40:『月とウサギと流人と鬼と』その4
~神聖魔法王国:南の森~
辺りの魔力を吸い上げながら、スライムがキラキラと光り輝く。
激しい発光の後、現れたのは濃い紫色の長髪に全身真っ黒の少女だった。
「ふぅ、初めまして。北欧のトリックスター! ロキちゃんでーす☆」
目元でピース。
そして決めポーズ。
「…………」
「…………」
二人は、忘れたかった少女の面倒な部分を思い出した。
神様だろうが何だろうが、あの霙に似ているということはヤバイ。
この一言で済むだろう。
「あれ? テンション低いねぇ。神様だよ? すごいんだよ?」
「そう……言われても、ね」
正直、今目の前にいる真っ黒な女の子が神様だったとしても、元はと言えばエリンの魔道具。要するに、エリンの所有物であり『物体操作』で操れる。
それに、今のエリンには菫から少し教わった程度とはいえ第二魔法もある。エリンの所有物である以上は『エリンによって操られる』という宿命からは逃れられない。
「わー、プニプニ。すごく、柔らかい」
同意を求めたエリンだったが、求めた相手はもうそこにはいなかった。
彼女はスライム製の神様のすぐ近くまで行き、神様を指先でツンツンと触り、感触を楽しんでいた。
「…………私も、ルーナちゃんくらいのメンタルが欲しいよ」
「主よ大丈夫か? 随分と落ち込んでいるようだが」
何が何だかも分からない状況の中、一人スライム製の神様をプニプニしている女の子を目の前にして落ち込まない方が難しい。
エリンは膝から倒れこんだ。
「ううぅ……」
「そういえば、朱雀、呼んで、くれるの、ホント?」
自由過ぎるルーナのせいで忘れていたが、今一番優先するべきは古の魔獣である朱雀を探すこと。そして魔眼や魔力探知のことを聞くことだ。
「違うぞルーナ嬢。俺は『見つけてやる』と言ったんだ」
一人称の変化。話し方の変化。
こういった変化は、彼女の特徴でもあった。
「「ふふっ」」
「ん? 何か面白いことでも言ったか?」
ルーナもエリンもそんなことを思い出して微笑した。
懐かしく、思い出深い。
あれだけの強烈な個性を持っておきながらいつの間にか消えていた小物のような彼女。
一度見たら忘れないはずなのに、いつの間にか忘れている。そんな、不思議な彼女のことを思い出していた。
~神聖魔法王国:西の森~
「そんなの、全部倒せばいいだろ」
そう思っていた。
「で、でもねカグt」
「うるさい! 戦えない流人は黙ってろ。邪魔だ」
流人は女王の力で能力が使えないはず。戦えない荷物を抱えているが、相手は所詮魔獣。俺が負けるなどとは思えなかった。
「『我等人間の最初の異形の友は火である。ならば友人よ、火の使いである我にその力のすべてを貸し与えたまへ』……秘伝魔法:『太陽神』!!」
≪ガツッ≫
『太陽神』発動後、すぐに後頭部に衝撃が走った。
攻撃の気配を感じられなかった俺は、よろめくもすぐに後方を振り返る。
(発動していなかったら、今ので死んでたかもな。後ろにいた流人は何してたんだ? まさか見逃したのか? まぁ、ちっこい流人に頼ろうなんて、その考えが間違ってた)
「なっ!?」
反省したのもつかの間、カグツチはもう一度反省しなくてはならなくなった。
「敵影が、ない……おい! 流人! さっきはどうやって見つけた!?」
慌てて周囲に炎の壁を作り、ちっこい流人の為に膝を折る。
流人は俯いていて何も話そうとしない。こんな時まで、面倒な奴だ。
「おい! 何か言え! そうじゃなきゃ分かんないだろ!」
気配もなく。音もなく。見えもしない。
これでは自由度の高い『太陽神』であっても魔獣だけを燃やすことは出来ない。
かと言って森を焼き払う訳にもいかない。
どうする? どうする? どうする? どうする? どうする?
