18:ギルド学校1
ギルド学校入学式......と思いきや、霙が昨日ギルドのお兄さんに教えてもらった時間と場所に行くとデカデカと大きな看板には「ギルド学校・特待生試験会場」と書いてあった。
「あっ、アイツ......でもまぁいいっか、別に困るわけじゃないし」
何を思ってアイツが私を特待生試験を受けさせようと思ったかは知らないけど、とりあえず行けば何かが分かるような気がした。そして、その考えは正しかった。
霙は周りの人間達に、この試験のメリットを聞いてみると「入学のお金が無料」「入学前からギルド学校の先生たちと練習や勉強ができる」「学校が始まる前から寮に住める」などが出てきた。
そういえば昨日のアイツにお金とか宿の話もしたんだっけ? 一応は試験に受かれば学校が始まるまで寮で生活できるみたいだし、腕試しにも丁度いい訳だし、そろそろ普通の人間とも闘いたいからいいけどね。
「おい、見ろよ女が来てるぞ」
「うん? お、本当だ。しかも結構美人でよさそうだな」
「あの子、見た感じ弱そうだけど、ここに来るってことはそれなりに強いのかなぁ?」
「ハっ、あんたみたいに筋肉質でもないし、私ほど魔法が上手そうにも見えないね。それにあの荷物と紫色した武器を見なよ、絶対田舎でちょっといい魔道具見つけたぐらいで調子に乗ったのよ」
大きなリュックと紫の日本刀。長い髪と外套は風に揺れ、霙の身体のラインを見せつけている。何よりも美人であるのが何よりも彼女を目立たせる。
うるさい人間達ね。自分の心配も出来ないくらいに緊張しているのかしら? それにしてもどいつもこいつもいい体格してるわね、私と同じくらいの身長(約166cm)で女の子ってなると殆どいないじゃないの......やっぱり特待生試験を受ける子って皆意識が高いわね。
受付を済ませ、渡された番号札を頼りに寮の部屋に荷物を置く。受付の人に言われたが武器とかは必要ないらしいく、荷物を置いたらギルドマスターから一言あるからグラウンドに集合せよとのこと。
霙は部屋に荷物と『妹達』を置いて、他の受験生と共に指定されたグラウンドへ向かう。
「ん~こうやって大勢が地べた座って話を聞くなんて本当に学校みたいだな」
「───え~ギルドマスター兼ギルド学校の校長をやっています、ラウルです。今日は天候にも恵まれ、僕も嬉しい限りです。今年の特待生希望者は300名、その中から20名だけが入れる狭き門ですが、今年は私が直々に推薦させてもらった若き新星も一人いることですので、競争は更に苛烈を極めると思いますが皆さん頑張ってください。え~......あっ、いたいた。神無月さん、貴方には期待してますので、くれぐれも昨日のことは忘れないでくださいよ」
散々「え~......」と伸ばしておきながら人探しをしていたラウル。しかも彼が指さした人物は受付の時から妙に目立っていた、というかこの場にあまりふさわしくないような少女だった。
それがラウル直々の推薦を受けたというのだから、周りの人間達の士気は否応にも上がる。そして霙のヘイトもかなり上がってしまった。
(アイツ、わざとこっちを応援しやがったな。まぁ、それも契約の範疇ってやつか)
昨日、霙がキモ男を殺した経緯を説明した後のこと。
ラウルに「貴方の実力なら明日からギルド学校の寮に無料で入れますよ」と言われた後のこと。彼は霙の入学手続き(本当は推薦状)を書くために名前と出身を聞いてきたので、霙は名前と異世界から来たことを伝えた。
「あ~そっちじゃなくて、ルケイで最初に貴方が周りの人達と関わった場所です。神聖魔法王国に追われてるって話でしたけど、神聖魔法王国が貴方の最初の町ですか?」
「そうです」
「本当にあそこから来たんですか?」
「何か問題でも?」
ラウルは部屋の本棚から地図を取り出して見せてくれた。
見ると、神聖魔法王国とライデンにはかなりの距離があり、その間は広大な自然に覆われていた。
「今日この町に来たにしては服も汚れてないし疲れた様子もなく......もしかして転移系の能力を持ってたりするんですか?」
霙にそんなチート能力は無いし、そもそもあの森の距離は大したことなかったと記憶している。彼が嘘を言っているようには思えなかった霙はこの世界の単位の定義が霙のいた世界と違うのかと思い、彼に聞いてみるもそれも違う。
霙は忘れているが、幻想地域はかなり広大な範囲を神々の力で隠していて、その中を歩くのは当然地図で見た距離と同じ距離だが、出るときは違う。出るときは幻想地域との境界線上であればどこからでも出られる。
