いでしょ? だからこそ『シンデレラコンプレックス』になったんだと思う」
「それをイゾンっていうんでしょ? 霙様」
三人に、浮いていた状態から地面に立つ感覚が戻る。
三人は暗い世界の黒い地面に立つと、周囲を見回した。
「サナ、なるべくソイツに抱き着かない方がいいぞ」
「なっ!? 失礼なぁ~。だからカグツチはモテないんだゾ」
「ねぇ霙様、そろそろカグツチお兄ちゃんを出してあげないと怪しまれるよ」
「そうだね」
突然話の見えなくなったカグツチ。
そしてこの不可思議な世界にも突然、人や物が現れ、世界が色付き始めるのだった。
「お、おい、なんの話だよ」
「え? 『私達の世界』から君を出してあげようって話だけど?」
「な、何言ってんだよ霙…………ここは俺の精神世界じゃないのかよ!? だから俺を洗脳しちまったサナがいるんじゃねえのかよ!?」
「ん~~~、ちょっと待ってね」
そう言うと霙は抱き着くサナを少し遠のけ、カグツチ達から少しだけ距離を取る。
そっと深呼吸。閉じた神の目が開かれる。
「…………うん、やっぱり帰った方が良いよ。カグツチ」
「だから! 理由を教えろって言ってんだよ!」
自分だけがサナと霙の話についていけない苛立ちから、思わず叫んでしまうカグツチ。
直後に彼は気付く。色付いた風景は見たこともないものばかり。そこに歩く人々の服装も見たことがない。
「……どこだ、ここ」
異世界の風景を見ているカグツチの目に見知った人間が映る。
それは幼い霙……男性の霙……霙の妹である根雪……訳の分からない生き物たち……。
ここが誰の精神世界か理解する。
「まともだった時のサナの能力を受けて気絶した君の精神は『閉鎖された方のサナ』の精神世界と融合した。そしてエリンの固有魔法にセラフィーが補助をいれたせいでルケイ世界で死んだサナを取り込んだ僕と君の中に残ったサナが繋がってしまったんだよ」
「…………は?」
相変わらず霙の言っていることは、何一つ分からない。
だけど、それでも、霙の口から『サナが死んだ』という事実だけはカグツチにも聞こえて、言葉の上では理解できた。
「これ以上は菫に怪しまれるというか、僕のせいで君の命が危うくなるからね。まぁ、どうせ僕の言ってることは分からないだろうし、細かいことは菫に聞いてみなよ」
再びサナが霙に抱き着く。
その二人がどんどん遠ざかっていく。
「ッ!? はぁ……はぁ、」
目覚めると豪華な部屋にいた。
どこだろう。カグツチには見当もつかない。
「…………良い匂いだな、女の部屋か? ……!?」
自分で言ったことに驚きを隠せないカグツチは急いでベッドから抜け出すと一目散にドアを目指す。
「おっはよ~カグツチ君。ウチの氷雨ちゃんのベッドはさぞかし気持ちよかったんだろうねぇ~」
神聖魔法王国の女王である水無月・ルーイン・氷雨のベッドで眠り、起きたところを女王の母親である菫に見つかるカグツチ。なんとも不幸。
「…………!!」
恥ずかしさで言葉も出ないカグツチを、菫は十分程ニタニタと眺めていたという。
~帝国:海岸沿い~
新しいご主人様である霙の中に取り込まれてから数時間後、何故だか勝手に外に出されたグリエバ・ニコ。
地面には黒い粘着質な液体。目の前には見知らぬ男が倒れている。
「なぁに? これ?」
『そいつを紫色のスライムでできた家に寝かせてこい』
ニコの頭に声が響く。
「ご主人様!? あれぇ? どこから話してるんですかぁ?」
「ああ? 今お前が踏んでる液体が俺だよ!! 悪かったな! 今は肉体の方をやられちまったからほとんど何も出来ないんだよ!!」
普段は主従関係的な理由ではなく、純粋な力の差でイチャイチャできずにいたニコだったが、今回ばかりは霙がニコに反撃できない。
ニコは周囲のベトベトした液体を自分の前に集めてドロ団子のように丸めると、表情には出ないが妖艶に愛でるのであった。
「うへへぇ~、ちっちゃ可愛いご主人様ぁ……ウリウリ、グニグニ……エヘヘ」
バスケットボールより一回りか二回りほど大きい黒団子を地面に座りながら抱きしめるニコになすすべなく撫でられ、愛でられ、つついて触感を楽しまれ、散々な思いな霙。
『おま…………あとで覚えておけよ』
思わず『神としての権能』をフル活用して、結果この世界やら他の世界やらが滅ぼうとも、ニコをボコボコにしてやりたいと思ってしまう霙は自分の中にいるサナや霞、そして本能の開放地で無残な死を遂げてしまった人々や近くにいるエリン達のことを考え、なんとか踏みとどまる。
「大丈夫ですよぉ、ご主人様ぁ。怒られないようにぃ、ちゃんとやることはやりますからぁ~」
