41:決断と終結の兆し
~帝国~
戦いは終わり、夜が明けていた。
死んでしまった霞と殺した吸血鬼を内包する『私達の世界』に取り込んだ後、グリエバ・ニコと名乗るタバコの妖精と吸血鬼の側面をもつヤベェ奴に絡まれた私達親子は森の中を歩いていた。
「ねぇ~セラフィーママぁ。いいでしょぉ、ニコちんも一緒に旅したいよぉ。というかぁ、新しいご主人様にセラフィーママがなったんだからぁ、別にいいよねぇ」
とにかく話を聞かないニコチン有害物質野郎に私はイライラしながらも、無視することで冷静さを保っていた。
「結局来るんじゃねぇかよ」
「あれぇ? 今のっていいよってこと? つまりはOKぇ? 大好きだよ、ご主人様ぁ!!」
タバコを何倍にもデカくしたゆるキャラとでも言えばいいだろうか。
生物としての形が着ぐるみのニコの表情はぺったりと張り付いた笑顔から変わることはない。
「うるせえ! 抱き着くな熱いだ……お前、冷たいな」
「ニコちんはぁ、吸血鬼だけどぉ、血ぃ吸いたくないから、代わりにタバコ吸って我慢してたんですよぉ。そしたらぁ、栄養と血が通わなくなってぇ、身体が冷たくなってぇ肌や髪も真っ白になってぇ、そしたらぁ、妖精王に見た目と生活がタバコだからって理由でタバコの妖精に任命されちゃったんですぅ」
どんな理屈だ。
というか、聞いてる限りコイツが異世界流しの刑になる理由が分からない。
吸血鬼だったジャック・ザ・リッパ―に恋してたとかなんとか言っていた気がするが、その後のことなんだろうな。
「それで? どうしてコッチに来ることになったんだ?」
「あれあれぇ? ご主人ってば、ニコちんに興味津々ですかぁ?」
うぜぇ。
表情がずっと安物の笑顔のまま話しかけられているのも相まって本当に殴りたくなってくる。いや、いいか。
「ふんっ!!」
どうせコイツも不死身に近い。
それは俺の『目』で見て理解してる。だから殴ってもいい。イライラさせたコイツが悪い。
「あー! せっかく仲良くしてると思ってみてたのにぃー! ダメだよママ!」
「天泣は、そこの臭いの嫌いだよ。だって臭いもん」
「も~天泣お姉ちゃんまでぇ……」
巨大な白狼となった天泣の上に座っているセラフィーに注意された霙。
確かに今のはやりすぎただろうか。頭がボンヤリとして、うまく考えられない。
「カッカッカ、良かったなぁ姉上。年下の幼女に怒られ、無能の天泣と同じ意見だぞ。どうだ? 無能と同レベルになった気分は? それと、争いは同じレベルでしか起こらないという言葉を知ってるか? 無能の姉上よ。そこのタバコ女と貴様は同じだ。誰からも嫌われる有害物質であり己のことしか愛せないで他人に害を与え続ける世界の害だ! カッカッカ!!」
神無月四姉妹の三女である根雪に長々と楽しそうに罵られる長女の私。
「……別に、嗜好品なんだからいいだろ。好きな人は好きってことなんだしさ。大体、アッチの世界と違ってこっちの世界には分煙も禁煙もないんだから、嫌ならどっかいけば? どうせお前も交代人格なんだからさ」
売り言葉に買い言葉。
疲れているとはいえ、今のは言い過ぎただろうか。頭がボンヤリとして、上手く考えられない。
「お姉ちゃん。人を傷つけるなら、その喉を奪います。霙お姉ちゃんは両腕も奪います。これ以上争いは起こさせない」
とうとう四女の紫雲にまで怒られる始末。
「術式展開──『神無月 紫雲の名の下に、この地に平和をもたらす。悪しきことに使われる道具は、例え四肢であっても滅しましょう。痛みと圧制が苦となるならば、すべてを【私】に置換する。心地よい安らぎと静寂を貴方に』──発動:『神の方の下に平伏せ』」
神無月四姉妹の中で最凶最悪と称される紫雲に身に付いてしまったルケイの第一・第二魔法。
その術式が展開され、効果が発動する。
世界は色を、境界を失った。
「…………」
「……い、一体何をしたんだ。姉上」
根雪が私に話しかけてきた。
ニコのことはもういいのだろうか。当のニコと言えば、殴られた部分を押さえてこちらを見ている。