これも新たな町を求めていた霙に対する『神々の、遊び』......否、オーディンの配慮であるが霙は当然分からない。
そんなこんなで、霙は今日特待生試験を受けている。かわりにラウルは霙を出来る限り神聖魔法王国からの追跡から守ってくれるというのだ、こんなに優しい人間がいるだろうか? 彼曰く「貴方が美しいからですかね?」とのこと。
やっぱり美人は得だ。
「それでは第一種目、学力テストを行う!」
第一種目:学力テスト
グラウンドに集まったのに、最初の種目が校舎内でのテストということで霙は少しがっかりしたが、この世界の学力がどういったものかを知らない彼女からすれば、このテストもこの世界の勉強だと思えば楽しいものだと気持ちを切り替える。
テストの内容は兵法と『霙にとっては』簡単な計算だったが、この世界の兵法も前の世界の兵法も分からない霙はいきなりつまづく。
何より、紙やペンを使うテストではなく監督官と一対一での口答。計算は問題ないが、兵法となると霙の説明能力の低さと勉強不足が露呈していた。
「第二種目は剣術と魔術だ! どちらも受けるものはこっちに来い! 魔術のみのやつは端で見学していろ!」
ラウルの様な細身ではなく、がっちりと鍛え上げられた肉体の教師が声を張り上げる。
(あだ名は絶対にゴリラでしょ)
「何が面白いんだ! ギルマスに褒められて付け上がったか? ───よし、お前から始めてやろう......前に出ろ」
ハッキリ言って霙の自業自得である。
霙はゴリラ(教師)から木刀と丸型の盾を渡される。周りの連中は霙を煽ったり、罵倒したりと言いたい放題だ。
(チビチビって、私の身長164~166cm! 前の世界なら大きい方なの。ルケイの人たちの平均身長が大きいだけだからね!)
霙は数ある罵倒の中から『チビ』にだけ反応した。
(今思い返してみると、三杉師匠もエリンさんも菫も優子とかも皆私より背が高かったな~)
「準備はいいか?推薦」
「私の名前は神無月 霙です。『推薦』と呼ぶのはやめてください」
盾のベルトを左手首の下で固定し、そのまま握った左手を胸の前へ。剣を握った右手を中段に真っ直ぐ構えて目を閉じる。これが『今の霙』のルーティーン。
この剣術テストは『受け』と『攻め』の二つで構成されていた。
受けは、その名の通り先生の攻撃をひたすら受けながら反撃を狙うというもの。そして攻めは、その反対なわけだが、トップバッターの霙はこういったルケイの一般常識的なことも知らない。
相手のゴリラも霙が流人であることは感覚的に分かっている。
校長の発言のせいで他の受験生も浮き足立っている。だからこそ、ここで叩き潰す。ギルドに入り、クエストをこなし、時には強大な敵や魔獣との戦闘がどういったものかを彼らに見せつける為にも、この女には犠牲になってもらう。
「はあっ!!」
開始の合図もなしに上段切り。
しかし、霙はそれを軽く盾で受け流して反撃しようとする。霙は左から右へ木刀を振り、空いた相手の右手側から頭を狙う。
「軽いわ!!」
先生は霙の下からの攻撃を盾で受け止め、態勢を低くして盾に乗せる形で霙を押し上げる。
瞬間、霙の身体が冗談抜きで浮く。見た目は美しいままだが、質量としてはそれなりの重さがある霙が浮いたのだ。
ゴリラ、これじゃあ『剣術』じゃなくて『筋力』の大切さしか伝わらへん。霙はエセ関西弁でゴリラの身体能力と戦闘体系を分析した。
「歯ぁあ食いしばれぇえええ!!」
浮いた状態では方向転換も衝撃を受け流すことも出来ない。上に飛ばされた霙を待っていたのはゴリラのフルスイング。
盾で木刀から腹を守るも、霙はその衝撃によって後方に大きく飛ばされる。
「「「おおぉ~!!」」」
ゴリラ先生に対する他の受験生からの拍手喝采。
「───あのゴリラ、俺じゃなかったら大怪我じゃすまなかったぞ」
霙は攻撃される瞬間、盾を出来るだけ前に出して腹と盾との間に空間を作り、さらに盾にぶつかった木刀の衝撃を肘を曲げて緩和。その分、曲がった肘を伸ばそうとすることで自分から後方に飛び、さらに衝撃を殺す。
最後は着地の時にしっかり受け身をとれば、殺人級の一撃を地面との擦り傷程度で済ませられるわけだ。
「お前、凄いな。普通はあんな風にはテストしないんだ、それを初見でこなすなんて......」
そう言って手を差し伸べてくれたのは赤髪の少年。背丈は霙より少し大きい程度だろうか?
