ドヤ顔がデフォルトな一ノ瀬名探偵
放課後、俺は一ノ瀬に呼び出され学校の中庭に来ていた。
辺りを見渡せばカップル友達うじゃうじゃ。
……
死ね。
学校で遊ぶのはまだわかる。俺にはいないが友達は大事だもんな。その友達と遊ぶのも大事だし楽しいだろうな。だがな?カップルは違くないか?いやあくまでも俺個人の考えだがなんであいつら四六時中一緒なの?授業中もちらちらとアイコンタクトしてるし目が合えばにやにやしてるし。いや羨ましくなんてない。ただ目障りだったから目に入っていただけ。意識などしていない。
んでもって休み時間や放課後にはいちゃいちゃして家に帰ったらメールとか電話だろ?何なの?常時一緒にいないと死んじゃう病気なのか?死んでしまえ。
だがそれ以上に腹立たしいのはやはりあいつだ。一ノ瀬だ。
うちの学校、というかこの島の学校の終業時間は15時半。そして今は16時半。「放課後直ぐに中庭へ」と仰せつかったのは昼休み。そして終業して早くも一時間。つまりここに来てからも一時間。一時間リア充どもを見続ける俺の精神はもう既に決壊しそうだ。パーソナルエリアごとにバリアとか展開する能力があればこんな目に這わずに済むのだろうがそんな能力は人間には当然ない。異能力バトル漫画の主人公に憧れ……ねえな死にたくない。
とりあえずどうにか時間を潰そう。さすがのあいつも忘れてはいないだろう。……いやどうだろう?確か前に化学室に呼び出されたときあいつは忘れて帰って俺は一人日が沈む化学室の中で目頭が熱くなったという経験がある。もしかしたら今回もその可能性がないでもない。いやしかしさすがにないだろう。……そうだと信じたい。
まあとにかくもう少しだけ様子見て帰るか。それまでは携帯でもいじって時間を潰すとしよう。
最近の携帯はネットにゲームに何でも出来るから便利だ。SNSなんて数えきれないほどあるじゃねえか。友達多い奴は羨ましいな。学校や職場でも友達に囲まれてネットでも人気だったりするんだから友達いない俺はもうこの世に居場所などない。何それ死にたい。孤高の戦士じゃん。あ、ちょっとかっこいい。
しかしそんな事はどうでもいい。いや良くはないのだがとりあえず今は置いておこう。まずは現状の把握だ。喧嘩の経験が付くとまず現状の把握が癖になる物なんだ。相手は何人。体つきはどうだ?武器は?どこかの族である可能性は?逃げるのと撃退どちらが確実か?などなどをつい考える癖がついてしまうんだ。習慣のような物だ。嫌な習慣過ぎるわ。体作りが習慣だとか日課の奴ってかっこいいよね?勉強ってやつも然り。
とにかく今俺は一ノ瀬に呼び出されここにいる。しかし放課後になって一時間が経過している。だがあいつが何かに用事、あるいは何かに巻き込まれている可能性はあるかと言えばないだろう。放課後ここに来る前に昇降口で靴を履き替えている一ノ瀬を確認している。おいその時に捕まえろよ俺。
それに加えてあいつは孤島に行く、と言っていたな。そもそも孤島とは何だ?いやもちろん孤島が何たるかの説明をされても今は困る。今は何故孤島に?あるいはそこに何が?という意味だ。そしてわざわざ俺を連れて行く意味はなんだ?事件?……ないないないない。あいつに付き纏わられたこの半年間で事件になど一度もかかわっていなかったはずだ。だというのに自分を名探偵名探偵言いやがる。何なん?マジで。
まあ考えていたって仕方がないし答えなど出ねえだろ。あいつの行動自体が摩訶不思議でちぐはぐだ。この世の摂理だとか道理だとかはあいつには通用しない。フルシカトだ。少しは相手してやれよ泣くぞこの世界。
「……ふーん。こんなことやってるのか……ふーん」
とあるSNSサイトのグループ会話を覗いて独り言を言ってしまった。基本的に一ノ瀬以外の奴と会話しないからこれは仕方ねえな。……いや仕方なくねえだろ俺。危ない人間扱いされるぞそれはやばい。
まあ良い。とにかく会話に参加しよう。ネットでは節度さえ持っていれば発言は自由だ。それに相手も俺の目を見て逸らすという事はしないからな。ネット万歳。……いやここの全員俺の顔知ってるけどね?
