31:進みだす人々
神聖魔法王国にて集結したライトと霙を除く元第十班のメンバーとエリン。
四人はそれぞれ王国が用意した馬に乗って本能の開放地を目指すことになった。
「おい賢者、ここからその本能の開放地ってのはだいぶ遠いんだろ? こんな馬でいいのか?」
賢者と呼ばれたうっすらと茶色い黒髪を腰の辺りまで伸ばした少女は失礼な赤髪の少年の質問に優しく答えてやる。
「馬の装備と蹄鉄はウチと三杉君のとの共同制作でね、そこら辺の事は心配しなくていいよ」
すると菫は思い出したように自分の鞄から光の玉を四つ出した。
「ああ、そうそう。エリンちゃんに渡しておかなくちゃ……分かるよね?」
「絶対防御ですよね、ありがとうございます」
そういうとエリンはそのうちの三つをカグツチ達に渡し、もう一つをエリンのウエストポーチにしまった。
「大丈夫エリンちゃん? 確かに一つは流人捕獲用に取っておかなきゃだけど……絶対防御が無いと危ないよ? それに馬だってすっごく速いしさ、ちょっとしたことでも顔とかに切り傷とか出来ちゃうよ?」
そう言いながらカグツチを見る菫。
つまりはそういうことだ。
「いいですよ、俺の分の絶対防御は。元々前衛だからそういうのには慣れてるし、それに流花もルーナも一番守られてなきゃいけない後衛だし……エリンさんだって後衛側だし……(女の子だし)……」
後半の言葉が小さくて聞き取れなかったエリンに対して菫はしっかりと聞いていた。
「クフフ、残りはそっちでよろしく。捕まえたら、ウチは三杉君の所でサナちゃんと遊んでるから~」
そう言い残して菫は王国内に戻っていった。
「ありがとね。え~っと、カグツチ君だよね?」
「そうです」
「でもね、これは君に使って欲しいな。私には『物体操作』っていう『固有魔法』もあるし、三杉さんから貰った新しい魔道具もある」
「それを言ったら、俺だって『太陽神』があります! 俺の方が鎧みたいな魔法だし……その、大丈夫です」
そんな事を言ってるうちに、流花とルーナの二人は騎乗して絶対防御を使い始めていた。
使い方は簡単で、使い方の分からない二人でも使えてしまえる程。
魔力を少し入れてから自分の身体に光の玉を押し込む。それだけで体の周りに絶対防御の膜が張られるのだ。
「ねえエリンさん。この絶対防御って、どんな効果だし?」
「ふぇ? ああ、絶対防御はその名の通りあらゆる攻撃を防いでくれるの。応用技としては、先に『悪』を決めておくことで絶対防御内の指定された悪だけを捕まえるってこともできるんだ……三人はそれで捕まったんだよね?」
エリンは自分で説明しながら思った。
前にドクターが言ってた能力に似てるな~。なんだっけ? アッチとコッチを分かつ能力がドクターの能力の『天命への反逆』にもあるって……もっと詳しく聞けばよかったな。
「えっ!? あれって王様の魔法だったの!? すごいし絶対防御」
「ルーナ、動けない、そしたら、ピョンっ」
顔は無表情のままだが、体を抱きしめたり両手を挙げて馬の上で跳ねたりして表現するルーナ。
「???」
「要は絶対防御で捕まって、その後転移魔法で移動させられたってことです。エリンさん」
「さすが、カグツチ、偉い」
『神無月語』は分からないままだったが『ルーナ語』は分かるようになったカグツチ。何かとチームのリーダーというのは苦労が絶えない。
「えらかねぇよ。それより、エリンさんが絶対防御を使わなくちゃいけないって話が」
「別に大丈夫だよぉ~」
絶対防御をエリンに押し付けようとするカグツチと、それを止めるエリン。
それを見ていたルーナが何を思ったかは分からないが、突然馬から飛び降りてドスッっという音と共に地面に仰向けに落ちた。
「大丈夫!? ルーナちゃん」
駆け寄るエリン。
しゃがみこんでルーナの顔を覗き込むエリンからは無表情なルーナの姿しか見えていない。その隙をカグツチは見逃さなかった。
「これ、痛く、ない。王様、すごい」
「良かったぁ」
安心したエリンが立ち上がろうとした時、不意に背中を強く押されてバランスを崩した。
「やっぱりエリンさんが使うべきだ。俺には……必要……!?」
「ギャー!! リーダーァアア!! 何やってるし!! ……わっ!?」
青ざめるカグツチ。慌てすぎて馬から落ちる流花。
二人が目にしたのは、仰向けに寝ているルーナにキスするエリンの姿だった。
「!?!?」
「…………、」
霙がいたら「肘ドンで床ドンだー!!」などとはしゃいでいたかも知れないが、そういう空気ではなかった。
