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着いた早々帰りたい件につきましてどう思いますか?名探偵

「起きろ。兄ちゃん起きろ。着いたぞ」

 心地のいい潮風の中で凄い男らしい声で眠っている体を揺すられる。俺もこんな男になりたい。声が凄い男らしい。ホモか俺は。

 だがそんな事はどうでも良い。俺は今眠いんだ。あと五分だけ寝かせてくれ。いや十分。

「助手よ起きないか。もう着いたぞ」

 今度は幼い女子の声だ。誰だっけ?この声?……オーケー。一瞬で目が覚めた。

「寝坊だぞ助手よ」

 よっこらと眠気をこらえて体を起こす。うん眠い。

 さて、俺は何してたっけな。確か船に乗ってそれで……思い出すのはやめよう。黒歴史だ。

 とりあえず声のした方を振り返ると一ノ瀬が如何にも怒ってると言わんばかりに両手を腰に当てて頬を膨らませている。現実で初めて見たよ。いやお前も今朝寝坊したじゃねえか。じゃあお相子だ。むしろ俺は悪くない。つまりお前が悪い。

「どんな理論だ……助手よ」

 いやだってお前は寝坊の上に遅刻。俺は寝坊だけ。オーケー?

「わからん……。まあ良い。着いたぞ助手よ」

 そう高らかに胸を張りながら言った一ノ瀬は俺から視線をずらして別の方向を見た。俺も釣られてそっちを見ると海面に反射した太陽の光が目に突き刺さった。目が!目がぁ!俺のHPはゼロだよ!

 だが一ノ瀬は俺の目が焼かれたことになんて目もくれず変わらず視線を海面へ向けている。バルス。

「見てみろ助手よ。アレが目的の場所だ」

 そう言って一ノ瀬が指を立てた方を言われるがまま見てみると俺は唖然とした。言葉が出なかった、と言うのかね?むしろ不気味だとすら思えたさ。

 何故ならそこは小さな孤島で、ほとんど手入れされていないだろう草木が自由に覆い茂ってその島を包み、それによって島は陰に包まれている。少しその島から船が離れている、というのもあってか全体的に暗い印象。もちろんこれだけじゃあ別に驚くポイントは少ない。ただ一つ、その木々に囲まれて巨大な屋敷が立っていなければ、だ。それに対して俺は妙に異質さを覚えた。ホラー物やサスペンス物ではありがちだし、それ以外だって別に不思議でもないだろう。だが妙におかしい、場違いだと感じてしまった。何だろう?まだ寝ぼけてんのかね。まあこんな所だったらお決まりな嵐で脱出不可能、とかになるんだろうな。現実には有り得ん。嵐の予報なんてなかったからな。……突発性の台風とか来ないよね?

 船が笛を鳴らして接舷の動作に入った。帰りたい。だってこれからあんな薄気味悪い所行くんでしょ?ヤだよそんなの。マジで帰ろうぜ。

「何を言っているんだ助手よ。これからだよ」

 ですよね~。そもそも何のためにこんな所までわざわざ来にゃならんのか俺は未だに説明受けてねんだがね。

「それはあの館の主に聞いてくれ。私も良くはわからない。これからなんだ」

 そうかい。……俺なんでいるの?

「言っただろ。腕っぷしが強い君の実力が必要になる場合も想定しているんだ。何が起こるか分からない。否、何か起こるぞ、あそこで」

 そう言う一ノ瀬の顔には普段の馬鹿げた印象は一切感じない程に真剣な表情が浮かんでいた。確かに普通ではないだろうな。わざわざこんな辺鄙で流通も何もなさそうな孤島に屋敷なんて立ててるんだ。普通じゃない。セレブか変態かその両方か。……無理。帰りたい。

「ホームシックが過ぎるぞ助手。少しは男らしい姿を見せたまえ」

「家庭を守る男ってカッコいいだろう響きが。あ、俺将来自宅警備員に」

「やかましい!働け!」

 一蹴されてしまった。いやさすがに本気じゃなかったけどさ。

 船がゆっくりとした動作で徐々に徐々に港の壁に寄っていく。誰かいるな。……メイド?