「待たせたな助手よ」
その声を聞いて俺は画面をタッチしていた指を止める。待たせ過ぎだ。
携帯を待機モードにしてポケットにしまい振り返る。
そこには清々しい程のドヤ顔を浮かべた女が立っていた。言うまでもない一ノ瀬だ。お前真顔出来ないの?ドヤ顔がデフォなの?寝顔が見てみたい。
「寝顔を見たいとは君はなかなか大胆だな。安心しろ直ぐにみられるよ。それとさすがの私でも寝顔は多分普通だぞ?」
断言はしないんだな。
ん?直ぐに見られる?どういうことだ?いやさすがに授業中はお前の顔なんて見てねえから。お前の事は一瞬でも意識から消したいから。
「まあそう急くな。まずは説明だ」
そう言うと一ノ瀬は手近なベンチに座って足を組んだ。いちいちかっこつけやがるのがマジでムカつく。
しかし説明なんて昼休みでも良かっただろ。そんなに長くなる話なのか?
「まあ長くなるかもしれないしすぐ終わるかもしれない。君次第だ」
言って一ノ瀬は腕を組んで俺を見てくる。どうやら初めて良いかという確認行動らしい。俺はため息交じりに頷き、それを肯定する。
「では始めようか。君には孤島に行く、とだけ伝えたな」
ああ聞いた。だが他の事については一切知らん。説明を求めたいね。
「そう急くなよ。説明すると言っているんだ。……とはいえその島で昔起きたことに少し興味があってな。君にはそれに付き合って欲しい。内容はまだ言えない。だからここではその島に何があるのか、だけ伝えておくよ」
その目的が一番大事な部分なのに端折んなや。まあ良い。何があるのか、それも確かに重要だ。聞いておこう。
……ていうかこいつも俺自身も行く前提で話し進めようとしているんだけど。こいつならまだしも俺までその気になってるとかこの半年で植え付けられた習慣と諦め凄ぇな怖ぇよ。そのうち学校外でもこいつの頓智間に付き合ったりメールとかで呼び出されたりしてもきっと俺は抵抗しなくなるんだろう。……いや馴染みすぎ。
俺とこいつは友達でもないしそもそもアドレス交換もしてない。あれ?だったらメールでの呼び出しもなしじゃん?やった。これで学校だけの付き合いで済む。……学校は許容しちゃうのかよ。
「その島にはとある屋敷があってな。そこの家主はこの島を創設する際にも多額の寄付を寄越したほどの金持ちだ。いわゆる財閥の娘。これが一癖も二癖もある物らしくてな。正直私一人では心もとない。腕っぷしの強い君にはもしもの時のためについてきて欲しいのだ。ダメかな?」
そう言う一ノ瀬はその時ばかりはドヤ顔を引っ込めて不安そうな表情を浮かべて俺の顔を覗き込むように上目遣いになる。お前ずっとその顔でいろよ多分モテるし友達もできるぞ?常時ドヤ顔もそれはそれで引くからな。いや多分常時不安げな顔というのも相当引くな関わりたくない。
「……別にいいけどよ。どうせ休みの日なんてすることもねえし。暇すぎて漫画しか呼んでねえ。バイトでもしてゲームかなんか買うか」
「ふむそうか。では後日私がバイト先を紹介してやろう。……そして君は来てくれる、という認識で良いんだな?」
「まあそうだな。バイトはもう少し待ってくれ。まだ読み切ってない漫画があるからな」
「では夏休みにでも」
「ん」
そう言葉を交わした瞬間一ノ瀬の表情は再び元のドヤ顔に戻ってしまう。
「ふむ!君ならそう言うと思っていたぞ!それでなければ男じゃないからな!さすがは私の助手だ!」
そう言って平らな胸を逸らしてドヤ顔を浮かべるこいつを殴る法律を誰か提案してほしい。殴る権利じゃない。殴る義務とかにして欲しい。そうすれば犯罪にはならない。ああ犯罪だなこの思考が既に。
まあもういい。どうにでもなれ。
「面倒だ……」
「君のその口癖だがな?多分君がモテない理由の一つだと思うぞ?」
は?なんで?独り言で口癖が出ちゃっただけでモテないの?厳しすぎだろこの世界。
「君の事だ。どうせクラスの女子から何か頼まれ事をする度にそれを言っていたのではないか?それは誰が見ても好印象は受けないよ」
そう言ってクスクス笑うこいつがクソ腹立つ。
え?てかマジで俺がモテない理由ってそれなの?いや別にモテたいとかそういうんじゃなくてな?純粋な疑問としてな?いややっぱ自分に問題があるとしたら改善しようと努力すべきだからな?……マジ気を付けよう。
「ああ……もういいから早く話し続けようや」
俺のメンタルが持たん。過去の俺を殺したい。俺も死ぬけど。
一ノ瀬は「そうだな」と言って足を組み直す。
「その屋敷が目的地ではあるが主目的はそれではない。」
じゃあ何なんだ?まさかパーティーの料理目的とか言うんじゃねえだろうな?