表情が笑顔のままだから、何を考えてこっちを見ているのか全く分からない。何も言わない辺り、そこまで怒っている訳でもないのかもしれないなどと思ってみる。
「『魔眼』で夢を見させた、ただそれだけのことですわ」
「さっき吸血されたときの? それとも吸収した吸血鬼の? それともどっちもなの?」
数少ない理解者。
というか神と神の使いの関係であるセラフィーには、私の考えや私の術式が分かるのだろう。はっきり言うと不気味だが、私のような存在を愛してくれる数少ない存在だ。
むしろ、私の行いが明るみになるというのはスリルがあって面白いかもしれない。
「分かんないなぁ。どっちなんだろうね、セラフィー」
一々説明するのも億劫だ。
このルケイに来てから良い出会いに恵まれているのも、その出会いのおかげで私が救われているのも事実だが、神経質な私としてはもう少し静かにゆっくりとしていたいものだ。
「はぁ……『所有者の元へ戻れ、我が一部』。これでうるさい妹達もいない訳だ……」
うるさい妹達を元の魔道具の姿に強制的に戻し、ベルトの定位置に装着させる。
「寝てないもんね、ママ。休もう」
言葉に詰まる私を見かねて、セラフィーが代弁してくれた。
「ありがとう。1時間だけでいい、それまではニコと一緒に周囲を警戒しててくれるか?」
「うん」
「あのぉ~、ニコちんのことは忘れちゃいましたかぁ?」
よくできた娘だ。
私の本当の子供だったらどれだけいいだろうか。いや、子供に対して『良い』『悪い』などと考えてしまうあたり、私のあのクソ親共の子供なのだろうな。
「ニコチン。一応謝ってやるが、貴様も悪いぞ」
「ママ、どうして心では自分を責めて、現実では強がるの? 辛かったのなら素直にそう言わないと、ニコちんさんも分からないよ?」
「…………お休み」
「むぅ~、ママッてばぁ~」
「待ってください」
唐突にニコがまともな話し始めたことに驚いた私は閉じた瞳を開けてしまう。
それでも木に寄りかかったまま、ヤツの話に耳を傾けてやる。
「眠気も覚める、グリエバ・ニコの一発芸。変身」
ニコがそう言うと、彼女の円柱型の肉体に火が着き燃える。
本体もタバコなのか、煙はとても臭かった。そうして10秒程待つと、煙が消えてニコの姿が露わになった。
「なっ!? マジで誰だ」
「貴方の妻でありアイドル、ニコちんですよぉ?」
ヤツの発言はともかく、その見た目の変わりようは凄まじいものがあった。
純白。
彼女を一言で表現するとすればこれだろう。
純白の肌に同じ色のサラサラと流れるような美しい長髪。その体を包む布地も同じく白。純白のウェディングドレスのスカートには切れ目があり、そこから長く美しい足が見え隠れしている。
「ニコちんさん……綺麗……」
セラフィーが言葉に詰まるのも納得の美貌だ。
造形だけならば霙も負けてはいないが、何より『白』く、儚い印象が、彼女に対する保護欲を掻き立てて二人を魅了している。
「あのぉ、『目』を開いてもいいでしょうかぁ? 一応ぅ、この状態は吸血鬼としての側面が多く出てるのでぇ、心配なんですけどぉ」
「…………あ、ああ、いいぞ。俺は魔眼持ちだし、セラフィーにはそもそも効かないからな」
「セラフィーは天使と悪魔の王ですからねっ」
ようやく調子が戻ってきたセラフィーに対し、霙はまだ動揺している。
それこそ、あまりの美しさに言葉が遅れる始末。
もはや純白のウェディングドレスと同化して、服と肌との境界があやふやな彼女の姿。きちんと前に揃えられた両手の爪の部分と唇だけが何とか白にならなかったような赤色をしているが、その赤ですら今にも白に消えそうな儚さを彷彿とさせていた。
「じゃぁ……いきますよぉ」
その閉じた瞳がこのルケイ世界に顕現する。
「!?」
爪や唇と同じ儚き赤色。
だが、他の赤とは訳が違う。霙とセラフィーには耐性があるから問題ないだけで、彼女の瞳は開かれただけで世界を滅ぼせる程の能力がある。
「ニコを見れる二人には、どのように映っているのでしょうか?」
霙はニコと同じ流人だが、霙はルケイの流人強制弱体化の術を受けてはいない。
