23:侵略の根雪
自称『神無月 霙』の妹と名乗る『神無月 根雪』は霙よりも背が高く、目つきが鋭い。
だが、目の前でチームメイトが突然別人になりました。だからと言って、「我は根雪、神無月 霙の妹だ」と言われたところで「ああ、君が霙の言っていた妹の根雪ちゃんだね」とはいかない。当然のことだが、全員「「「「誰だ?」」」」となる第十班の四人だった。
そして、異常なまでに高圧的な彼女に話しかけられるのはルーナとカグツチだけだった。
「『我に従え』って、お前は一体何様のつもりだ? それに無能力ってんなら、今のお前は何なんだ?」
すると彼女は、いかにもけだるそうな様子で告げる。
「はぁ……お前に言ったところで分かるかどうかは知らねえが、単純に俺様達とこの世界の魔法の相性がいいだけだ。解離性同一性障害と思われる症状が、様々な可能性に導いてくれただけの事……しいて能力と言うならこの程度だ」
「それ、ルーナ、知ってる。心、いっぱい、あるやつ、だよね」
根雪は、ルーナが解離性同一性障害……いわゆる多重人格を知っていたことが気に食わなかったのか、ルーナに強く当たり始めた。
「人間如きのくせに、よく知ってるな。バカ姉上にでも、見た目と色目で情報を聞き出したのかね? 言っておくが『紫色が好き』という作られた偏りは、あくまでも『霙達』だけだ──―我に通用するとは思うなよ、乳牛!」
「!?…………」
あまりの言葉の暴力に、流石のルーナも黙り込む。それに対し、カグツチの怒りも上昇する。
彼の怒りが……魔法が、炎の化身となって顕現する。
「おい! 根雪とやら、てめえが一応は仲間の霙じゃないってんなら今ここで焼き払う。文句はねえだろうな!」
彼の怒りは、彼の低い声に呼応するようにその声の重さを増していく……が、根雪は依然として何事もないように振る舞う。
彼女は頬杖をつく手を変え、足を組みなおし、相手をさらに馬鹿にする。その姿はまさに『傲慢』で『自分勝手』であることは言うまでもないだろう。
「勝手にしろ。所詮、貴様の様な『覚悟もない餓鬼』如きには指一本触れられまい」
不敵で不遜な笑みを広げる根雪。
カグツチはその手に握られた炎の剣を微塵の容赦もなく振り下ろす。
「───やはりな、所詮その程度。まぁ……自然と人間や生き物を殺せるアイツらや姉上が好きなラノベの主人公達が異常というだけだがな」
炎の剣は根雪の目の前で動きを止めた。
それを見て根雪は小さな笑みをこぼし、唖然とする周囲の人間達をさらに虚仮にする。
「……どうして、切れないと思った? どうしてお前は俺を信用できた?」
「信用? ふっざけるのが大好きなよ・う・だ・な……猿。『普通の人間』は虫や獣を害になるから殺すことはそれ程の悔いにはならんが、相手が人間となるとそうはならん。お前は『人殺しの罪悪感』を知っただけのこと……我が貴様の様な猿如きの心理を見抜けぬとでも、思うたか?」
「くっ…………ごめん。三人とも、ごめんな」
「きィっ……かっかか」
涙交じりに自分の未熟さを呪うカグツチ。そんなリーダーを支えるべく、流花・ルーナ・ライトの三人は彼に近付き、体を支え、慰める。
悪魔は嗤い。嗤い。嗤い。
どこまでも他者を傷つけ、痛めつける。それは、霙がされてきたことでもあった。
「おい! グラウンドを直すのだろう? 赤いののおかげで雨雲もない。この好機を逃す手はないだろうよ……我に従え! 早速グラウンドに向かうぞ」
根雪は怯える四人に目もくれず、グラウンドへと行ってしまう。傷心し、弱った心では尚更彼女の言葉は心をとらえて支配する。
「「「「…………」」」」
四人は彼女を一人行かせるわけにもいかず、黙って彼女の後ろを付いて行った。
~ギルド学校:グラウンド~
「おい! 赤いの! 先程の魔法で乾かしながら固めろ。足りない魔力は我が仕方なく、やむを得ず、しょうがなく、不本意にも、渋々くれてやってやってやってやる。ありがたく思え」
四人が無言で彼女の暴言と命令に従っていると、彼女はどこまでも楽しそうだった。それに対して四人の心は「これ以上関わるな」「黙って従っていればいつかは助かる」「今日だけの辛抱」「早く元の霙ちゃんに戻って欲しい」といったもので、もう彼らに根雪と闘おうという意思はなかった。
「……秘伝魔法:『太陽神』」
「今の我には過ぎた魔力量だったな……赤いのが我の命令を完遂したら、職員室に向かうぞ! 全員そのあるかないかも分からん脳ミソに刻み付けろ!」
