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異世界流しに遭った私の異世界生活  作者: プニぷに
第一章:新世界
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2:罪人の試練と新天地ルケイ

 そのバケモノは今まで戦ってきた大型犬とは違って、巨大な犬とでもいえばいいのだろうか? その巨体はさっきの犬どもと同じ赤黒い色をしていたが、その赤さも黒さも一段と強まっている。

 まるで今まで殺してきた生き物の返り血を浴びて、毛が変色してしまったとでも言わんばかりに……


 (みぞれ)を殺すべく突っ込んできた化け物は、霙を殺すことはできなかった。それは霙がとっさにすぐ右側にある森に逃げ込んだからだ。


「やばいって、あのデカさは人が挑む大きさじゃないよ!」

「ガァアア!!」


 幸いなことに、森の中は木と木の間が狭く霙が逃げるのには適していたが、化け物も森から来たのだ。そんな弱者の思考など見透かされている。

 恐ろしい咆哮と共に雷撃が木々を倒し、燃やし、霙の逃げ場を少しづつ奪っていく。さらに霙は降り注ぐ雷撃をかわしながら走らなくてはいけない。


「完全にアッチのペースなのね」


 どこから雷撃が降ってくるか分からないから上を見る。木々にぶつからないために前を見る。化け物がどこから来るか分からないから周りを見る。


 だが、人間の視野など(たか)が知れている。これも踏まえての相手の戦略。生きる知恵、これで死ぬなら霙も文句は言うまい。でも……


「簡単に死ぬほど、霙ちゃんはステキな生き方はしてないから」


 霙は、半ば死を覚悟しつつも不敵に笑った。

 どこまでも冷静に、観察し、生きるための最善策を考える。

 もう魔法に頼るしかないのだろうが、霙の魔法と言えば、少し「パリッ」っと音がした程度で今すぐに戦闘に使える程の魔法となると、さすがの霙でも厳しい。


(何でもいいから、何か……ナニカ……!?)


 霙の視界の端で何かが光った。そして霙は確信する、あれこそが生きる手段、最後の希望。霙は後ろの化け物も降り注ぐ雷撃も無視して、その場所まで全力で走った。


 開けた場所に紫とエメラルドの六角(すい)という甲羅をもった巨大な亀がいた。おそらく先程光ったのはこの甲羅であろう、助かる保証など何処にもないのに霙は確信があった。


「お前を信じるよ。頼むからな」


 ゆっくりと巨大亀に近づく。瞬間、後ろから木々をなぎ倒してさっきの化け物が来た。


≪閃光≫


 目の前が真っ白になった。

 物凄い熱量を感じた。

 甲羅が一瞬光った気がした。

 後ろで肉の焼ける匂いがした。


 凄まじい衝撃と共に亀から放たれた閃光は、巨大な犬を殺して吹き飛ばし、霙も一緒に飛ばすほどの威力があった。その吹き飛ばされて地面に叩きつけられた一瞬の意識の中で、霙は「やっぱりな」と内心でほくそ笑み、そして意識を失った。

 その閃光が通った後には、マグマ状になった地面のみが残っていたという。



 目を覚ますとベッドの上にいて、右側の窓から差し込む朝日に思わず目を細める。

 おそらく丘の下の村の病院だろうと霙は推測する。体を見てみると五体満足な健康体ではあるが、純粋に喜べないほどの包帯が霙の身体に巻かれていた。


「いや~私もよく死ななかったな、とりあえず人間に救われたのは幸運かな」


 もしあのまま森に放置されていれば他の生き物に気を失っているところをガブガブと食べられていたかもしれないのだから、本当に運が良かった。


《ガバシャン!!》


 何か、金属が落ちる音がした。霙がそちら側を見ると、そこには水の入った金属の(おけ)を落としたらしい女性が驚いた顔でこちらを見ている。


「あの、大丈夫ですか?」


「あ、あの! ……待っててくださいね、今先生呼んできますからぁ!!」

(服装からして看護師かな? ……それにしたってあんな風に逃げなくたっていいじゃないか)


 霙が少し不機嫌になってから数十秒後、看護師が『先生』を呼んできた。


「本当に一日で治るとは……()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 なかなかに面倒そうな医者だった。


「え~と、貴方が助けてくれたんですか?」


「そうだよ、昨日のお昼ごろにとてつもない音が森の方から聞こえてきたもんだから、村の連中と一緒に見に行ったら四匹の魔犬の死体と焼け死んだ魔犬の母親と一緒に君が倒れていたんだ」


 それに続いて看護師が話す。


「ほ~んと生きてるのが不思議なくらいの重傷だったんですからね。全身大やけど、右腕は骨まで見えているうえに骨折。左右の足に損傷と骨に傷。左手首も骨にヒビが入ってたんですからね」


