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異世界流しに遭った私の異世界生活  作者: プニぷに
第二章:帝国
55/75

視界:sideエリン

 ~神聖魔法王国:西の森~


 魔力探知を得たルーナの道案内とエリンの固有魔法:『物体操作』による飛行によって高速でサナとカグツチの下へ行く二人。


「サナちゃん! カグツチ君!」


 視界に二人が見える。

 エリンの声に気付いたカグツチが一瞬だけこちらを見たが、直後にカグツチはサナに覆いかぶさるようにうなだれる。


 その時のカグツチの瞳は印象的で、元々赤かった瞳がなお一層赤く光り輝いていた。


「探知魔法を使った形跡はないか。魔眼持ちでも魔力探知が使える訳でもないようだし……すごいな、これだけの賢者対策された魔獣を相手に」


「神様! もう敵はいないんですか?」


「いないぞ」


 私は顔の近くで飛んでいる神様:『朱雀』に敵がいるかどうかの確認をして、倒れている二人に触れる。


「…………何で? 何で治癒魔法がサナちゃんにだけ効かないの?」


 とりあえず治癒魔法で怪我や傷を治そうと思ったエリンだったが、サナには治癒魔法の効果が表れない。まるで、何かに阻まれているようだった。


「魔獣、全部、死んでる。血の海、みたい」


 倒れた二人しか見ていなかった私は、ルーナの言葉で周囲を見渡す。


 「飛んでいたから」「二人のことしか頭になかった」

 こんな言葉では済まされないほどに大量の魔獣の死体がサナとカグツチの周辺に倒れている。どうして気付かなかったのだろう? さっきまで『()()()()()()()()()』見えていたのはずなのに。そんな魔獣たちの口や目からは血が流れ、それが地面に広がっている。


