賢者の書
~ 月 日~
賢者として『神聖魔法王国』を作り、初代の王が決まった。まずやるべきは魔法の普及と防衛策であることは私も分かっている。
賢者として誰よりも前線で『敵』と闘わなくてはならないことも分かっている。というか、自分でそういう規則を作ったのだから守らないと……でも、やっぱり誰かを傷つけるのは嫌だな。
~ 月 日~
特になし。
ホント、この本をメモ帳というか、自由帳というか……
もったいないような気がしてくるけど、これがないと心が苦しいよ。
~ 月 日~
どうしよ、まさか森で超巨大な魔獣と会うなんて思ってなかった。しかも彼らが私たちと同じ言葉を話せるだなんて知らなかった。
『亀の魔獣』
彼らとは仲良くなった。人間に対する敵対心もなく、一族全員穏やかで気高い生き物だった。
~ 月 日~
問題発生。ついに今日、王国が彼らを見つけ、私に討伐命令が来てしまった。
どうしよ、断ることは簡単だし、誰も私に文句を言うやつはいないとは思うけど……そしたら誰かが彼らと闘うことになる。心優しい彼らとて、攻撃されて黙っているほどの優しさを持っているだろうか?
彼らの守備能力であれば攻撃してくる人間を無視できるかもしれないが、なにせ大きな身体だし、うっかり踏みつぶすかもしれない……少し動いただけで地面が揺れる。これを『攻撃』と勘違いされるかもしれない。
自分でやるしかないのかな? 後で「なるべく平和的に」とでも付け足しておこう。王国の人たちにも説明しなきゃ。
ああ、人前はそこまで得意じゃないのになぁ。
~ 月 日~
どうやら王国の皆は『亀の魔獣』が恐ろしくて討伐命令を出したわけじゃなかった。私の妻も賢者なのだが、彼女の発案した新しい魔法『魔道具』が原因らしい。
神の声を聴き、神のご加護を受けた私だけが使えた『神の御業』こそ魔法の発端。それを広めるために世界を旅していると、私と同じような境遇の人たちに出会うことが出来た。その中の一人が我が妻なわけなのだが……どうしよう。
確かに防衛力をつけようとは言ったが、まさか彼女の『魔道具』が原因だなんて考えなかった。
彼らの言い分は、あの魔獣でつくる『魔道具』の武器と防具の制作だったよ。それじゃあ完全に軍事国家じゃないか、させない。
あくまでも神の言葉通りにしなくちゃ。
~ 月 日~
話が決まった。神の言葉を聴いた。
やっぱり我らの神は狂っている。アレをいち早く創り、すべてを元に戻さなくてはいけない。幸いにも、神は私と同じ名前の神罰がこの世界にやってくることを教えてくれた。その『神罰』によってこの世界の常識も神様さえも滅びるはずだと信じるしかない。
私は彼ら一族をその名の通り滅ぼす。
彼らの死体は私と妻だけのものにする。
防衛策は私の魔法で十分だろう。
そして、アレがもうすぐ完成する。それを機に、私も死ぬ。これで誰も防衛魔法をいじることは出来ない。妻や皆も手出しされない……後は神が私達夫婦に刺客を創り、この世界に誕生させる前には『神罰』が異世界流しに遭ってくれることを期待するのみ。
愛しているよ菫。
所々破られていたり、読めなくなっている。
すべて読めるのはこの程度で、ゼロとワンはやっぱり殺してほしいのかな?
霙はそう思っている。
神の声なんてもの……
この世界はあの二柱によって、そそのかされた人たちが少なくとも一人はいるようだ。
幸せは遠く、危険は近そうだ。
霙はそう思いながらそっと賢者の書を閉じた。