その後の日常:side神聖魔法王国
少し時間を戻そうか……ん? 何故かって? そりゃあ僕しか知らないからだよ。
え? 君も知ってる? ……ワン、君は世界のすべてを観察してたろぉ、それは「見てた」って言うより「目に映ってた」って言った方がいいぞ。
君だって分かってるだろう。私は暇なんだ、つまらないんだ、退屈なんだ。それは君という存在が一番よく分かってるじゃあないか、だから私は時間を戻す。この世界の神であるゼロが『面白い』と思ったことを僕は君と共有したい。
今回の結果? もちろん分かってたよ。あんなに分かりやすい性格だもの、分からない方が難しいよ。
そうだね。へ? 君が気に入ってた『根雪』でも分かるかって? 君は時々変なことを言うなぁ。当然だろうよ。だってさ、「火の中に紙を入れたらどうなる?」って聞かれて「燃える」って答えるのは予測ではあるけど、限りなく予言に近いだろう? それと同じこと。
「そうだろ? ワン」
背中から伸びる大きな六枚の羽で巨大なワンを包み込むゼロ。
「…………」
ワンは何も言わなかった。
~本能の開放地~
霙が勇太と出会ってココに来るまで後1時間と言ったところだろうか? この場所に一筋の閃光が天から落ちてきた。
『異世界流し』
このルケイにおいて、こういった「閃光」やら「竜巻」やらといった大げさな演出にてもたらされる流人……つまりは『異世界人』の到来は、このルケイに住む者なら一度は見たことがあるだろう。
「…………、? ……まじで異世界かよ」
辺りを見回し、自身の『力』で確認する。
空気中に『力』がなく、自身も身動きがしにくい感覚がある。
「これがゼロとかいうやつの言ってた『強制弱体化』ってやつか? 面倒だな」
少年は辺りを見る。
裸の男女や首輪をつけられた獣人。少年の元居た世界では考えられない光景だった。
「穢らわしいな……気分が悪い」
そう言うと、少年は軽く手で払いのけるように手を横に振る。
少年の手で隠された部分が遅れて薙ぎ倒される。
『超能力』。霙の世界ではそういうだろう。
「うわっ、赤い血!? きっも! やっぱりこいつら人間じゃないんだ」
家をなぎ倒し、人を押しつぶして薙ぎ払い、それでも本来の力ではないというのだから異世界人に対する恨みやら憎しみをもって接する人間が少なくないというのも頷ける。
「こんなに簡単に潰れて死ぬんだろ? それともこれが異世界のニンゲンなのかな? ……まぁいっか、こんなに気持ち悪い生き物だもん。殺したって何の問題もない」
彼の世界では秩序こそ正義であった。
本能・衝動・偶然・奇跡・直感。そういったものはすべて忌み嫌われ、排除されてきた。
だからこそ、この本能的な連中を殺す。この場所を破壊して正しくする。
ただそれだけのことだった。
「う~ん……邪魔だし燃やすか」
軽く指を弾く。パチッっと小気味いい音が鳴り、周囲の家と人を燃やす。
「えー、どんなだけ広いんだよ、めんどくさ。でもまぁ、やらなきゃいけないしなぁ、仕方ないか」
こうして本能の開放地は破滅する。
~神聖魔法王国:王城内~
霙がライデンから離れて1週間ほど経った頃、何の前触れもなく神聖魔法王国の大賢者である菫とルケイ最強の水無月・ルーイン・氷雨がライデンへやってきた。
そして、ライトとラウルが拘束されてしまった。
「あの~、氷雨様」
「何かしらライト。私は今、と~っても忙しいのだけれど」
理由はいくつもあるが、簡単に言うと二つ。
一つは神無月 霙の保護。
もう一つは『ゼロの使徒』などと言う凶悪集団の一人がライデンに来ていたというのに、報告が無かった事。
ラウルは職務怠慢で神聖魔法王国の監視下に。ライトはライデン側に対する人質であり、要はこれ以上神聖魔法王国に反抗するなということである。
「だったらなおさらなんですけど、僕を椅子にするのをやめてもらえませんか?」
「ダ~メ。貴方は人質だもの、一番安全で頼れる氷雨ちゃんと毎日一緒にいられることに対する代価だと思えばいいじゃない」
「そんなぁ~」
ライトは四つん這い状態のまま首をがっくりと落とす。この状態で氷雨に座られ続けること数時間。もう体中から「これ以上はダメ!」という指令が出ているが、体は『絶対防御』で固定されてるため自分ではどうすることも出来ない。
「文句なら君の校長君に言いなさいな、ライト。元はと言えばこのラウルが霙を庇ったのが悪いんだからさ」
そう言われてライトは顔を上げる。部屋の壁際にはライトと同じ姿勢で大賢者菫に座られているラウル校長がいた。
「全く、どうして霙ちゃんを庇ったのさ。君だって霙ちゃんのことは知ってたろ? 子ども達ならともかく大人達に気付かれたらどうするつもりだったんだい?」