「うぅぅ……大丈夫? お兄ちゃ……いっ……」
困惑の中、流人の顔がようやくこちらに向いた。
そしてハッとさせられた。彼女の顔は涙に濡れ、袖は引き裂かれ、腕からは血が零れている。
「おい……どうしたその腕!?」
「大丈夫だよ……それよりね、相手は見えないしね……サナでも聞こえにくい、の」
途切れ途切れの言葉。
分かってる。これは俺のせいだ。
最初からサナの話を聞いていれば、こんな事にはならなかった。
こんな小さな子に気を遣わせて……俺は一体何をやってるんだ? 馬鹿なのか? 背後から迫る魔獣から俺を守るために傷ついてくれたのに……俺は何をやってた?
「…………痛いよな、サナ。でもゴメン、俺にはルーナみたいに治癒魔法が使える訳でも流花みたいに何かしらの道具でお前の怪我を治療することも出来ないし、ライトみたいに守るのが上手いって訳でもないんだ……俺に出来るのは一刻も早くコイツらを倒すこと、手伝ってくれサナ」
「うん!」
サナは笑顔だった。
誰よりも怖がりで、今だって痛くて泣きそうなのに……我慢して……。
何かを我慢して、自分を偽って。貧乏人の俺だって、そうやって生きてきたはずなのに。
「(霙もこんなんだったな)」
「ん? 何か言った?」
「いや……それよりどうだ? 何か聞こえるか?」
カグツチは思い出していた。いつも何かに怯え、自分を偽り、我慢していた少女のことを。
最後まで本気も奥の手も見せなかったあの少女。今の光景を彼女が見たら、何て怒られるか分かったもんじゃない。
「…………風、来るよ!」
瞬間、二人を守っていた炎の壁が吹き飛ぶ。
視界が広くなろうとも、敵の姿は見えない。
「っ! 『天叢雲』!!」
危険を感じたカグツチは瞬時に炎の剣を創り出し、周囲を薙ぎ払う。
発動した『天叢雲』の効果により木々は倒れ、再び炎の壁が現れる。
「手ごたえ無し……大丈夫かサナ」
見えない敵の攻撃力はそこまで高くはない。さっきの風魔法の攻撃も壁を壊す程度の力しかなかったが、油断などできない。
この隙にカグツチはサナに『太陽神』の鎧を纏わせる。
「うん、ありがと……お兄ちゃん! 上!」
咄嗟に上を見る。影も何も見えなかったが、サナがそう言ったのだから何かいるのだろう。
そう信じて俺は上に向かって広範囲に及ぶ炎を出す。
≪グルァア!!≫
今度のは手ごたえがあった。
俺の近くでドサッと何かが落ちる音がした。音の方を見ると虚空から大型犬くらいの動物が突然現れた。
「これって、猫さんだよね?」
「じゃあこれが白虎か? でも白くないぞ」
いや、黒っぽくなってるのは俺が燃やしたからかもしれない。
「お兄ちゃん! 風魔法!」
「壁よ!」
俺達に休みはない。
正面の攻撃は何とか炎の壁で守ったが、横や後ろからの攻撃は防げなかった。
「クソッ! 燃えろぉおおお!!」
森を燃やす勢いで、俺は周囲に炎をまき散らすが一定の距離まで行くとヤツラの風魔法で霧散させられた。俺の魔法が通用しないということは、それだけ大量に魔獣がいるはず。
「何で当たらねえんだ!?」
それなのに当たらない。
広範囲攻撃であっても当たらない。今となっては霧散させられている……俺の攻撃が、通用しない。
「サナ! 伏せろ!」
もう、どうしようもない。
俺の魔法は永続的なものが多い。全方位からの風魔法攻撃に対応すれば、当然大量の魔力を消費する訳だ。
太陽神の鎧のおかげで致命傷はない。受けた感じ、あれは『風の刃』だろう。それを大勢で連射して、こっちの体力と魔力を削ろうって寸法だ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんの鎧が……」
「大丈夫だ、心配すんな。その分防御に回してるだけだから」
二人の鎧が霧散する。
俺は馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。最初っから流人を毛嫌いして、話も聞かないで、それでこのザマ。今日この時ほど自分の小ささに呆れたことはない。こんなんだから、アイツにも本気で戦ってもらえずに適当にあしらわれて……本当に俺は馬鹿だ。
「サナ、鎧越しでも痛かったろう?」
「え?」
なのに。
それなのに、サナは俺の為に。
「風魔法の刃、痛かったよな。俺が正面しか守らねぇから……サナは後ろにいたのに」
「お兄ちゃん?」
今の俺には、ただただドーム状の炎の壁で時間を稼ぐことしかできない。
「あんなに酷いこと言ったのに、俺を守って怪我して……」
「ダメ!!」
「いッ!?」
突然抱き着かれた。
抱き着かれる瞬間にサナのウサ耳の先端が俯いていた俺の目に刺さった。
「ダメ! ダメ! ダメ! ぜーったいダメ! ヤだよ。そうやって一人に、サナなりたくないもん。もう一人はヤだから……諦めないで!」
あんな思いをしても泣かなかったサナが、泣いていた。
大きくて可愛らしい目を真っ赤にして。
それとも赤いのは最初からだっただろうか?
