30:壊れる少女
目の前のメガネに助けようとした少女を殺された霙。彼女も瀕死の状態だというのに「流人か?」と聞かれ、更に冷静さを失っていく。
「…………へぇ~、君も流人なんだ。……ならさ、知ってる? この世界には『魔法』とか『魔術』って言われてるものがあるんだ」
透明なナニカに貫かれ、意識がどんどん遠くなる。
「あ……あはっ……キキっ」
「少しは力があるみたいだし、簡単に死なないから同じ異世界人かと思ったけど違うのか? お前も血が赤いみたいだしな……もしかして虫だったりする?」
もう目の前のメガネが何を言っているのか分からない。自分が自分じゃないみたいだ。体を動かそうとしているのに動かなくて、話したいことを考えても話せないし、何もできない。
舞台演劇を見ている観客。その状態は初めてではなく、神無月 霙にとっては『よくある事の一つ』に過ぎないのだった。
「………………」
「あれ? 死んじゃった? さて、他の罪人を見つけるか。こんな気持ちの悪い連中がこんなに集まってるだなんて思わなかったなぁ、異世界」
変化にて豹変。病気にて交代。異常にて多様。
我らハ、ワレラをシラず、分かラず、理解など無く、スベテの不可シ議は己。
真理──汝の敵は目の前ゾ。
「ルトラ・れとぅれりか? ペネ・ぬらプにゃ……ギギッ!?」
「あ? 何言ってんだ? 異世界語は分かんねえよ……あれ? でもこの世界は言語の隔たりはないって言ってたよなぁ」
「ぐぬ・ググヌ・キャキラぁああああ!!」
「マジで意味のない言葉かよ」
少年は手刀で空を切る。
それだけで目の前のナニカの首が落ちる。
「おい、なんだそれは……お前は一体なんなんだ!」
落ちた頭がぱっくりと割れ、中から少年の世界の『力』が大量にあふれ出ると同時に茎が伸び、葉が生え、花が咲く。
「燃えろ! 化け物!」
指を鳴らし、少年は化け物を燃やす。
その間に周囲の燃えた家やら死んだルケイ人やらを吹き飛ばす。
辺りは更地となった。
「くにー。くにゃー。くにゅー。……ルールーる?」
炎が闇色をした外套に飲み込まれる……否、もはやそれは外套にあらず。そのイキモノは闇に染まっていた。
「くそっ、炎は効かないか」
溶け出す闇はソレを中心に周囲のものを飲み込んでいく。
ナカではある種の開放が起きているのだが、少年がそれを分かるはずもない。
(この黒いやつ、姉上が私に起こった時に使った『黒い手』に似てるわね)
(ああ? お前じゃなくて我だろうが? それともなんだ? いくつかある『根雪』のなかで貴様があの場にいたとでも?)
(止めろ馬鹿ども。今はそれよりも『自分のしたいこと』、だろう?)
闇は頭から咲いた植物を飲み込み、少年に跳びかかる。
「あぶっ……マジでなんなんだよ。圧縮!」
襲い掛かった闇を透明な『力』で弾き、人型ですらなくなった液体を『力』で圧縮して一まとめにする少年。
しかし、その呪縛も長くは持たなかった。
「キヒッ、キヒヒッ。……んなぁ~」
『力の圧』を吹き飛ばし、再び人型になる霙だったモノ。
霙だったモノは、少年に向かって首を傾げるが傾げすぎて首が半回転している。
(相手の能力が分からない。流石に逃げるか?)
などと少年が考えているとき、ついに目の前の敵がまともな言葉を話した。
「あのね、わたし、浮くよ。それでね、右手に女の子のミゾレ。左手に男の子のミゾレ……両手に霙ってな、きゃははははは」
黒い人型は言った通り宙に浮き、右手には美しい女を吊るし左手には同じ顔の男を吊るした。
いや、吊るしたというよりは手の中から出てきたと言った方がいいかもしれない。
「アナタは右と左、どっちが好み?」
そう問うヒトガタ。論理的な少年の答えは一つだった。
「女」
女性の方が男性よりも体格や筋肉量といったところでどうしても劣ってしまう。
この危機的状況でどちらと闘った方が勝ち目があるかと問われれば当然女性を選ぶ。
だが
「は? 僕は『右』か『左』って聞いたのだよな。そうでなきゃおかしい。お前、オンナ? 何ソレ? どれのことを言ってるんだゾ?」
真っ黒な人型は気に入らなかったらしい。
「なっ!?」
(一瞬で距離を詰められた? どうする? この速さに俺は対処できない)
一瞬で距離を詰めた黒いヒトガタ。真っ黒な顔の真っ黒な瞳に超近距離から見つめられ、少年は動けない。
「み、右手っ! ……右手の子がいい」
「………………」
どういう理屈かなんて分からない。当然だ、だってここは異世界。
自分の世界の常識など通じない相手がいてもおかしくない。問題なのは、その相手もルケイ出身ではなく異世界流しにあった人間であるということ。
(流人は強制弱体化のせいでうまく能力をつかえねえんじゃねえのかよ。それともコイツのが元々すげえ能力者ってことか?)
