1:判決『異世界流し』
霙ちゃんの本性が明らかに!!
白い光に包まれた。私は、死んだのだろうか?
「「これより、罪人『神無月 霙』の判決を告げる。罪人は目を覚ますがよい」」
誰かが話してる? ……喋ってるのは白い光に包まれてる巨人と、天使と悪魔の羽を持った人間?
「よし、やつが起きたぞ」
見られている。想像を絶するような異常事態に私の頭は……
「私はどうなるんですか?」
直感的に分かる。あれは私達が言うところの『神様』と『天使』だ。それが私の前に居るってことは、『死』よりも恐ろしいことになるのだろう……いっそ地獄で閻魔大王に無間地獄に落ちるように言われた方が良かったかもしれない。
「貴様は地球で生きてはいけない。だが、我々にとって貴様は面白いおもちゃだ」
女とも男ともとれぬ巨人はどこか私に似ていた。人間達の祖先はコレに遭ったのだろうか? だとするならば全世界で『超越者』と思われるソレの姿の原点は目の前の巨人だろうな。
「なので我々は貴方を別の世界で生かすことにしました。そこで生を謳歌し、我を楽しませてくださいね」
ならあっちのは私達が『神の使い』とか『天使』とか『悪魔』『妖怪』とか言ってきた異形の存在の原点と思うのが自然だ。
二体とも人間の感覚では言い表せないが、特に天使の右目は先程から絶え間なく目の色が変わっていっているうえ、左目は白目と黒目の色が白から黒へ、黒から白へ変わったり変わらなかったり……何とも特徴的過ぎて目が離せない。
「何か加護かなんかはいただけないんでしょうか?」
「罪人に我々の加護など与えるわけがないだろう。言っておくが貴様の心の内など我々には透けて見えるわ」
「でも我は貴方のこと、好きですよ。その考えがこちらにバレているのにそれでも何とかしようとしている姿とか」
「貴方のような美しい方に言われて光栄です」
もう腹をくくるしかない。
判決が告げられた。
「神無月 霙、貴様を異世界流しの刑に処す」
「言葉は通じるから、頑張って生きて我々を楽しませるように」
「人間に力を使うのはこれが最初で最後であること望んでいる。基本的には何もしない、新たな世界で孤独と恐怖に飲まれながら自由に生きるがよい」
ほとんど語尾に重なるように話す、嬉しそうな二体の超越存在に霙は嫌でも分かってしまう。
本当に楽しむつもりだ。私という生き物を地球で生かすには惜しいから異世界で自由にさせる、彼らは『超越者』としての遊び相手に私を選んだ。
そしてまた、白い光に包まれた。
「ここが異世界、はぁ……俺様に天国をくれてありがとうよ可愛らしい存在ちゃん」
俺の心を読む? ははっ出来るわけねえだろ。
俺の心は壊れちまって、自分でもよく分かんねえんだから。それにしてもあのモノクロオッドアイ、僕の友達になってくれないかな~
「あんたらの言った通りに自由に生きるよ。あんなクソみたいな世界から救ってくれてありがとうよ」
服装はRPGの初期装備みたいで、武器も防具も何にもないけど、この丘を下れば村みたいなのがある。後ろの森からは聞いたことのない音がいっぱい。
「今までは隠して、抑えて、これからは自分の心にも自由が訪れるのよね。アチキはとっても嬉しいよ」
小学校:化け物と言われていじめられた。
イラっとしてやった時だけ、相手してやった。相手は血を流して、私は怒られた。
中学校:多重人格・サイコパス、この二つの言葉を教えてもらった。
他の性格に変わったことに気付けるようになった俺の記憶は繋がっていたり、無かったり、繋がってる日もあるのだから多重人格ではない。妾の正義感の強さはみんなが知っている。だからサイコパスでもない。
高等学校:人間の愚かさを再確認した。
はぁ……語るのも飽きた、テロリストになるべくアノ国に行きましタ~。
神様と天使に見つめられている。想像を絶するような異常事態に私の頭は……
興奮していた。
「ああ~だめだめ、落ち着こう……ふぅぅぅ」
いくら嬉しくても、今のは壊れ過ぎたと霙は反省していた。
「グルルゥゥゥウウウ」
低い唸り声、後ろの森から聞こえてくる。見れば六匹の大型犬のような生き物が森から出てきた。
「異世界特有の生き物って感じだね、赤黒い見た目と体の周りに巡ってる電気……さすが異世界」
(早速、異世界での戦闘だね。ミゾレちゃん)
時間が止まった。
(分かるかな? 貴方の天使、オリジン・ゼロだよ。まぁモノクロオッドアイでもいいけどね)
止まった時間の中で、霙にだけ聞こえる声。流石は超越存在、やることが違う。
(それより何の用ですか?私には関わらないんじゃなかったの?)