「城に行こう。氷雨ちゃんか菫さんだったらサナちゃんをなんとか出来るかもしれない」


 直感的にサナに治癒魔法が効かないのは氷雨女王の『絶対防御』によるものだと思ったエリンは、自分を含めた四人を『物体操作』で浮かし、空高く飛び立つ。




 ~神聖魔法王国~


「バルコニーから入るよ!」


 エリンは王城に向かって一直線に進んでいく。

 向かう先は王城のバルコニー。王城のバルコニ―の中でも一番大きくて立派なガラスの扉のある場所こそ、神聖魔法王国の女王である水無月・ルーイン・氷雨のいる部屋なのだ。


 『物体操作』で扉を開け、部屋の中に高速で入る。


「うをッ!?」


「ラウル? 変な声出してどうしたの?」


 エリンが飛んできた風圧で倒れるラウル。

 お目当ての女王様は風を受けていない。あらゆる攻撃・効果を防御する固有魔法:『絶対防御』のおかげだろう。


「あらあらエリン。バルコニーから来るなんてどうしたのかしら」


「氷雨ちゃん! サナちゃんを助けて!」


 エリンの、普段の様子からは思いつかないような顔に絶対不可侵の王ですら少したじろぐ。


「……え?」


「サナちゃんに治癒魔法が効かないの! それを防いでるのって氷雨ちゃんの絶対防御でしょ?」


「そうなの? その子に対する絶対防御は能力にしか効果を発揮しないはずだけど……赤髪の子もそうなのかしら?」


「カグツチ君は大丈夫。治癒魔法でしっかり治療したよ」


「そう、じゃあラウル。その子を適当な寝室に寝かせてきて」


「分かりました」


 当てが外れたエリン。

 どうしよう。このままじゃ、サナちゃんが。


「一応診てみるけど……あ、治癒魔法使ってみてくれる?」


 菫さんを探さなきゃ。


「ルーナちゃん! 私の代わりに治癒魔法を! 私は菫さん探してくる! 氷雨ちゃん、どこにいるか知らない?」


「ん~……今日は朝から見てないなぁ。三杉の所じゃないの?」


 私はもう一度『物体操作』で体を浮かせると、開けっ放しのバルコニーの扉から外へ出る。

 ルーナは空の高速旅のせいで長い薄紫の髪がボサボサになってしまっていたが、この状況で髪を気にするはずもない。ルーナはすぐにサナに近付き、治癒魔法をかけ始める。


「弟子よ。ロキで『目』を作り、そこら中に飛ばせ。それも第二魔法。人探しにはもってこいだろう」


「神様、神様の千里眼で菫さんを探せないんですか?」


 王国の道を高速低空飛行しながらも、エリンはスライムの魔道具で眼球を作り出して『物体操作』で操る。そこら中に散らばった眼球から魔力を通して視覚情報を得る。

 増えた視界に戸惑うが、そんなことで止まっていられない。


「さっきの茶髪の少女の魔法で使えぬ。これが噂の絶対防御というやつか? まぁいい、余も鳥たちと協力して探そう。あのにっくき賢者のことは余も覚えている」


「お願いします」


 エリンは菫を探した。

 魔道具の目を作り、視界を多面的に増やしたことで何度も何度も人や物にぶつかり、何度も何度も目眩と吐き気を催したが、それでも懸命に探し続けた。


 小さな体に大きな傷。止まらない出血。効果のない治癒魔法。

 エリンの焦りと緊張は限界に達した。


「うっ! ん……うえぇぇ」


 路上で思わず戻してしまう。

 その瞬間、エリンの脳裏にやつれたサナの顔が映る。そして大切なことを思い出した。


「…………! 私、止血してない!!」


 一応は医者である死道 殺気(しどう さつき)の下で看護師として働いてきた。だからこそ人の傷や怪我が治る姿を見ることができ、俗に一般魔法と呼ばれている『第一魔法』を扱うことが難しいとされる固有魔法使いでありながら治癒魔法を使うことができていた。


「バカ! どれだけ魔法に頼ってたの!?」


 死道の摩訶不思議な能力による治療と治癒魔法による治療。

 そして最近の『霙に追いつく』という目的のために鍛えてきた魔法の操り方。


 治癒魔法が効かないからなんだ。

 傷にスライム魔道具を当てて止血することも出来ただろうし、流れ出した血を物体操作で集め直して氷雨の絶対防御による血液のろ過効果を使えばもっと安全に菫を探すことも出来ただろう。


「お願い! 間に合って!」


 エリンは王城へと飛びながら、魔道具との視覚共有を解除して魔道具を手元に戻す。

 しかし、そこでエリンの魔力が底をついてしまい、エリンは王城前の中央広場に墜落した。高速飛行だったが、高度が低かった事で命に関わるほどの怪我はなかった。

 皮肉にも度重なる努力と研究と固有魔法の長時間使用がエリンを祟ったのだ。


「うぅぅ、サナちゃ……」


 更にはサナ・ルナティを助けようという緊張感からか自身の残存魔力量すら管理できない始末。

 朦朧とする意識の中、それでも立ち上がり王城を目指す。


「サナ……ちゃん」


「エリンお姉ちゃん?」


「へ?」


 朦朧としていた意識がはっきりする。

 そこにいたのは間違いなくサナだった。


「どうしたの? 何で泣きそうなの?」


「だって! 私のせいでサナちゃんが!」


()()()()()()