誰も「いちいち言わなくても分かってる」などと考えることすらない。それは彼女のカリスマ性がそうさせるのか、はたまた彼女の支配力なのか、それとも……。
「……終わりました」
「よし、では行こう」
五人が職員室に向かうとゴリラ先生こと剛田先生が職員室の前に立って待っていた。
そこで、彼ら四人はようやく正常な思考を取り戻す。つまり、この状況を剛田先生に告げればヤツは終わる。アイツの支配から抜けだせる、アイツは姿すら違うのだから逃れようがない……四人がそう思った時だった。
「第十班にしては、中々いい連携だった。カグツチの魔法で時間短縮、さらに霙が魔力供給してやることでカグツチを助けてやる……他の三人も二人を応援してたのだろう?」
「まぁね、それじゃあ銭湯に行くよ。報告終了だしね」
根雪の姿が霙に変わった。
口調も変わった。
猫を被ると言うよりは、霙を被っている。元々が不可思議だった霙だ、多少いつもとは違う雰囲気や話し方をしたところでバレるはずもない。
「あ、あのっ……剛田先生」
「どうしたカグツチ、ライトみたいな話し方して」
しかし、カグツチの次の言葉は根雪に遮られる。彼女は一歩踏み出し、剛田先生の視線を自分だけに集中させる。これにより、他の四人の表情や仕草から感じ取るという最後の希望も封じられてしまった。
「実は~、ライト以外はこの町に詳しくないしぃライト以外は銭湯を使ったことがないからぁ、皆楽しみでぇ緊張してるんですよ~。先生もぉ後で来るんですか~?」
「ああ、ラウル校長も含めて順番に行くぞ。最低限の警備要員は残すが、最終的には全員入りに行く」
「了解です。じゃあ、仲良く行ってきますね」
そう言いながら根雪は四人の手を取り引っ張っていく。普段の霙と比べると微々たる力、それほど強く引かれているわけでもないのに動いてしまう。
結局、四人は先生方に助けを求めることも出来ずに銭湯へと向かう羽目になった。
「───『解除』。やはり所詮は子どもだな、この程度の精神操作であそこまで……ふふっ、本当に君達人間は可愛らしい」
銭湯の出入り口前でようやく彼女の支配から逃がしてもらった四人。当然、彼女に対する不信感は高いが『神無月 霙』というイレギュラー的な存在とほぼ毎日接していたせいか、それほど怒りの感情が湧いてこない。
不思議と言えば不思議ではある。ある種の諦めに近い何かが第十班の霙に対する暗黙の了解であった。
「はぁ、行こうルーナ。ミゾレっちじゃないなら置いて行ってもいいし」
「うん、そう、だね」
「俺らも行くぞ、ライト」
「う、うん。じゃ、じゃあね根雪さん」
後ろは人気の少なくなった学校。前はガヤガヤと騒がしく、多くの人で溢れた銭湯。
その間に一人佇む少女が一人、自ら周りを遠ざける彼女は一体何を思うのか。
「───さて、どちらに入ろうかな?」
根雪は自身の左人差し指に嵌められた指輪を眺めたのち、男湯と女湯の暖簾を見比べた。
~銭湯:男湯~
「はあ~……なんだか生き返るな~。な、ライト」
「うん、そうだね。今日一日の嫌な出来事も吹き飛びそうだよ」
湯船につかり、温まる二人。
中はギルド学校の生徒とギルド・ライデン支部のハンター達が多く、ライトとカグツチの周りはガチムチな男性陣で囲まれていた。
「おい、ライト。俺らもそれなりにいい身体……だよな?」
「僕はともかく、カグツチ君は結構マッチョだよ」
流石のカグツチとて本物のハンター達に囲まれると、自分の未熟さが嫌でも分かってしまう。肉体に刻まれた傷に、盛り上がる筋肉。それに比べて二人の肉体と言えば、傷一つないきれいな肌と所々に残る幼さと柔らかさ。
ある意味、霙や根雪が今まで言っていたことは正しかったのかも知れない。ライトは少しだけ、本当に少しだけだがそう思った。
「(まぁ、霙ちゃんよりはプニプニだけどね)」
「ん? なんか言ったか?」
「ふぇっ!? 別に、何も言ってないよ」
ライトが顔を真っ赤にしていると、扉の開く音がした。カグツチとライトが何となくそちらに振り向くと一人の中性的な美青年が立っていた。
(わ~、鍛えられた体に綺麗な顔……僕が女の子だったら惚れちゃうな~)
「ん? 何で男湯に霙がいるんだ?」
「ええ!!」
ライトの大声に皆の視線の半分が向く。もう半分は例の美男子に向けられていることは言うまでもないだろう。