霙は意識の中でオリジン・ゼロに向かって話かえす。言葉の最後が砕けてしまったが、オリジン・ゼロはまったく気にしてはなさそうだ。
(その筈だったんだけどね、一応説明してあげようと思って。前の世界の貴方って結構マッチョだったから一番美しい時の身体にしておいたんだけどね、筋力とかは前のまんまだから)
(能力とか異世界転生にありがちなチートは貰えないんじゃないの?)
(前の貴方の能力を素敵な貴方で出来るようにしただけ。それにしてもウイルスのおかげでこんなにも能力が上がるものなのね)
そう、霙はウイルスに感染はしたが、死んではいない。全世界で唯一の適合者、それが彼女。
そうは言っても人間離れしている程でなく、稀にでる異常体質のいいとこを多少混ぜたような人間という程度である。
(それじゃあその子たちとの戦闘頑張ってね)
「……確かにゴツくない」
自分の手を見つめている間に、六匹の内の一匹が霙に襲い掛かった。
「ギヒィィッ」
歪んだ笑み。霙は相手が跳びかかってきた瞬間、後ろに一歩引き、引いた足とは反対の足で相手を蹴り上げる。そして反転、相手の尻尾を掴んで回転したのち、すぐ近くの木に頭からぶつける。
「ギャン」
ぶつけた瞬間に悲痛な声と共に犬の身体から「バリリッ」っと今までの倍ぐらいの電撃が放出され、地面で痙攣を起こしている。
いくら大型犬でもこれは死ぬ。霙は犬の周りを巡っていた電撃攻撃を警戒していたが、触ってみるとピリピリする程度で大したことは無かった。
「う~ん……やっぱり魔法? それなら私にも出来るかなぁ?」
他の五匹は警戒しているのか、襲って来る様子はない。霙は周りにあるかも分からない魔法を感じ取ろうと、目を閉じて集中する。
(他の五匹の中で、興奮してないやつには電撃がない。対してさっきの犬は死に際に倍以上の放電、多分感情の変化によるもの……感じろ、流れを……)
≪パリッ≫
少しだけ、本当に少しだけ分かったような気がした。死んだ犬に触りながら魔法の元となるナニカを感じ取ろうとした結果、パリッっと音がした。
霙の中に、新しい感覚が生まれる。
「これが、魔法なのかな? まぁまだ使えそうには無いけど、ある意味『殺気』とか『気配』とかに近い感じなのかな」
改めて五匹を見ると、よくわからないナニカがそれぞれ違うのが分かる。元々感覚で生きているような霙にしか分からないような変な何かは、彼らの遠距離攻撃を教えてくれた。
「「バジジジジッ」」
ソレに気付かなければ直撃だっただろう攻撃は、霙に当たりはしたものの動きを止める程ではない。
「ふ~んこんな感じか……天使ちゃん見てる? この世界、とっても面白いよ」
五匹の内の四匹は霙に同時に突撃してきた。
右から跳びかかってきた犬の頭にチョップ、下に落ちる瞬間に膝で鼻に攻撃。左から二匹、片方は軸足である左足に噛みついてくる、さらにもう片方は左手に噛みつく。
鼻を攻撃された犬はしばらくは動けない程度にしか思ってなかったが、意外にも簡単に逃げて行ってくれた。空いた右足で左足の犬の頭を蹴りつつ、左腕の犬を後ろの木に押し付けて動きを止める。足元の犬しか見ていないから分からないが、左腕は悲惨な状態になっているだろう。
カサッ
(上かっ!)
四匹めは右上から突っ込んできた。咄嗟に首を守るため、右腕に噛ませる。痛みには強い霙でもこれはしんどい、でも弱音は言ってられない。
霙が望んでいたのはコレである。本来、規則や掟を破るということは、それ相応の覚悟と危険なんかが付きまとうはずなのに、前の世界のニンゲンモドキは『平和』や『勝手な解釈』によって守られてると勘違いしている。だが、今の霙はどうだろうか?