カグツチは驚きすぎて動けないし、流花はギャーギャー叫びながら地面を転げまわっている。
当のエリンはパニックに陥って触れた唇を離すことができず、ルーナは普段通りの無表情だった。
「エリン、どいて」
ルーナはエリンを押しのけ、自分の馬へと戻っていった。もちろん周りの驚きなど分かるはずもない。
「そっ、そうだね……それじゃあ行こっか」
ようやく本能の開放地に向かう四人。
エリンとカグツチの絶対防御の譲り合いなど、誰も覚えていない。
~本能の開放地:現在~
街を破壊する流人を捕まえるために来たのに、どういう訳か流人よりも恐ろしい巨人に出くわしてしまったエリン一行。
しかも、ルーナ曰くバケモノは霙だというではないか。正直に言うと、エリンは街を破壊したのは隣にいるメガネの流人ではなく流人の霙なのでは? などという考えがよぎっている。
「私達は神聖魔法王国の特殊編成部隊です。本当はあなたを捕まえるつもりでしたが……この状況です、今は共闘しましょう」
「タリ・ルテナ」
その一言で少年の複製体が消え、霙の『中身』達が溶けていく。
「くそっ、せっかくの味方が……使えない連中だ」
「クトゥ、ギニャル・キリリリカ」
巨人から魔法が飛ぶ。黒い波がヒトガタの腕から噴出し、五人を襲う……が
「貴方が、本当に霙ちゃんなら、私は止めるよ」
一歩、前へ。
「その力は、霙ちゃんの意思じゃない。その力は、霙ちゃんが嫌っていたもの!」
波は、届かない。
「霙ちゃん見てる? これが私の努力の成果。このくらいの魔法量で、私の『物体操作』を超えられるだなんて思わないことね!」
「エリン、手伝う」
「私も手伝うし。行くよ! リーダー!」
「集中しろ、『太陽神』!」
燃え上がる少年に、何もないところから弓と矢を出す少女。
火縄銃みたいなのを向ける少女に、化け物の攻撃を止め、操り、化け物に返す少女。
「アイツら、心の赴くままに動いてる……これが、異世界」
エリンの攻撃でよろめくヒトガタ。
それを見て先行するはカグツチ。その後ろから巨人の顔に向けて流花の魔砲とルーナの矢が飛ぶ。
「焼き尽くせ! 我が炎!」
燃える巨人。しかし、その炎はすぐに化け物の闇に飲まれていく。
「くそっ! 全然効いてねえ!」
(やっぱ、俺の力じゃ足りねえのかよ)
前に闘ったときは、相手が霙ではなく根雪だった。
あの時は、根雪に言われたように『人殺し』なんてこと、できない。霙という流人と闘うなんてことできなかった。
そんな彼がどうして闘えているのか? 見た目が人間じゃないというのもあるだろう。だが、彼の心をある意味で立ち直らせたのは神聖魔法王国に連れてこられた時、霙という流人が前世でもルケイでも大犯罪者であることを知ったこと。
そして、菫との契約だ。
「手伝うぞ、赤いの」
少年の手がヒトガタを裂くように振るわれ、それと同時にヒトガタも引き裂かれる。
「キュルルッ! クリリリリリリリリィイ!!」
巨人の巨大な腕が振るわれる……が、エリンの『物体操作』で止められる。絶対防御で女性陣は守られているが、神聖魔法王国の元最高戦力達のように絶対防御に頼り切るようなことはなかった。
「エリン、そろそろ」
「スコープちゃんも限界近いし! どうする? 使っちゃう?」
元霙の攻撃は流人の少年のバリア、エリンの『物体操作』、氷雨から貰った絶対防御によって五人に届くことは無い。だが、再生するヒトガタに五人の攻撃が効いている様子もない。
確実に効く武器はただ一つ。エリンのウエストポーチに入っている絶対防御のみ。
(どうする? これを使っちゃうと、もしかしたら氷雨ちゃんに霙ちゃんのことがバレちゃう……でも、これを使わずに……)
「……ん? あれっ!? スライムさん!?」
ずっとウエストポーチに入れていた小石ほどの大きさの魔道具……というか生物兵器。
紫色したスライムは、三杉がエリン用に作っていた魔道具である。
「エリン、その子、カワイイ。後ね、あそこ、反応、してる」
自分の武器でもあるスライムにほっぺを突かれ、注意が散漫になっていたエリンに届いたその言葉。ルーナの言葉を聞いて改めて霙だったモノを見てみるが、特に変わりは無いように思えた。
「どこ?」
「ほら、あそこ」
どういう訳か動かないヒトガタ。
ルーナの指さす方向を凝視するも、分からない。でも、なんとなくだが、固有魔法を使ってみる。
(練習のおかげかな? こうすることが正解な気がする)
何かを感じ取れた。
それがルーナの言う『反応』なのだろうか?
