26:根雪の『能力』
向かい合う流花と根雪。寝たふりをして話を盗み聞こうとするカグツチ。
「ゼロとか言ったか、我が姉上は必ずお前の望み通り、お前を殺すぞ!!」
根雪が突然、天井を見上げて豪語した。
「誰に言ってるの?」
「あ? そんなのゼロとかいうこの世界の自称、神だ。一々我に説明させるな、これから貴様らが聞きたいことにも答えてやろうと思っているのだからな」
そう言うと根雪は霙のリュックに近付き自身の名と同じ名の姉妹武器……つまりはルケイ生まれの『根雪』を手に取り、魔法で豪華な椅子を霙のベッドの隣に創る。
「『我』はこっちに座るとして、薄汚い姉上はベッドの上に座ってもらうとしようか……接続を確認、固有魔法『生命帰還』を自己解釈により歪曲」
根雪が何やらルケイの魔法のような何かを紡いでいく。
するとどうだろう。日本刀だった『根雪』は長身に膝辺りまで伸びた黒髪の冷酷美女へと変貌し、先程まで根雪だったモノは肩甲骨までの長さの髪に中性的な顔立ちの『いつもの霙』に戻っていた。
「根雪、ちゃんと説明してくれるんだよね」
「なんでも聞け、俺様の考えも教えてやるよ。愚鈍なお姉さま」
流花が一人取り残されたままなのだが、二人の神無月は全く関係ないように話し始める……元々は流花の話だったような気がするが、当の流花は「まぁ、いつものことだし」と半ば諦めていた。
「じゃあ、どうやって肉体を手に入れたの? それに手から魔道具としての『根雪』を出してたよね」
「簡単な事だ。交代人格としてこの世界に現れたとき、指輪のおかげで『根雪』という人格の肉体が創られた。『生命帰還』を宿した魔道具は言わば命を与えられているも同義、ならば『骨である魔道具』に『我という人格』を与え、生命帰還と指輪によって成長させ肉と成す……ただそれだけのことだ」
はっきり言って隣で聞いている流花と盗み聞いているカグツチには全く意味が分からなかったが、どうやら霙は納得しているようだ。
「ねえミゾレっち、つまりはどういうことだし?」
知らないこと。分からないことを素直に知っている者に聞く。これも今だけ、子供の間だけの特権である。
流花は視界の右端で豪華な椅子に堂々とした態度で座る根雪には目もくれず、真っ直ぐに霙を見ていた。
「この世界の魔法は想像力が大切だっていうのは知ってるよね」
「うん」
「根雪は、魔道具の『根雪』を自分の肉体の一部だってことにしたの。つまり、根雪は私の人格の一部じゃなくて『神無月 霙』とは『違う人間』なんだから自分の肉体が必要でしょ? 同じ名前の魔道具は自分だって想像した……いや、こじつけたんだよね? 根雪」
霙自身も理解はしたものの、上手く言葉で言い表せられていない。霙の視線は、真っ直ぐ真剣に聞いてくれる流花から逃げるように根雪へと向かう。
そんな姉を見て、根雪は呆れながらも流花に説明してやる。
「我からすれば、我の肉体を魔法で生みだした。貴様ら目線で語れば、魔法で子作りから出産までを一瞬で行ったと言えば分かるか? 分からなければ魔法で人間を生み出したとでも思っていればいい」
そんな根雪の言葉を聞き、流花は少しだけ根雪に好意を抱いた。
(思えばルーナがダブルに殺されかけたときも背後からダブルを攻撃しようとしていたし、意外と優しい人なのかな?)