「…………」
真っ直ぐなサナを見ても、俺は何も答えられなかった。
~帝国:沿岸~
とりあえず元の姿に戻る霙。
元に戻ったことで周辺にあった黒い液体やサイズのおかしな花々も消えてなくなった。
「ママ、大丈夫なの? 吸血鬼に血を少しでも吸われたら吸血鬼になっちゃうんでしょ?」
「あぁ、それね。大丈夫だよ、どうせ他の誰かがなるだけだから」
その言葉にセラフィーは頬を膨らませる。
「ママのそういう所がダメなんだよ!」
怒られた。
年端も行かない女の子に。
「ちゃんと人に分かるように説明しなきゃ! 私は……分かるからいいけど。でもね! 自分だけ分かってればいいっていうのは間違ってるんだからね! 分かった?」
酷い言われようだが、ぐうの音も出ない。
要するに吸血鬼になった霙は本来の霙ではない。つまりは吸血鬼としての人格が新しく出来るだけだろうと霙は考えている。
「うん……」
「良かった。じゃあ、隠して守ってあげてたおじいちゃんを助けないとね」
ここまでくるとセラフィーは霙の心を見ているのでは? とすら思えてくる。
自分の言動一つ一つの意味をここまで理解されてしまうと、普段は理解されずにそのまま生きてきた霙としてはやりづらくて仕方ない。
「何でそこまで分かるの?」
「ん? だってママの子だよ。そのくらい分かるよ」
「でも……」
「本当の子じゃない。でしょ? 大丈夫、私達の間には関係ないことだよ。ママだって家族との……あのね、その……」
「思えば、神様みたいになった私の使い魔みたいなのがセラフィーだもんな。そりゃ仕方ない」
俯くセラフィーに助け舟を出してやった。別にあの子の為じゃない。
そうだ。私の家族は『家族』だなんて大層な連中じゃない。私を散々壊しておいて、自分達は何も覚えてやしないし、大したことじゃないとかなんとか言うような連中だ。
血がつながっていようがいまいが、アイツラは私にとってはそこらへんにある石ころと同じ。あっても無くてもどうでもいい。
セラフィーの言う通り、血の繋がりのない友人やセラフィ―の方が何億倍も『家族』であってほしかった。
「セラフィー、セラフィーは妹達と私のリュックを持ってきて。一人じゃ無理そうだったら天泣にでも手伝ってもらって。私はコッチで霞の手当てをするから」
目の前の吸血鬼のオブジェを無視して、私は視線を落とした。
横たわる霞。ぐったりとしていて、とてもいい状態とは思えない。
「大丈夫か? 霞。すぐに治癒魔法を……」
「いらん」
一言。
「どうして? 俺なら助けられる」
「それは、この世界の法則を乱す。ルケイの治癒魔法では、儂は救えん。そういうことだ」
月明かりの下。剣士は続けて言った。
「お前の心は……美しかった。人を恐れ、それでも人に縋り、多くの空と景色と残酷な世界を内包しているお前の心は、俺にとっては羨ましいほどの美しさだったよ」
一人称がおかしい。言葉遣いも……目の焦点も。
「おい! 霞!」
「なぁ、霙。俺も、他の連中みたいに……お前の中で生き続けてもいいか?」
霙は急いで治癒魔法を使う。
いや、さっきから使っているはずだ。
なのに……それなのに。
「止めろ、もうしゃべるな」
「俺の剣は、まがい物だ。嘘と屁理屈と幻想の剣術だった…………お前はまだ現実に生きているんだな」
今の霙にできることは、一つだけだった。
「…………」
強く霞を抱きしめ、そして飲み込んだ。
あまりに悲しい過去と自身の勝手さによって歪み、広がり続ける『世界』へと。
「ママ、」
ちょうどそこへ大きな白狼と化した天泣に乗ってセラフィーが魔道具に戻った紫雲や根雪と共に荷物を持ってきてくれた。
「霞は、私の精神世界に引き込んじゃった…………あはは、私ってダメなのかな?」
セラフィーが天泣から降り、天泣も魔道具に戻る。
セラフィーは荷物を投げ出して霙に駆け寄る。そして抱きしめる。
「ママはダメじゃないよ! 皆の為に吸血鬼をやっつけてくれたでしょ?」
「もっと早く倒せた。霞も死なずに済んだ。私が、自分の正体にもっと早く気付いていれば……」
