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異世界流しに遭った私の異世界生活  作者: プニぷに
第一章:新世界
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29:衝動と理性

 黒い外套に黒い面。

 外套からちらりと見える紫の武器に大きなリュック。


 朝だというのにフードを被ったそのイキモノ───神無月 霙はひたすらに山を目指していた。


「はぁ、山ねぇ。……その先に例のエロ町みたいなのがあるんだっけ?」


(そうだよそうだよ。そんなのなの、なのなのなの!)


「お前、絶対に分かってないだろ。まぁ、私も分かってないけどさ」


(そんなことより、俺には分かった。ついに分かったんだ)


(どうせくだらんことだろう。黙れ)


「…………。」


(前に戦った最高戦力の二人は氷雨の『絶対防御』に頼ってきたから、あんなに弱かったんだよ。俺には分かる。だって普段は守りとか考えないような連中が急に普通に戦えってのも無理なんだよね)


(はぁ? バカか? 貴様は。そんなのは誰にでも分かる。無駄な時間だ、黙れ。二度としゃべるな)


()()()()霙ちゃん。次の場所は狂った人が多いんでしょ? ()()()()()? ()()()()とか、()()()


「ん、……ん? ああ、私か。ていうか可愛い子もいたんだ、私の中に。語尾に『なの』はどうなのって感じだけど、『う』が言えないってのは割と可愛いかも」


(それよりどうなんだ? お前、結構野生動物とか食ってたけど、食中毒とか寄生虫とかさ)


 次の目的地までひたすら一人で歩く霙にとって、『中の皆』との会話は楽しいものだった。


「そういえばそうだね。コッチに来てから色々と変なのも食べてるけど、確かに食中毒とか寄生虫とかで辛い思いとかしてないね」


(霙ちゃん。せいびょは?)


「気にするねぇ~。大丈夫、もう体を……誰かに何かされるなんてことないから」


 『他の霙達』と話していると色んなことを思い出す。今回で言えば前に殺した男のことだ。


(あのキモ男、何も考えずに殺しちゃったな。あ~あ、またやってしまった……ダメだね、私)


 ライデンを出て朝となく夜となく、自由気ままに歩き続けた霙にとっては一体どのくらいの時間が経ったのかは分からなかったが、それでも山が近づいてきたということはそれなりの距離を歩いたのだろう。


「はぁ、やっとか」


 緑豊かな山。霙が日本──地球というなの異世界──にいたころはあまり家の外に出なかったのもあるが、大自然や山といったものはかなり久しぶりな気がする。


(ねぇ? 忘れちゃった? アタイ達、森から来たんだよ? 忘れちゃったの?)


「山の先が例の町……と。山道とかあるのかな? トンネルとか……この世界にも科学技術の進歩くらいあるよね? あってくれ」


 そう言って顔を押さえようとして、お面があることに気付く霙。

 少しだけ男っぽい口調で話したせいか、それとも自分を心配してくれた人達の言葉を思い出したからなのか、霙は三杉から貰った指輪に魔力を込めて『男性』になる。


「ん゛ん゛っ、骨格まで変わったか。知識としては知っているが、やっぱり本物は違うな」


 霙は仮面越しに自分の身体を見る。肩幅や、普段よりも低い声。そして無くなった胸や新しく下半身に生えたアレを確認する。


「無意識はイドっていうんだっけ? それともエスだっけ? まぁどっちにしろ、この……なんだ。この肉体やら声やらは無意識的な私達の理想ってことでいいのかな?」


(てめぇだけの理想だろビッチ。俺を巻き込むんじゃねぇよ)


 邪魔な声だけすべて無視する霙。自分に都合の悪いことだけ聞かないというのは、何とも幼児的であるように思えた。


「…………そうだね、大自然。僕は見たよ、森の中、自然だらけ。……別に、そういうのを期待してるわけじゃなくて……うぅっ!」


 訳の分からない文脈の独り言。他の人から見たら明らかな異常だが、彼女には彼女の理由がある。


(多くの質問に多くの答えで返す必要なんてないぞ、ゆっくりと考えればいい。それに私も含めて、ほとんどの連中はそのことを知っている。君の中で『森』という大自然が忘れられかけていることも、ラウルから聞いた話から『性的に開放的な街』と考えても不思議じゃない)


 君だって年頃の人間だろう? と言われ、我に返る。


「っはっ!? ……危ない。中身(欲求)が漏れ出るところだった」


 ようやく落ち着いた霙は後ろから近付いてくる音に気が付いた。

 振り向くと荷馬車であった。荷馬車の主人は道でうずくまっていた霙に気が付くと馬車を止め、親切にも声をかけてくれた。


「大丈夫?」


「…………」


 無意識的に警戒してしまう霙。

 まだ20代だと思われる太った男性の表情がニヤけていたのもあるだろうが、さっきの精神不安もあったせいでどうしても不安になってしまう。


 恐ろしい。

 そんな感情に突き動かされ、霙は無意識に右腰の小刀である妹の紫雲(しうん)に手を伸ばしていた。


「もしかして……」


(気付かれた!?)


