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異世界流しに遭った私の異世界生活  作者: プニぷに
第一章:新世界
15/75

12:優しさ

 口を歪めて嗤って見せる。


 本に書いてあるように、この魔獣が真に知識あるものであるなあらば……この本に書かれた『あの亀』ならば……


 大亀は自身の死神を見ても、その生に恥じぬ堂々とした態度で死神との最後の会話をした。

 それは、霙がまだ持っていない偉大な心であった。


「どうやら、本当に選ばれし者が現れたのですね」


 彼女? はそう答えた。


「その回答が出るってことは、あんたがこの本に出てくる『亀の魔獣』か?」


「それは私の父ですね。私はその娘、ルーイン様は優しい方でした。我々一族を皆殺しにしなくてはならなくなった時、あの方は私だけを救って言ったのです『生きて、次のミゾレを待て。それがこの世界を変える希望となるのだ』と」


 賢者:スリート・ルーイン。

 スリートはSleet、『(みぞれ)』を意味する。

 ルーインはRuin、『滅び』を意味する。

 だが、その『名』が何を意味するのか霙はまだ知らない。


(賢者は何故()が異世界流しに遭うことを知っている? 賢者は神の為にアレを創った……だとすると賢者が神ゼロであるはずがない。ワンであるはずもないし、いったい何故だ)


「さぁ、戯れはこれくらいにして話を元に戻しましょう。貴方は私を殺したいのでしょう?いいですよ、抵抗もせずに貴方に殺されましょう」


『ただし』と、彼女? は言葉を区切る。


「私の子供たちだけは殺さないでください。私にはルーイン様の崇高なる考えは分かりませんが、言われていた通り未来の賢者が使う最高の魔道具となりましょう。ただ、この子達だけはどうか……どうか助けてください」


太い首を下げる彼女の下には母親である彼女と同じ、紫と緑色の鉱物の様な甲羅が薄っすらと見える。


「……」


 霙は悩んでいるのではない。

 ただ……ただ、『母親の愛情』というものを初めて感じたのだ。


 感動……霙の冷たく冷え切ったココロの奥が突き刺さるような熱さを感じていた。


「分かった。貴方の子供は(すみれ)のいる霧の楽園に連れていく、あそこなら絶対に安全だから……貴方のその血肉に感謝を、必ず私は幸せになるから貴方も天国で幸せにね」


 瞬間、空気が凍てつくように冷たくなる。


 霙は彼女を殺すため、自分の目的の為、他者を殺すための魔法を唱え始める。


「生者と死者の境界は『光』と『熱』。凍てつく絶対零度は生者より『熱』と『光』を奪い、絶対なる『死』をもたらすだろう……零気(冷気)よ、すべてを奪え」


 霙の魔力を見る目からは、その魔法がどれだけのものかを想像させるには十分すぎた。

 青黒い風が霙の右手に集まり、周囲の色を失わせ、モノクロの世界を創りだしている。


「どれだけ長く生きても、どれだけ頭で分かっていても、やはり死ぬのも残すのも辛いものですね」


「元の世界だったら、生きるのも与えるのも辛いものだと言い返したかもしれない。だけど、私はこの世界で『幸せ』をつくる……いつか私も貴方みたいなことが言えるようにね」


 霙が彼女のすぐ傍までゆっくりと近づく。

 上半身が下着を残して何もない霙だが、先程発動させた『氷系魔法』の青黒いオーラを纏い、その姿の美しさと恐ろしさを増大させていた。


「さぁ、前から言っていたでしょう。そこにいては潰れてしまうわ、出てきて」


 彼女の子供たちはまだ我々の言葉を話せるほどの能力はなく、霙にとっては可愛らしくも悲痛な声のように聞こえた。


しばらくしたのち、彼女は霙に最後のお願いをする。


「ごめんなさいね、()()()()()で手間をとらせて」


「自分の母親が死ぬことを喜ぶのは私くらいだ。存分に()()を楽しんでください。私には感情的にも人間的にも分からぬ温かいものなんだから」


「いいえ、それは違うわ。甘やかすことと優しさは別物です。生き物である限り、私達は他の何かから何かしらを奪わなくては生きていけない、どんなに嫌でも死は訪れるし命は奪われる。食材に感謝を、すべてのものに感謝を、今日の出会いに感謝を、数々を奪ってきた私は一度しか奪われず、二度目はない。ならば私は、たとえそれが自分の『死』であっても感謝するわ」


「食事はいくつかの『死』で創られ、食材たち分の命を奪っている自分は一度しかその命を奪われないのだから『感謝』するの?」


「ええ、まぁ本当はルーイン夫妻から教わったのですけどね」

『ふふっ』と貴婦人のように微笑む彼女は目の前に迫る『死』にすら覚悟を持っているように思える。


「さぁ私の美しい死神様、その本を貸してくれないかしら?」


「今更だけど、見えるんだね」


「この世界での生活も長いので、気が付いたら見えるようになっていました。……それじゃあ、みんないい子でね」


 透明な本のページが激しく何枚もめくれると同時に周囲に魔法陣が展開される。

 霙はその目でもって展開された魔法を読み解こうとする。


 彼女の足元に捕まっていた子たちが一瞬で消えた。


「心配はいりません。古い転移魔法ですから、今頃は菫様の下にとばされて泣いてるんじゃないかしら……実は少し前に菫様が来て、その本に私の近くに転移するためだけの魔法があると教えていただいたのです。……ふぅ、覚悟は出来ています」