落ち込む私の顔をセラフィーは掴み、目線を合わせる。目が合って、逃げられないと悟る。
「ママは、出し惜しみをしたの?」
「……違う」
「ママにとって、自分の心に立ち向かうのは私がこの吸血鬼と闘うよりも大変なことなのは分かってるよ? それでもママは自分がダメだと思うの?」
止めて。
優しい言葉を、今すぐ止めて。
「必死に自分の心と戦って、努力して、その結果がコレだった。でも、だからって今までの努力が無駄だったわけでもママが悪い訳でもないでしょ?」
壊れる。
溶けて消える。なんなら溶けて消えたい。
「私や、他の誰かの『新しい神』に対する強い思いが第二魔法となって私の思い描く神性の高いアナタ、神無月 霙は神になった。なってくれる決心をして、心なんていう最強の敵と戦って、結果救えなかったとして、それは悪なの?」
「悪いよ……救えたかもしれない人を殺してしまったようなもんだろ」
そうだ。
思いや願いは世界を動かす。
私はセラフィーのおかげでボンヤリとしていた私に『神様』なんて大層な枠組みをくれたけど、このルケイ世界は私を『悪』という枠組みに入れてるんだ。だから私は悪なんだ。
望まれた悪なんだ。まともじゃない化け物の私は、やっぱり悪なんだよ。
「だったら、生き返らせれば? 今のアナタなら簡単でしょ、我が主よ。さあ!」
セラフィーが……いや、セラフィー・ルシフェルがその本質を開放した。
天輪に12枚の翼。
陶器のような右手足に虹の万華鏡のような両目を持つ神々しき神の使い。
「さあ!」
広げられた両手はまるで、「すべてを受け入れる」とでも言いたげだ。
きっと、今のセラフィー・ルシフェルの前であれば何をしても許されるだろうな。
そう思い、霙はすぐに答えを出す。
「それはできない」
「何故?」
「あるべき自然の摂理だから。それを私だけが捻じ曲げて、私だけが安堵しても、それは私だけの喜びだから」
思えば、幼きあの日から私の歪んだ『正義感』というのは何も変わってない。
正義正義と言っておきながら、自分は何をしただろうか? 見たもの聞いたものだけを正すだけで、諸悪の根源を見つけようとも、誰かのために遠いかの地に赴くことすらしなかった私の何が正義だというのだろう。
確かに、人間は悪いかもしれない。
だが、善い部分もある。それなのに、どうして絶滅させようなどと考えた? どうして殺してもいい生き物だと思えてしまった?
「一人で抱えて、勝手に決めつけて。それが私の正義の正体だったよ、セラフィー。そんな私を救っていたのは『中にいる皆』だったんだよね、私も彼らを本気で消そうとは思わなかった」
瞬間、セラフィーの波動が消えて元の欠損少女に戻る。
「あるべき姿を受け入れられた?」
「そうだね。だからこの流人も私の中で飽きるまで生きていてもらうことにするよ」
私は氷漬けの吸血鬼を取り込んだ。
「あー!! やっと見つけたジャックなのに~~」
直後、聞こえてきたのは艶のある色っぽい女性の声。
片手片足のセラフィーを支えながら声のした先を見ると、真っ白な円柱がこちらに走ってくる。
「あ?」
円柱には女性の腕と思われる細い手足が生えていて、正面には張り付いた笑顔の絵のようなものがあって、それが月明かりとの相乗効果で見るに堪えない気持ち悪さを作り出していた。
「あ~あ、貴方に倒され取り込まれちゃうなんて……ニコが愛した人はその程度だったのね、プンプン」
例えるなら失敗したゆるキャラ。
声色と言葉遣いのギャップで胡散臭さと痛いオバサン臭が蔓延し、さらにはとてつもないタバコの嫌な臭い。セラフィーに悪影響だ。
「おい、こっちには子供がいるんだ。あっちいってろ。(大丈夫かセラフィー?)」
小声でセラフィーを気遣う。
タバコは子どもの脳を委縮させる。霙自身もその悪影響を受け、頭痛が治らなかった時期がある。
「聖なるセラフィーには効かないよ。それよりもこの人、妖精と吸血鬼? なんだか変に混じってる流人さんだよ」
これが人?