「皆、私が反応点を捕まえる。流人君とカグツチ君は私たちを守って、流花ちゃんとルーナちゃんは私が捕まえた反応点に最大火力……いい?」
「「「了解!」」」
「後で合理的な理由を聞かせてもらいますよ」
妙に大人しい巨人に向け、エリンは新しい魔道具に固有魔法を込めて向ける。
形状は、クリスタルの翼が生えた砲。霙の世界で言うところのロマン砲である。
「固有魔法:『物体操作』、形状変化……私の創造せし想像の一撃……いっけぇえええ!!」
大量のマナが込められた魔法は、魔砲と言っていいだろう。
瞬間、カメラの三脚のようなものが地面をがっちりと捉え、魔砲の反動を受け止める。
エリンの放った砲撃は、巨人の肉体を消し飛ばし反応点だけを残した。
「これが、私の、もう一つの、成果! ……形状変化! 鎖と杭! その意味は戒めと拘束である! 第二魔法、展開!」
エリンのもう一つの努力。
それは魔法。固有魔法使いは自身の固有魔法以外の魔法が習得が難しい。
エリンの治癒魔法も、何年も何年もかけてようやく覚えたのだ。
だが、それは村での話。神聖魔法王国には魔法の発展と研究を続けなくてはならない役職……つまりは賢者がいる。かの大賢者は自身の固有魔法のおかげで一般魔法も長い年月をかけて覚えているが、その過程で生まれた新しい魔法の考え方、それが『第二魔法』である。
「美しいバラの花を守るは我が茨 その姿を変えようとせんモノを近づけはしない……今!」
魔砲に潜んでいたスライムはエリンの指示通りに杭と鎖になり、巨人の中で反応していた人間サイズの人型を縛り付ける。その姿は一輪の美しいバラを守る紫の茨。
そして、少女の形をしたものに流花とルーナの攻撃が加わる。
「一輪のバラの花言葉は『あなたしかいない』。紫色には『尊敬』、あなたの黒色だと『永遠の愛』。森羅万象の意味を読み解き、変化させ、魔法とする。それが第二……魔法」
長時間に及ぶ魔法行使、そして今の一撃と第二魔法によってエリンの体内マナは殆ど無くなってしまった。
これでまだ相手が戦うというのであれば、アレを霙に戻すことは出来ないだろう。
「なるほどね、霙が楽しみにするのもよく分かる」
撃ち落とされたソレは煙の中から立ち上がる。瞬間、地面が真っ黒に染まり燃える家々と死体、それらを一瞬で飲み込んでソレに収束されていく。
煙が晴れ、出てきたソレの隣には霙のリュックと妹の名を冠した魔道具。姿は霙と同じだが、メガネの流人を除く全員が直感的に「違う」と感じた。
「少々遊びすぎてしまった。霙は僕が責任をもって『帝国』まで送り届けよう」
「あなたは、誰なの?」
疲れ切ったエリンが言葉を振り絞ってソレに話しかける。
「さぁね、我輩たちにもそれは分からん。霙の中の神なのか、単なる超越者……統合個体か統括者と言ってもいいのかな?」
ソレの話に誰もが注目する中、ルーナだけはエリンのウエストポーチから最後の『絶対防御』を取り出してメガネの流人に投げつけた。周りに左右されず、しっかりと役目を果たしたルーナは満足げで、本当にちょっぴりだけ微笑んだ。
「なっ!? 動けねぇ……はぁ、」
諦めの早い流人だった。
「時間がない。我が伝えるべき『道』を教えよう。まずエリンとルーナは神聖魔法王国周辺の森の奥、古い魔獣に会いに行き、魔眼の事……魔力探知の事を学びなさい。流花は菫と三杉から魔道具の事を学びなさい。カグツチは三杉魔道具店にいるサナ・ルナティと毎日一緒に遊ぶこと。最後にコード103、君はこの世界の『常識』を学ぶといい、君の世界とこの世界では差が大きすぎるからな」
「どうして俺の名前を知ってる」
「君でも分かるように言うと、私には名前を知る力がある……それとエリン。君のその魔道具、次霙に会ったときには見せてはいけないよ、その武器は霙の心を壊すだけの『意味』が潜んでいるからね」
そう言い残すとソレは五人の前から一瞬で姿を消した。
何もない真っ平な地面に呆然と立つ男女五人。
「(また、何もしてあげられなかった)」
俯きながら小声で悔やむエリン。
四人に残る想いと、与えられた試練。
「……戻ろっか、」
神聖魔法王国へ戻る途中、あまりにも速い馬に乗りながら、一瞬で変わっていく景色を眺めても、四人の心にはべったりと張り付くモノがあった。
ここで第一章:新世界が終わり、次からは第二章:帝国編が始まります。
この時点で多くの伏線を残しましたが、どこまで気付かれたでしょうか? 分かった方は天才ですね、きっと気付いた時はビックリしたことでしょう。
これからも私達ミゾレちゃんをよろしくお願いします。