だからこそ、術の重要性を考える機会が無かったが、今ならわかる。霙の『魔眼』はすべての理を紐解き分解し、見通し、再構成させられる。それ故、彼女の身に備わる能力も見ることが出来る。
「ゼロ、お前の術に救われた気分だよ」
「ゼロって誰ですぅ?」
弱体化されていてなお、これだけの力を持っている。
『血の渇望』による吸血鬼性の強化。本来ならば血を吸うことで強化されるはずの代物だが、その渇望を超越した彼女は唯一無二の存在と能力を得てしまったのだろう。
(異世界流しになった理由はこれだな。きっと妖精王とやらも、世界の平和のためにコイツを妖精化させて吸血鬼性を薄めたんだろうな)
「じゃ、お休み」
「ええぇ~!! 目の覚めるような美女にあったのにぃ~何でですかぁ?」
確かに目の覚めるような美女だ。それは認める。
今更だが、彼女の頭に真っ白なフリルのカチューシャがあることに気付いた。もう白すぎて個々のパーツが分からない。
「はぁ、面倒だな。私は寝たいんだけど?」
「ニコちんさんって、アルビノではないんですよね?」
いいぞセラフィー。そのままアイツと話していててくれ。その間に寝よう。
「アルビノじゃないよぉ~。ただただぁ、血を吸ってないからぁ、血がないだけぇ」
「ぶフッゥ!! キャハハハハハ!!」
ダメだ。寝られん。
そんなの面白すぎるだろ。普通の吸血鬼だって青白いだけなのに、血を吸わない吸血鬼が真っ白になるなんて。それも真顔で言うのは……反則でしょ。
「笑う所でしたぁ?」
「キヒ、キヒヒッ。じゃ、じゃあ、お前の顔に表情がないのも……」
「血がないから表情筋が動かなくって────」
「いぃぃぃぃぃいいいいいいッヒャァアアアアアアアアア!?!!」
我慢の限界だ。
これだけ笑っていたら、眠れなくなってしまいそうだ。
「そ、そんなわけないじゃないですかぁー! 単純にぃー妖精時代が長くてぇーうまく動かせないだけですからぁー!!」
「…………あっそ、今度こそお休み」
一気に冷めてしまった。
おかげで寝れる。
「セラフィーちゃん、ご主人様って変人?」
「ん~……ニコちんさんが思ってるよりも変人さんですよ」
ようやく私は眠りにつけた。
「…………、ん?」
ここはなんだろう? 薄暗い世界に、大量の武器。
誰かに呼ばれている気がする。
「ママ!」
「霙ちゃん!」
白髪の天使と黒髪の天使が見える。
あれ? セラフィーって半分は悪魔だよね……なるほど、これは夢か。
「「助けて!」」
この光景が夢だと分かったのに、それなのに酷く恐ろしい。
自分にとって、初めてできた『信頼できる存在』がナニカに奪われようとしている。
「「「ア゛ア゛-」」」
腕を捕まれた。
光の中に吸い込まれていく二人を助けたいのに、私の体は後ろに引きずり込まれる。
亡者。過去。私じゃない私。
それらが私を掴んで離さない。その中には、何気なく殺してしまったあの気持ちの悪い男の姿も見えた気がした。
「……怖い、」
だから嫌なんだ。だからこそ、こうしてきたんだ。
私の好きなものも大切なものも、全部全部壊されてきた。
初めてできた将来の夢は父親によって砕かれた。小学一年生に堂々と高校の科学や物理の問題を出題して、高笑い。「この時点でコンナノも出来ないじゃ、科学者になんかなれないよ」と、そう言われた。
母親には多くのものを壊された。
心の支えとなっていたぬいぐるみ。大切にしていた本。 約束。信頼。人格。肉体。家族関係。
特に、母親が父親と祖母の悪口を私に聞かせてきたのはしんどかった。それを聞かせて、私にどうしろと言うのだろう。皮肉にも、母親に悪口を言われていた人間達もまた、母親の悪口を私に聞かせるのだ。
「あの使えねぇクソ父親ぁ? マジで、家に居たってなんもしねぇんだから外行って金稼いで来いよ! 私は毎日毎日仕事して家事もして……それでもお前より稼いでんだよ!」
父親はダメ人間。
そうなのだろうと思った。
「はぁーーー!!! マジでムカつく! あのクソババァ。なんも出来ない無能のくせに、何言っちゃってんのって感じなんだけど!」