この白タイツに白色の円柱で、笑顔のでかいステッカーを張り付けたようなこいつが人? それ以上にこんなのが妖精とか吸血鬼のような高貴そうな雰囲気の存在とは思えないんだが。
「おー、中々見る目があるねぇ」
「何が目的だ?」
霙の冷たい低音が白色の円柱ゆるキャラをくし刺しにしようと襲うが、本人はなんともなさそうだ。というか、のっぺりと張り付いた笑顔の顔でしかないため表情など分かるはずもなかった。
「ニコはねぇ~、ジャックを倒した強いアナタがニコに恋してもらうまでストーキングしちゃいま~す」
何を言ってるのか、全く分からなかった。
「改めてぇ、ニコの名前は~グリエバ・ニコって言いま~す! ニコちんって呼んでね☆」
気味の悪いゆるキャラがポーズをとると、円柱の頭の部分が燃えて煙が出てきた。
臭い。どう考えてもコイツはタバコだ。
「よ~し分かったニコチン野郎。セラフィーの肺と脳に悪影響が出る前に消えろ」
「ちょっとぉ~、野郎じゃないですぅー。それに、ニコチンじゃなくて、ニコちん! 二! コ! ち! ん!」
「ニコチンだろ? 有害物質め、今消し炭にしてやるからな」
こんなやり取りをしているうちに、霙の悩みは煙のように消えてしまった。
「ねぇママ、あの子どうする?」
どうする? 一体何の話だろう。
そう思いセラフィーの目線の先を見る。そこには木の陰からこちらを見ている少年がいた。
「?」
「!?」
向こうは気付かれたのを悟るとビックリしたような顔を見せてすぐに森の奥に逃げてしまった。
「何だったんだろうな」
「気になったのかな?」
「どうだろうねぇ~セラフィーちゃん」
「おい、勝手に馴れ馴れしくすんな」
~神聖魔法王国:南の森~
「というわけで見つけてやろう……フフフッ、楽しくなってきたなぁ」
「見つけてくれるんだよね、スライ……ロキさん」
「うむ。それと、私のことはスライムでいいからな」
「プニ、プニ、プニ、プニ」
いまだにロキをプニプニし続けるルーナ。
「ルーナちゃん、そろそろ止めてあげたら」
「……嫌?」
一度プニプニを止めて、ルーナはロキを見る。
これで嫌がる人間は果たしているのだろうか? 元々神であったロキは答える。
「別にいいぞ」
(あ、いいんだ)
エリンがそう思っていると、ロキの身体が唐突に光り出した。最初は変身が解除されるのかと思ったが、どうやら違うらしい。
ロキが微笑む。
「はい。見つけたよ」
「ん?」
光が落ち着き、エリンはロキを見る。
ロキは約束通り朱雀を見つけてくれたようだ。
「あ、カワイイ。なんて、いうの?」
ルーナがロキの手の中を覗いている。
エリンもその中を見ようと近付くと、目に何かを感じた。何かがチカチカと映った。
「何かいるの? ……これって、ハチドリ?」
ロキの手の中にいたのは小さな小さな赤い鳥。
とても可愛らしいが、その小さな体からは想像できないほどのマナを感じる。まだエリンは『魔眼』のことも聞いてはいないが、このビリビリと伝わるコレを見ることができるのが『魔眼』なのだろうと思った。
「余がお前らの言う『神、朱雀』であるぞ。ふふっ、余の偉大さに平伏すがいい!」
可愛い。
なんとも可愛らしい神様だろう。小さな小さな胸を反らせて、威厳たっぷりなポーズをとる可愛い神様はすぐさまエリンとルーナの心を鷲掴みにした。
「こっちの、神様、ふわふわ。好き」
「ルーナちゃんは…………うん、いいと思うよ」
ルーナちゃんはこの波動に気付いてないのかな? なんて思ったりするが、まぁ、彼女のことだ。きっと「この波動からは優しさが感じられるから大丈夫」みたいなことを言ってきそう。
「ムググ……まぁ、いい。余は寛大だからな。よし、望み通り『魔眼』と『第二魔法』のことを教えてやろうぞ」
「どうして、分かるの?」
「ん~? ようやく神の凄さに気付いたか。ちなみに、今のも『魔眼』と『第二魔法』の併用でいくらでもできるぞ」
思考が読まれた。
エリンは何でもお見通しと言わんばかりの小さな神様を見つめ、考えた。自分だって水無月・ルーイン・菫から第二魔法を教わった身。これが第二魔法で出来ることならば、私にだってできるはずだと。