「神無月さんは優秀な生徒だ。そして、彼女のことを犯罪者だと知っている者には霙ちゃんが霙ちゃんだとは分からないようになるように魔法で細工していた」
「そんなことしてたんですね、先生」
「いいかいライト君。人は、自分の愛するものの為だったらなんでも出来るんだ。この僕みたいにね」
そう言って決め顔になるラウル。
その頭を菫が手にした杖で殴った。
「君は誠実そうだと思ってたんだけどなぁ~。意外と女たらしなのかな? ウチは女やから分からんわぁ~」
菫が手にしている杖は、最近三杉と共同で作ったもの。
魔道具の始祖と稀代の天才魔道具職人との合わせ技で作られた杖は菫やエリンに劣らぬチート能力が備わっている。
この部屋には四人だけしかいない。静かでいて賑やかな場所。
そこに、騒音が到着した。
「もっ、申し上げます! 本能の開放地にて流人襲来! 被害多数とのことです」
本能の開放地は霙の世界で言うならば自由貿易地に近いだろうか。
要は、神聖魔法王国からもそこまで遠くなく周辺諸国ともそれなりに近くて港も近い。物流の拠点としての役割もあるわけで、当然そこが攻撃されたとなっては神聖魔法王国にも連絡が来る。
「ママ」
「ダメだよ」
ライトから立ち上がる氷雨を菫は止める。
「どうして?」
「ここ最近、外出が多かったでしょ? こんなに仕事もたまっちゃってるわけだし」
「でも……」
少し下を見て悲しそうにする氷雨。
菫はラウルに座ったまま、そんな氷雨に満面の笑みで語りかける。
「大丈夫。エリンちゃんやライデンのギルド学校の子達だけでも流人は制圧できるわ……でしょ? 校長殿」
「ええ、仰る通りですよ」
今回の神無月 霙の保護の一件でライデンのハンターやハンターになるべく努力していたギルド学校の生徒の多くは神聖魔法王国で『賢者の書』の奪還作戦に参加させられることとなってしまった。
(ハンターはほぼ自由参加なのに生徒だけ強制参加とは……やっぱり僕のせいだよね、皆には悪いことしちゃったなぁ)
自分の行いに後悔はない。だけど、そのせいで自分の大切な生徒を危険な目に遭わせていると思うと本当に霙を助けたことに後悔がないとも言い切れなくなってきた。
「それじゃあ、ママは本能の開放地に行くメンバーを決めてくるから……あっ! 氷雨、氷雨の絶対防御を貰ってもいいかな?」
「何人分?」
「ん~……四人くらいかな? 多分そのくらいあれば十分だと思う」
分かった。そう言った氷雨の体からポワっと光の玉が四つ出て、菫の方へと飛んでいく。
与えるための絶対防御。菫はその玉をもって部屋の外へと出て行く。
「…………」
「…………」
四つん這いのまま、黙り込むラウルとライト。
菫が出て行ってから数分経った所でライトに座って書類に判を押していた女王が沈黙を破る。
「───さて、ライトとラウルさん。二人とも、しばらくの間、神聖魔法王国内での自由権限を与えます」
「え? いいの?」
「これまでも自由権限を与えていたでしょう? 大丈夫ですか? それとも私にこうしていつまでも椅子として使われていたい変態さんですか?」
「いいのかい女王様?」
「当然です。この王国の頂点である私が言っているのですらから……それとも、ラウルさんも苦痛を好む変態さんですか?」
「そうじゃない。ただ、僕らがこの王国から逃げようとしたり、どこかで人質を取って逃げようとするとかって考えないのかなぁって」
ラウルの質問に、最強は美しい花を見つけたように微笑み、答える。
「貴方達は罪人ではないでしょう? なのにいつまでも拘束するだなんて、可哀想じゃない。それに、逃げようとしたり、悪いことをしようとしても、私の絶対防御が止めるのだから心配ないわ」
そう言えばそうだ。この少女の魔法は既にその領域にまで達しているのだった。
ライデンで菫と氷雨に捕まった時、氷雨はライデン全体に絶対防御を張り、こう命じたという。
「神無月 霙に関係ある者を『悪』とする」
その結果、縮小する絶対防御が人体を透過するとき、神無月 霙に関係のある者は絶対防御が体に張り付き身動きできなくなる。
後は動けない関係者を菫の転移魔法で連れてくればいい。条件付けとしては「絶対防御に拘束された者」とでも命じればいいだけのこと……大賢者の菫にとっては朝飯前のことだっただろう。
「それでは行ってきます」
「えと、……また後でね、氷雨様」
「あら、ライトは『また後で』私に椅子にしてもらいたいのかしら?」
開いた部屋の扉が閉まる。
元々あった椅子に座りながらライトに言葉をかけたが、返事はなかった。本当にそうしてもらいたいのだろうか?