『セラフィーの事は、まだ考えてる。お前はエリン達を頼む、私の記憶でなんとかしてくれ』
「それは命令ですかぁ?」
『言わせるな。お願いだよ』
「うひひ、了解でぇ~す」
直後、ニコの脳内に霙の記憶から作られた情報が流れ込む。
「ふ~ん、このオジサンが三杉ねぇ」
ドロドロの黒団子(霙)を一旦地面に置き、倒れている三杉を両手でつかむ。
腐っても吸血鬼。華奢な見た目と儚さに反して、三杉をスライムで出来た家まで運ぶ様子は力強い。
「あらあらぁ~、カワイイ女の子が三人もぉ。特に紫のこの子ぉ……ルーナちゃん? だっけぇ? すっごく魅力的で美味しそう……」
『私とは少し違うが、その子も霊的なものやアチラ側のモノを惹きつける。吸血したら───』
霙がこう言うのは分かっていた。分かっていてワザとやったニコとしては、せっかくセラフィーが居なくなって二人きりの時間を昔の友人だかなんだかに時間を奪われているのが気にくわなかったのだ。
要は好きだからこそのイジワル。
もちろん、好きでもない人間の血なんて微塵も吸いたくないから代わりにタバコを吸っていたニコが得意な体質のルーナであったとしても襲うことは無い。
「それでぇ、これからご主人様はどうするんですかぁ?」
前の主人(ニコの一方的な思い込み)であったジャック・ザ・リッパーとは初めて会って吸血されて殺されたあの日以来、話したことなどない。
霙を助ければ助けるほど自分と霙だけの時間は減るが、それでも彼女に話しかけて助けようとする姿勢はニコが元居た世界でのコミュニケーションの少なさが原因かもしれない。
『第二魔法で補強して因果を逆転させてキリストの復活を行う。それでルケイ世界からの第二魔法を昇華させ、俺様の神や人や化け物などの面を確立させる』
「えぇ~っとぉ、何を言ってるのかぁ、ニコちんにはさっぱりですぅ」
やっぱり分からない。それがニコの正直な気持ちだった。
これは人間達にも言えることだが、ニコの好みは神秘と不可思議に包まれた存在……ミステリアスな存在が好みなのだ。
前の主人の神秘と不可思議は、彼の犯した罪と彼の正体。彼のミステリアスとは過去から出た闇。
それに対し、今の主人である霙の神秘と不可思議は存在そのもの。前の主人であるジャック・ザ・リッパーのミステリアスな魅力は光が差し込めば照らされ消える闇であったのに対して、霙のミステリアスな魅力は如何なる光も感覚も飲み込み奪う深淵のブラックホール。
『とりあえず、俺のリュックを持ってこい』
魅了され飛び込めば、二度と帰ってこられない。
愛故の配慮も、思考も、気が付けば『霙』となって消えてしまう。それが分かってしまったからこそ、ニコは霙のことを分からなくともいいと思えた。ただ彼女の近くで、その魅力的な神秘と不可思議を知るのではなく、ただただ瘴気にあてられて酔いしれている。それだけで十分だ。
「はぁ~い」
まぁ、連続殺人鬼の闇に初恋。そしてあの『神無月 霙』に恋してしまうあたり、ニコも救いがたい流人であることに間違いはないのだが……。
「持ってきたよぉ、ご主人様ぁ」
三杉のことはあんなに軽々と運んでいたくせに、霙のリュックとなると急に重そうにか弱い女の子アピールをしてくるニコ。
こういう部分は前職が娼婦だからなのか。
しかし、今の霙に肉体はない。このまま自然に肉体を復活させるとなると数日から数週間かかる訳で、今の霙にとってニコの存在は大きい。
『はぁ、アリガトナニコ。ウレシイヨ』
仕方なく、向こうの求めている言葉を言ってやる霙。
「ムフゥ~、もっと褒めてもいいんですよぉご主人様ぁ」
『そしたら、中から本を出してくれ。透明なヤツ、私の中にいたし、見えるでしょ?』
「透明なヤツぅ? ……あっ、ありましたよぉ! ご主人様ぁ!」
『それと私を持って流花のところへ行って』
「了解ですぅ」
霙の言葉に従いはするものの、未だに頭の中はハテナでいっぱいなニコ。
この透明な本も、あの『流花』とか言う子も、一体全体何に使うのか全く分からない。分からないが、これでご主人の肉体が復活すると言うのだから、不思議でしょうがない。
「これでいいですかぁ?」
スライムで出来た家の中、スライム製のベッドの上で眠る少女の薄い胸の上に透明な本……『賢者の書』と泥団子みたいな霙を置く。
復活の儀式のはずなのに、ニコの頭の中で悪魔召喚の儀式なんて言葉がよぎる。
『ありがとうニコ。これから詠唱するから、少し離れててくれ』
「分かりましたよぉ、後でお礼にイチャイチャしてくださいねぇ」