「…………『鳥の目』、それと『千里眼』」
「御名答。鳥にまつわる言葉や目に関する言葉ってのは多くてね、特に『目・見る』ということはとても初歩的で究極的な力を持っているんだぞ。ルケイでも、一番多く研究されているのは『魔眼』と『魔眼対策』と聞くほどにはね」
要するに、神は鳥の姿をしている。
神の鳥であるならば、その目は当然『鳥の目』である。鳥の目は第三者の目であり、すべてを知りうる目。千里眼は遠くの情報を得、そして見通す。それがたとえ人の心だったとしても。
「これが、第二魔法の真骨頂……なの?」
「すごいね、神様」
「そうであろう、そうであろうルーナ。もっとなでなでしてもいいのだぞ」
自分の素晴らしさをルーナにも分かってもらえたようで、満足気な神様。
ここで自立活動用の魔力が切れたのか、黒と紫の元神様が元通りのスライム型の魔道具に戻ってしまった。
「言っておくがエリン。これは所詮『魔眼』の数ある力の一つであり、『第二魔法』の真骨頂ではないんだぞ。むしろ、無限の可能性たる第二魔法に『真骨頂』などあるのかどうかも分からんがな……いや、無限の可能性が真骨頂か?」
やっぱり神様に隠し事などできないようだ。
「ルーナは魔力探知だな。まぁ、そこまでできる人間も珍しいが」
「ルーナ、すごいの?」
「ああ! とても珍しく、そしてとても珍しいケースだ。異端の者に好かれる体質を二体の魂である程度は封じられているが、どうやら新時代の神に出会ってしまったようだな。どうだ? 最近気持ち悪いくらい好かれたことはないか?」
「神様にも分からないことがあるんですね」
「ん? 所詮は魔眼。この世の心理に至る式を見る程度のもので、万能ではない。それに、余も所詮は鳥だ。元を正せば神ですらないのだ」
「ん~、忘れた。でも、みんなに、愛されてる、よ」
「じゃ、早速やってあげようぞ」
「えっ!? そんな簡単にできるんですか!?」
「この地の実を食べ、遠くで種を落とすのも鳥の役目。この程度の情報を他者に与えるなど、神である余からすれば造作もない……ま、ルーナの魔力探知だけだがな」
「や、やっぱり私のって……」
「これからはお主の使い魔として、そして第二魔法と魔眼の先生としてビシバシいくぞ。何事も努力あるのみだぞ」
直後、小さな神様から同じくらいの大きさの火の鳥が羽ばたいてルーナに向かっていく。その鳥はルーナの頭に着地すると弾けて消えてしまった。
「おぉ、凄い。分かる」
何だろう。ルーナちゃんの話し方なのかな? それとも表情が変わらないからかな? 何がどうすごいのか全然分からないよぉ~。
「思えば、神聖魔法王国には大賢者がいるであろう。あやつに聞かないのか? あやつも魔眼と第二魔法を持っているというのに」
そういえばそうだ。
どうしてだろう。というか、どうして朱雀を探しておいでなんて言ったんだろう。
「ん~……今は女王のお母さんですし、何かと忙しそうだったので」
「そうか」
「ねぇ、エリン。アッチ、リーダーと、サナちゃん、危ない」
「えっ、」
「早く、いこ。危険」
空に舞うハチドリは小さな雀に変わり、エリンの肩に乗る。
「ルーナを連れて飛べ! きっと進化した白虎の子孫だろう」
私はまだ状況がうまく呑み込めなかったけど、二人に従って固有魔法:『物体操作』を発動させて高速移動する。
~神聖魔法王国:西の森~
「…………」
「……サナ、がんばるから。がんばるから、いてね。サナ、頑張るから!」
一体全体、この状況で何をすると言うのだろう。
周りには沢山の強い魔獣。それもただの魔獣ではなく、見えず聞こえず、サナの聴覚をもってしても感知するのも精一杯だというのに。
「…………何するんだよ」
俺の攻撃も通じない。
サナだってそう。流人とはいえ、このルケイでは強制的に弱体化を受ける。それに、まだ小さい。対した能力は持っていないというのも、菫から「エリンちゃんだけで済んだから~」という報告で分かっている。この状況を打開するには誰か助けが来てくれなければ無理だ。
「私がお兄ちゃんを助ける」
(ルーちゃんので、ちょっと痛いけど、お兄ちゃんがいなくなっちゃうよりいいもん!)
