33:今再びの異世界生活
最近、霙ちゃんの中の交代人格(根雪やら統括者やら)が増えたので念のために書いておきます。
霙ちゃんの中には『神無月 霙』という同姓同名だけど違う人格がいます。男だったり、女だったり。
まぁ、ここまで読んでくださった方からすると「何を今更、アイツがおかしいのは前からだろう?」って感じですかね。
~神聖魔法王国:城内にて~
「ッ!? 何!」
「どうしたの氷雨」
神聖魔法王国の昼。外は賑やかで楽しそうな音が聞こえてくる。
女王としてライトとラウルを拘束しなくてはならないが、今は自由を与えている。
この部屋にいるのはママと昨日捕まえた流人と警備のカグツチだけ。
「今、私の『絶対防御』が何かを防御した?」
「何かって?」
「分からない。一つは何かの術式だと思うけど……もう一つが分からない」
「二つも防御したの? でも、氷雨の『絶対防御』が防御したってことは何かしらの『悪』を秘めてたってことだよね」
「うん……」
氷雨にも菫にも分からないだろうが、『絶対防御』で守られたうちの一つは帝国で放たれた時間逆行の力。もう一つは、霙にとって大切で、それでいてイラナイものだった。
~帝国~
目が覚めると、私は木の下で寝ていました。
頭が痛くて、正直に言うとしんどいです。寝ていたい。
「はぁ、私、どうしてたんだっけ?」
そうして少女は周囲を見回す。
外は明るく、気持ちがいい。だけれど、少女はこんな場所を知らない。
「あれ? 確かようやく嫌なことが解決して、それで楽しく一生懸命生きようと思って……それを邪魔しようとするヤツがいて……あれ? 何か大切なことを忘れてるような……あれ? なんだっけ?」
目的は分かってる。自分の人生を邪魔してくる神様を殺す……でも、どうして? なんだか重要な部分がどうしても思い出せない。
「はぁ……まぁ、目が覚めたら知らない場所なんて、よくあることだしね。誰か知ってる?」
私は『心の家族』達に話しかけます。
私自身、都合よく創られた存在ではありますが、一応はこの肉体の主です。昔からこういうことはよくあったけど、基本的には家族の誰かが勝手にやったことです。
聞けば誰が何をしたのか分かるはずです……が、
(…………)(…………)(…………)(…………)(…………)(…………)(…………)(…………)
誰も答えてくれませんでした。
「みんな寝てるのかなぁ」
そんな時だった。
「スリートじゃない! ねぇ、私達の愛し子を助けてヨ!」
どこからともなく疾風の如く現れたソレは少女に話しかけてきたのは。
「誰? 妖精? シルフ? それともエアリエルって呼んだ方がいい?」
「名前なんてどうだっていいの! 今は早くこっちに来て!」
緑の髪に虫の透明な羽と鳥の羽の四枚羽。身長は15cm程、ちょうどフィギュアくらいだろうか。
何か焦っている妖精に少女は引っ張られ、どこかに連れていかれる。
こんなに小さいのにすっごい力…………それにしてもスリート、スリートかぁ。
「ほら! 見える? あの子を今すぐお得意の魔法で何とかしなさいヨ!」
いつの間にか村のような場所に来ていた。
正直、どうやってここまで来たのか覚えていない。考えていると、いつも自分の世界に入ってしまうために周りが見えていないのだ。
「だからいつまで経っても方向音痴なんだよね」
「何言ってるの!? 早くなんとかしてヨ!」
妖精が指し示す先を見てみると右側の手足の無い少女が木でつくられた十字架に磔になっている。
「あれを助けろって?」
「そうヨ! あなたなら出来るでしょ! ルーイン」
「何故? 私がどうしてそんなことをしないといけないの?」
「なっ、なんでって、人を助ける! 当たり前でしょ?」
「なんで当たり前なのさ。私に何かメリットでもあるの?」
そんなことを言い争っているうちに磔になっている少女に槍が突き刺さる。
村人らしき人たちは、笑い、罵倒しながら、楽しそうに槍を少女に突き刺す……一本、二本、三本と、どんどん突き刺していく。
「あなた、本当にスリート・ルーインなの?」
「名前なんて、どうでもいいでしょ」
(他人を思いやれないのは、あなたが心を閉じて共感できなくなったから。それは私のせいでもあるよね)
唐突に聞こえる声。
「は? 何の話だ?」
「スリート?」
戸惑う妖精。少女はそんな妖精など気にもせず、話しかけてくるダレカと話し続ける。