 何故氷系の魔法を選んだのか。

 理由は一つ、一番苦しまずに殺せるから。それが霙なりの優しさだった。


「……さよなら、心美しい人。『そのままの貴方でいて(イデア)』」


 霙が彼女に触れた一瞬で彼女は凍り付いたかと思うと、すぐさま氷が弾け、命が奪われた。一瞬にして、永遠のその姿はまさに『そのままの貴方でいて(イデア)』……彼女は理想の死を遂げた。


 この魔法は、エリンと一緒に練習した氷系魔法を発展させただけで、特別なことは『賢者の書』に書いてある一文「イメージを形にするための詠唱」ぐらいだろう。勝手にこちらのイメージ通りになってくれるのだから、後は魔力量の問題だろう。

 だが、それだけではない。

 霙の想像力ならば無詠唱でもよかった。それでも唱えたのは、そうしないと自分の感情を隠しきれないと思ったからだった。



 その後、霙は医者のいる村に戻り、新しい服と荷馬車と彼女を分解するための魔道具を持ってきた死道(しどう)と共に彼女の下へ行った。


 服を着て作業を始める二人は、早速壁にぶつかる。

 医者の持ってきた魔道具では彼女に傷一つつけることが出来なかった。


「はぁ……俺の能力で何とかしてやるか」

「そんなことが出来るのか? 便利だな」


「ふっ……そうだろ」


 死道 殺気(さつき)の能力『天命への反逆(リザレクション)』は既に死んだものに発動すると、その形での『死』を否定することが出来るらしく、簡単に言えば死因を変更してその死因にあった死体にすることが出来たり、死体の形状などを変えられるというのだ。


 なんでも死道は昔、自分の大切な人が死んでしまった時に能力を何度も何度も使用した結果。その人の死に方が変わり、精巧に作られたからくり人形となり『死道……死道……死道……』と喋り続けた。もう一度能力を使うと元の死体へと戻ったが、その姿は傷一つ無い死体になったという。


 これを応用し、彼女を分解する。代償に彼は寿命を差し出すことになるが、それを霙は知らない。


「一人で運べるのか?」


「大丈夫だよ、私はこう見えても結構マッチョなんだ」


 彼女を分解した後、荷馬車まで素材を運ぶ二人。霙がテキパキと重い素材を運んでいるのに対し、医者は苦しそうだ。


「これ以上は荷馬車が『死ぬ』。これがギリギリだろうな」


「ありがとう。私はいつもあんたに助けられてるな」


「大丈夫、いつか君が多くの人を助けるから……俺はその時のために君を助けた、それだけさ」


 医者に別れを告げ王都をに戻る。

 医者が連れてきた馬はとても訓練されており、初心者の霙が操っても全く問題なかった。


 さりげない優しさは霙が生まれた日本が一番大切にしている心の一つ。

霙は安心した。

 そして彼女の言葉を借りるなら、神様に感謝した。



「この世界に連れてきてくれて、ありがとう。自分の幸せを、したかったことをしていくよ」


 天を見上げ、きっと見ているであろうゼロとワンに向かって。




「ただいま師匠。前々から言ってたアレ、この素材で作れる?」


「お帰り霙。お前の旅に必要な武器の話だろ? まぁそれは置いといてさ、こっち来いよ」


 霙は二階の部屋に手を引かれ、連れていかれた。

 普段はエリンや三杉と食事をする部屋。今日は何故だか真っ暗だった。


「「ハッピーバースデー!霙!!」」


 弾けるような音と光。そしてそれらに負けないくらい明るく弾けるようなエリンと三杉の声。


 10月25日は神無月 霙の誕生日である。


「おおぉ……これ、二人が考えてくれたんですか?」


 魔道具によって部屋はすぐに明るくなり、花びらが舞い踊り、リボンと人形が霙のために拍手している。

 きっとエリンの固有魔法『物体操作』だろう。二人と知り合ってまだそれほど時間が経ったわけでもないのに、これが友人としての『普通』なのだろうが霙にとっては初めての経験で、戸惑いと嬉しさが隠せていない。


「そうですよ~三杉さんと私で一生懸命飾りつけとかしたんです」

「まぁ、料理は二人ともそこまで出来るわけじゃないから普通だけどな」


「嬉しいです……本当にッ……」


「おいおい、いくら何でも泣くことか?」


 その姿を見て驚く三杉に対し、エリンはすぐさま霙を抱きしめた。


「うんうん、大丈夫。霙ちゃんは生まれてきてよかったし、貴方はこの世界で生きていていいんだよ」


 奪い奪われるだけの人生だと思っていた。


 両親からも身内連中からも痛めつけられ、それでも「被害者ぶるな」だとか「人のせいにしてばっかり」などと言われ、自分は卑怯で人のせいにしてばかりのゴミクズだと思っていた。


 楽しい誕生日の記憶などない。唯一楽しかった誕生日では、途中で身体の異常に気付いた両親に病院へ連れられ、すぐさま入院。常にどこかに冷たさと陰りがあった。


「うッ……ッこんな……こんな私のことを、愛してくれてありがとうございます」


 奪った分だけ世界に感謝を


「それじゃあ、食べるか」


 奪った分だけ世界に感謝を


「「「いただきます」」」


 三杉の号令で霙の誕生日祝いが始まった。



 奪った分だけ世界に感謝を

 霙は奪った分以上に救いたい。


 殺したいから殺すのは間違ってはいないが『他人のせい』にしていた。

 本当にしたかったのはそんな事じゃない。



 霙は今日という日を忘れない。優しさと愛情を教えてくれた彼らを忘れない。

10月25日は霙ちゃんの誕生日!

どうか祝ってあげてください。

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