24:追っ手
~銭湯:女湯~
「ねえねえルーナ、ミゾレっちってどうなっちゃったの?」
湯船につかる二人。
しっかりと肩までつかる流花に対してルーナは胸の辺りまでしか入っておらず、どこかソワソワしていた。
「霙、ちゃんはね、今、いない。あれは、違う人、だから……だから……出る」
「え? ちょっ……ルーナ~、いくら何でも早すぎだし~」
のぼせたのか、入って間もないのに出てしまうルーナ。
そんなルーナは、実はお風呂がちょっぴり苦手なのだ。
ソワソワしていたのも、自分の大きな胸のせいで少しだけ水に浮いてしまうから……それをジロジロ見られるのも嫌だったし、何より隣の親友が胸しか見ていないのに気付いたからだったからだ。
「───やっぱり、外は、涼しい」
銭湯の隅っこで体育座りするルーナ。胸と大事なところをどっちも隠せるルーナの秘策だったのだが、ルーナがあまりにちっちゃく座ったため尚更大きな胸が強調されてしまう。
「…………、」
「……流花、大丈夫?」
「うん、大丈夫だし。同じ座り方しても私の膝上はプニュプニュしないし」
「う~、……大きくても、邪魔……だよ」
頬を赤らめ俯く二人。
こんな時、霙がいてくれたらどんなに楽しくて面白かっただろうと思わず思ってしまう二人。変人で変態で……でも、二人にとっては大切な『仲間』なのだから、思わずにはいられなかった。
「結局さ、ミゾレっちはいないってことだしぃ、あの根雪とかいう子は来ないし……霙みたいに男湯に行ってるとかないかな」
「ないと、思うよ。……でも、霙ちゃんの、妹さん、あるかも」
「だよね~。ミゾレっちはさ、作られた美人って感じだけどさ、妹ちゃんはどちらかって言うとカッコイイ系の美人さんだよね~」
「流花も、可愛い」
「そしたらルーナもだし」
ほんわかガールズトークに花を咲かせる二人。
その時、事件は起きた。
「ねえ、『神無月 霙』って女の子、知らない?」
それは男の声だった。
女湯で、本来ありえないはずのソレに対して流花もルーナも他の女性も反応しなかった。
「み~んな、僕に惚れちゃったんだろ? 知ってる子が居たら教えて欲しいな」
辺りを見回す。他に入っていた女性たちは我先にと黒髪のイケメンに近寄っていくし……皆、裸なのに……やっぱり皆おかしいし。
ルーナもボーとしてるし……これ、流人としての能力か特殊な術式の魔法かな?
「ルーナ、知ってる、教える」
コイツ、服のまま入ってきてるし。
そもそも、女湯にどうして男が? こんなに異性に好かれそうな外見だったら普通は気付くし……まって、更に言えば、扉を開ける音もなくどうやって入って来たし。
「本当かい?」
「うん、ルーナは、霙の、友達、だから。出たら、教えて、あげるね」
突然現れた男に近付いて普通に話すルーナ。
他の女性たちもおかしいし。自分の裸を見ず知らずの男性に見られて、何も思わないの? 音もなく突然現れたイケメンなだけの怪しいヤツにどうしてそこまで心を開けるの?
「そうか、君はルーナちゃんっていうんだね。ありがとう、僕はダブル。よろしくね」
何も分からない。
分からないけど、ルーナが付いて行ってしまうなら私も行く。
絶対、あんなのにルーナは渡さない。
~ギルド学校:第十班の部屋~
「はぁ……貴様らは本当に華がないな。まぁ、成人ではない貴様らに言ったところで『幼い』としか言いようはないが、少しはあの女二人のように内側から溢れる魅力というものを身に着けたらどうなんだ?」
「は、はあ……そう言われても知らねえよ」
「あの~、根雪さんはどうしてそんなに怒っているの?」
「あ? 我に話しかけるな人間共。我が先に質問している、質問の答えは『はい』か『いいえ』でしか求めていない。もう一度言ってやる、お前らは第十班の男性として美女や美少女の班員や外の女連中に対して魅力ある人間になりたいとは思わんのか」
「別に、霙を女として見たことはねえよ」
「はい! あります!」
「黄色はよろしい。我の前に跪くことを許そう」
すべては根雪が先に銭湯から帰ろうとして、部屋が分からんから教えろと言ったことに始まる。
荷物を持たせ、部屋を教え、今度は霙の容姿の話になった。そして根雪は戦いの中でも忘れてはならないことがあると言い始め、次には妹として性に開放的ではあるが人間を選ばない姉を心配しているようで、ライトとカグツチに姉の夫にならないかと言ってきたのだ。
