37:『月とウサギと流人と鬼と』その1
とりあえず、妹達を何故か知っているようなセラフィーに私は簡単に妹達を紹介した。
根雪はまだ少し怒っているようだが、まぁしょうがない。
神無月四姉妹とセラフィーの五人で真っ直ぐ森を進む。
我が妹、紫雲の言う「この先にある海」とやらに行くことにしたのはいいのだが、なんにしろコッチには元天使なのか今も天使なのか分からないセラフィー・ルシフェルがいる訳で、それがどうしたということだが。
「グゥウウウ!!」
「ん? どうした天泣、お腹でもすいたか?」
振り返って二女である天泣を見る。
彼女は四女の紫雲とセラフィーを両肩に乗せているだけだった。むしろ、気にするべきは天泣の見ている方向。
「なっ!? オーガ!?」
視線の先。私は左側を見てみる。
四姉妹の中で一番背の高い天泣を遥かにしのぐ巨大な体に角と牙、そして手にしているのは大きな木。きっとあれを棍棒のように振るっているのだろう。
(どうする? ここは森だ。ヤツの武器となる木なんてそこらじゅうにある……)
「あら、私を心配してくれたの?」
「グゥウウ」
セラフィーの言葉に頷くオーガ。
どうやら最低限の理性があるようだ。
「大丈夫、この人達はみんないい人よ」
セラフィーの言葉を聞くと、オーガはズシズシ音をたてながら元来た道を帰っていった。
「どうして音も気配も分からなかったんだろう」
「それはね、ママ。あのオーガさんは魔法で音や臭いや気配を遮断してたからだよ」
あんな見た目のくせに頭のいいことをしてきやがる。
「でも天泣お姉ちゃんは分かったんでしょ? すごいね」
「ふっふっふ。そうでしょ、うちの天泣お姉ちゃんはすごいんだから!」
微笑ましい幼女同士の会話。
振り返って進むべき先を見ると、すでに根雪がかなり先にいた。
「おい! 一々そのガキの能力に時間を取られるな! これで何度目だ! いい加減に慣れろ!」
怒られてしまった。
要するに、このセラフィー・ルシフェルがあまりにも人外的存在から好かれるため魔獣やら妖精やら猛獣やらに遭遇するので、一向に紫雲の言っていた『海』が見えてこないのだ。
「不安だ」
「ママ、大丈夫?」
「多分ね」
「大丈夫だよママ。獣と魔獣はセラフィーと天泣お姉ちゃんが話せるし、もしもの時は天泣お姉ちゃんと根雪お姉ちゃんが助けてくれるよ」
あれ? 私っていらない子?
もう魔法はチートなどと言っていたらすぐに死んでしまうような所まで来てしまったのだろうか。
「天泣……お前、動物と話せるんか?」
「ウィ」
どうしてセラフィーは私の知らないことまで知っているのだろう。それに、どうしてこんなにも真っ直ぐに育っているのだろう。今度、じっくりと話さなくては。
「おい! ガキ! てめえ如きが俺様を『お姉ちゃん』などと呼ぶな! 虫唾が走る!」
その言葉に思わずビクッとするセラフィー。
セラフィーの隣にいる紫雲とセラフィーを乗せている天泣は同時に頬を膨らませた。
「根雪お姉ちゃんの意地悪! えい!」
紫雲の魔法攻撃。ファイアーボール。
言っておくが、私は妹達や私が分かる範囲での交代人格達に魔法もルケイの魔法も教えてない。
「フッ、雑魚め」
根雪が軽く手を振るう。それだけで紫雲の放った魔法の術式が解体され、霧散してしまう。
「えげつないな~」
が、私がこう言うのには訳がある。
魔眼で見れば分かるが、紫雲はファイアーボールと同時に透明な触手を根雪に差し向けていた。言わばファイアーボールは囮、しかし頭のいい根雪はそこら辺の事も考えていたらしく。
「バカな姉上ではあるが、その『目』だけは欲しいものだな」
紫雲の放った魔法による触手攻撃は根雪の放った青い炎に焼かれてしまった。
「どうだ紫雲。俺様を中心とした半径2メートルは魔法攻撃を自動防御する青き炎の絶対領域だ! はははっ、ひれふせぇ!」
根雪は「怒り」や「支配欲」などを担当する人格でもあり、セラフィーが初見で「独裁者」と言ったのは完全な正解とも言えるだろう。
(まずい! 紫雲が!)