「お、おい。本当に何してるんだ?」
唐突に大型の猫魔獣の死体を触りだすサナ。
その死体に自分の血を垂らしている。一体何をする気だろう。
「…………っぅ……うん、分かったよ。お兄ちゃん、魔法を解いて」
「そんなこと出来る訳ないだろ!」
「大丈夫。サナを信じて」
どうせこのままじゃ二人とも助からない。だったら、俺はサナを信じてみることにした。
「分かった」
弾ける炎の壁。
直後に大量の魔獣が来るのが分かった。
「『狂気感染~ルナティック・パンデミック~』!!」
紅く光り出すサナの瞳。
不気味な青色の髪と相まって、すごく綺麗に見えたのは俺のサナに対する考えが変わったからだろうか。
「…………? 攻撃が来ない?」
「はぁ……大丈夫だよ、もう大丈夫」
魔獣など全く見えなかった景色に赤い光がチラホラと見え始める。
きっと、あれが魔獣の目なのだろうと直感的に感じた。
「透明で聞こえないから、この子達、直接やり取りしてたの。だから、そこの死にそうな子に私の能力を使って、全部分かるようにして、止めたの」
理屈はよく分からないが、どうやらサナの能力で魔獣の場所を特定して動きを止めてくれたらしい。
「すごいな、サナにこんな力があるなんて知らなかったよ」
さっきからサナの様子がおかしい。
そりゃあ怪我してるわけだから、様子がおかしいのは当然だけど。それにしたって、今のサナの状態はおかしい。異常に息も荒いし、目の焦点が合ってないような気がする。
「お、おい。大丈……」
「ダメ!」
突然サナに押されて、目線を合わせようとしていた俺の身体はバランスを崩して倒れる。
なんだろう。美しい赤に紅を重ねたような瞳が、俺の頭の中でいつまでも残り続けている。サナの残像と美しい瞳に引き込まれるような感覚に、どこか怖さも感じるがそれでもいいと思えてしまうほどに俺は魅了されている。
「サ……ナ……?」
「はぁ……あっ! ダメ!!」
朦朧とする中、少し重いナニカが俺の上に被さって、自分の唇に何かが当たっていることに気付けたのはサナの泣きそうな『黒い目』と透き通るような青い髪のおかげだろう。
そして、俺はサナにキスされているのだと自覚した途端。
頭の中を白が支配した。
「こうすれば男の子は忘れてくれるんでしょ?」
「…………、」
そしてサナは俺に抱き着くかのように倒れた。
さっきまで触れていた自分の唇に指を這わせると、赤い液体が付いていることに気が付いた。
「おい……おい? おい!! サナ!!」
≪ズン!! ズキッ!!≫
痛い。
「ヤバイ、サナの能力が解除され……ッ!?」
とんでもなく頭が痛い。
その痛みは透明な魔獣たちも同じなのか、虚空に浮かぶ赤い瞳だけが乱暴に蠢いていた。
「サナちゃん! カグツチ君!」
視界の端にエリンとルーナが見える。
それと同時に、俺の頭に残っていた『赤』が開眼し、花開く。
紅い月。ウサギと踊る悪魔に鬼。
それらすべてがドロドロに溶けて、俺を喰った。




