11:霙の戦い
霙と青年剣士は向かい合う。
霙が楽な形でいつでも動けそうに見えるのに対し、青年の方は剣を右肩の近くで構えたまま動かない。
(普通に考えて、あの剣を避けるのは愚策だよね。折角上段に構えてくれてるんだし、試してみようかな)
両者の構えはまさに対極的ではあったが、それは精神面でもそうだった。
(あの女、いったい何を考えてるんだ? あと一歩踏み込めば届く距離……一撃で『倒す』)
青年が霙に攻撃するべく一歩踏み出す。
が、そこに霙の姿はない。
上段からの袈裟切りは剣を振り上げて攻撃するため、一瞬ではあるが無防備になる瞬間がある。霙の動体視力をもってしても、見てから動くのでは遅すぎる。その一瞬の隙をつくためには、彼と同時に動かなければならない。
手先をぶらぶらさせながら相手との呼吸を合わせる。
彼の呼吸が止まる……攻撃が来る。
その刹那、霙は相手の懐に飛び込む。
「っ!?」
「はぁっ!!」
切ろうとしていた相手が、一歩踏み込んだ瞬間消えていた。否、消えたのではなく肉薄してきた。
霙の拳が彼の鼻の下あたりに放たれる。
鋭い痛み。青年はなすすべなく霙の次の技を受けることになった。
突然の攻撃に混乱している相手の右腕を掴んで捻り、足を払ってそのまま固める。
右手に握られた剣を腕と指を捻ることで手放させ、自分の左ひざを相手の右肩にあてて動きを封じる。
「降参するなら折ったりしないけど?」
「黙れ犯罪者が! 俺は知ってるぞ、お前ら流人は元居た世界で『世界から追放される』ほどの罪を犯したから神様がここへ流すことを……所詮、自分たちの特殊な能力に自惚れきったお前ら如きがこの世界の住人に勝てるはずないんだよ!」
今のセリフ、賢者の書でみたなぁ。まぁいいか、だって私なんの特殊能力も無いわけだし……約束は守らないとね。
≪ゴキッ≫
「がっ・・ああああ!!」
約束通り骨を折った。捻られていた腕がさらに捻られ、右腕は本来ありえないような向きになってしまった。
「案外、この国の『最強の攻撃力』とやらも私の体術程度で押さえられちゃうなんて……王様は本当に君みたいな連中であの大亀を倒せるとでも思ってるの?」
「ぐぅぅ・・爆散!!」
痛みを堪えながらの魔法詠唱。魔法なんてものは自分がイメージ出来ればそれでいい、無詠唱であろうと言葉が違っていようとも思い描いたものが同じなら結果は同じ。
手放させた剣を拾っていた霙に突如放たれた魔法。
炎の塊が霙を吹き飛ばした。2mは飛ばされただろうか、燃えている衣服をすぐに脱ぎ捨てながら霙は自分が思ったことを口に出していた。
「ファイアーボール? 面白いじゃん」
今の霙には敵から奪った剣がある。少し前の魔法使いとの戦闘のようにはいかない、霙はそう思っていたが……
「なっ……お前! な、なんて格好してるんだ!」
敵と距離をとるための魔法。距離をとってすぐに折られた腕に回復魔法をかけるその姿勢は悪くないが、この反応は全く持って興ざめである。
平和な神聖魔法王国の平和ボケ連中の一人? それとも無敵の固有魔法の使い手であるお姫様がいるせいだからだろうか?
なんというか、コイツらからは戦意というかそういった気迫というものが感じられない。
だから霙の奇襲や奇策といったものがここまで嵌ってしまったのだろう。普段から防御やカウンターを狙ったことのない魔法使いが急にやろうとしても実戦経験の多い霙には通用しなかったように、この青年も所詮は安全地帯からミサイル発射のボタンを押している無能な上司と同じ。
自分は安全だ。自分だけは攻撃されず、相手は一方的に蹂躙される。そんな事ばかりしていたら、いつの間にか背後に立ってくる暗殺者や自分に好意を持っているのだと勘違いさせるハニートラップ引っかかって当然だ。だからこそ、こいつらはまだ霙には勝てない。
(下手に近付いて反撃を貰うのも嫌だし、コレ投げて殺せばいいっか)
霙の投げた剣は地面に伏せて目を隠す初心な少年の背中に刺さった。
試合終了。このまま殺すと面倒なので、早急に治癒魔法で直してやる霙。
意識は戻らないものの、死んではいないことを確認してから霙は王様に向かって話し始める。
「どう? 私を隊に入れてくれるかしら?」
「……分かった」
王様も認めてくれた。ならばやることはただ一つ。
「じゃあ、今から殺しに行ってくるね」
「は? お前は一体何を言ってるんだ?」
動揺する王様。この流人が何を言っているのかさっぱり分からない。
「この世界の最強チートは神様と同じ『魔法』でしょ? 私、魔法覚えたし、うまく扱えるようになったんだ~」
見た目は変わらないはずなのに、王様には目の前にいた女性が幼い少女になっていくように見えた。
「だからね~あのカメさん、ワタシがコロしておくから~ね、いいでしょ?」
「ま、まぁ……殺せるのなら構わないが……」
「やった~王様大好き~。じゃあ、素材は少しだけ貰っちゃうね」
ぴょんぴょんと跳ねる少女。流人が変人である可能性が高いというのは昔からの常識ではあるが、この流人は何かが違う。
というか、根本的な『ナニカ』が違っているようにしか思えない。
「ああ、好きにしろ」
霙はコロシアムを後にして、メイドに連れられ外に出た。
霙はマラソン気分で道を走っていた。