根雪の『魔法の言葉』にも似た、このルケイで言うなら『固有魔法』だろうか? とにかくその攻撃のせいで根雪を除く全員が膝をつこうとする。結果、天泣の肩に乗っていた紫雲とセラフィーがよろめき落ちる。
(来るか、紫雲の固有魔法。フッ、我の前にはすべてが無力だと、姉に勝る妹などいないということを教えてやろう)
「展開!」
紫雲のソレが放たれる瞬間、私も術式を展開する。
「二人とも! 止めなさい!」
真っ黒に染まった自分の手。急いで私は腰に付けたお面を被る。
今の自分がどんな顔をしているかなんて、考えたくないし見られたくない。
「…………姉上、一体何をした? というかなんだ、なんなのだ、ソレは」
「ミゾ姉、ごめんなさい。もうしないから、もうやらないで」
天泣から落ちた二人は私の腰から生えた二本の尻尾……じゃなくて黒い手でキャッチした。
紫雲の能力──この際『固有魔法』──は『すべてを統一する』というもの。すべてに絶望し、平和なんてない、平等なんてないと思いながら感情もなく生きていただけの時に思いついてしまったモノ。それが紫雲の能力であり、四姉妹で一番本気で怒らせてはならないという理由である。
「紫雲が完全なサイコパスみたいにならなくて、お姉ちゃんも嬉しいよ」
「グルルルル……」
天泣は完全に巨大な白狼となって私に唸ってきてる。無理もない。天泣も本能的に危険だと悟ったんだろうし、そのくらい危険な存在に私がなっているのも理解してる。
「やっぱりママはこのルケイの魔法から見つけたんだね、魔法が万能な理由を。でも、どうしてママは万能になったのにそんなに苦しそうな歪んだ笑みをしてるの?」
お面をしているというのに……いや、それ以前に『賢者の書』を何度も読み、何度も書いてある意味を考え、そして見つけた『真理』をいともたやすく……いや、真の神の使いであるセラフィーからしたら知らない方がおかしいのかな。
「それは……私が! いっちばん! この神無月 霙っていう存在が! ……嫌い、だから、だよ」
最後の方は、それこそ絞りだすのがやっとというような声になってしまった。
結局、私はズルい人間なのだろうか? この『真理』を誰かに言えば、誰でも出来るのなら私はこの術式も、見つけた『真理』も、チートだなんて思わないのに。
「おい、天泣。私はいいから、姉上と二人を乗せろ。日のあるうちに海まで行きたい」
「ウィ……行くよ」
「うん」
「ママ、天泣お姉ちゃんに乗れる?」
地面に膝をつく。根雪の術式も、紫雲の術式も、全部解除……いや、取り込んだって言うべきなのかもしれないな。
「ありがとう」
そこから先は、よく覚えていない。
~神聖魔法王国:三杉魔道具店~
俺は三杉、この家の主だ。
そしてここにいる連中は全員居候だ。
エリン……は、まぁ死道さんの件もあるし、家もないし身寄りもない。霙の件も知ってる俺のところに居候するというのは……仕方ないということにしよう。
ルナ……いやサナティ? あぁサナだ。サナ・ルナティ。俺もとうとう老人に片足を踏みこんじまったかな? まぁあの子も仕方ないと言えば仕方ない。あの子はどうもエリンに懐いている……というかいっつも誰かと一緒にいるな。流人の子だ、家などあるはずがないし俺にもエリンにも懐いてるし、これも仕方がない。
「はぁ……」
「三杉さん、最近お疲れですけど大丈夫ですか?」
「三杉オジサン、元気ないの? エリンお姉ちゃん、オジサン病気?」
「大丈夫だぞサナ、ちょっと疲れただけだ」
流花は魔道具作りの才能……というか技術がある。魔道具店の店主である俺に教えを乞うのは当然のことで、しかも彼女も霙との関りがある。魔道具の技術を学ぶというのは、俺もそうだが一日二日でどうこうなるもんじゃない。住み込みというのも仕方ない。
「じゃあ、サナがオジサンの事ギュってしてあげるね」
そしてルーナは、技術を学ぶ流花とは小さいころからずっと一緒だとか。ボンヤリしているようで、意外としっかりしていて、エリンと並んで家事を任せてしまっている。決して他の子達と違って胸が大きいからだとか、風呂上がりに全裸でリビングまで毎回来てしまうのを楽しみにしているとか、寝起きやらなにやらでボンヤリしているときのあの何とも言えない無防備感がたまらなく癒されるなどと言ったやましい理由で居候させている訳ではない。
「おうおう、三杉君。朝っぱらから幼女の抱擁を受けるとは……ウチら四人も頑張る君の為に体を張ろうか? それとも、張り詰めた君の下半身のテントのために体を張ろうか?」
「???」
「???」
「???」
「???」
「菫様、四人に悪影響です。特にサナに」
「そうかい? でもでもぉ、流花ちゃんとエリンちゃんは何だか分かってるご様子。ムフフ、君らも年頃よのぉ~」