 全身黒の外套で覆われ、顔は仮面で隠れている。外套からはみ出している日本刀であり妹でもある天泣(てんきゅう)と背中に背負ったリュックだけで神聖魔法王国のおたずね者、神無月 霙だと分かるはずがない。

 だが、『今の霙』は知らない。最初からこの服装、この仮面。

 今の霙に理性的になれと『中の誰か』が言ったところでなれるものではない。


「君、童貞?」


「……は?」


 荷馬車の上からそんな声が聞こえ、ようやく霙は理性であるスーパーエゴをいくつか司る他の人格たちの声を聞く。


「ひぃっ! ゴ、ごめん。そんな怒るなって、な?」


(とりあえずナイフをしまえ)


 右手の先。逆手で持たれた紫雲が荷馬車の主人の首筋ギリギリまで近付いていた。

 運の悪いほうである霙にとっては幸運な事に、主人は霙の攻撃を「侮辱の報復」だと勘違いしてくれたようだ。


「ああ、すまない。僕も悪かったな、急にナイフで攻撃しようとするだなんて……どうかしていた」


「あはは……こっちこそ悪かったよ。僕こそ、いきなり童貞だなんて聞くのがおかしいんだ……あはは」


 命の危機があったばかりなのに、主人のニヤけ顔はそのままだ。もしかしたら元々こういう顔の人間なのかもしれない。


「いや~、時々いるんだよねぇ。あの街へ新しい快楽やら女を求めるためじゃなくて、純粋な度胸試しに行こうとする初心な男子が最後の最後で怖気づくってのがさ」


 そう言われて霙は辺りを見る。

 自分の立っているところは道だ。道の先には山、そして例の町なんだか街だかに続くトンネル。トンネルから枝分かれする道には他の荷馬車や歩く人間も見えた。


「どうして気付かなかったんだろう。意味わかんないんですけど」


「あれ? 僕の話聞いてる? お~い……あれぇ?」


 兎にも角にも、この荷馬車の主人である勇太(ゆうた)も霙と同じく例の街に行くらしい。

 二人はこの出会いと勘違いによって生まれた会話をきっかけにお互いの名前を知る程度には仲良くなった。



 ~トンネル内にて~


「神無月って異世界人でしょ?」


「やっぱりルケイ人は分かるんだね」


 勇太の荷馬車に乗せてもらいながら、霙は久しぶりに他人との会話というのを楽しんでいた。


「まぁね、でも僕は異世界人が好きなんだ。なんていうかな、僕の知らないことを知っているからかな?」


「それよりさ、勇太の目的はなんだい?」


「可愛い女の子達とイチャイチャする。それだけだよ」


 若者らしく、欲望に忠実な勇太であった。


(シワひとつないハリのある肌、そして太った体系。間違いない、アイツは絶倫系男子ぞ、霙)


(あひぃ! きひひっ!! はぁ、はぁ、待ちきれないよぉ~。早く押しつぶされながら殺されるように色々としたぁ~い)


「そうか、そうなんだな」


 頭の中でとんでもない発言をしている連中を何とか無視して勇太の話に集中する。


「いいよ~あの場所は。女の子はみ~んな綺麗で可愛いし、奴隷やらなにやらもいっぱいでさぁ、見世物も最高! 僕はやらないけど薬とかもそこらじゅうで売られてるしね」


 そんな話を聞くと、思わず思ってしまう。

 異世界という非日常で、さらに法の無い『本能の開放地』みたいなものが出てきて理性を保ち続けられるかと問われたら、いくら霙でも我慢できずに『やってはいけない』ことの一つや二つ、犯してしまうかもしれないと。


(それなのに、あの男を、私は、殺してしまったんだな)


「お、見えてきたよ」


 薄暗いトンネルから抜け、見えてきたのは。


「おい、何だよこれ」


「どうして……こんな事って……わぁあああ!!」


 トンネルからだいぶ先に見えるはずの街は火の海となっていた。

 いや、正確にはその火の海すら消されている、街そのものを消滅させようとしているかのように。


「おまっ、っ!」


 慌てて荷馬車を反転させようとする勇太に対し、霙は荷馬車から降りようとした。結果、霙は無様に荷馬車から転げ落ち、荷馬車は突然爆発した。


「勇太!!」


 爆発のせいでトンネルも軽く崩れた。爆発で霙も吹き飛び、転がり、傷ついた。

 だが、そんなことはどうでもいい。欲望に忠実ではあったが、一人の優しい人間が跡形もなく荷馬車と共に死んだのだ。


「おいおい、どうしてお前は生きてるんだ? これもルケイ特有の強制弱体化ってやつか?」


 聞こえる声。近付く足音。這いよる危険。それすらも霙の感覚は、気付けない。


「…………あ、……おい、勇太ぁ!!」


 届くはずのない声。

 それとは別に、どうあがいても届いてしまう声が聞こえた。


(おい! 敵が近づいてるぞ!)