「だとしたらすごい魔法だし。根雪さんって賢者だったりするの?」
初めて根雪の顔をまともに見る。美しい顔、霙とは違う魅力……だが、その魅力はあまりにも鋭利で鋭く、彼女に近付こうとする者を阻んでいるようにも見えた。
「我が、貴様ら如きで計れる程の『モノ』に見えるか? フッ……それこそ、鼻で笑ってくれてやってやってやってやるわ」
その言葉を聞き、寝たふりをしていたカグツチがありったけの勇気をもって体を起こし、根雪に話しかける。
「おい! いくらアンタが強くても……その、仲間なんだ……流花をイジメないで……ください」
ありったけの勇気を振り絞って話しかけたはいいものの、根雪の鋭い目に睨まれて塩をかけられたナメクジのように縮んでいくカグツチ。
最後の方は根雪に恐れをなしてか敬語になってしまっていた。
「───我に……指図か? 立派になったものだな、相手の背後を取っておきながら相手を殺せず、武器の性能を活かせない距離に立ち、そのうえ助けてやった我に反抗か。仲間も弱いが、チームのリーダが弱いのでは話にならんな」
「っ……」
「ダメだよ根雪。それはよくない……姉として、それ以前にニンゲンとしてそれはダメだよ」
最早、誰にも手が付けられないと思われていた根雪。強気なカグツチでさえああなってしまうのに、彼女は……根雪の姉である『霙』は言う。
「『私達』だって皆に助けられてるんだから……それに、ダブルに勝ったのだって根雪一人の手柄じゃないでしょ? 確かに根雪の考えていた通りの結果になったかもしれないけど、そこまでたどり着くためにはどうしたって皆の行動が必要なんだから」
「は? 貴様らが我に容易く行動を予測演算されるのが悪いだろう。茶色の魔道具が無くなっていたのも、それをもってバカ男を殺しに来るということも、それが失敗しても姉上は隙を見つけて殺そうとすることも……」
根雪は立ち上がり、霙の胸ぐらを掴む。
その目には明らかな怒りが含まれていた。
「そして、それらの障害をすべて回避したと勘違いしたアイツが時間停止で姉さんを洗脳することも分かってた。茶色がレズで、最後には紫か茶色に回復魔法を使わせるだろうということも……茶色が左利きでレズ……これ以外に勝機は無かった。ただそれだけのことだ」
相手が『自分という名の姉』だからだろうか? 流花やカグツチの中で、根雪の冷静なイメージが少しだけ崩れていく。
「ゴメンね、カグツチ。この子、絶対に謝ったりしないと思うから」
「あ、ああ。別に霙に言われたところであんまり変わらないけど……いいよ」
霙は根雪に胸ぐらを掴まれた状態で後ろを向き、根雪の代わりにカグツチに謝る。
「そもそも、姉上が全力を出せば一瞬で片が付いた相手じゃないか。どうして姉上はそこまで『チート』なんて小さなものに拘るのだ?」
傲岸不遜。他人を顧みない根雪からすれば持っている力を使わない方が不思議なのだ。たとえ、その『力』がどのようにして手に入れたものであろうと。
根雪には分かっている。霙は『魔眼』と『賢者の書』と持ち前の身体能力や想像力などをすべて戦闘に使えばダブルとか言うゼロの使徒どころか全ルケイ人に負けるはずなど無いのだ。
「……なら、一つだけ聞かせてよ。ルーナが殺されそうになった時、根雪が手から『根雪』を出してダブルを殺そうとした理由と理屈を」
「さっきも言ったが、あの『根雪』も我だ。我が我を使うのが不思議か? それと、『我』にてあのバカ男を殺そうとしたのは紫女を助けようとしたのではない。ただ隙があったから後ろから殺そうとしたまでのこと」
「そう……私は別に『チート嫌い』って訳じゃないんだけどね、ズルや圧倒的な力は心の隙を生む。自分や相手の努力を否定する。大したことはしていないのに、一生懸命努力している人よりも優れているってことが何よりも悲しい。そこまでの力を手に入れるのに努力したはずなのに、それを他の場所でも努力できない人がいるのも悲しい」
霙の過去。その中で『自分が他人よりも優れてしまっていた』という事実。
その傲慢さは霙も分かっている。他人は自分よりも下だと言っているのだから、そんな意見は本当なら許されない……霙自身も許したくはない。
「そういう『悪』もいなくなればいいと思ってた……だけどさ、このルケイに流されて気付いたんだ。殺すとか、殺さないとか、そんなのは関係ないんだって。だってさ、私自身がどうしようもない『悪』を孕んでいたんだもの」
『今の霙』が考えた、一つの答え。
エリンや三杉、死道に菫。それ以外の霙を助けてくれた人々に、その命を捧げてくれた『大亀』や食材となったモノ達……そこから学んだ一つの答え。