そして神聖魔法王国の創始者であるスリート・ルーインの奥様にして現女王水無月・ルーイン・氷雨の母君でもあり、神聖魔法王国の大賢者様である水無月 菫。コイツ……失礼、このお方はどうしてもここに住みたいと仰った。俺だって言いたいことは山ほどある。だが、権力には勝てない。これが社会というものだ。
「はぁ……どうしてこうなった」
わたくし、三杉は居候の五人(しかも全員女性)を抱える独身男性である。
元々大きな家でして、ベッドやらなんやらは十分にあると思っていましたが、この度の居候の方々のおかげで家主であるわたくしはベッドを失い、庭に自作魔道具(スライム製:変形テント)内にベッドを作成して寝ています。
テント内部にベッドを作るためには魔力が必要です。そのベッドはある意味で生きています。そして、ベッド作成時の魔力量によって維持時間が変わります。十分な睡眠のためには大量の魔力が必要です。そうすると仕事で使う魔力が少なくなるだけでなく、魔力行使のために心身共に疲れます。寝ていますが、何となくしんどいです。
ベッドを作らなければ、スライム効果で少しばかり柔らかくなった地面が敷布団。腰が痛いです。敷布団に厚みを持たせると、壁か屋根に穴が開く。寒いし、雨も入ってきます。
「あ、そろそろ霙ちゃんの言ってた魔獣を探しに行ってきます。行こうか、ルーナちゃん」
「うん。じゃあね、流花、三杉……さん」
あれ? 一瞬忘れられてた? 俺、年上やで。
「ウチもそろそろ城に戻らんと氷雨に怒られそ。じゃの」
頼むから、自分の城に、住んでくれ。
心の川柳か、疲れてんな、俺。
「師匠! みんないないし、練習手伝うし」
「あ、ああ。そうだな。俺の仕事でも手伝ってもらおうかな」
「やったるし」
「ねぇ、三杉オジサン。サナ、また一人になっちゃうの? いや、いやだよぉ。ううっ……」
サナは、元居た世界で自身の強大な能力:『狂気感染』のせいで独りだったそうだ。そのせいか、いつも誰かと一緒でなくては嫌らしい。
それで本来ならこの家にある五つのベッドの一つが空きそうなものだが、サナはサナで自分の部屋が欲しいそう。サナと一緒に寝るのは、サナの気まぐれで決まる。結局、俺には家のベッドで寝ることさえできない。
「あ~今日はサナにも手伝ってもらう魔道具があったんだよね~。サナも流花お姉ちゃんと一緒に魔道具のお勉強しような」
「ホント!?」
「うん、ほんとだよ」
「やるー!」
俺は三杉、この家の主だ。
そしてここにいる連中は全員居候だ。
俺の部屋は、俺の手によってリフォームされ、今はサナの部屋になっている。俺の荷物はすべて工房と庭のテントと、その他の収納能力のある魔道具の中だ。
年頃の女の子三人。目が離せない女の子が一人。面倒な老害……失礼、知識と力を持った大人の女性を気取った権力者……これまた失礼。不老不死にして永久に美しい『大』賢者様が一人。
その五人を養っているのが俺。
世間では、この俺の悲しい惨状のことを『三杉ハーレム』と言うらしい。
~帝国領土:海~
「海だー!」
「着いたー!」
「「「いぇーい!」」」
すっかりセラと仲良くなった天泣と紫雲。
紫雲は自身にかけられた根雪の魔法と三杉の固有魔法:『生命帰還』によって魔道具としての自分を再構築。可愛らしいロリータドレスからレースをあしらった水着に衣装チェンジする。
「あれ? そんなことできるの?」
「は? 当然だろう。バカなのか? 姉上は……あぁ、すまない。バカだったなぁ!」
「もぉー根雪お姉ちゃん! イジワルしないでよ。あのね、霙お姉ちゃん、紫雲達は魔道具でもあり人間でもあるでしょ? 私達の服も魔道具の一部だから、私達の想像次第で変えられるんだ」
よく見ると、いつの間にか根雪もビキニに着替えている。あんなに文句を言っていたのに。
「根雪……泳ぐの?」
「姉上とそこのガキは水着がないもんなぁ! はっはっはっ! 愉快だ。楽しみにしていた貴様らが海で遊べず、我は楽しみにしていた貴様らの目の前で楽しむ……これほど愉快なものがあるか?」
その言葉を聞いて、どこか安心してしまった霙。まさか私達を馬鹿にするために自分が楽しむ、しかも運動系で根雪が楽しむ? 姉として嬉しくなってしまった。
「どうする? セラフィー」
「知識としては分かるけど、泳いだことないし、よく分かんない」
少し悲しそうなセラフィーの顔。思えば彼女は、あの村で相当悲惨な目に遭っていたんだ。それこそ、霙が思いつく以上に、そして霙が受けてきたアレ以上に。
「そっか……初めてだもんね。海も、外の……世界も。それじゃあ、一緒に見てようか。三人が遊んでるの見て、セラフィーも遊びたくなったら一緒に遊ぼ」
「うん」
「行っておいで根雪。天泣と紫雲が呼んでるよ」
「フッ、つまらん」
(あれ? 天泣、アイツ裸か?)