 漫画しか見たことないような給仕衣服に清楚で規律が取れたような綺麗な佇まい。多分まだ二十歳くらいだろう。女らしい小柄な体で薄い茶髪を三つ編み。両手を腹の下で組んでおり、俺が見ていることに気付くと深々と頭を下げた。オーケーメイドだ。リアルで見たの初めてだわすげえ。本当にいたんだ。

「助手よ。鼻の下が伸びているぞ。情けない」

 うるせえよ。男のロマンなんだよメイドってのは。

「……ふん。どうでもいいが」

 不機嫌そうにそう言って一ノ瀬は接舷作業中の船長に声をかけ、何かしら会話をしている。何怒ってんだあいつ。

 まあ良い。とにかくはこの島で何も起こらねえことを願うしかねえな。俺に出来るのはそれだけだ。それ以外は俺はてこでも動かん。何が楽しくてわざわざこんな所に来にゃならんのだ。だから俺はただダラダラ過ごさせてもらうさ。メイドがいれば何かしらご奉仕してくれんだろ。……ドキドキしてきた。

 件のメイドは船員から舫い縄を受け取り、手際良く岸に括り付けている。そんな技術まであるのか。

 しかしメイドはあの一人じゃねえだろう。こんな所にいるんだ。メイド長?じゃあねえだろ。メイド長は超人なのかもしれん。……何言ってんだ俺。

 そうしている間にも船は着岸を完了し、乗組員たちは回収作業に入っている。

 しかしどうもきな臭ぇ。

 確かに何も起きないのが一番だがそれ以上に俺と一ノ瀬が今ここにいる時点である意味では問題だ。せっかくの休日を返しやがれ。

 いやでも待てよ?休みとは言え今日は平日だ。そんな俺らがここにいるのは学校が公欠扱いとなったからだ。つまり学校側には公欠を受領するだけの理由を当てたことになる訳だがさてその理由ってのは何だろうか?インフルとか言ったんじゃねえだろうな?マジにインフルになった時信じてもらえなかったらどうすんだよ。

 いやそれは冗談としても多分もっと別の何か、か。

 可能性があるとしたら目の前の島にあるあの館だ。と言うよりも家主か。見るからにして金持ちだ。金持ちは嫌いだ。理由は金持ちだから。特に理由はない。

 とにかく推測に過ぎんがあの館の主が何かしらあの圧力か何かをかけたんだろう。

 一ノ瀬があの島で昔起きた何かに興味がある的なことを言っていたが一ノ瀬一人がそう思った所で家主がそれを受け入れるかは怪しいがそこはアレだろう。毎度ながら一ノ瀬のハチャメチャだろう。それに感化された家主が金か何かを掴ませて公欠扱いに刺せたのだろう。あ、そう言えばなんかあそこの家主は島創設の際にも多額の寄付をしたとか何とか言ってたな。そういう意味じゃ権力を持ってるって言えるのかね。それなら学校が折れたのにも多少納得も出来るか。まあ考えた所でどうにかなるもんでもねえか。もう来ちまってんだから。

 さてどうなる事やら。まあいつも通りに一ノ瀬に程々に付き合いつつもダラダラさせてもらいましょうかね。……そう言えば煙草は吸えんのかね。まさか禁煙だなんて言われたら一ノ瀬の馬鹿のせいでイライラで死んでしまいそうだ。未成年喫煙は犯罪ですって?いつから俺が未成年だと錯覚していた?残念!その通りでした!まさに外道!

「おーい助手よ!何をしているんだ!」

 脳内で一人茶番を楽しんでいると既に島に降りていた一ノ瀬が下からそう言って俺を見上げている。邪魔しやがって。

 しかし一ノ瀬がなんか不機嫌そうだ。何怒ってんだよ。

 まあ船に乗ってたとしてこのまま帰れる訳じゃあなさそうだな。降りますかね。

 甲板に架けられている梯子?橋?を歩いて降りる。出発と違って一ノ瀬が前で飛び跳ねている、という事もない極めて安全な橋だ。つまり危ないのはあいつだ。極論だな。いや正論じゃね?