「そうか、君は右手の女の子が好みか……なら、俺が左手に女の子を出したらどうする? やっぱり女の子を選ぶのか?」
見る見るうちに神無月 霙(女)になっていく化け物。さっきまで手につるされていた男女はもういない。
そして、5cm程浮いているヒトガタは少年の顔を再び覗き込んだ。
「弱いからだ。女は性質上、男に劣るから……だから選んだ」
「なるほど、私達の質問の意味をよく理解したね、偉いね、凄いね、愉快だよ。だけどな~、それって『戦うこと』が前提だよね?」
(マズイッ)
「なら、殺しあいましょ」
「転移!」
咄嗟に化け物の後ろ。大体10m離れた場所に転移する少年。
少年のいたところには何もなかったが、いれば確実に死んでいたと思う。
(思う……思うだって? この僕が、『思う』だって!? ふざけんな、俺に予想でものを言わせたな!!)
少年の元居た世界は秩序と理性こそ正義であり予想や本能といったものは排除されるべき対象だった。だからこそ、この本能の開放地という場所は少年にとっては犯罪者集団のようにしか見えず、だから皆殺しにした。
そんな彼が『予想』で物事を考えてしまった。
これがどれだけの屈辱か、霙にもヒトガタも分かるはずがない。
「僕~私~アタイ~アチキ~妾~俺~俺様~我~我輩~。さてさて、コレは誰でしょうか?」
浮いた少女の頭。右からは角が生え、左には植物が生え、花も咲いている。
少女の左目は破裂して、そこから気味の悪い色をした花が咲く。
そして中性的で美しい顔と長い黒髪を除いたすべてが黒く染まっていく。
「お前は一体何なんだ?」
薄気味悪く微笑む少女の形をしたナニカ。
地獄の釜が開いてしまった。
「……は統括者だよ。なんならこの子達の『神』と言ってもいい。君がどう言おうと……は構わないよ」
背中からは虫の足の様なモノ。ニュルニュルと動く触手。植物の集合体。金属的な骨格。ムカデやヘビといった細長い生き物。そして鳥のような翼。
お尻の近くから生えた尻尾からは糸から吊るされた宝石のようなものが付いている。
(天使か悪魔? それとも竜人? 訳が分からんがアイツは俺と闘う気満々って感じだよな)
「さて、第一攻撃だ」
ソレは手を少年に突き出すと、そこから真っ黒なレーザーが出た。
「転移……はあっ!」
レーザーを転移で避け、真横から同じようにレーザーを出す。
レーザーは相手の美しい顔を貫くが、一瞬で元の美しい顔に戻る。
「痛いな。痛いよ。痛いと思う? まぁいっか。お行き、小鳥ちゃん」
今度は体中から真っ黒な鳥やら虫やら飛び出して少年を襲う。少年はそのすべてを燃やし尽くすが、地面に落ちた黒い液体はモゾモゾと蠢いている。
「気持ち悪い能力だな、これがお前の世界の『力』なのか?」
「ん~? 君は分かると思うけど、この力はルケイのものであり君の世界のものであり……というか、そういうものじゃないんだよね」
そう言った瞬間、周囲に落ちた黒い液体の動きが活発になる。
レーザーの痕から他のヒトガタが、飛んできた黒い生き物たちだったものからもヒトガタが現れた。
「コピーか? それなら俺も」
少年も『力』を使って自分を複製する。
それを見た相手は少し驚いて目を丸くし、そして笑う。
「すごいね、本当にすごいね君は。それだけの力を持っているのに誰かを殺すなんて……。ちなみにこの子達はコピーじゃなくて本体達なんだよ」
よく見ると一人一人見た目が違う。
女だったり男だったり。真っ黒だったり普通の人間だったり。
そんないくつもの『中のイキモノ達』の一人が少年に襲い掛かる。
「キャハッ! 殺していいイキモノだ~」
「クッ……消えろ!」
しっかりと色のあるその人間は、どこに持っていたのか分からないナイフで少年を攻撃しようとするも、少年のバリアに阻まれた後、少年の念動力によって体を引きちぎられる。