相手は全力で霙を殺しに来ている。仲間が死のうとお構いなしだ。だから霙も全力で相手を殺す。
そこに情けや容赦なんてものは一切ない。
(こいつ、腕を登って急所の首に……)
「んにゃろ!」
右腕を思いっきり振って左手で押さえていた犬の首に手をかける。右腕にいた犬は離れたが、無理矢理離した代償に右腕の肉をかなりえぐり取られた。
肉食動物の歯は獲物が簡単に逃げ出せないように多少奥側に曲がっている。なので、奥に押し込めば意外と抜け出せてしまう。
霙は右手を両手足で引っかかれながらも、首を強く掴んで離さず、左手で折った木の枝を右手の犬の
眼に突き刺す。
「ギャァアアア」
痛みで手を離さないよう我慢しながら枝を奥まで押し込むと、ソイツは死んだ。
左足のは、犬の右足を自分の左足で踏みつけることで相手から距離を置かせる。そして再度襲ってきたところに左足による蹴り。つま先で腹を蹴り飛ばして木の方に飛ばす。さらに間髪容れずに右足で側頭部に一撃、動きが鈍ったところに二撃目。それ以降は木を抱きしめるようにし、少しの助走と木を引く力で蹴りの威力を上げて、確実に殺しにいく。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
両手とも限界。さすがに二匹とも逃げたかな?
「ヴァア!!」
「なっ」
完全に不意をつかれた。
あの時振り払った一匹は、そのまま木の裏に隠れていた。そしてこちらが気を許した瞬間を狙い打ってきたのだ。
素晴らしい。素晴らしいぞ、異世界の生き物よ! ……ははは、何にも感じない。
私の中の私達の内の誰かの声。
(あ~あ、だから異常者って言われるんだろうな~)
両手は使い物にならない。犬は確実に私を殺すために首に跳びかかってくる。だからどうした? それが負ける理由になるわけがないだろ。
極限の集中力をゾーンというなら、霙の特技はゾーンだろう。日ごろからの鍛錬のおかげで彼女は真のゾーンとは違うが、それに近い集中力を出せるようになっている。ただ、この時ばかりは本物のゾーンであったが、それも日ごろの鍛錬の成果とも言える。
「あ~あ、やっちった。ホントに出来るとは思ってなかったけど、左手めっちゃいてぇ」
ウイルスのおかげで人間としての能力が上がっている霙は、あの状況で、あのゆっくりとした時間の中で自身の筋力のリミッターを外した手刀で比較的柔らかい腹を突き刺した。
犬は死に絶え、霙の左腕は崩壊した。そのうえ指の骨もぐちゃぐちゃに。
「残りの二匹は襲ってこなさそうだし……
(流石だねぇ~)
霙が独り言を言い終わる前に、またしても時間が止まった。
「いや~本当に強いんだね~私もワンもすっごく楽しめたよ。あ、ちなみに『ワン』ってのはオリジン・ワンのこと、おっきい方のことだからね」
正直どうでもいい。そんな事よりも、霙としては今すぐに丘の下にある村に行って怪我の手当てをしてもらいにいきたい。
だが、霙の天使兼女神さまはそれを許しはしない。
「この調子でもう一勝負やってもらうね。その後は自由にしてもらっていいけど、またこうしてお話しましょ」
「出来れば頭の中で直接言われるよりも、目の前に来てもらった方が私のやる気も上がるんだけどな」
「いいけど、それは次の子に生きて勝てたらね」
語尾を強調して、可愛らしく言ってきた天使。言っていることは悪魔。霙は半ば次の戦闘があることに絶望しつつも、あんな存在2体と、この異世界の生き物に対して好奇心と興奮が収まらずにいた。
「ははは……まだあるんだ。ギヒィッ……ボクモ・タノシンデルノダヨ?」
歪んだ笑み。
霙は『異常』だ。それは本人も多少は分かっている。このことで病院に行ったことはないから、本当のことは分からないが、性格の分裂・一人称の変化・殺害衝動などなど……
本人は『境界性人格障害』のナニカだと思っている。
「もう、抑えることも押さえることもなく……我輩は楽しい。さあ来るがよいぞ」
そう言って、意識を集中させる。その気配を、その魔法? を。その強大な『魔力』とも言えるような、何かがこちらに近づいてくる。前の森、その中からさっきの二匹と共に出てきたソレは先程の大型犬の10倍はあろうという巨体に、先程の犬の電撃魔法とは比較にならない電撃を纏っていた。
その証拠に近くの木々が電撃で弾け飛んでいる。
「なるほど、ゼロちゃんが楽しみにするわけだわ。これは本当の魔法を使えるようにならんと負けそうだ」
(どうする? いっそのこと、村に逃げ込むか?)
そんなことを考えているうちに巨大な化け物がこちらに突進してきた。
急変する一人称に戸惑った方も多いはず、本当に申し訳ない。
しかし、ちょっとおかしい感じが、また霙ちゃんのいいところなので・・・ね。