 その声は彼女の髪色よりも冷たく不気味で透き通り、彼女の目の色よりも荒ぶる炎のようで、混じりあう瞳の深淵よりも深くて重い。


「サナ……ちゃん?」


「あの子のためにありがとう、エリンお姉ちゃん。こんなにいっぱい『目』をくれて……お礼にお姉ちゃんの目も貰うね」


 サナの手には、さっき元の状態に戻したはずの『眼球』の形をした魔道具。

 そして優しい笑み。

 だが、その直後にサナの衣服や髪の隙間や口や目から血が流れる。


「ひぃっ!!」


 恐ろしさのあまり目を瞑る。

 状況が全く飲み込めていないエリンは、世界の静けさに落ち着きを取り戻し目を開ける。


「…………え?」


 目の前にいたのは両目をくりぬかれた自分だった。


「キャァアアアアアアアアア!!!!」


 エリンの意識が黒に染まる。

 それでも悪夢は少女に黒の安らかな夢すら見させない。


「これは誰の視界?」


「私が、私を見てる?」


「違う。全部他の人の……」


 一枚のグチャグチャした写真が次第にほぐれ、わかれ、様々な『視界』として見え始める。


「あーカのせーん。魔法の通り道ぃ。ぜーんぶワタシデ染まるかな? 世界をアカグロクソメマショ~」


 エリンではない誰かの視界と誰かの意識。

 無関係に話す口。無関係な誰かを自分と錯覚する自意識。繋がりはエリンに神秘と狂気を見せつける。


「さぁ! 空を赤黒く染め上げて、月の青で世界を照らし! 再来の姫の誕生を祝おうではないか!!」


「「「「サナ様!! 万歳!! サナ様!! 万歳!!」」」」


 鳴り響く神聖魔法王国の警報魔道具と拍手喝采。

 百鬼夜行かハロウィーンか。美しい町並みだけでなく人々まで赤黒青に染め上がり、神聖魔法王国は小さな異世界と化していた。




 ~神聖魔法王国:王城~


「どう? 効いてる?」


「ダメ。全然、効いて、ない」


 エリンが城を出てすぐ治癒魔法をかけ始めたルーナ。

 氷雨はルーナの治癒魔法を阻害するナニカに対し絶対防御で抑え込もうと必死だった。


「そっちは、どう? 消せた、の?」


「ううん、ダメ。止めても止めても外からまた来る感じ……いっそ外に向かって弾いてしまいましょう」


 そこにカグツチを寝室に寝かせてきたラウルが割って入る。


「女王、絶対防御で傷を塞いでください。ルーナ、僕達はこの子の腕をなるべくキツく縛りましょう。布は僕の服を千切ればできます」


「うん。分かった」


「……! ……!!」


 氷雨が使っている机の下で四つん這いになっているライトが必死に自分も手伝うと叫んでいるが、ライトの声も体の自由も氷雨の絶対防御に止められていて動くことができずにいた。


