14:一人旅?
新天地(異世界)ルケイの気候は日本に似ている。似ているだけで実際には日本よりも過ごしやすい……11月の今の時点では……
霙は神聖魔法王国を離れて、草原を進んでいた。
まだ賢者スリート・ルーインの施した魔獣除けの中だったので、遮蔽物も何もない場所で荷物の中にあったテントを作って一夜を過ごしても魔獣に襲われることは無い。
「……朝日が眩しい、やっぱり朝は苦手だな」
眠そうな霙。
外の温度は少し肌寒い程度で、霙にとっては一番好きな温度だった。
「とりあえず『妹達』の練習しなくちゃね」
テントの中に荷物や外套を置き、霙は刀の『天泣』・大鎌の『根雪』・ナイフの『紫雲』を腰の魔道具に付けて外に出た。
「左に日本刀、右にナイフ、腰には大鎌……師匠の言ってた通り、名前が無かったらここまで大切に使おうって気はなかったかもね」
霙がここまで言う理由は三杉の固有魔法:『生命帰還』の能力によって神無月四姉妹、その三人の名を冠した武器が生きているからである。
実は昨日の夜に一番使い慣れていない『根雪』を練習していたのだが、慣れないせいで何度も地面にその刃を打ち当ててしまい、硬い石にぶつかった時だろうか? その刃が少しへこんだ……霙もへこんだ。
だが、見ていると回復していくではないか!
『生命帰還』の能力で生き物となった武器は姉妹武器というより人間の肉体を持たない妹達。
なんとも素晴らしい、出来の良い妹達だった。
「そういえば、この銀の指輪……試しに髪の毛でも短くしようかな」
三杉から貰った指輪。その能力は顔以外の肉体や容姿を変えること。
霙は自分の長い黒髪を短くしてみようと、指輪に魔力を込める。
「……ふ~ん、切られた髪は魔力になるんだ、なかなかに便利ね」
風と共に切られた髪が魔力となって霙の目に鮮やかな光となって溶けていく。
霙は朝の鍛錬を終えるとテントを片付けて荷物をまとめて外套で身を隠し、前に進んだ。
最近の自分はどうやら落ち着いている。普段なら一日に2~3回ほどは精神的に不安定になったりしていたが、彼らと過ごしている間は殆ど無かった。
「……、」
それでも一人になると『彼ら』が話しかけてくる。独りぼっちは誰だって寂しいが、彼女のソレは独り言を通り越して『多重人格会議』。
自身の頭の中で、様々な考えを持った連中が好き勝手に話しかけてくると言ったほうが分かりやすいだろうか。
「ねぇねぇ、こんなに広いのに人間一匹いないなんて珍しいね」
「その紫色の武器たち素敵! 紫色ってだけで最強の武器って感じがする」
「アタイはお腹が減ったよ~ 霙ぇ~ 何か食べようよ~」
他のことに集中しなくてはコイツらは黙らない。
それを分かってはいるものの、やはり一人での旅ともなるとやることもなく、ついついコイツらに付き合ってしまう。
「飯はアッチに見える森に入ってから動物でも殺して食べるから待ってて。はぁ、旅の道連れというか私の道連れになってもらうオモチャが必要なのかね」
ブツブツと独り言。否、一人で多人数との会話を楽しみながら霙は森に入っていった。
森に入って数分後、イノシシのような魔獣に襲われる霙。彼女の不幸体質はこの場での幸運であったのは言うまでもない。
「ギャハッ! クッソ可愛い可愛いクソ豚ちゃんが自分から死にに来るなんて、ギヒヒッ」
所詮イノシシは真っ直ぐにしか突っ込んでこない……右側に避けて抜刀して殺す。
武器を使っての初戦闘。初めに使われたのは『天泣』だった。
「ブビィヒィ!!」
「気持ち悪い声ね、ぷくぷく豚ちゃん。とっても切り心地が良かったわ、まぁ貴様のような豚野郎のおかげではないがなぁ!!」
避けた瞬間に鞘を引きながら刀を抜く。抜刀術はアニメや剣術動画でしか見たことは無かったが、霙にとっては十分な情報だった。数回見ればマネできるというのは彼女の数少ない自慢である。
切られたイノシシは美しい切断面と共に真っ二つとなった。
「これでとりあえず食材がゲットできたわね」
こうして生き物を殺して少し冷静になって考えてみると、あの時の闘いはやっぱりおふざけとしか思えない。あの青年剣士は私を舐め過ぎた、彼は盾を持っていなかったし……やっぱり本物の戦闘は楽しい。
「……ん? なんだこれ?」
キラキラとしたカーテンのようなものが見える。その先には、いかにも毒ですよと言わんばかりの君の悪い色をした池や花が密集している。
「──フヒヒ、何かを隠してるのかな?」
霙は『魔力を見る目』の力でカーテンの正体が魔法であることを見破ると、霙はすぐに中に入ろうと手を伸ばす。
「…………」
その先にあったのは、エルフやドワーフなどの幻想生物たちの村だった。
「おい! 人間にばれたぞ!」
「どうする? 主様に報告するか?」
「どうする?」
「おい! 人間! そこを動くんじゃないぞ!」
警戒されている。
霙がカーテンの中に入るや否や、彼らは一斉にこちらを見てきて魔法か何かで虚空から武器を取り出す。