 船から降りて一ノ瀬の下まで歩み寄るとまるでその瞬間を待っていたとばかりに先ほどのメイドが俺と一ノ瀬に近づいてくる。と思えば俺たちの前に来た瞬間に深々と頭を下げた。

「……」

 凄く長い。こちらが恐縮してしまうレベルだ。さしもの一ノ瀬も困惑する程と言うともっと凄そうに聞こえる。とにかく長い。それほど長く頭を上げ続け、メイドはようやく頭を上げた。

「長旅、お疲れ様でございます。私、今回お客様たち身の回りのお世話をさせて頂きます、市塚(いちづか)まゆみと申します。未だ修行中の身故にご無礼を働くこともあるかと思います。短い時間ではありますが何卒宜しくお願い致します」

 そう言ってメイド、いや市塚まゆみさんはニコリと微笑みを浮かべた。天使や。

 メイド喫茶、というものは言ったことがないが正直行ってみたいという気持ちはあった。通っている奴の気持ちもこれならわかるっつーもんだ。しかし本場のメイドってのは俺の勝手なイメージだが無表情で御主人様命ってもんだと思ってた。仕事以外興味ないって感じで。だから今の微笑みはグッときましたぜまゆみさん!

「助手。顔」

 おっとまた鼻の下でも伸びてたってか。俺の表情筋は相当ゆるゆるらしい。

「そうやって普段から表情が豊かなら、君も怖がられることもなかったろうに。いつも不機嫌そうな顔だから、というのもあると思うぞ?君が怖がられているのには」

 なんと。だったら普段からニコニコしていればいいんだな?オーケー今度からそうしよう。

「それはさすがに、いや逆に怖いぞ……」

 詰みゲーじゃねえか。

「ふふっ」

 俺と一ノ瀬がそんなバカなやり取りをしていると小さな笑い声が聞こえた。つい漏れた、と言うくらいの小さなものだがそれに反応して俺たちが振り返ると口元を押さえたまゆみさんがいた。

「大変失礼致しました。お二方のやり取りについ……」

「いやいや問題ない。見なかった事にしましょう」

 謝辞とともにまゆみさんが頭を下げると一ノ瀬は慌てたようにそう言った。するとまゆみさんは頭を上げて文字通りに胸に手を当てて安堵したような仕草を取る。

 うーんまゆみさんは案外抜けているのかもしれない。それともここの家主はそれなりに躾、と言うのも失礼か。教育が甘いのかもしれない。もちろん優しい的な意味で。

「ありがとうございます。それでは主の下へ御案内致します。主はお二方の到着を心よりお待ちしております」

 言いながらまゆみさんは体の向きを変えて進行方向を指すように手を伸ばした。そして俺たちを先導する様に歩き出す。

 港とは言えあくまでも孤島だ。直ぐに森に入った。火の光もまばらでジメジメしていて気持ちが悪い。虫と鳥の鳴き声があちこちから鳴っていり、所々で俺らに反応したのか飛び立っている。如何にも森っぽい。つーかジャングルだ。

 だがやはり人が住んでるだけあって獣道ではないしっかりと手入れがされて人が通りやすくなっている道がある。俺らはそこを歩いてるって訳だ。

 しかし何故ここの主はこんな所に住んでんだ?相当な変人なのか?金持ちには変人が多いとどっかで聞いたがそれにしたって相当だろう。わざわざこんなところでなくてもどっかすげえ高級マンションとか、そうじゃなくてもどっかに豪邸でも立てろよ。無人島だってタダじゃねえだろうに。むしろ損失じゃねえのかね。金持ちじゃねえから俺には理解できん。

「度々御無礼を失礼致します」

 少し歩くと突然まゆみさんが立ち止まって振り返った。釣られて俺らも立ち止まってしまう。

「使いの身ながら迂闊でした。手荷物など有られましたらお預かりいたします。見た所見当たらなかったため失念しておりました」

 そう言ってまゆみさんはまた深々と頭を下げた。何?メイドって何かやらかすたびにそんな頭下げなきゃいけないの?だとしたら俺は常時頭を下げてんまきゃならん。目付きが『悪い』からな。

「問題ないですよ。私たちの方こそ気付かず申し訳ない。何分メイドというものは初めてなものでね。お気になさらず」

「とんでもございません。ご容赦、感謝いたします」

 もう一度頭を下げてまゆみさんはまた歩き始めた。

 うーんこうもキツキツに縛られてると日常生活ってのはどんなもんなんだろうか?メイドなんだし普段は料理したり家の掃除と化してるんだが不味いとか埃が一個残ってた、とか言われる度にああやって頭を上げているんだろうか?だとしたらクッソ面倒だな。メイドなんてやりたくはないね。……出来ねえか。俺男だもん。