「まぁいっか」
人型の天泣。獣人(耳と尻尾)の天泣。そして、巨大な白狼と化した天泣。
その三つの状態を駆使して紫雲を空高く飛ばしたり、水しぶきで攻撃したり、何とも楽しそうな天泣。姉としては、頼むから全裸はやめてほしいと願うばかりだ。
(天泣お姉様、一々動くたびにあの胸の脂肪がブルブルブルブル……うっとおしい!)
「我はすべての頂点にして孤独なる王。水よ、我に従え。貴様の意思も、抵抗も、我の前ではすべてが無。ならば大人しくその力を、貴様の忠誠を我に見せよ! ───波よ、あの二人を飲み込み吹き飛ばせ!」
「キャーァハッハッハッ!! ありがとー根雪お姉ちゃーん」
そんな姿を少し離れた木陰から見守る霙とセラフィー。
すごいな、根雪の魔法。それともあの魔法の大波を乗り切った天泣がすごいのか? 泳ぎであんなことできるの? ……私には無理だな。
「すごいねママ。みんなすごい」
話すなら、ここしかない。
「ねぇセラフィー、聞きたいことがあるんだけどさ、いい?」
「セラフィーの過去のこと……だよね。でも、まだ神様はそれを許してはくれないみたいだよママ」
セラフィーの視線が霙から外れる。外れた視線の先、霙が左にいるセラフィーから目を離して右を向くと誰かが立っていた。
気配も、音もなく近付いてきたこの老いた男性に対して霙はどこか冷静だった。
「どちら様? 親子会議の途中だったのだけれど」
「親子……嬉しい」
「あんた、ずいぶんと冷静じゃな。普通の流人なら、気付いた瞬間に攻撃するもんじゃが……」
「で? 結局何? 流人狩り? おじいちゃんのその刀、何だか凄そうだけど」
「ほぅ、見える人間じゃったか……ん? あんた別世界のルーインか?」
「いいから、おじいちゃんは何者なのさ」
白髪頭のおじいちゃん。筋肉モリモリおじいちゃん。
「儂か? 儂は近くにある流人嫌いの村の鬼狩りじゃよ」
ニッカリ笑うおじいちゃん。
その腰にある二つの刀。片方は実体だがもう片方はほとんど透明になっている。
霙は透明な刀を見るために『魔眼』を改めて発動する。
(何? この武器、魔道具でもないし、ルケイ魔法ともちょっと違う?)
のらりくらり。ゆらりふわり。風のようで波紋のようで、それでいてセラフィーが見せてくれた極彩色の美しい瞳のような、そんな刀であった。
「本当は、儂の後ろ側にある封印の大岩の術式を見に来たんじゃが、まさか流人のルーインがいるとは思わなんだ」
「後ろの、大岩?」
鬼狩りのおじいちゃんの後ろ。
妹達がいる海辺とは反対。海の上に建てられたその鳥居の先、そこには注連縄が結ばれた大岩があった。
「おいジジイ、あの中身……」
「夢が現に現れたか。見えるあんたに隠しても仕方ない、あれは吸血鬼と言う流人の鬼じゃ」
「そう……そろそろ空も夕暮れ時、子供は家に帰らなきゃ。夜でも外に出ている子供は、鬼にさらわれるってね、私の世界の言葉なんだけど……ご存知かしら」
「ママ、明日は一緒に遊ぼ」
「うん、約束する。三人にそろそろ海から出るように言ってくれる? 後、根雪お姉ちゃんていう目つきの悪いお姉ちゃんに魔法で結界を張ってってお願いしといて」
「うん。気を付けてね」
太陽がゆっくりと沈み始め、夜が静かに忍び寄る。
夜は鬼の時間だ。
「俺も加勢する。で、また封印すりゃいいのか?」
「それは最終手段じゃな。基本的に殺せばいい」
「…………そうか」
殺すことに抵抗があったのか、少しだけ黙っていた霙。
その手に武器は無く、賢者の書が入ったリュックもない。あるのは己の身が一つ。そして、この世界で学んだ魔法だけ。
「さぁ~て、滅ぼすか」