「お?それを忘れていた。君、タッパーを用意しておけ」
下品だからやめなさい。
「ンン!……まあとにかくだ。パーティーという程ではないが食事の席はあるらしい。その席での参加する者は金持ち、あるいは何かしらの実績を残して家主に気に入られた者たちばかりだ。だからその席に集まる者たちも何癖もあるだろう。君には期待している」
俺は防壁かなんかか。ナンパの風よけじゃあるまいしそうそうあるかよそんな事。……いやこいつの体格ならナンパより前に誘拐でもされそうだな。それは心配だ。巻き込まれねえように先に逃げて安全な位置で見守ろう。
「君は何か良からぬことを考えてはいないか?」
一ノ瀬がジトッとした目で俺を見てくる。いや俺は何も考えていない。俺の脳内は世界平和を望む心に満たされている。いや三割くらいホントマジで。世の中平和だったら俺喧嘩することなくなるだろ?早く戦争無くなれよマジで。
「んで?その飯食いに参加してどうするんだ?友達でも来るん?」
言ってて悲しくなってくるな。こいつにも友達らしい人間いないと思うし。
「いや来ないな。君以外全員初対面だ。家主より招待状が届かなければ家主とすら接点はなかっただろうな。ここで先ほどちらっと言った昔起こったとある事件が絡んで来るというわけだ。その食事の席で何かしらの情報を得れれば私は満足する。そのためにも私は危ない橋を渡る可能性もあるし危ない目に遭う可能性もある。だから君には心より申し訳ないが付き合って欲しい」
そう言って一ノ瀬は座っていたベンチから腰を上げて俺に向かって近付いてくる。近い!何?近い!
あと一歩進めばぶつかるという距離まで進んでようやく止まった一ノ瀬は俺を見上げる大勢になる。
何なん?虐め?新しいな。
「虐めでもないし嫌がらせでもないよ。アドレス、教えてくれ。連絡事項があればメールか電話で伝えたい」
「あ、おう」
俺は近過ぎる一ノ瀬に圧迫されるように慌てて携帯を取り出し一ノ瀬に渡す。一ノ瀬はそれをすかさず奪い去ると俺の携帯に自分のアドレスを入力してしまう。
ていうか俺普通に携帯渡しちゃったよ。プライバシーとかもうちょい気にしろ俺。……いやまあ連絡先とか実家くらいしかないしメールなんて通販からの通知だけだし見られて困る物もなし別に良いか。
「ん、終わった。後で試しにメール送るからな?電話でも良いが」
何でもいいよ。何かあったら程度にしてくれたら助かるけどな。
「了解だ。では以上だ。また明日港でな!」
一ノ瀬はそう言って手を振りながら走っていく。その背中に小さく手を振りながら俺は一人事を呟くのだ。
「……港ってなんだ」
この時すでに一ノ瀬は明日その孤島とやらに行くつもりだったらしい。学校はどうすんだよ学校は。来週じゃなかったのか。いやでも外出許可が取れた、という事は公欠扱いにでもしてくれるよう交渉したのだろうか。……有り得る。あいつならやりかねない。馬鹿だからな。
そんな事を考えながら俺も帰路に就く。
一ノ瀬明に俺の連絡先が流れたと気づくのはこの日の夜、明け方まで続いた一ノ瀬からの電話の最中である。
俺の日常生活はこの日この瞬間、一ノ瀬明により侵略されてしまったんだ。
どうなんの?俺の日常。