「───さて、お仕事頑張ろ」
~三杉魔道具店:入口~
「ほら! 一緒に行くよ!」
「なんでアンタと手を繋がなくちゃいけないんだよ! オバサン」
「お、オバサン!? こう見えてもね、ウチの外見年齢は20歳前後にしてるんだよ! 本当のことを言うと15歳から18歳辺りだけどね!」
「外見年齢とか言ってる時点でやべえだろ。ていうか、アンタって『固有魔法』で不老不死なんだろ? てことは俺から『おばあちゃん』って言われてもおかしくないじゃん……オバサン程度にしたんだから怒んなよ」
髪の長い美女と赤髪の少年が店の前でなにやら揉めている。
三杉には聞き覚えのある声だった。しかし、男の方は分からない。どうせ自分の様な凡人には到底理解できない……というか理解もしたくないような大賢者様のお考えのせいだろう。
「何やってるんですか? 菫さん」
「おお! 三杉タン。オハヨン」
少年の手を握る手とは反対の右手を元気よく挙げる大賢者様。正直言って、この人がウチの店に来るときは大体面倒なことになる。
「は、はぁ、おはようございます……その子もライデンの子ですか?」
「うん。炎帝 カグツチ君って言ってね、霙ちゃんの関係者だったんだけどさぁこの子、霙ちゃんのこと嫌いだっていうからお母さんに楽な生活を与える代わりにコッチ側に引き込んだの。だから今は氷雨の部下って感じかな」
「大人げない……君も大変だな」
同情するようにカグツチを見る三杉。カグツチは三杉を少し見た程度で何も言わなかった。
「…………あれ? 『その子も』ってことは、こっちにも誰か来たの? ああぁ~! 待って、当てる当てる。う~ん……女の子でしょ!」
「…………、」
面倒そうに顔を歪める三杉。何が面倒かと言えば、大賢者様の言っていることが当たっていることである。
霙がここに来てからというもの、エリンに菫にサナ・ルナティと、女の子に囲まれ続ける日々。それに加えて最近は『霙からここへ来るようにと言われた』というルーナと流花という少女まで押しかけてきた。
「あ~、当たってるんだぁ~」
本当、菫に関しては氷雨という娘もいて王城という家まであるのだから自分の家で生活してほしいものだが、サナ・ルナティの件のせいで現在も居候している。
「ご用件は?」
「ム―、面白くないなぁ。もっと楽しもうよぉ」
その発言に菫の隣に居るカグツチが怒り出す。
「菫さん、本能の開放地がやばいんだろ? さっさと仕事しろよ」
本能の開放地という単語に、三杉も顔色を変える。
「何があったんです?」
「流人だよ。流人が出たんだ」
簡単に言う菫。本来、今すぐにでも何とかしなくちゃいけないはずなのに、菫には余裕がある。
いつまでも三杉が店の中に戻ってこないのを気にしてか、居候兼店員でもあるエリンや流花、そしてサナの面倒を見ていたルーナとサナが出てきた。
「あれ、菫さんじゃないですか」
「ししょ~……あれっ? リーダーじゃん」
「本当だ。カグツチ、久しぶり……だよね?」
「あ~! スーちゃんだぁ~!」
「わー! サナちゃ~ん!」
走りあって抱き着く二人。何故だかは知らないが、サナはルーイン親子と仲がいい。
「スーちゃん。お仕事?」
「うん。今日はね、エリンお姉ちゃんとそこのライデンの子に用事があるんだ」
大賢者の促す手の先にいる流花とルーナは少し緊張した。
また霙のことを聞かれるのだろうか。それとも霙の味方であることがバレてしまったのか。
「あのねスーちゃん。紫の優しいお姉ちゃんがルーナお姉ちゃんで、こっちの茶色のお姉ちゃんが流花お姉ちゃんだよ」
「そっか、流花とルーナね。ごめんねぇ~名前忘れちゃってて、会うのは二回目? 三回目だったかしら?」
「ボケてんじゃねえよ賢者、こんなのが俺より強いとか。霙といいアンタといい、この世界は変な奴ばっかりが強いんじゃねえのか?」
「そんなことないぞよ、カグツチ君。そこの背の高いお姉さん、エリンちゃんはとってもいい人だし、君よりもはるかに強いぞよ」
「えっ、まぁ、えぇ~。えと、カグツチ君だっけ? 私はエリン、よろしくね」
「はぁ、よろしくです」
そっけない挨拶。
そんな中、ルーナだけは話の本筋を忘れないでいてくれた。
「賢者、様。ルーナ、達に、何の、用?」
その言葉で、ニヤニヤしていた顔が一気に引き締まり、菫が大賢者であるということを再認識させられる一同。
「エリン。流花。ルーナ。カグツチ。以上四名はこれより、本能の開放地へ赴き、流人を捕まえてもらう」
こうして四人は本能の開放地へと向かう。
その先に黒い巨人と天使を足した化け物と成り果てた霙だったモノと会うことなど知る由もない。