(ごめんね。みんなに心配させたよね、大丈夫。そのための武器だし、そのための努力だから)
「は? それでまた魔法に頼んのか?」
少女の死んだ目に光が灯る。
「ここでは誰でも使えるんだよ? 初めからコレをズルだと思っているのは私達だけなんだよ」
「スリート? どうしちゃったのヨ」
もう、迷わない。
悩みの種はみんなが消してくれた。覚えてなくても分かる、きっと取り返しのつかないことをしたんだろう。
「我輩は所詮、罪人だ。罪を犯してここにいる。ならばこの世界で善行を積んで生かしてもらった恩を返す。元々、私は正義の味方になりたかったのよ、妖精さん」
身の丈の二倍はあろうかという槍が何本も何本も刺さった磔の少女。
村人は嬉々として突き刺し、ついには火を放った。
「エアリエル、僕のリュックと大切なお面を頼むよ」
背負ったリュックを地面に置き、腰の魔道具に付いていた面をリュックの上に置く。
そして右手で鞘から刀であり次女である『天泣』を抜き、左手には末っ子のナイフ『紫雲』を持つ。
「大丈夫なの?」
「僕はともかく、彼女は必ず救って見せよう」
魔法で尻尾を生やす。その尻尾はまるで黒い手のようだった。
「火を消すだけなら魔法で水を出せばよい。槍の傷は治癒魔法でいくらでも治せよう。だが、ココロの傷だけは魔法で消すことが出来るかもしれんが、癒すことは出来ないのだよ……人間」
美しい少女は人間の群れに歩みを進める。
尻尾の先には恐ろしい鎌でもある『根雪』が握られていた。
「…………止めて、……止めて!」
人々が武器を持った少女に気付いた時、事は起きた。
「熱い! 痛い!」
ただならぬナニカが磔の少女から発せられ、槍も炎も大勢の人間もを吹き飛ばした。
「ああ、ああぁああ!!」
十字架から解き放たれた少女は地面に衝突するが、少女の発狂は衝突のせいではないことを『目』で理解した。
「ごめんミゾレ。目の力を使う……でも、必要な事だから」
目に魔力を込め、傷だらけの少女を見る。いつの間にか少女の傷も火傷も癒えていた。
(何、あの女の子。天使の羽? ……それも12枚!?」
「…………クッ、目が……熱い!」
歯を食いしばり、痛みと目の熱さに耐えながら立ち上がる少女を見る。
「天使……12枚の羽……極彩色の瞳……純心……堕天……ッ!?」
少女は一体、何をどこまで見てしまったのだろうか。
二人の少女は同時に意識を失い、倒れてしまった。
「スリート! セラフィー!」
人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ、二人の少女だけになった広場に風の如く現れる妖精。
そのうち、スリート・ルーインによく似た少女がゆっくりと起き上がった。
「はぁ、全く。この程度で倒れるとは、本当に情けない限りだよ。とにかく、この子を連れて人気のない場所へ行こう」
「だったら、近くに森があるわヨ」
「よし、案内しろ。エアリエル」
服が燃えて、全裸になってしまった幼い少女を小脇に抱えて少女は妖精の後を追う。
置いたリュックと面を拾い、外套のフードを深くかぶり、お面もかぶる。自分が指名手配されていることは覚えていた。
「ここまで来れば、大丈夫ヨ」
「エアリエル。この子は何なんだ? 霙が見たときのアレは、まるでそう……
「「天使」」
「でしょ?」
妖精とミゾレの声が重なる。
「…………、」
「そうヨ、その子は本来、真の天使になるはずだった子なのヨ。私としては、セラフィーよりもあなたの方が気になるわ……あなた、スリート・ルーインじゃないのよね?」
そう言われた少女は、抱えていた少女──セラフィーを木にもたれかからせ、リュックと腰の姉妹魔道具を外して地面に座り込んだ。
「…………そうだね、どうしようか」
しばらく考えていた黒髪の少女は伏せていた顔を上げ、飛んでいる妖精を見つめる。
「私は……『いくつかある神無月 霙』のうちの一人。神無月 霙……って言っても、分からないよね」
「ええ、分からないわヨ。でも、スリート・ルーインじゃないってことは分かったわヨ」
妖精は、そんな霙に愛らしくウィンクしてくれた。
「うん、それさえ分かってくれればいいよ」
そうして妖精と共にセラフィー・ルシフェルが起きるのを待つ霙。霙が目覚めたときは明るかった空も暗くなり、空には星々が光り輝いていた。
「───れ。──ぞれ。─みぞれ! ちょっと、霙ってば! 起きなさいヨ」
あれ? 寝てたのか。あれ? あの子は?