ちなみに、肉体はまだ男性のままで初めて会った時の衣装とは別の衣装を着ている。今の根雪を例えるなら黒服の貴族とでも言おうか、印象は最初と全く変わっていない。
「おい赤いの、我は『はい』か『いいえ』でしか答えるなといったんだ……ああ? 分かっているのか? ゴミクズ」
「だったら俺の答えは『いいえ』だ! はぁ、これで満足だろ」
吐き捨てるようなカグツチの一言で根雪のイライラはさらに増す。
彼女はカグツチの赤毛を掴み、振り回し、床に叩きつける。
「我が姉上の美貌を見て、何も感じないのか? 貴様は今すぐその股についた精器を切り落とすべきだな。それとも、同性にしか惹かれないのか? ならば安心しろ、我が優秀な姉は今や男にもなれるぞ」
「霙みたいな頭のおかしいやつをどうやって好きになれっていうんだ。大体、俺は静かで大人しい女の子が好みなんだ!」
「例えばルーナちゃんみたいな?」
「ライト!!」
純粋な興味で聞いてみただけだが、怒られてしまうライト。
カグツチの説明を聞いても、根雪はカグツチの反応が面白くないらしい。
「大体、どうしてお前は霙を貶すのにそこまでアイツを褒めるんだよ」
「あ? アレを殺すも貶すも我だけだ。貴様らゴミ共は大人しく優秀なイキモノに従えばいいこと……まぁ、馬鹿で無能な赤いのと我が姉上が釣り合うはずもないか」
そんな話をしていると、誰かがこの部屋に近付いてくる音が聞こえた。
「「ただいまー」」
「お帰り。ルーナちゃん、十六夜さん……その人は?」
帰ってきた二人の間に入るように立つ一人の男性。
「ふっ……あれが華のある男性というものだ、見ておけ赤いの」
「皆さん初めまして、僕はダブル。ここに神無月 霙っていう人はいるかな?」
神無月姉妹からすれば、そのイケメンは日本人。黒い髪に黒い目、流人のようにも思えるし、ルケイの人間にも見えるその男は根雪をじっと見て一言。
「賢者の書、君が持ってるんだよね?」
「なっ!?」
瞬間、男の後ろにいる流花とルーナが自分の武器を持って三人に向ける。
ルーナの矢先は根雪へ。
流花の長距離攻撃用魔道具:『スコープちゃん』を左手一本で持ち、銃口はカグツチへ。右手で『スコープちゃん』を元に新しく最近作った魔道具:『ミニスコープちゃん』(スコープが付いているわけではない)をライトへ向ける。
「ここは人が多い。続きは外で話そうか」
三人は本来、ダブルと名乗った男の指示に従わざるを得ないのだが、根雪は違った。
「我に命令だと? 中々面白いことを言う」
「君が、神無月さんだよね?」
「確かに我は神無月だが、我は姉上ではない。顔は似ているがな……我の名は弟の根雪だ。すまないが賢者の書などという言葉は姉上から聞いた程度しか知らないから姉上を待てばいいだろう」
吐き捨てるように根雪は言う。最早ルーナが弓を構えていることなど知らないかのように涼しく。
「その二人は関係ない。我が行けば満足だろう?」
「ん~、僕の能力も効いてないみたいだしね。いいよ、弟君には霙ちゃんの人質として来てもらおうか」
多重人格を持った人間の話。
別人格には別人格の『顔』があるという。これは人間関係を表す『顔』としての意味もあるが、実際に自身の顔面が……骨格が多少変わるらしいのだ。表情筋の使い方なのか、それともミリ単位で変わっているのか、変わる事のない『顔』がどういうわけか彼らは変わる。
霙も、鏡をみて「誰だ、この顔は?」となったことが何度もある。顔がむくんでいるなどといったことではなく、自分の顔が誰なのか分からなくなるのだとか。
~ギルド学校:校舎裏~
「弟君はお姉ちゃんが何所に行ったのか知ってる?」
「知らんな」
「そうか、じゃあルーナちゃんは?」
「知ってる」
「…………おい、」
男の表情が一変する。
「知ってんならさっさと教えろよノロアマ!」
平手でルーナの豊満な胸を叩く。彼女の胸が大きく揺れるが、ダブルは気にも留めずにルーナに暴言を続ける。
「ったくよぉ、俺はゼロ様の使いとしてルケイの敵を……ゼロ様の敵を駆逐してんの、流人のくせに無能力な無能女の為に時間を止めて女湯調べて……どうせ女なんて俺の能力の前じゃ奴隷同然なんだから、いちいち面倒なことすんな」
「ごめん、なさい」
ルーナもルーナで叩かれて罵られて、痛くて辛いはずなのに、それをどこか受け入れてしまっているのか普段以上に無表情だった。