唐突な敵意に霙のココロが反応しきれなくなる……恐怖心から動きが変わり、心が変わる。
「私が入っちゃいけないのはどうしてなの?」
心なしか霙の言動だけでなく、肉体までもが幼い少女のようになっていく。
霙の髪の毛はいつの間にか腰まで伸びていた。
「入るためには我らの主様に貴様を見定めてもらわなくてはならんからだ。いいか人間、その腰に付いた武器で戦おうなどとは考えるなよ」
「ねぇエルフのお兄さん。どうしてそんなに怖いことするの?」
「なっ……貴様、いつの間に姿を変えた?」
「??? 『紫雲』は紫雲だよ? どこにもいってないよ?」
「ふふっ……どうやら相当特殊な人間が来たようだな」
「主様、気を付けてください。アイツ、我々が気付かないうちに肉体を変化させました」
「案ずるな、私はすべてを知っている。さぁおいで、同じ異世界流しに遭ったもの同士、仲よくしようではないか」
「うん。バイバイ、エルフのお兄さん」
彼らが『彼女』の行動に対して呆気にとられている中『主様』と呼ばれる存在だけが落ち着いて『彼女』の手を取り、何処かへ連れて行った。
ここは異世界流しに遭った幻想世界の住人が暮らしている村。そして、主様と呼ばれていた存在は『幻想世界の神』である。
今となっては異世界流しの刑の能力により、すべての能力はこのルケイの神と魔法よりも下の存在となってしまっている。
「さぁ着いたよ。ここが私の部屋だ」
小さなテント。長く使われているせいか、テントには草木が生えている。
「あなたは紫雲にヤなことしない?」
「大丈夫、君とお話しするだけさ」
そんな中、神聖魔法王国では事件があった。
~神聖魔法王国神聖魔法王国:王宮にて~
「陛下、賢者菫の拘束が完了しました」
「流石はルーインの娘である姫君様だな」
「姫様の固有魔法によって霧の防御を突破、幽体化する住民をドーム状にした固有魔法:『絶対防御』によって逃走を許さず……あの賢者とて姫様の前では赤子も同然」
「よくやった、それで『賢者の書』は見つかったか?」
「……そ、それがですね……」
「なんだと!」
「も、申し訳ございません」
賢者スリート・ルーインの創った禁術……そのせいでやつは神の手によって殺されたという。それが記された『賢者の書』さえあれば、このルケイの地は我が神聖魔法王国のものになる……
「最近、ゴーストタウンに入ったものを今すぐに特定しろ!」
「そうおっしゃられると思いまして、すでに特定の方を進めております。今のところは従属している村のエリンという女のみですが……」
「エリン? そいつは確か大亀討伐任務であの村から要請した女兵士の一人……あいつは兵舎を使わずに三杉魔道具店を使うと申請してきたから覚えている」
「はい。あの長身で白髪の……『目立つ』という言葉がどこまでも似合う女です」
「よし、あの女を徹底的に調べ、その後は拘束中の賢者の所へ人質として送り、その女に一刻も早く『賢者の書』の……ありか……を……」
「どうかなさいましたか?」
「いや、待て……」
何かが引っかかる。
そう言えば、あの女賢者から最近手紙が来たような……
その手紙の返答は三杉魔道具店にしろと書いてあったような……
手紙に書いてあった、あの生意気な狂人の名前は……
「神無月 霙……おい! 神無月 霙だ!」
「はい?」
「奴を探せ!まだ三杉魔道具店にいるはずだ! いいか? 『神無月 霙』を今すぐに捕まえるのだ!」
国王はすぐに自分の部屋に戻り、菫から届いた手紙を再確認する。
「やはり、あのいかれた女はゴーストタウンに行ったことがある。ならばエリンと三杉も共犯の可能性は高い……最低でもエリンとか言う女は何とかしなくては」
その後、エリンと三杉は霙に関する情報をすべて話すことになった。
菫もエリンと三杉が人質になったと知り、すべてを話した。
三杉は魔道具による王宮への恩恵もあって、解放されたがエリンは霙討伐の士気を高める見せしめとして死罪となってしまった。
理由は簡単、それは彼女が『目立つ』から。
珍しい白髪。男性よりも大きな背丈。そして目を引く容姿。
神無月 霙に味方するとどうなるか。
国王は名も知らない人間を民衆に『敵』と認識させるためだけにエリンを殺そうとしていた。
~幻想地域~
「私は紫雲。あなたの名前はなんていうの?」
「君に教える名前は無い。だが、私を呼びたくば『主』……もしくは神様とでも呼ぶがいい」
「すご~い。あなた神様だったんだ」
「私はこの世界のこと以外ならだいたい何でも知ってるよ」
「じゃあ、ここはどこ? さっきのエルフのお兄さん達は何? ここって紫雲が読んでた絵本の中なの?」
幼い紫雲の思考は単純で、自分の世界からしか考えられない。目の前の神が全知ではないと言っていることなんて、紫雲にとっては『どうでもいい』ことで、最初から聞いてなどいない。
当然、霙はエリンや三杉たちがどうなっているかを知らない。