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船酔い一ノ瀬名探偵

「う~ん……助手~」

潮風が気持ちがいいな。こうしていると心の中が洗われているようだった。

「助手ってば~……」

太陽が海面に反射してキラキラ眩しい。やはり海はこうでなきゃな。まあ、一緒に海に行く相手なんていないからそうそう機会なんてねえんだろうけど。青春とは何だったのか。

しかしこうしていると先ほど見た物の事なんざ忘れてしまいそうになるな。いや最初から大して何とも思わなかったがやはり罪悪感?みたいなものはあるな。忘れよう。

「助手ってば!……ああ頭に響く」

「……なんだよ」

あえて無視していたが改めて見ると手摺に身を預けてダルそうにしている一ノ瀬がいた。どうみても船酔いだな。そりゃそうだ。暴れればここが船の上じゃなくとも酔うだろうさ。

「気持ち悪い……」

そういう一ノ瀬はすごく気分が悪そうだ。今にも吐きそうなくらいに顔色が悪い。だがそうやってダルそうにしている一ノ瀬は普段のドヤ顔がないせいか腹立たしさはない。しおらしい顔ってやつだな。まあそれを見て何かを思うことはないが、ま、さすがに病人をほっとくわけにも行かねえな。

「うん。どう気分が悪い?」

「吐きたい。頭ガンガンする。助手が二人見える……」

重傷だな。軽度の船酔いだった場合は胸やけ程度で自覚しない場合も多いんだがここまで症状が表に出てると最悪だな。

「なんか食うもん持ってるか?」

「ない……」

うん。ちょっとこれは辛いな。船酔いした場合の対処方法の一つは何かを口に入れ、満腹感などで症状を誤魔化すことが大事だったりする。船酔いの原因は揺れによる平衡感覚の乱れなんだから下手に横になったり動きを止めるのは逆効果で揺れを実感させやすくしてしまうんだ。素人はそういうのもっと勉強しておいた方が得するぞ。

それに吐きたい時に吐く物がないというのは辛い。一番辛い。あまり好ましくねえが船酔いの一番の解決策は吐いて楽になる事なんだ。いやマジで。吐いて、スッキリして、また吐いてを繰り返すと船酔いはいつの間にかなくなってるものなんだ。だが素人は気分の悪さばかりに目が言って対処どころではなくなって悪化や長引かせてしまうんだな。

「酔い止め飲んだからだ異常だと思ったのだ……」

「飲んだのかよ……」

「ダメ……なのか?」

「ああ」

酔い止めの薬は確かに酔いにくくしてくれるがそれでも酔う人は酔う。んで、酔い止めを飲んだ人と飲んでない人とじゃ飲んだ人の方がこじれやすい。つまり一層辛いんだ。

「馬鹿、とにかく動け。じっとしてると余計につらい。俺に捕まりながらでも良いから歩け。立てるか?」

「無理……」

「んじゃあ負ぶってやるからそれだけ頑張れ」

「負んぶは嫌いだ。私は抱っこ派だ」

そんな真っ青な顔してキリっと言われても。

「ガキかお前は。もうそれでいいから。脇入れるぞ」

「うん……」

一ノ瀬の脇に手を入れてそのまま抱き寄せて歩き出す。

一ノ瀬が俺の肩に顎を置いて全体重を俺に預けてくる。こうしていると改めて一ノ瀬の小柄さがわかるな。140センチちょいしかねえんじゃねえか?

「どこ……行くのだ?」

そうだな。とりあえずは水だな。とにかく腹に何かを入れねえとな。その後何かちゃんとした食い物もらわねえとな。多分乗組員の誰かに言えば軽食くらいくれるだろう。それまで辛抱してくれ。

「そうか」

言って一ノ瀬は腕をだらんと下げてダルそうにする。本当にきつそうだな。船酔いという物は何かしらのウィルスや食あたりとかではないから後で対処する、というのは難しいんだ。前もってなら前日に良く寝る、というのがあるがこいつはそれには失敗している。更には酔い止めの薬も飲んでしまってる。最悪だな。相当つらいはずだ。自業自得だと言っちまえばそうだが放置できるほど俺は人間捨ててないと思いたい。

「階段上るぞ」

「うん……」

辛さが最高潮なのか一ノ瀬はしおらしい。それに妙な新鮮な感覚を覚えるけど普段からこれだったらと考えたら……うん、気持ち悪い。

「助手が嫌らしい事考えてる~」

「何言ってんのお前」

「私の太もも触ってる~」

「不可抗力」

「……」

「……がんばれ」

「うん……」

一ノ瀬の顔を見ようと目線だけ動かが髪に隠れて顔が見えねえ。顔色が知りたかったがまあ仕方ないか。いや、と思ったが耳は見える。……赤いな。

まずいか。熱が出るタイプの船酔いは下手な発熱とは違って、体が熱くはなるが妙に火照るような感覚で更に気分の悪さを助長させちまう。何かしらの食いもんもらってからは風通りのいい場所に連れてってやろう。少しでも気分の悪さを和らげてやりたい。