 そしてまた少し歩くとようやくとでも言うのか屋敷が見えてきた。もう少しだな。にしてもやはり孤島と言うだけ狭いな。いや孤島=小さいっていうは違うのか。じゃあそのまま小島だな。さすがに全体を見渡したわけじゃあねえから具体的な大きさまではわからんが森の広さからしてそこまでのサイズじゃないんだろうな。

「んで?そろそろここに来た目的を話してくれても良いんじゃねえか?」

 横を歩く一ノ瀬に対してそう問いかける。もちろん変な目的の可能性も考えて先導して歩いているまゆみさんには聞こえないようにだ。いや俺が悪いことしてる時にこういうやり方をするとかそう言うんじゃないんだよ?そもそも話す相手とかいないし。泣きたくなってきた。

「殺人事件だ」

「あ?」

「だから殺人事件。昔ここでは殺人事件が起こったという話でな。当時は新聞やニュースにもなったらしいがその後の展開の一切が不明だ。だから独自に調査をしていたんだがそんな時にここの家主より招待された。もしかしたら何か手掛かりが残っているかもしれないのでね。招待を受けた、という訳だ」

 ……一気にきな臭ぇ話になったな。殺人事件。書いて字の如く人が殺された、って訳だが物騒過ぎる。確かに平和が売りな日本でさえ毎日のように殺人事件が起こっている。だがそれでもあくまでも都市部とか人が多い地区の話だろう。こんな孤島で殺人事件など起こる物だろうか?何か不仲な事情があったとしてもだったら島から出ろよって話だ。同じように島だったら犯人の特定も余裕なんじゃね?範囲が狭すぎる。その後が不明ってことは未だ未解決、って考えで良いんだよな?何故だ?犯人の特定に至らなかった何かがあるのかね?すんげえトリックだったとか何かが邪魔したか……。

 それにしても都合が良すぎる話だな。一ノ瀬が独自に調査してたタイミングで館、一ノ瀬は屋敷って言ってたか。屋敷への招待。

 ……おいおいそれって捜査してたのが家主にバレてんじゃねえのかよ。

「だから君が必要だったんだ。もしかしたらここの家主は何かを知っているのかもしれない。だからそれを調べている私を邪魔だとでも考え、始末するためにここに呼んだ。漫画のようだがない話でもあるまい」

 まあ、漫画のようだがむしろありそうな話だな。こんな孤島にわざわざ住んでるような奴だ。どんな世間離れした考えを持ってるか分からん。

「だから君にも少しだけ注意はしておいてもらいたい。私はあくまでも探偵だ。君の様な武闘派ではないんだ」

 つまり俺は弾除けか。つうか武闘派ってなんだよ。

「今更隠すこともないよ。それが何なのかはわからないが君、武術をやっているだろう。いややっていた、のかな?普段から君は周りへの目の向け方が他の人間と違うように感じた。まるで間合いか力量を測っているようだったよ。最初は私の勘違いか君が中二病なのかとも思ったがどうも違う。少なくとも何かしらの経験があるのは確かだね」

 珍しく真剣そうな小声でそう捲し立てる一ノ瀬は言葉通りに真剣な顔つきをしている。

 その顔は少し新鮮味を感じるがだが俺は武術なんてやってねえよ。

「ほう?では普段のアレはやはり中二病だと?」

 中二病って……。いや普段からいろんな奴から目つき悪いって理由で喧嘩吹っ掛けられてたら嫌でも身に着くんじゃねえの?俺に言われても分からんわ。

「そうかね」

 そうだ。

「とにかく危なそうな奴がいたら頼む」

 気が向いたらな。

「それでいいよ」

 言って一ノ瀬は少し歩くスピードを上げてまゆみさんのところへ行ってしまった。

 気付けば森の出口で、屋敷は目の前だった。

 さてさてここではいったい何が起こるのやらね……。何も起きなきゃいいが。起きてもらっちゃ困る。せっかくのバカンス(ヤケクソ)だ。ダラダラさせてもらわにゃ割に合わねえよ。

 まあ程々の付き合いますかね。暇だしな。


 でもやっぱり帰りてえよ。

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