「じゃあ、いくよ」


 氷雨は絶対防御でサナの中にいる得体の知れないナニカをサナの外に追い出す。


「あれ? サナは?」


 瞬間、サナの姿が氷雨の視界から消える。


「よかった、ルーナの治癒魔法が効いたみたいだね」


「サナ、治った。ルーナ、嬉しい」


 違う。

 サナがいる部分が真っ黒になっていて氷雨にはサナの輪郭しか見えない。


「え、何を言ってるんだい? 女王」


「そうだ、よ。氷雨、見えて、ないの?」


 何かがおかしい。

 自分の絶対防御が唐突に広範囲に広がろうとし始める。友達をも巻き込み押しつぶそうとする。

 それを氷雨はコントロールし、ルーナとラウルの話に耳を傾ける。


「見えるって、なんのこと? ……あれ? そういえば何してたんだっけ? 確か誰かを助けようと、してて……あれ?」


 記憶の中にまで絶対防御が効果を及ぼしていたことにようやく気付いた氷雨。

 一体何を記憶から弾いてしまったのだろう。記憶を絶対防御で守ったのではなく、弾いた。この結果が意味することを氷雨は理解できていなかった。


「女王、君は姫様を助けたんだよ? 素晴らしいことじゃないか! 君でも姫の役にたったんだよ? 一番君が役にたったんだよ?」


 ラウルはどうしたのだろう。

 ラウルの目が真黒く塗りつぶされていて、氷雨は不気味に感じた。


「そう、だよ。氷雨、サ%&’%、助けた。えらい」


「さ? さ……何? なんて言ったの?」


「ん? >{()>?$ナ、だよ? 大丈、夫? 疲れた?」


 ルーナも言葉がおかしい。

 その『ナニカ』にだけノイズが入って聞こえないのだ。


「ありがとう、ルーナお姉ちゃん。ルーちゃんもありがとね」


 何か酷いノイズが聞こえる。

 それはどこか安心できるような、本当なら喜べるはずの音だったはずなのに、それが今おぞましい騒音にしか聞こえない。


「えっと、貴方は……そう、ラウルっていうのね」


「あぁ、姫様が、僕の、名前を! 名前を呼んでくださったぁああああ!!!」


 おかしい。

 明らかにルーナやラウルの言動がおかしい。


 氷雨は二人に向かって絶対防御を放つ。これで二人の悪い部分は強制的に取り除かれる……はずだった。


「え? 何で?」


 初めて、そう生まれて初めて絶対防御がナニカに引っかかった。ナニカから二人を防御できなかった。


「痛い。痛い、よ。何するの? 氷雨」


「……あれ? 僕は一体……あれ? 何で()()のこと、忘れてるんだ? ……はぁああああああ!? 何やってんだ僕!! 忘れていいはずないだろう!! お前か! お前の絶対防御のせいだなぁあああ!!」


 絶対防御に守られている氷雨に攻撃が通じるはずはない。

 それでもラウルの形相に後ずさりせずにはいられなかった。


「これが、絶対防御の術式なんだね。*?!”%)>様ぁ。今、お傍にぃ」


「ひっ!? ライト? ライトなの!?」


「そうだよ氷雨様。だけどだめだよ、貴方は絶対に受け入れない。どこかへ行ってよ、ずっとこき使ってさ、痛くて辛くて>+{+{?‘‘!”$??%(!?」


 氷雨が見たのは、身体の皮膚がはがれたライトの姿だった。

 絶対防御で固定していたはずなのに、どこかに抜け穴でも作って無理矢理脱出したのだろう。身体の皮膚が絶対防御に固定されたまま。


「血が……いっぱい出て。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」


 パニックになる氷雨。

 いつの間にか、ルーナもラウルも血を流している。ライトは二人の中心にいる黒く塗りつぶされた部分に這いずりながら近づいていく。


 絶対防御がパニックの原因である『友達との記憶』を弾いて、氷雨の精神を守ろうとする。それだけはさせまいと氷雨は黒く塗りつぶされた部分に向かって絶対防御による攻撃を放つ。


「お前だ……お前のせいだ!!」


 塗りつぶされた部分が何だかも分からないまま、その一点だけを力任せに押しつぶそうとする。だが、氷雨の攻撃と同時にラウルが時間停止の魔法を使う。

 当然、ラウルの魔法は絶対防御によって弾かれるが、普段のようにコントロール出来ていない絶対防御はラウルの魔法を完全には防御できず、一瞬のタイムラグが生まれてしまった。


「姫ぇ!! えeぎゃgaa!!」


 潰れた。

 潰してしまった。


 元凶を殺した感触と共に、ラウルを殺した実感まで。


「あぁ、姫様。僕の身体を使って下さい。どうせ出血がぁあああ!!!」


 直後にライトの背中から黒く塗りつぶされたナニカが生える。

 もうどうなってもいい。問答無用にして絶対必殺の一撃を氷雨が全方位に向けて放つ。


「『狂気感染~ルナティックパンデミック~』──キャーーーーーーーー!!!!!!」


 氷雨の放った絶対防御が防御すべき強大な力を持ったナニカにぶつかり、押しのけられる。


「私と同等の魔法? 嘘……ありえないもん!」


 ライトから生えたもの。それは当然サナ・ルナティだった。

 血にまみれた全裸の幼女の金切り声。その音と共に世界は赤く、黒く、そして青く染まっていく。ただ独りの女王を除いて。


「……あれ? 全部真っ黒だよ? ママ? ママ! みんなどこなの……みんな? みんなって……誰?」


 氷雨は、自分の姿を除くすべての音も光も振動も防御されてしまった。何もできず、何も分からない状態の彼女は何があったかも思い出せず……いや、何かを忘れたことすら忘れて世界の変化を待っていた。