祖母は無能の馬鹿。
そうなのだろうと思った。
「なんかさぁ、俺ばっか悪いみたいに母親言ってるけどさ、自分だって約束も時間も守れてないじゃん。それなのに何が家族の信頼がどうたらだよ! 感情に振り回される暴力キチガイ女の癖によぉ!」
母親はキチガイ暴力女。
そうなのだろうと思った。
「……寒い、」
私が中学生か高校生になって、私が心に対する知識と安定性を手に入れた頃。
私の家族に対する思いはただ一つ。「コイツラは人間じゃない。ゴミ以下の存在。ただ、私の道具」その程度にしか思えなかった。今思えば、お互いがお互いを罵倒し、見下しあっている環境の中で得た知識を総合すると、確かにそう思えてもおかしくはないと思う。
「またその目。はいはい、おめぇは私達とは違うんだもんなぁ? 自称天才さんよぉ! お前なんか家族じゃないから」
ただ目が合っただけなのに。私が天才? かけ離れすぎてイライラする。
母親の発言はいつも苛立ちを覚える。的外れで自己中心的で。
「お前何? 人の事なんだと思ってる訳? そういう人間っていうかぁ、そういう考えじゃ絶対無理だから。絶対にお前の思ってる夢なんかにたどり着けないから! 俺には分かる。そういう人間をいっぱい見てきたから」
へぇ~それなのにお前はいまだにゴミみたいなニンゲンモドキなんですね、自称父親。
他人のふり見て我がふり直せ。
お前如きの存在に、一体全体何が分かるんだよ。
「……痛い、」
私は目覚めた。
「…………、」
じんわりと意識が夢から現実に置換されていく。
「ご主人様ぁ~、お目覚めが遅いですよぉ~」
目覚めて早々に面倒な声が聞こえてくる。
そんな風に思っていた霙は、ニコと自分の姿を見て驚愕した。
「ねぇ、どうして二人ともくし刺しなの?」
霙もニコも地に伏し、植物で出来た槍のようなものでくし刺しになっていた。
正直、どうして生きているのか分からない。
「……おい! セラフィーはどうした!?」
「そ、それはですねぇ……」
「殺された……のか?」
セラフィーはゼロに嫌われた存在。
それも、世界のすべてを彼女の敵にしてまで消したかった存在なのだ。もしもゼロが霙の思うような死にたがりの変態でないのであれば、ゼロがセラフィーを生かしておく必要も、霙を生かす必要もない。
今までは取るに足らない存在だったが、霙がセラフィーと出会ったことで自分の身に危険を感じたのだとしたら、戦闘力の無い『使い』を襲うのに新しい神が寝ている。これ以上の好機はないだろう。
「ち、違いますぅ! さらわれたんですぅ!」
良かった。
心の底からそう思った。
「ニコ、奴らの特徴を言え」
霙は『魔眼』を発動し、自分とニコをくし刺しにする槍を解体する。
「……え、えっと」
「どうして? とでも言いたそうだな。いくら何でもお前が一人に負けることはない。お前には『目の能力』があるからな」
思考を先回りされたニコは少しだけ不貞腐れたような気持になったが、残念ながらその感情が表情に現れることはなかった。
「あ──」
「農民、だな? お前の身体に付いた傷は魔法でも剣でもない。誰でも使えるような武器の痕だ。棍棒と農具だろう。そしてお前のそのタバコのコスプレ、それはあのデカい着ぐるみと吸血鬼状態の中間なんだろ? どうせセラフィーに殺すなと言われたんだ」
「……むぅ~。お見通しならぁ、聞かないでくださいよぉ」
「あってるんだな?」
「あってますよぉ~。向こうさんは農民でぇ、こっちのことを『滅殺の魔女』とかぁ、『ルーインの魔術師』とかぁ、色々言ってきてぇ、お嬢様をお前らみたいな連中に任せておけないとか言って連れて行っちゃったんですぅ」
タバコのコスプレ状態なニコのおかげで大体の状況が分かった。
そして冷静になると同時に怒りが込み上げてきた。どうして気付けなかったのだ? どうしてまた守れなかったのか? いつだって大切なものを守れない自分が嫌いで嫌いでしょうがない。
「そうか。……一応言っておくぞ、一緒に来たければ来い。ただし、その姿か吸血鬼状態でな」