彼はライトとカグツチを見つけると、こちらに歩みを進めてきた。
「やあ諸君、また会ったな。どうやら私のイメージ力では指輪の能力で男性になることは出来なかった、だが姉上の肉体を借り受けることはできた……どうだ、驚いたであろう」
「え? じゃあ、今のその身体は神無月さんのなの?」
「そうだ……何だ? 姉上にでも惚れたか、黄色いの。言っておくが姉上はある種の『鈍感』なのだ、気持ちは早めに伝えた方がいいぞ」
「…………、」
そう言って彼? も湯船に入る。霙の身体だと言われて見ると確かに身長も霙と同じだし、目つきも鋭くない。
彼女? が入るとその小さな身体が入ったとは思えない量の水がこぼれた。
「───そう怒るな、赤いの。我は彼女が自分を大切にしないから生まれた……いや、暴力を振るう側になりたいからだったかな? まぁ、我の生い立ちなどはいい。それよりも、お前はどうしてそこまで怒れるのだ?」
短い髪の毛を長かった時のようになびかせる根雪は真っ直ぐカグツチの目を見つめた。
「昔から、異世界流しに遭う異世界人……つまり流人は『悪人』なんだ。だから俺はお前を許さない、ただそれだけのことだろ」
「ふッ、嘘だな。流人が元居た世界で、彼らは『悪』だったかもしれないが、ここでも『悪』だとは限らんだろう。最低でも一人はそういうヤツを知っている……いや、中から覗き見たと言った方が正しいかな?」
生き残るために人を殺す。
生きるための金を稼ぐために人を傷つけ殺し、そして癒す……治す。
この世界に流され、初めてソレ以外の道を見つけた人間。誰かのための能力と技術、神を敵に回してでも助けたい人ができた人間。
そんなバカ医者を『霙』は『友人』から教えてもらったことがある。
「大方、流人に親でも殺されたか? しかも、その流人は『悪人』ではなかったのだろう? 全体的に、貴様は手ぬるいのだ。一度は覚悟を決めて姉上を殺そうとはしたが、二度目は我の魔法が多少あったにせよ、あの程度で手を止める辺り貴様の覚悟など高が知れている」
「あれは、お前の魔法が思ったより強かったから……」
「ならば、何故あの時貴様は魔法を解いた?」
「は?」
「姉上を燃やそうとしただろう? 確かに多少は切り、突き刺したようだが、姉上の意識が我に切り替わり立ち上がろうとしたところで魔法が解除されたのだ。あれは貴様の魔法だろう、だから聞いている『どうしてそこまで怒れる』」
確かに燃やした。確かに切った。確かに突き刺した。
そして……彼女が立ち上がった時、確かに俺は恐れをなして術式を止めた。アイツの昔話なんて聞いたことないし、アイツがどんな能力を持ってるのかも知らないけど、流人は悪人……それを崩されたくなかった。
「……昔、父さんを流人に殺された。父さんは流人専門のハンターで……まぁ、流人に殺される理由はいっぱいあったんだろうけどさ、その流人はいい奴だったんだよ」
少年は語る。
揺れ動く覚悟の理由を……亡き父から継いだ『夢』を。
「薄桃色の短い髪と瞳をした女が俺の家まで動かない父さんを連れてきて言ったんだ『ごめんなさい、後ろから襲われたとき、裏側ちゃんが攻撃しちゃって……本当にごめんなさい』ってな」
「それで、貴様は姉上を殺そうと思ったのか?」
「違う。俺はあの時分かったんだ、世の中にはどうしようもない理由で悪にされたり、見え方の違いで悪になるんだって……俺の父さんもさ、俺からすれば英雄だけど、向こうからすれば大量殺人犯なんだなって」
「───チッ……早く結論を言え」
感傷に浸る少年の懐かしそうな顔は、すぐさま嫌そうな顔になった。
「はぁ……要は、今まで目指していたものが急に分からなくなったんだ。それでお前で自分の覚悟をテストしたんだ」
「ゴミめ! 理由などどうでもいい! だが、お前が殺そうとしたのは我ではない。弁解なら姉上にするんだな」
「え……お前が話せっていうから」
「くどい! もう貴様に対する興味など失せたわ。精々この世界のせいで弱体化した流人程度を殺せるくらいには鍛えておけ」
(何なんだ、アイツ?)
そう言って、根雪は湯船から出て行ってしまった。
「あれが彼女なりの優しさなんじゃないかな?」
「ライト……お前ってエムなのか? というか、霙に脳ミソ侵されてるんじゃないか?」
「ええぇ……どうしてそうなるのさ~」
一人一人の思いは違えど、第十班として少しだけ仲が深まった……かも知れない三人であった。