目指す森にいる魔獣:大亀。異世界チートに憧れたことなんてないけど、今回だけは……今回が最初で最後のチート行為にする。
霙は心にそう語りかけながら強く決意する。
エリンと初めて会った村が見え、霙は目的の場所が近いことを感じた。
だが、霙の目には喜びの色はない。森の傍、医者の姿をした『ナニカ』がいた。
「はぁ、はぁ、もう来ないんじゃないのか? 創造神ゼロ様」
右目の色が絶え間なく変わる。そんな特徴的な目をもったモノを忘れるはずがない。
「挨拶ご苦労だよ、我が愛しき人間。君にはいくつか伝えておきたいことがあるから来た」
「俺を助けてくれた医者の肉体を乗っ取るとか、神様ともなるとやることが違うな」
「ふふっ戯言を。私は『神』であるぞ、この言葉も過去・現在・未来のすべては私によって創られ、私によって消え去る。君の言葉も私が言った言葉も意味はない、私の思うがままに変えられるのだからな」
魔力を見る目が医者の中に巣くう『神』を見る。色鮮やかな華……彩の花。超越した美の狂気……その真実の一片。
「それで伝えることって?」
「君にとって、武器は『異常な強さ』に値しないのかなって思ったんだ」
「は? 他の連中が『魔法』とかいうチート使ってるのに、魔法を使わない私には武器すらチートだっていうのか?」
「ふふふっ、やっぱり君の怒った顔は可愛らしいな。単純に君と話したかっただけ、神様の気まぐれさ。それに君の武器としての『魔道具』をチートだと思うかどうかは君次第……これからも私をたのしませてね、我が愛しき人間」
医者の右目から異常な七光りが消え去った。
「──はっ、あれ?」
「大丈夫か?」
「あぁ君か。いやね、森の方から巨大な『死』が見えたものだから……君こそどうしてここに?魔道具店で修業してるんじゃないのか?」
「そういえば貴方も流人でしたね。そうですよ、魔道具店で色々とご教授いただきました。ですが、今日はあの森の奥にいる巨大な魔獣を殺しに来たのです……貴方の見た大きな『死』というのは私がその巨大な魔獣を殺す運命が確定したからでしょう」
「そ、そうか。俺の能力に間違いはない、君ひとりでその巨大な魔獣を倒せるのは本当なんだろな……だが、そこまでの力を有している君の能力はなんなんだ?」
「無能ですよ。私は」
「──え?」
「あれ? 言いませんでしたっけ。私は身体能力が高いだけの『普通の人間』ですよ」
死道は思わず自分が何を言おうとしたのか忘れてしまった。
「え、君も異世界から来たんだろ? だったら何故君は『能力』を持ってないんだ」
「貴方の世界とは違うから。あんたの言ってるのは『特殊能力』だろ? 別に魔法も超能力もねえけどよ、お前と違って体張ってんだよ! まぁ俺も元の世界じゃあんたと同じくらいの能力と同義の身体能力を持ってるけどな」
彼女が嘘を言っているようにも見えない。彼女は彼女なりの事情があって異世界流しに遭ったらしい。
死道はそれ以上踏み込まないようにした。
「すまなかったな。それにしてもこれだけ大きな『死』をあんたはどうやって片付ける気だい?」
「この世界の魔法で殺す」
「その後は?」
「…………あ、魔獣の素材を剥ぐだけだと思ってたけど、甲羅を砕く道具も素材を王都まで運ぶ道具もない……どうしよ」
「なら、道具と荷車は俺が用意しよう」
「いいの?」
「ああ、一度助けたお前が困ってるんだ。一度も二度もあまり変わらないし、何より俺はもうすぐ死ぬ……どうせだったらいいことして死にたいしな」
少しだけ苦しそうな医者の笑顔。霙は何も言わずに森の中へ入っていく。
今の霙には他人を思ってやるほどの感情もココロもない。だけど、内なる彼女達のなかの何人かは彼にそんな自分の顔を見せるわけにはいかないと思ってくれた。
彼女だけの優しさは彼女自身も分かってない自分からの贈り物だった。
(そういえば、なんであいつ裸だったんだ?)
半裸の状態の霙に違和感を持てなかったことを不思議に思う死道であった。
「──久しぶりだな。これから殺すけど何か言い残すことはあるかい? 賢者の書で読んだぜ、あんたらクラスの魔獣ともなれば言葉を話すことも出来るんだろう?」
魔獣が潜む森の奥。むき出しの地面に沿って歩いていった先、奴はいた。
元居た世界での霙は才能には恵まれていたが環境には恵まれなかったと霙は思っている。
有り余る幸福は許されざるもの……これは聖書に書いてある言葉だったかな?
霙は今の環境に満足はしているが『賢者の書』というモノは自分には有り余る能力ではないのだろうか? こういった不安も含めて『神』は私を優遇しているのでは? どこまでも性格の悪い神に好かれてしまったものだ。
「──貴方が新しい賢者かしら?」
見た目の大きさに対して、どこまでも細く透き通るような声だった。
「そう思う理由は?」
「貴方の魔力量と……その『目』かしらね。──あら、その本は?」
「大賢者スリートの妻である賢者菫から貰ったんだ。この世の真理が書かれた禁書……ここの神様は俺に殺されたいんですかねぇ?」
口を歪めて嗤って見せる。
本に書いてあるように、この魔獣が真に知識あるものであるなあらば……この本に書かれた『あの亀』ならば……
大亀は自身の死神を見ても、その生に恥じぬ堂々とした態度で死神との最後の会話をした。
それは、霙がまだ持っていない偉大な心であった。