大丈夫だ、私が妖精の指示通り森まで運んである。例の少女は天使だとさ。
妖精の要請……ふふっ、面白いわね。
そんなことより、さっさと私達ミゾレで情報を統合しましょうよ。じゃないと彼女が起きたときに大変な事になるわ。
「それはオリジナルの方かい? それともコッチに来たばかりの方かな?」
「霙? 誰と話してるのヨ?」
「───ん? ああ、なんでもない。流人特有の『能力』とでも思ってて」
「ふ~ん。それでね、愛しのセラフィーが起きたのヨ」
霙がセラフィー・ルシフェルの方を見てみると、夜空の星々かと見間違うほどのキラキラした何かが幼いセラフィー・ルシフェルの周りを漂っていた。
「え、これ全部妖精?」
「そうヨ。この森やあの村の近くにいる妖精はみ~んなセラフィー・ルシフェルの虜なのヨ」
風の精霊──霙は妖精と言っている──少女のようなナニカと霙が話しているとセラフィー・ルシフェルがこちらを向いて話しかけてきた。
「あなたが私を助けてくれたの?」
「ううん、私はどこまでも無力だった……助かったのは君の力だよ」
そういうと彼女は光を映すことのないであろう右目も開けて霙に小首を傾げる。
「何で? お姉ちゃんも私のこと助けようとしてくれたんでしょ?」
「そう……だけど、私は何もしてないよ」
「みんなから聞いたよ。お姉ちゃんが私をここまで運んでくれたんでしょ?」
「うん」
「なら、どうして?」
「え?」
霙には理解できなかった。
彼女をここまで運んだことは事実だが、それで彼女を助けたことになるのだろうか? 霙の中の基準で言えば、助けたと言うよりは『それしかできなかった』と言う方が正しい。
「私は見ての通り右腕も右足もないでしょ。私一人じゃ逃げられないし、みんなは体が小さいし、あんまり他の人に見られちゃいけなかったりするから……ね?」
そう言われると、確かに霙は彼女を救ったのだろう。
霙の心の中に『嬉しい』と言う気持ちが浮き出るが、それと同時に声が聞こえた。
『化け物に救われた天使ね……お前のせいで穢れて、堕天使になっちゃったんじゃないのか?』
自分の手は汚れている。穢れている。
本当なら、純粋無垢な幼い少女に触れていいはずがない。いくらあの場に霙しかいなかったとはいえ、どうしても申し訳ない気分になってくる。
「お姉ちゃんを『そういう風に言わないでよ』。あなたは助けてくれたお姉ちゃんじゃないでしょ」
可愛らしく頬をプくっと膨らませた幼女の顔を、霙は穴が開くほど見つめていた。
「どう……して?」
単純に可愛くて目が離せなかった訳ではない。
誰にも理解されず、霙にしか分からないはずの『声』を……そして『内なる存在』を、この幼い天使は気付いたというのだ。
「ふぇ? 大丈夫? 涙、出てるよ」
訳も分からない涙。
いつもだったら、誰かがそういう状況にあった所で人格交代したのだろうと思うところだが、不思議とそういった嫌な気持ちではない。
安心しちゃったのかな? こんなちっちゃい子に慰められるなんて……白い髪のあの人に申し訳ないかな。
「…………あの白髪の人……えっと……あれっ?」
幸せの分だけ不幸な思いもする。
安心の後にきた強烈な不安と謎の焦りは一瞬にして霙のココロを支配し、苦しめる。
(息が……胸が苦しい……助けて……助けて)
「ちょっと、大丈夫? 顔色が悪いわヨ」
「…………、…………」
苦しみのあまり声すら出ない。
そんな霙を見て、他の大なり小なりの妖精たちがざわめきだす中、セラフィー・ルシフェルは真の天使たる力の片鱗を見せる。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんが私を助けてくれたように、今度は私がお姉ちゃんを助けるからね」
霙の目の前がチカチカと光り、意識がぼんやりとしていく中で見たのは、時計の文字盤のように規則正しく並んだ小さな白い光を放つ12枚の羽と同じように光る天輪。
ないはずの右手足からは真っ白な手足が生えているように見える。
「…………、…………、」
そして、光を通さぬ漆黒の右目にはいつの間にか極彩色の……ゼロのような瞳が輝いて、霙を飲み込んでいった。
霙が時間逆行魔法を使った後の目覚めは、魔法使用後の一日後です。
記憶などは氷雨の『絶対防御』で弾かれたり、内在人格たちにいじられているので曖昧です。
完全に矛盾した記憶(例:ここは日本だと確信とは別にルケイに流されたということも分かっている)なども持っていますが、元々『解離性同一性障害(多重人格)』であるため、霙の中では「ああ、いつものことだな」程度でしかありません。
少年Aが根雪と話しているときに霙に変わってしまったりすると、霙は「ここどこ? あなた誰? 根雪って誰?」ってなります。そういう経験のせいで、矛盾やら不思議なことは「誰かがなんかやったのかな?」で済ませちゃいがちです。
分かり辛くてすみません。