「……ママ、早く帰ってこないかな」




 ~どこかのモノクロ世界~


 あ~あ、やっちゃった。

 いやまぁ、分かってたというか知ってたというか……どうでもいいか。


「…………」


 あれ? ワンには分からなかった? というか君は彼女から聞いてないのか。


「…………」


 分かった分かった。全部説明するよ。


 まず、氷雨が弾いてしまったサナ・ルナティに施された術式。

 それはルケイ世界の神であるゼロが施した流人強制弱体化の術式なんだよね。


 つまり、これこそが真の流人の『能力』でありサナ・ルナティの能力:『狂気感染~ルナティックパンデミック~』の完全な効果である。

 世界をたった一人で滅ぼしたサナ・ルナティの『狂気感染~ルナティックパンデミック~』とは、精神系能力における神。


「…………」


 え? 精神系能力と復活能力は違うって? ん~~、そうなの? 要するに、彼女を見たり声を聞いたり話に聞いたりしても洗脳されるし、彼女の体の一部……例えば血や髪の毛や彼女の名を書いた文章であっても洗脳されて、オリジナルである『サナ・ルナティ』に近付いていくってこと。


「…………」


 そうそう。

 サナ・ルナティはライト・フォン・ライデンの精神世界で新しく生まれ直し、彼という(さなぎ)を突き破ってきたって認識でいいと思うよ。


「…………」


 精神系能力なのに物理干渉できるのがそんなに不思議かい?

 結局さ、世の中の『認識』って脳の運動だよね? それを操るサナ・ルナティにとって五感や時間だけでなく、何かの死も生もすべてが彼女の支配下。感染者がいなくても世界と神を洗脳して再び復活できるなんていう不死身能力を知った時は、さすがのゼロちゃんも焦ったよ。


「…………」


 ははっ。本当に五歳かどうかなんて僕も知らないよぉ。


「…………」


 対抗策? そんなの俺様の知ったことじゃない。

 同じ能力者共が勝手にかち合って戦って何とかすりゃいい。その為の魔法だ。


「…………」


 どうしてライト・フォン・ライデンが絶対防御を突破できたかねぇ……『魔眼』持ちでも支配下に置いたんじゃないか? それで絶対防御の術式を演算して、一部だけでも解除したとか。あれだけ多くの脳を操っていれば、例え幼女でも膨大な情報を演算できるだろうしね。


「…………」


 うぅ~ん。それは無いと思うよぉ。

 いくら何でもルケイ世界が滅ぶなんてことはないよぉ。そもそもぉ、絶対防御を攻撃に使うのが間違いなんだしぃ。


 まぁ、最悪ぅ、愛しの霙ちゃんがなんとかしてくれるでしょぉ。あの子ぉ、心が分裂しちゃってるうえにぃ、脳がおかしくなってるわけだからねぇ。


「…………」


 ああ、僕が『サナ・ルナティ』を知っているのは危険だよ。

 でもこれはどうしようもないだろう? どっちみちあの子は死なない。そういう能力だ。どんなに弱体化したところで流人は流人。


 死んでこの世界から離れれば、自然と僕の術式も解除されるんだからさ。




 ~神聖魔法王国:中央広場~


「サナ様! サナ様!」


「我らの姫! 月の女神ヨ!」


 城から出てきた私を迎える大勢の人達

 この景色を、私は一度だけ見たことがある。


「…………また、なの? 制御、みんなと頑張って出来るようになったのに!」


 ルケイの強制弱体化が働いていた時のサナは確かに自分の能力を制御出来ていた。だが、今の自分はどうだろう。


 目を見たらサナを守るということだけしか考えられないようにする程度だった力は、いつの間にか精神系全般を操る力に加えて不死身。氷雨の絶対防御のおかげで神聖魔法王国の外には能力の影響がないが、それもいつまでもつか分からない。


「また独り。また……ぅっぐっ、殺しひャっ、たぁああああぁん」


 どれだけ泣こうともやってしまったことが無かった事にはならない。

 例え、自信の能力で記憶を消したとしても、記憶を持った自分と持っていない自分が出来るだけ。きっと完全に記憶を消せてしまえる力だろう。でもそれだけは出来ない。そんなの怖くてサナには出来ない。