この世界でも犯罪者や悪人はいた。前の世界とは違って法やルールがない分、前の世界とは違う悲しみも多かった。だけど……だけど、警察や法律がない分だけ、この世界の人は強かった。頼れる法や警察がいないから、自分で解決しようとする。知り合いを頼り、自分を頼り、他人任せになどしなかった。
「『生き物である限り、私達は他の何かから何かしらを奪わなくては生きていけない、どんなに嫌でも死は訪れるし命は奪われる。食材に感謝を、すべてのものに感謝を、今日の出会いに感謝を、数々を奪ってきた私は一度しか奪われず、二度目はない。ならば私は、たとえそれが自分の『死』であっても感謝するわ』……これは私の知り合いの言葉だよ根雪、この話をしてくれたモノはね……貴方が自分だと言った魔道具の材料となったモノよ」
それは、根雪にとって決定的な一言だった。
根雪はもう『彼女』なくして、この世界に肉体を持つことができないのだから。
「悪いことをしたら謝り、やっている人がいれば叱って正す。自分に自惚れて他人から奪い続けるようなダブルには『私の全力』を使ってもよかったかもしれないけど、ダブルを倒すために努力していた皆の頑張りを踏みにじってまで私は生きたいとは思わない」
霙であれば、人間を生み出す魔法を創ることができたかもしれない。だが、彼女がそれを使わないのは『殆ど同じ人間』である根雪が一番分かっている。だからこそ根雪は魔道具:『根雪』と三杉の固有魔法を使って肉体を手に入れたのだ。
根雪という人格そのものは霙の中で勝手に生まれたものかもしれない。
だけど、肉体を手に入れた根雪はもう霙が考えるべきものではなく一人の人間なのだ。ならば姉としてすることは一つ。
「根雪、貴方は自分の身体に感謝するべきだよ。そして貴方は流花とカグツチに謝るべきでもあるわ」
「ッ…………!!」
霙から言い逃れ出来るとは思えない。かと言って自分の非を認め、他人に謝るなど『根雪の心』が許せない。
「ア! ヤ! マ! リ! ナ! サ! イ!」
一度、肉体変形を解いて肉体は『根雪』に人格は霙の中に逃げてしまおうかとも考えたがそれも『今の霙』相手では不可能だろう。
ロボットと宇宙人の間みたいな喋り方に光を失った瞳。目の焦点もどこかおかしく、根雪を見ているのかどうかすらも分からない。
「待て、姉上。その手を我に近付けるな!」
霙が圧倒的力を完全に使用するとき……それはそうせざるを得ないとき。自分の力だけでは倒せなかった『大亀』、全力をもってしても数回の勝利しか手に入れられなかった主神オーディン。
そして、ここまでしないと人に謝れない我が妹。
根雪は自然と霙の胸ぐらから手を放していた。
「`*ぬ+{``@RU;]/28ギュル8!%('&)(#?g」
ついには人の言葉すら失った『霙』の黒い魔の手が根雪に伸びる。
完全に自立した『今の根雪』は霙の魔眼がない。だから今、自分の姉がどういった魔法で自分の身体を動けないようにしているのかも分からないし、その黒い闇を纏った手に触れられるとどうなるかも分からないのだ。
「や、止めっ……分かった! 謝る。謝るから!」
「───、そう。ならしっかり目を見てね」
恐ろしいナニカが部屋の中と三人の心を完全に支配していた。流花とカグツチも心の中では心底恐怖しているし、何よりも霙が味方で仲間であるということに安堵していた。
「す、すまなかった。貴様らの努力を認めてやる」
まだ所々に棘というか、根雪らしさが残る謝罪だったが彼女にとっては最大限の謝罪だった。
カグツチも流花も霙も彼女がどういう人間かは分かっているからこそ、そんな拙い言葉でもしっかりと胸に響いた。
「それじゃあ寝よっか。根雪、私の中に帰っておいで」
その一言で三人となった部屋は寝るという雰囲気に。
暗い部屋。しばらくして目が覚めてしまった流花は心残りを思い出す。
(ああ、ミゾレっちに聞こうと思ってたのに聞けなかったし。ミゾレっちの中の根雪さんと分裂したときの根雪さんは一緒の人なの? とか、禁書の『賢者の書』のこととか……明日聞いてみようかな)
~翌日~
強烈な扉を開ける音。
その音にルーナ以外の全員が目を覚ます。
「霙! 神聖魔法王国の菫と新女王の氷雨が来るぞ!!」
その音は褐色好青年のラウルが汗だくで扉を開けた音だった。
相当驚いているのか、ラウルの顔色は悪くて唇も青くなってしまっている。
「氷雨って誰だ」
霙が驚くべきはそこではないのだが、氷雨という人物が霙の会いたがっていた『姫様』だという事実にたどり着くまでには情報が足りなかった。
異世界という新世界で、新しい自分や正義を見つけていく霙。
楽しい日々。だが、忘れてはいけない。
あくまで彼女は『流人』なのだから。