「チッ……いちいち腹立つ喋り方してんじゃねえよ。そんで、無能女はどこだ」
ルーナは根雪に向かって指をさす。
「あの子の、中に、霙ちゃんが、いるの」
「ああ? 意味わかんねえんだけど」
馬鹿な相手に、すかさず根雪が口を開く。
「姉上お得意の精神魔法だな、その女には俺様が姉上にでも見えているのだろう」
「ふざけんなよ! このガキ!!」
ダブルは怒りに任せてルーナを殴り、倒れたルーナの腹に蹴りを入れる。
「…………」
「…………」
「うっ……ごめん、なさい。でも、ほんと、だよ」
「あ~、めんどくさ。いいよ、お前いらねえから」
ダブルは根雪に背を向けた状態で、ポケットからナイフを取り出す。
「おい! 貧乳、その男を見ておけよ」
「はい、分かりました」
流花は根雪に向かって、両手で自作魔道具:『ミニスコープちゃん』を構える。
世の中には、本来相反する二つのものが同時に存在することもある。
例えば『愛憎』。愛しているが、憎んでもいるというこの言葉はアンビバレンス……つまりは相反するものの例えとしてよく使われる。
気に入っているからこそ壊したい。
好きな子にちょっかいを出して困らせたい。
汚していいのも穢していいのも困らせるのも虐めるのも自分だけ。
他の誰にも触れさせなどしない。
「応用する術式は固有魔法名称:『生命帰還』。魔道具名称『根雪』に対する付与を確認……共通名称による自己魔道具化を認証、来い! ルケイの我よ!」
だからこれはルーナを助けたいからではない。
自分のオモチャを他人に触らせたくないだけ。
根雪は自身の手の平からルケイの魔道具としての自身を取り出し、ダブルを背後から切りかかる。
「仲間は見捨てられねえか」
時間が止まった。
「女に対してのみ最強の能力を持つ流人の父親と! 最強種族であるルケイ人のハーフでありながら! ゼロ様の恩恵により! 固有魔法も持っている俺に! 勝てる! わけ! ねえ! だろ!」
そう言いながらダブルは根雪の腹を数回殴り、顔を殴り、わき腹を蹴った。
そして時は再び動き出す。
「うがっ……」
突然の激しい痛みと衝撃に『根雪』を杖のようにしなくては立てない状態になる人間の根雪。もはや、痛みで霙の男性としての肉体を維持することも出来ずに元の冷酷美人な根雪に戻ってしまう。
魔道具にかけられた固有魔法の真理を解読し、同名であり同じモノとして繋げることには成功したが、まさかアレを一瞬で避けて一瞬で反撃してくるとは……妹や姉上達と違って戦闘は不向きだからか? いや、アイツはさっきルーナに「時間を止めた」と言っていた。
「あ? お前、女だったのか……あ! みぃつけた」
イケメンの面影などどこにもないような汚い笑みをこぼすダブル。
生命帰還は命亡きものに生命ありし時の力を復活させるもの、根雪という人格は死んではいないが生きてもいない。だからこそ、根雪は命を与えられた魔道具の根雪と自分自身を魔法で『同じモノ』として『生きる人間の根雪は生きる魔道具の根雪』だと一時的に『生命帰還』に誤認させることができたのだ。
「ふっ、俺……様が本当に霙じゃないと言っても、お前は……信じないだろうな」
「は? 当たり前だろ。何、バカなの? ゼロ様から直々にお前の顔を教わってんの、今更命乞いでもするなら最初っから死んどけ」
回復魔法で治すものの、直した瞬間に一瞬で肉体を痛めつけられる。
根雪はその目でダブルの扱う固有魔法が時間停止であることを解き明かすが、分かったところでどうしようもない。
だが、だからと言って諦めるには早すぎる。
「カカっ……ククク、そうだな。面白いな」
四姉妹の中で一二を争う策略家である根雪は、今の状況がどれだけ不利かを分かっている。
「それで、賢者の書はどこかな?」
(ゼロが与えたルケイの時間停止魔法に加えて、女性にのみ有効かつ強力な異世界の能力……今まで女であることに不満はなかったのだがな)
「…………お前は『多重人格』というモノを知っているか?」
これが、彼女の最後の布石。
奴が部屋に入ってから、すでに行動は始まっている。
姉の仲間の心理思考はそれなりに理解している。だからすべてを計画として道筋を作り、布石とする。
この計画の鍵は霙の実力次第だと根雪は考え、姉を信じて実行に移す。
「知らなくてもいい。この後お前は本物の『神無月 霙』に会うんだからな」
さぁ、怠惰なチートを滅ぼそう。