(ぎゃひゃひゃっ!! 死んだよ! シンジャッタヨ! あ~あ、もったいない。もっと肉片が見たかったよぉ)


(大丈夫? お姉ちゃん。痛くない? 回復魔法は? 血が出てるよ)


(ふんっ、使えぬ姉上だ。我であればすべてを守れただろうに……さっさと我を呼べ、もしくは貴様(ごと)きに使われてやってやってやってもいいぞ)


「おら、ふっとべ」


 簡素な一言。

 男の声だということだけ分かった。


 何が何だか、さっぱり分からん。いきなり宙を舞った。痛い、すごく痛い。

 それ以上に、何も感じない。


「何だよ……これ」


 何かが大きく欠けていた。

 それを埋めるように、頭の中──体の中──から何か黒っぽいものが近づいてきて、手なのか触手なのか植物の(つる)なのか細い(ひも)や糸なのか。そんなナニカが霙を支配しようとしていた。


(意識はぼんやりだけど、まだ大丈夫。頭が回れば治癒魔法が使える)


「ママ! ママ!」

「あああ!! 痛い痛い痛い!!」

「誰か助けてくれー!!」


 悲痛な叫びがそこらじゅうで聞こえてくる。

 霙は必死の思いで治癒魔法を使い、なんとか傷や骨折を治す。


「…………。」


 言葉など、出るはずがなかった。


 全身にガラスが刺さった人間。燃えているのに生きている人間。裸で血を流しながら母親を探す人間。

 等しく人間であることを霙は思い出す。優しく愚かだったオリジナルはその性格ゆえに心を病み、苦しみ、閉ざしてしまった。


 そして生まれたいくつかのサブオリジナル。新たな霙達はいくつかの真理を見つける。『すべてを平等にはできないが、平等を諦める理由になどならない』など、(ひらめ)いた真理は数知れず。

 だからこそ自身の矛盾が……己自身が嫌いで嫌いで仕方がない。


(また自己犠牲か? 他者には強大な力でもって救いの手を伸ばし、自分にはその力の片鱗すら使わないのか? それは愚かではないのか?)


(もうさ、面倒だし皆殺しにしようよ、み・な・ご・ろ・し。どうせこの場所はダメだ、さっきの男はこの街を燃やして殺して、そのうえで消滅させてるサイコ野郎だ。そんな相手に力を出し惜しんでたら死んじまうぞ)


 頭を振り回し、何とか声から逃れようとする霙。

 持っていたリュックはどこかへいき、武器でもある妹達は折れたり壊れたりしていたが魔力を込めればすぐ直る。

 霙としてはルーナからもらった面が壊れていないことに安堵した。


「助けて! ねえ! 助けてよ! 魔法使いさん」


 外套を引っ張られ、後ろを振り向く。面の穴から見ると少女のようであった。


「大丈夫? どこを怪我してるの?」


 フードを脱ぎ、面を外して少女の全体を見る。

 少女は裸で、体は傷だらけだった。恐らく今日負ったものだろう。だが、それとは別に多くの古傷やアザもあった。


(ネコミミ少女。鉄の首輪に鉄の腕輪……勇太が言っていた見世物か奴隷か?)


「大丈夫、今たすk…………っ!!」


 霙が少女に治癒魔法をかけながら周囲の炎も消そうと、水魔法を使おうと思った時だった。

 少女の薄い胸に、透明な何かで穴が開いた。霙は気付いていないが、その透明なナニカは霙ごと貫いている。


「あれ? 大丈夫? ぐったりしてるね。治癒魔法で治してるんだけどなぁ、疲れちゃった?」


 予想を超えた現実に、霙の精神が置いて行かれる。

 それでも霙は少女だったものに治癒魔法をかけ続けていた。


「あれ? 何でまだ死んでないの? しぶといなぁ……もしかしてお前も異世界流しに遭った口か?」


 霙とてテロリストだったのだ。たとえそれがマネごとのようなものであったとしても、一応はこういう死に方をする人間を見てきた。

 だが、それはあくまで『あの世界』の話で、その時は常識的かつ理性的に「そういうものだ、助かるはずがないから自分が何かするなんて無駄だ」と思えた……思えてしまった。


「…………へぇ~、君も流人なんだ。……ならさ、知ってる? この世界には『魔法』とか『魔術』って言われてるものがあるんだ」


 治癒魔法をかけ続けながら、霙は首と眼の動きだけで後ろの流人を見る。


「僕が持ってる『賢者の書』にも書いてあった気がするけど、なんでもできるんだ。万能なんだよ。だから、本当に知識のある……力のある人間だったらこの子を救えるんだ」


「お前、頭おかしいんじゃね?」


 細身で黒髪で高校生くらいの男子で眼鏡で流人……認識したぞぉ。


 霙の身体に、さらに透明なナニカが突き刺さる。


(……(ゆだ)ねろ。……従え)


 そんな声がどこからか聞こえてきた。

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