いい奴。霙は素直にそう思った。
「ありがとう。くっそ、あのゴリラこっちが素人だからってふざけやがって」
「俺、もうすぐだから......それと、女なんだからもっと言動には気をつけろよ」
赤い髪に赤い目。霙の読んできたラノベのキャラとは違って、意外にもあっさりと行ってしまった。
「最終種目は長距離走!お前らにはこのグラウンドを4km走ってもらう!」
「「「......」」」
「返事ぃ!!」
「「「はい!!」」」
霙の顔には「正直嫌だ」というのが出ているが、これもテストだ。霙がやらなくてはいけないことだ。だからやる。
霙はやる気に満ちていた。
周りなど見ていない霙は気付いていないが、この状況でやる気に満ちているのは霙を含めても少数だった。これは彼らの持久力を見るテストではあるが、こういった状況に置かれても心が折れない精神を見るためのテストでもある。
最後だからといって気が抜けたり、疲れているからといって気が抜けたり、そういった奴は始まる前から終わっている......そう、試験はとっくに始まっているというのに、どこで気を抜けるのだろうか?それも分からないような奴が入れるほどギルド学校の特待生というのは優しくない。
(正直、結構ヤバイな......まぁ、ゾーンというかランナーズハイ狙いで行くか。これで前みたいに死にそうにならなきゃいいけど)
中学校のマラソン大会で霙の所属していた部活動では、ある目標があった。マラソン大会上位入賞。部活内で一番順位が高かった人には豪華賞品がでるというソレに霙は数少ない『主体的なやる気』を見せた。
結果として一位となったのだが、その時の戦術がこれから霙が行おうとしている『ゾーン戦術』。
最初から全力。苦しくなっても全力。死にそうになっても、足が言うことを聞かなくても諦めず、悲鳴を上げる肉体と精神に打ち勝つことで得られる究極の速さ。
その代償として、第一症状:足の筋肉痙攣(弱)
第二症状:手足の先から冷たくなり、感覚がなくなっていく。
第三症状:頭が軽い酸欠を起こし、物事を考えることが困難となる。ここまでくると自分の走るテンポも分からなくなり、一時的に速度がかなり落ち、軽い失神などの症状もでる......が。
しかし、それを乗り越えるといつの間にか景色が動いているという不思議体験をする。足を動かしている感覚がないのに景色が動く、足を見ると動いている。
痛みも苦しさもなく、どれだけ速く走っても大丈夫。
これのおかげで霙は圧倒的速さで一位を獲得したが、終わった直後に失神と痙攣。3分ほどで何ともなかったように立ち上がったが、周りの人の慌てようといったらない。
だが、自分を助けてくれるだけでなく推薦までしてくれたラウルのためだ。絶対に負けられないし、一番いいタイムを出したい。終わってすぐに止まるのではなく、そのまま走って落ち着くのを待てばいい訳で、あの時のように倒れたりはしないはず。
「全員、始め!!」
序盤から全力の霙。100m×40周ということもあり、霙は他の受験生をすぐさま周回遅れにしていく。
最初の14周までは余裕があり、持久走の速さではなかったが、流石の霙でも中盤から地獄で多少ペースが落ちる。かなりの周回差があるとはいえ、このペースでは他の上位勢に抜かされる......が、霙は諦めない。
残り15周あたりで霙と二位との差は殆どなくなっていた。体中が悲鳴をあげ、ろくに頭も働かず、呼吸もペースも乱れていく。
そしてそんな霙をついに追い抜いた第二位はあの時の赤髪の少年だった。
(ここで殺す!!!)
朦朧とした頭の中で思いついた自分を鼓舞する言葉が「ここで殺す!!!」なのは霙の性格なのか、それとも普段から口が悪いからなのか......冷たくなっていく霙の中に新たなる炎が燃え上がっていた。
結果として、霙は4分49秒。第二位は赤髪の少年、5分32秒。
それ以降は倒れてしまって分からない。
気を付けてはいたものの、倒れてしまった霙。
ゴールしてから急に止まらず、そのままゆっくりとペースを落とそうと頑張るがゴールしたという事実が彼女の身体を支えていたナニカを砕き、一歩も動けなくなる。
彼女の記憶はそこまで、意識は暗黒に飲まれていった。