「うぅぅっ……エリン、お姉ちゃん」


 サナは初めて自分の能力が効かなかったかけがえのない人の名を口にする。


 白くて綺麗な髪はサナの憧れだった。

 彼女の髪を見ていると、一度は血で赤く汚れた自分の髪。不気味な青色でクセっ毛の髪が化け物(じぶん)らしいと思えた。


 銀の瞳が羨ましかった。

 銀という色は昔から魔や毒を退け、真実を映すとされている。と、私のおうちにあった本に書いてあった。それに比べて、私は赤黒い血の色。狂った私には、これがお似合いなのかな。


「サナは、どうしたら……」


「サナちゃん!」


 声が聞こえた。


 赤黒い壁に、一点の白。サナにとっては光の……いや、『希望』の色だった。


「お姉ちゃん!!」


 サナの感情が感染者全員に伝わり、希望を導くように道を開ける。


 髪も服もボロボロで、手や足からは多少の出血がある。若干足を引きずりながら、フラフラになりながらも白い希望の光は真っ直ぐにサナの『目』を見つめ『名前』を呼んでくれる。その銀の瞳が赤黒く染まることはない。


「サナちゃん。無事だったんだね、良かった。絶対に離れない! 離さないから!」


 白衣の天使が漆黒の悪魔を抱きしめる。


 天使の手には小さな小瓶があった。魔力切れになったものの、サナ・ルナティの能力を通して人々の意識の中を彷徨(さまよ)っているうちに他者の魔力を吸収していた。

 それだけではない。彼女達の視界のおかげでエリンは魔力や術式の流れを見ることができた。まだまだではあるが、『魔眼』を使えるようになった。


「能力が暴走しちゃったんだね。大丈夫、霙ちゃんの魔道具で治してあげるから」


 王国は酷い色をしていたが、エリンが見たところ怪我人もいない。

 初めて会ったあの時よりも感染者が大人しい。彼女の能力制御の努力の賜物だろうと感心しながらエリンはサナの胸に小瓶を当てる。


 ≪バジッ≫


「弾かれた? どうして? 術式は発動してたのに」


 エリンの魔眼は確かに魔道具に備わった術式の発動を見た。

 だが、後ろを振り返っても感染者が元に戻る様子はない。


「あのね、エリンお姉ちゃん。サナの能力はずっとだから、多分それ、ダメだよ」


 その言葉を聞いて、エリンはもう一度小瓶をサナに近付ける。


 ≪バジッ≫


 触れた瞬間、サナの周りのナニカだけが一瞬だけ無効化されたが、肝心の内部にまで届いていないのが見えた。


「どうして……あ、でも大丈夫だよ。前みたいに制御すればいいんだよ! ね、一緒に頑張ろ」


 正しく天使の微笑み。

 だが、今の悪魔には通用しない。驚異的な演算能力に加えて『魔眼』持ちの『鳥』までも支配下に置いている今のサナが、誰よりも理解している。


「エリンお姉ちゃん。あのね、ルーちゃんの魔法でね、サナの中の『悪い』とこが外側にあるの」


「うん」


「だからね、今のサナは悪い子なの」


「大丈夫、サナちゃんは悪い子じゃないよ」


「違うの! サナの悪いのが表面化してるの! お姉ちゃんの師匠の鳥さんもいるから絶対防御も時間をかければ解体できるの! 唯一能力が効かないお姉ちゃんを殺そうとしてるの!」


「え、それってどういう……ッ!?」


 悪魔が真実を語る時。

 それは、語ったところで何も変わらないときである。


「これ、エリンお姉ちゃんの魔道具だよね? 返してあげる」


 サナが後ろを振り返り、跪いていた誰かから何かを受け取っているのが見えた。


「……え?」


 直後にエリンの腹に突き刺さった紫色のナイフ。

 そこを中心に白い乙女の戦闘服が赤く、黒く染まっていく。

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