「アハハ! 見て見て! 真っ二つ……横に真っ二つだよ! しかも死ねない。やっぱり私達って『概念』に近いから死ねないのかな? どうなのよ統括者ぁ!」
統括者と呼ばれた角と植物の生えた美女は空中に優雅に座り、地面に倒れた同胞に微笑みかける。
「あんまり答えたくない質問ね。俺はいいけどさ、他の連中の中には聞きたくないというか、自分が交代人格とか、そういう幻想だと思ってない子も多いからダメかな」
この隙になんとか逃げる術を考える少年。
その間に他の子が少年に近付いてきた。
「ダメ! 皆! ケンカはやめよう。この子は私達とは考え方が違うんだよ! だってこの子も流人だよ? 私達だってルケイにきて不思議な事とかいっぱいあったでしょ。魔法とか、私達の世界になかったじゃない! それと一緒なんだよ!」
幼い、だけども真っ黒な少女。
まさか敵の生み出したモノに助けられるとは思ってもみなかった。
「君は優しいなぁ。でも分かってる? 我は君すら操れる。僕の指示一つでどうとでもできる。特に君は自分の姿を確立させることの出来ていない子じゃないか、それでも君はその子を守るのかい?」
「ならアナタはどうしてこの子と争うの?」
「過半数がその子との戦闘を求めているから」
「意思のないアナタが戦うことはないでしょ、争いたい子だけを出せばいい」
よく分からないが目の前のふわふわドレスの真っ黒幼女は味方らしい。
できれば他の連中同様、なにかしらの能力を持っていて欲しいところだが少年の『力』で幼女を見てもそれらしき『力』は感じられなかった。
「一緒に逃げるよ……転移」
真っ黒幼女と共にできるだけ遠くに転移したつもりだが、少年の認識している世界はこの街の中だけ。
結果、勇太を消滅させたトンネルの近くまでしか転移できなかった。
「おいおい、仕方ないなぁ。私は消えて、我らが相手になろう」
収束するナニカ達。まとまり、繋がり、混ざり合い。
形はそのまま、体積が三倍程膨らんだ真っ黒の化け物となった。
「君はあれをどうにかできないのか?」
「無理だよ。私には攻撃手段がないの……でも、戦いたくない子達はみんな中から出てきたよ」
真っ黒幼女から目を離し、目の前のいびつな熾天使の巨人を見る。
巨人からはべっとりとナニカが滴っており、地面に落ちるとソレはなにかしらの形をもって少年と真っ黒幼女に近付いてきた。
「敵……ではないんだよね」
「そうだよ。みんな私とアナタの仲間だよ」
もう一度、少年は『力』を使って仲間達を見る。『力』のある個体は少なそうだったが、少しでも戦力は多いことに越したことはない。
「キヌラ・プトゥレテュラ……ギャヒャッ!!」
意味のない言葉の羅列。
不思議な仲間達が完全に集まった時だった。
「流花ちゃん!」
「オッケーだし。いっけースコープちゃん!」
唐突に崩落して通れなくなったトンネルが爆発する。
通れるようになったトンネルから馬に乗った三人の少女と赤髪の少年が現れた。
「ええっ!? なにあの巨人!? なにこの状況!?」
「分かんないし……あっ! 流人君見つけたし! どうするエリンさん」
「流花、エリン、あの天使、霙」
「嘘っ! あれ、霙ちゃんなの!?」
「まぁ、アイツならやりかねねぇよな、流花」
「そうだねリーダー。ミゾレっちならやりかねないし」
唐突に現れた白髪に銀の目の長身の少女に赤い目に赤髪の少年。茶髪ツインテールの貧乳少女に紫の長髪巨乳少女。
「あの……あんた達は?」
少年の質問には白髪の少女が答える。
「私達は神聖魔法王国の特殊編成部隊です。本当はあなたを捕まえるつもりでしたが……この状況です、今は共闘しましょう」
エリンと流花とカグツチとルーナと少年と複数の内在人格たち。
対するは複数の敵対的な内在人格を一つにまとめたヒトガタ。
(ようやく、お前の本気が見られるんだな)
心の中でカグツチはそう呟いた。