「顔が赤いな。きついんなら寝てても良いからな」

「違う。これはそういうんじゃ……」

「少しここで待ってろな。いいな?」

何か言いかけた一ノ瀬を無視してブリッジ前まで歩いてから一ノ瀬を一度デッキに降ろして汗ばんで顔に張り付いている前髪を整えてやる。相当きつそうだな。ざまあみろよ。……なんて言えねえな。

「すみません。ちょっといいっすか?」

ブリッジ入口を開いて中に声をかけてみる。中には数人の乗組員がいて全員が一斉に振り返った。怖えよ。

「どうした?」

近くで何やら海図に定規を当てていたガラが悪そうなお兄さん乗組員がそう言って近付いてくる。迫力ヤバ!

「ああえっと、いちの……連れがちょっと具合悪くしてしまったみたいで」

「彼女ちゃんが?マジか。酔い止め飲んじまってる?」

「はい。乗る前に。こじれてますね」

「マジか……。きちぃだろうな」

「はい。熱も軽く出てるし吐くに吐けないらしいんで何か食い物くれませんか?吐けねえのが辛いってわかるでしょ?ウィダーとかでいいんで」

「ああそれは良いが。お前詳しいな。経験者?」

「いえ。少し」

「そうか。彼女外か?待ってろ俺のゼリーと水持ってくる」

そう言って俺から離れるお兄さんは見た目に反して優しいらしい。俺もこうありたい。無理だが。

「ありがとうございます。あ、それと」

「あん?まだなんか欲しいんか?」

「いえ。彼女じゃねえっす。そもそも俺、友達もいねえんで」

俺が真顔でそう言うとお兄さんは一瞬きょとんとして爆笑し出した。何だこいつは。

「そうかい。んじゃあな」

お兄さんはすぐに水とゼリーを持ってきてくれた。兄貴と呼ばせてください。呼ばねえけど。

お兄さんに頭を下げて一ノ瀬のとこに帰る。

「ほれ、とりあえずこれ腹に入れとけ。んで吐け。そしたら楽になる」

一ノ瀬に水とゼリーを突き出す。だが反応がない。寝てんのか?

「ほれ大丈夫か?とりあえず水だけでも、な?」

そう言うとやっと一ノ瀬はダルそうに顔を上げた。

「背中痛い。背もたれになってくれ……」

ああ、手摺に寄りかかってるもんな。んじゃあ背中貸してやるから。

「それだと足が痛い。君に座らせてくれ」

俺にそんな趣味ねえけど。

「そういう意味じゃないよ」

はいはい。

一ノ瀬の横で胡坐をかいて手摺に寄りかかる。んで一ノ瀬の脇に手を入れて俺の足に乗せる。その上で一ノ瀬はダルそうに俺の体に体重を預けてくる。

「これで良いか?」

「君はこういう事を自然にやってのけるな……。相当女に慣れてるな」

「お前が言ったんだろ。それに女にゃ慣れてねえよ。友達にも慣れてねえわ」

「病人に向けて自虐ネタをやるものではないよ……」

「良いから。ほれゼリー食っとけ」

蓋を開けて差し出したゼリーを何とか受け取った一ノ瀬は子供みたいにチューチューそれを吸う。そうしている間暇な俺は一ノ瀬の首筋に水を当ててやる。暇だからね。

「助手よ」

「なんだ」

「ありがとうな」

そう言って振り返った一ノ瀬は顔色悪いまま明るく微笑んでいた。普段のドヤ顔でもさっきまでのしおらしい顔でもないその顔は反射した光のせいでクソ眩しい。光のせいね?ほんとに。

「……」

「……?どうした?助手」

「……なんもねえよ。きつかったら寝て良いから」

「どうしたんだ?助手?顔が赤いぞ?君も船酔いか?まだ半分くらいは残ってるからこれを食べるといい」

「お前は自分の心配してろ。良いから寝てろって!」

「何なんだ君は!私はもうだいぶ良くなった!助手の体調管理も私の役目だ!しっかりしろ!」

「お前がしっかりしろ!自分の体調管理もままならねえ奴が人の心配してんじゃねえよ!寝ろ!」

「助手のくせに生意気な!」

「寝ろ!」


俺たちは乗組員に怒られるまで、怒鳴り合ってた。


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