9:救われない少女と救いたい少女
神無月 霙の過去を聞いたエリンは一体何を思うのか。
「これが私の過去……私が異世界流しに遭った理由よ」
悲劇のヒロインか何かのつもり? 小さいときに変な本を拾って、興味を持ったから自分の弟に手を出して、自分の周りの人に『強要』されたからってイヤラシイ事してさ。
いじめられっ子は影で文句を言うな?
助かる努力をしろ?
結局あなただって『何も言わずに暴力でしか解決してないじゃん』
他人のことをバカだとかなんとか言ってたけど、自分で言ってることが矛盾してるって気付いてないのかな?自分のことしか考えてないワガママな人。
「自分がしてきたことに矛盾とか、自分だけ優秀だからとかは考えたりしないの?」
「あるよ。私はダメ人間だな~とか、他の連中は何で出来ないんだろう? とか、私は私の中に自分じゃない自分がいるのかもしれないから、それで悩んだりもしたけどね~結局のところは矛盾してようともいいのかなって思ってる」
「それってワガママだとは思わないの?」
「思うよ。だけど、みんなやってることだし、私は今まで我慢したんだから……駄目なの?」
少しは、今まで酷い目に遭ってきたからそういう逃げ方をしてもいいかなとは思ったけど。
これはいけない。許されない。
最低でも私の中での基準でいうなら、『神無月 霙』は異世界流しに遭って当然の人間。どう考えたってあの子の考え方はおかしいよ。
「駄目だよ。だって、貴方は助かろうなんて考えがないのに人を傷つける。努力の方向が全部相手を『滅ぼしてやろう』っていう破滅的な考えで、それじゃあ何にも解決しないよ!」
この子は狂ってる。このままにしたら、いつか『神様の力』達に殺されちゃう。相手か自分が滅ぶまで自分の我侭を突き通しちゃう。
我(自分)に尽くす。
自分を殺してきた貴方にとっては、ようやく自分を愛してあげようとでも思ってるんだろうけど、それは愛情でもなんでもない。
「エ~ ドウシテワカラナイノ? 私達はね、痛かったんだよ? 苦しくていっぱい死ンジャッタよ? ミンナ満足そうに楽しんで、嫌な事から目を背けて我輩たちで救われて、ナンデナノ?」
「それでも、現実から逃げないで! 自分に向き合って!」
エリンの悲痛な叫びはバケモノのには届かない……否、届く心がないのかもしれない。
エリンは霙の無心な目を見て、ああ、この子はそこまで『壊れてしまった』のか……と痛感した。
「そうやって一人称を変えてさ、自分はさっきの自分じゃないですよっていう『逃げ道』なの?」
「ちがう」
「じゃあどうして他人があなたに暴力を振るうとダメで、貴方はその人に同じことをするの?」
「……やったことは消えない。 だから同じことをしただけ……」
「それで、貴方は……アナタタチは『救われた』? 『満足できた』?」
「…………分かんない」
頭を抱えて苦しそうに唸り声をあげる霙は、一向にエリンの顔を見ようとはしない。
霙は自分のことをもしかしたら正義を愛する善人とでも思っているのかもしれないが、本当に正しい善人でであるならば、ワンとゼロの二柱の神々は彼女を異世界流しの『刑に処す』などということはしなかっただろう。
「……分かんないよ……感情がないっていうか、分かんないの。感情がしっかりあるときもあるけど今の私にはないの」
エリンは看護師だが精神的な病気に関する知識は乏しい。だからといって医者に診せて治るような心のキズでもないのはエリンでも分かる。
「霙ちゃんは心を他人に支配されて、自我が自分だけじゃ保てなくなったんだよね?」
「なにそれ? エリンさんは私のこと何でも分かってるの?」
「でも霙ちゃんのなかでは答えが出てるでしょ。教えてよ」
エリンには霙は答えを知っているのに人に聞くような癖?のようなものがあるように感じていた。霙が死道の病院に居候していた時にエリンはそう感じる節があったのだ。
「……優秀な人材が、頭のいい奴がどうして犯罪者になるか知ってるか?」
突然、よく響く低音がエリンの耳に届く。まるで男性の様な声に、思わず魅了されそうになる。
「俺がいた世界ではな、天才は必要と思われてるだけで必要はなかったんだよ。形だけの平和と平凡な人類とそれを守るための『誰でもできる仕事』。生きるのに必要な金はな、免許さえあればいい。これができるとかこんなことが出来ますとかいう『才能』とかは要らなくて、必要なのは『この仕事ができる人間です。他の人間より人間性が素晴らしく、優秀という看板をもらえる学校に行きました』という形だけ」
エリンの世界……この異世界においては『天職』的なものが多く、才能ある人物がその才能を生かせる職場を求めるというのが当たり前。
霙のいた世界の一般職業とは、この異世界における最後の職業。もはや作業とまで言われるような仕事である。
「一人の天才の為の武器より、千人の凡人でも扱える武器を作ってるわけだ。だから犯罪者になろうと考える連中が出る訳さ、だって自分の能力でしか金を貰えない完全実力至上主義。自分の能力に自信の無い、才能のない連中と同じことをして、同じだけの給料を貰って、出世するまでの時間を無駄にするより絶対的にコッチの道を歩んだ方がいいって考えるわけだよ」
「それがさっきの質問とどう繋がる訳?」
「俺はな、テロリストの連中から優秀な科学者だとか学校の連中から文武両道の天才だとか言われたけどな、結局他人がやってることを見様見真似してるだけなんだよ。一度だって自分の力じゃない。スポーツだってそうだった。プロの動画を見て、それを真似する。それだけのこと……だけどな、俺はそいつらよりも優れている『モノ』を見つけたんだ。だが、それはあまりにも愛されない。許されない。だけど、それでも自分の才能がどれほどのものか試したかった。だから……だから、そのための『ワタシ』になったんだよ」
正直エリンには到底理解できないような難しい話ではあったが、それでもなんとかエリンは霙の話を理解した……多分。
「それが霙ちゃんが壊れた理由?」
「うん。自分の為に自分を壊して、殺して、変貌させる。それでなんとか抑えてたりもしたけど逆効果だったけどね」
エリンは大きくため息をつき、その場で仰向けに寝転ぶ。
「……うぅっ……」
「エリンさん、大丈夫?」
「ゴメンね、どうしてかな? 涙が止まらないんだ」
「優しい人。私も貴方みたいな人に……ご主人様みたいな人にもっと早く会えてたらな」
我慢しきれなかった。
どうあろうと家族に拒絶されたり、周囲の人に虐められるのは誰だって苦しい。エリンは元々捨て子だったのだ。家族の愛を知らぬエリンはこの村の人々に生かされ、この村の『道具』となるはずだったのだが、エリンに『固有魔法:物体操作』があることを知った村の人々はエリンを用心棒として働かせ始める。
そんなエリンに家族の愛を教えてくれたのは異世界流しに遭った医者『死道 殺気』であった。霙は……もしかすると誰からも愛されることなくこの世界に来たのかもしれないと思ったら……
「苦しかったよね。痛くて辛くて、何度も心を殺して、恐ろしい夢を抱いてもそれを我慢して、救われないのに希望を想い続けて……大丈夫。ここには私達がいるから」
そういって力強く霙を抱きしめる。
霙は何もできず、ただその場で人の温かさを感じていた。
異世界流しに遭ってから、霙は初めて人に愛された。たとえそれが右手の指程の人数だったとしても、これだけ泣いてくれる優しい人がいる。
それさえあれば、霙はこの世界で『救われ』『満足』する人生を……異世界生活を送れるだろうと確信した。