後半の言葉に多少の苛立ちを覚える霙だったが、自分の言動もニコとあまり変わらないことを思い出した。一応、霙だって自覚はある。
『この者こそが神の弟子の一人であるルカ この書物こそ神の記録たるルカ福音書 そして我こそが神の愛し子であり新たなる神である! 書に記された復活の文字は過去のものであり、故に我が身が無いのは道理に合わぬ! この術式にて因果を正し、この世界に終滅と創造の神の名を轟かせろ!!』
霙の詠唱によって泥団子が光り輝き、霙の肉体が復活する。
「…………」
まだ精神が肉体とリンクしていないのか、霙は肉体の感覚を取り戻しつつも動かせずにいたのだが、それが次なる不幸を呼ぶ。
「……んっ、なんだし、重いし……?」
そう。
ニコは流花の胸の上に霙と『賢者の書』を置いた。当然、復活した霙は流花の上……つまり彼女のその薄い胸の上に両手を置いて跨った状態での復活なわけで。
「おはよう流花。少しは膨らんだみたいだね」
可憐な少女の胸に手を置き、ましてやその少女に跨る変態。その目覚めの一言たるや、なんと失礼なことか。
「キャァアアアアア! どこ触ってるし!!」
霙の誤算は、流花の鍛冶仕事で鍛えられた腕力が霙を力任せに投げ飛ばせる程にまでなっていたということだろうか。
「わぷっ!? ……うぅぅ」
だが、この家はスライムで出来ている。
力任せに吹っ飛んだ霙はスライムの壁に少しめりこみ、そして重力によって下に落ちる。悲しくも、霙の落ちた場所はルーナの寝ている場所だった。
「…………んにゅぅ? あれ、霙? なんで、いるの?」
霙が落ちてきた衝撃で目覚めるほんわかポワポワ少女。
「ゴメンねルーナ。痛かったでしょ?」
「大丈夫、ちょっと、だけだから」
「ルーナは優しいなぁ。落ちても柔らかくて痛くないし…………アノォ、ルカサン、ドォシタノ?」
背後からただならぬ気配を感じ取った霙。
理由は分かっている。流花の思い人の豊かな自然の山々に顔を埋めたからだろう。でも考えてほしいのだ、こうなったのは平野から丘になりつつある彼女が私を投げ飛ばしたからであって…………
「…………」
「ア、アノウ、ムゴンハヤメテホシイ、ナ?」
頭の中でどれだけ自分を守ろうとも、この場の空気が語っている。
それが分かるからこそ、霙もうまく話すことが出来ない。
「…………」
「流花、どうしたの?」
『殺される』
霙が覚悟を決めた時だった。
「…………良かった。ルーナが無事で、本当に良かったしぃ!!」
ベッドに座るルーナに抱き着く流花。
慌てすぎてベッドから落ちて床でビクビクしていた霙は思わず安堵した。
「何か、あったの?」
「いっぱいあったし、大変だったし。心配したんだからね」
ルーナに密着して喜ぶ流花。
それを横から見る霙は気付いた。流花もあの神秘の霊峰に触れたかったのだと。あのニヤニヤした顔を見ていれば、自分の病気のために勉強した知識など無くても分かる。
「まぁ、それはそれとして」
見守る霙。
その時、流花のニヤけ顔が悪魔の笑みへと変わる。
「え?」
≪チュドーン≫
壁に掛けられていた流花の自作魔道具『スコープちゃん』をいつの間にか外して、容赦なく霙に放つ。
変態一号はそのまま飛んで、スライムの壁を貫通して海まで。
「霙、飛んでった」
「いいんだし! ルーナも、女の子なんだから! 胸とか触られたらもっと怒った方がいいの!」
「でも、流花。触ったら、元気、出る」
ルーナ、まさかの反撃。
「え? まさかの故意? 嘘だし、あざといし! 可愛いし!!」
流花にクリーンヒット。
喜びと困惑でおかしくなる流花。
「ルーナ、スライムとか、柔らかいの、好き。元気、出る」
「エヘッ!? じゃ、じゃあ、好みの問題!? どういうことだし!? ルーナ!!」
思わずガバッと顔を上げる流花。
「ひ、み、つ」
そんな流花を再び自分の母性に埋めるルーナは、流花の質問に『適当』に答えながら興奮しておかしい流花の頭を三度撫でてやる。
ルーナとしてはおかしくなった友達を落ち着かせるためにやったことだが、やられた変態は復活した意識がまた昇天してしまった。
「あれ? 流花? …………心配で、寝てなかったの、かな?」
変態二号も天に飛び、なちゅらるでぃざすたールーナの思考も空で転ぶ。
「寒いし、このまま、一緒に」
気絶した流花を自分のベッドに引き寄せ、暖を取るルーナ。
数分でスヤスヤと眠ってしまった。
「あれぇ? ニコちん、影薄いのかなぁ? まぁ影ないんですけどぉ」
穏やかな空気の中。
部屋の隅、ご主人様を吹き飛ばされた純白の美女がそんなことを嘆いてた。