「……へ?」
「あのデカいのは……その、ダメなんだ。昔から着ぐるみは怖いというか、嫌いなんだ」
「はわぁ……嬉しいですぅ!! ご主人様大好き!」
「ああっ! 一々抱き着くなっ!」
もう昔みたいに悩まない。
前までの私は化け物にも人間にもなれなかった半端者だったが、今は違う。セラフィーのおかげで偏ることができた。
ルールは守る。
その上で全力でセラフィーを助ける。そう思い、セラフィーを見つけるための術式を発動させようとしたところでナニカに気が付いた。
「……嘘だろ」
それは、さっきまで穴だらけだった自分の身体が治っていることではない。そんなのことは今の霙にとってみれば些細な事だ。
「どうしたんですかぁ? 早くお嬢様を──」
「黙ってろ」
とある魔道具が壊された。
強力な魔道具だ。そう簡単に壊されるような状況になるとは思えない。だからこそ、破壊されたときには周囲の情報と術式をコチラに送るように作ったのだ。
「『絶対防御』『物体操作』それに……流人の能力。ゼロの……!?」
「ご主人!?」
「下がれニコ! これは精神系の能力だ!」
サナ・ルナティ。
その一単語を認識した途端、頭にナニカがグイグイと蝕もうとしているのが分かった。
だが、この程度で屈するほど霙の精神は甘くない。
「これで全盛期か、甘いな。魔眼の力を使わずとも、私の今までの精神攻撃に比べたら……」
術式も魔眼の力も使わずに、サナ・ルナティの『狂気感染~ルナティックパンデミック~』を振り切る霙。
「どうしよう、エリンが……エリンがヤバイ」
「え? エリンって誰ですかぁ?」
「私の…………親友だ」
肉体を増やしてどちらも助けに行くということも出来るが、私は『私が作ったワタシ』すら信用できない。だからこそ、どうしていいのか分からなくなってしまった。
(どうする? 分身してアッチに送るか? でも……もし向こうで根雪やケヴィンやアイザックみたいな凶暴な人格が出たら。それに、私の知らない人格もいる訳だし──)
≪リンリン! リンリン!≫
どこからかベルの音が聞こえる。
「何ですぅ? 敵ですかぁ!?」
違う。
そう断言できる。
「これは、セラフィーの術式だ」
声が聞こえた。
「ママ! お誕生日おめでとう! これから色んな事が起きると思うけど、私は貴方の味方です。だからこそ、あんまり思いつめないでね。私のせいでママは変わっちゃった、だからって自己犠牲に走らなくていいの。セラフィーもママもようやく前に進めるんだから、自分と自分の大切なものに一生懸命になろうね」
「お嬢様……というか、ご主人様の誕生日って今日だったんですね」
また彼女に救われた。
後何度救われれば、私は……。
「セラフィーは大丈夫だ。それより、神聖魔法王国に向かう」
「えぇっ!? だってお嬢様が──」
「セラフィーは大丈夫だ、何故なら私の子だからな。それよりも、今すぐ死にそうな親友を助けに行く」
目的が決まれば早い。
ニコの話を聞く限り、相手はセラフィーを殺そうなどとは考えていない。ならば今、私がすべきことは私を救ってくれた親友を助けに行くことだ。
「ニコは流人だから、私の中で留守番な」
「ううぅぅぅ~」
霙はグリエバ・ニコを『内包する世界』に入れると、自身を救ってくれた白髪の少女の持つ特別な術式を展開する。
「魔法とは、結果を生み出すための骨組みたる術式とそこに流すエネルギーである魔力によって生まれ、これはすべての能力に通ずるものだ。だからこそ、この目はチートだと言ったんだ」
軽くため息を吐き、前を向く。
「お前らの作戦通りに事が進むと思うなよ」
その姿は鳥が飛び立つというよりは、ミサイルの射出と言った方がいいだろう。
確かに少女には才能があった。
その才能によって少女は多くのものを学び、自分のものにできた。
新しいものを生み出し、古きものから新しいものへと昇華させた。
それはチートだと少女は言った。
それを努力だと褒めてくれた二人の少女がいた。
その二人の為、神にも等しき少女はようやく己の力で何かを成そうとしていたのであった。