 確かに生きている方がおかしい。霙は昔から自然治癒能力が人よりも高かったが、それにウイルスによる強化を加えても死んでいてもいいはずだ。

さっきこの医者は『治癒魔法』がどうとか、言っていた。さすがは異世界。魔法を操る獣に、魔法を操る医者……じつに楽しい。


「結局、私を襲ってきたアレは何なんですか?」


「あーっとそうか、君はまだアレを知らないんだね。じゃあエリン君には少し席を外させよう……じゃあエリン君は庭の掃除でもしていてくれ」


「は~い、じゃあね素敵な患者さん」


 そう言って彼女は部屋を出て行った。

 この場の空気が変わる。医者は真っ直ぐに霙を見つめていて、何というか『目を離すことの出来ない存在』扱いされている気分だ。


「え~と、それであの犬たちは一体何なんですか?」


 はぁ~っと重い溜息。医者は私の質問に答えてはくれなかった。


「それより君は()()()()()()()()()()()()()()()?」


「!?」


「大丈夫、この世界の名は『ルケイ』。つまりこの世界は異世界から追放された連中が流れてくる世

界なんだ。だから君みたいな人は何年かに一度は来るものなんだよ」


「どうしてそんなことが言えるの?」


「それは私も異世界流しに遭ったからだよ」


 これ以上に説得力のある理由は無いだろう。霙は彼の言葉を信用した。


「だから安心して私の話を聞いて欲しい」


 恐らくだが、彼は私の『私を襲ってきたやつは何ですか?』という質問で気付いたのだろう。まぁ不覚だったとはいえ、別に異世界から来たことを隠すつもりもなかったし、私としてはこの世界のことを教えてくれる人間が出来て嬉しいかぎりだ。


「君が襲われたのは『魔物』だ。魔物は普通の『(けもの)』とは違って理性があるから、私達人間の攻撃に対して、ビビってすぐに逃げるような奴から、全く動じずに突っ込んでくる奴もいて、どこか人間らしい種族なんだ。そして、彼らの最大の特徴は『魔法』を使えるところにある」


 やっぱりここは『剣と魔法の世界』だったのかと、霙は自分が今まで読んできたライトノベルの設定を頭の中で広げた。

 正直なところ霙の中では、『獣』も『魔物』も等しく()()()()()()程度にしか認識されていない。ハッキリ言って、霙は『魔法』の方に興味がある。


「なるほど、それで貴方が使ってくれたのはどんな治癒魔法なの?」


「え、もういいのか?」


「うん。だってそんなのは知らなくても生きていけるし、それよりも私は魔法を使ってみたいの」


「あ、ああ。だったら教えてやりたいが、私が君に教えられるのは治癒魔法だけだな」


「え~ね~どぉして?」


 精神変化・性格の変容。幼児のような甘えた声。それでも彼女が言えば、違和感など微塵もないのだから恐ろしい。

 体中に包帯が巻かれているというのに、霙はベッドの隣で座っている医者の太ももの上に手を置き、上目遣いでそう聞きながら最後の言葉を言い終わると同時に小首を傾げた。これが精神の変化によって生まれた『素の霙』なのだから、本当に分からない。


(うっ……可愛い)

「そ、それはね、私が治癒魔法しか使えないからだよ」


「そっか、了解した。じゃあそれだけでいいよ」


 突然の冷めた声。霙は昔からこうなのだ、だから周りの人間からは多重人格なのでは? と疑われていた。

 それから霙は、医者の下で住み込みの看護師となる代わりに『治癒魔法』を教えてもらうこととなった。



 数週間後、霙はこの村にも慣れてきていた。

 誰も霙の名前を知らないが、この村にいるものなら誰でも知っている程の有名人になった。彼らは霙を『綺麗な人』とか『不思議な人』と呼んだりしているわりに、誰も霙に名前を聞くことは無かった。


「治癒魔法は使えるようになったけど、他にも魔法はあるんだよね」


 ここに来てからの数週間で霙は治癒魔法とこの世界に関する情報を色々と医者から教えてもらった。

 医者としても、美しい霙が病院にいるおかげでかなりの(もう)けがでた。村の小さな病院には毎日のように霙に診てもらいたい人で溢れていたが、霙自身には医療知識がそこまで無いため、彼らを診ることはなかったものの、代わりに受付で霙は彼らの相手をしなくてはならなかった。


「やっぱり学校か近くの大きな町や王都にいかないと分からないかな?」


 霙の決心は決まった。

 霙は医者から聞いた『王都』に向かうことにした。王都にいって魔法学校に入る。何故彼女が魔法にこだわるのか?

 それは単純な興味だけではない。勿論新しい技術に興味はあるのだが、それと同じくらい恐ろしいのだ。考えてもみてほしい、現代の飛び道具でいえばそこら中の人間がスナイパーライフルを持っているのと同じだ。音もなく飛んできて相手を殺す。魔法という物理法則を超えた攻撃は、遮蔽物などで止まるとも思えない。

 相手を倒すには、相手を知ることが必要なのだ。

 ありがたいことに、王都までは村の商人の荷馬車で行くことになった。一日あれば行ける距離とはいえ、入れるかも分からない魔法学校に丸腰の女性が一人で行くなどありえない。学校には寮があるらしく、入れればそのまま寮生活となるのだが、入れなかった場合は一人で帰ってくることになる。

 村の皆はそんな霙の為に、護衛を雇えるだけのお金をくれた。


 旅の支度を進めること2日。

 王都へ行く日が来た。


「皆さん応援ありがとうございます。無事に学校に入れることを祈っててくださいね」


 治癒魔法もあるし、そこらへんの盗賊ごときには負けないし、まぁ大丈夫でしょ。

 霙は道中の心配よりも魔法学校に入れるか否かの方が心配だった。


「それでは行ってきます」


 進んでいく荷馬車に向かって皆が霙に言葉を投げかけるが、霙は聞いていない。

 そんなことはどうでもいい、これから様々なことが起こるのだから今のうちに考えておくことが霙にはあった。

 

 荷台の上で霙は、ようやく分かった新しい感覚を確かめていた。

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