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名探偵

「なかなかいけるな君の弁当は」

 ……

 まず怒りを抑えよう。こいつに怒ったって何の意味もない。ただ疲れるだけ。だからとりあえずは落ち着け。クールダウンだ。違うカームダウンだ。オーケー落ち着け。殴ってはダメ。相手は女。殴ってはダメ。

「このエビフライなど最高だ。お?ハンバーグも良いかもな」

 まず状況を整理しよう。

 ここは俺が通っている学校の教室で今は午前の授業が終わり昼休み。他の生徒たちは弁当だったり売店に向かうために教室を出ていたり。早弁した奴らはグラウンドへ急げと速足に駆け出していた。

 そして目の前には金髪の女。顔は日本人らしさを表しているのにそこだけは日本人に喧嘩を売るかのような目障りな金髪(全国の金髪女性すまん)。そして高2という年齢に不相応な、二、三歳は下に見られそうな小柄な、幼い体つき。

 そいつは昼休みだというのに自分の弁当を出すことはなく、売店に向かうでもなく、ましてグラウンドなど頭の隅にもないのだろう。

 じゃあ何してんのかって言うと、人の弁当食ってんですねえ。ムカつくのはさも当然のように人の弁当の中身を口に運ぶその行動。当然のようにだぜ?残り物じゃないのにだ。

 ……

 オーケーもうこれ殴っていいだろ。良いよな?

「どうした少年。目がぎらついているぞ?カルシウム不足か」

 食糧不足だ馬鹿野郎。

 そもそも少年ってなんだよ。俺とお前は同い年だろうが。

「ふむ。では助手にしようか。当初はその目的で君に接触したのだからな。それで?どうしたんだ助手。私が何か気に障る事をしたとすれば謝罪しよう。言ってみろ」

 ……

 何なのこいつ?無自覚なの?それともこれが世間一般なの?人の弁当を昼休みに奪取することは気に障る事じゃないの?悪い事じゃないの?何それ世紀末。

「何でもねえよ」

 そういうと女、一ノ瀬明(いちのせあきら)は「そうか」と呟いて再び弁当に戻った。どんだけ腹減ってんだよ。

 まあいいさ。たかだか弁当一つ。後で売店にでも行けば済む話だ。

 とりあえず問題はこの女が腹立たしいということだ。だがしかし相手は無自覚。無自覚だけならまだ良いのだが飄々としていてそれでいて満足気な表情を浮かべている。

 ……怒る気にもなれん。

 ならもういいだろ。腹減った。売店行こ。

「む?どこか行くのか助手よ。呼び出しか?相変わらず(ワル)だな君は」

「誰が悪だ。売店だ。すぐ戻る」

 それを聞くと一ノ瀬はまた「そうか」とだけ言って弁当のおかずを突く作業に戻った。マジどんだけ腹減ってんだ。待つとかしないのかね。まあ友達でもないから普通そうか。

 一ノ瀬をそのままにして教室を出て売店へ向かう。

 広い廊下を生徒たちが元気のいい声を上げながら走り回っていたり、雑談していたりする。ポケットに両手を突っ込んでその間を縫うようにその廊下を歩く。鬱陶しい。端に寄れ端に。ここは通路だ。つまり通るのが目的。たむろすのはやめてくれマジで。

「ちっ」

 何の気なしに舌を打ってみた。しかし直ぐに後悔した。

 その音に反応して振り返った数人の生徒が驚いたようにびくりと反応したのだ。え?何?

 そしてそれは感染するかのように隣の奴へ、また隣の奴へと広がり先ほどまでの人の密集は割れるように端に寄っていった。え、何?俺がさっき端に寄れって思ったから?神様っているんだな。

 ……違うね。俺の目つきが悪いからですね。死にたい。

「……」

 まあ良いとりあえず売店だ。目つきの悪さは生まれつきだからどうしようもない。友達いないのはこの目のせいではない。もーどーでもいー。

 にしてもこの廊下は広いな。昔通っていた学校と比べると一回り以上も広いだろ。俺から見て左側にある窓だって開放的すぎるんじゃないかと思うくらいに大きめだ。風遠し良くなるから夏は嬉しいんだけれど。

 だが風通しは確かに良くなるがそれだけじゃない。窓から外を眺めると遠くに海が見える。そう海の近くなんだ。うん違うわ。海の上だったわ。だってここ人工島に建っている学校だからな。

「……潮臭ぇ」

 ここは人工島、通称学び島。国のなんと買ってお偉いさんと建築系のお偉いさん、教育委員会のお偉いさんたちが共同で立ち上げた計画の形だそうだ。莫大な費用をかけて作ったのは娯楽施設でもなければ観光スポットでもなかった。まさかの学校の街だった。あらゆる学業を志す子供たちに対応出来るように小中高大全ての学校が存在し、高校進学と同時に学力は関係無しに自分がやりたい、興味があるという意志さえあればどの学科にも進級できるという夢にありふれた者からすればそれこそ夢のような場所だろう。

 転科は出来たんだっけ?忘れちまった。

 しかも嬉しいことに学費が格安。寮などは任意。アパート借りようが学校の量使うかは個人で決めていいときた。そしてやはりそれも格安だ。貧乏学生の味方過ぎんだろ。本土の物価で見れば二割くらいの金で済みかが手に入っちまう。最高だ。まあさすがにコンビニのプリンが三十円とかそんな事はないが。ていうか本土って船で一時間くらいだけどな。

 何でも教育に関する何とかって国会の部署になんたらなんたら俣、……勝俣?とかいうやたら子供の境域に熱心なお方がいるらしい。その人の権力と言える全てを使って完成したのがこの島というわけだ。

 そして今この島の実業を担っているのは全てこの島の学校を卒業した生徒たちらしい。この島が出来てからまだ十数年らしいが、つまりこの島のお偉いさんは全員若者だ。だが全然それで何か悪い方にこの島が傾くかといえばそうでもなくむしろさすがは若者だけあってそう歳の変わらない俺たちの事を良く割ってらっしゃる。本土の学校に通っていた小中時代は古臭い校舎が嫌いだったがここは違う。如何にも流行に便乗したかのようなデザイン。しかも言い方は悪いが障碍者のために壁には手すりや階段にはエスカレータやエレベータも完備。病院かと思ったわ最初。

 まあそんなわけでこの島は子供の事を第一に考えられたすげえ島だと思う。

 だがどうなんだろ?友達いない奴専用の学科とかないんですかね?ボッチ科みたいな。

 おかしいな。友達もいないしどころか何かが起これば何もしてないのに悪者扱いを受け続ける日々に嫌気がさして実家説得して新たな人生再スタートを狙ってこの島に来たというのに変わらず友達はいない。目があったら喧嘩を吹っ掛けられる。

 いやこれだけならいいだろう。なんであんな女に付き纏わられてるんだ俺は……

 いや確かに悪い。俺はそう、未成年喫煙をしている。そして吹っ掛けられた喧嘩とは言え相手に怪我をさせるなど日常茶飯事。あいつが俺を悪と呼ぶのも頷ける。

 だがそれをネタに脅迫して助手を強要しているあいつの方がもっと悪だろ!クソヤンキーじゃねえか!怖ぇよ!

「……はあ」

 イライラしても仕方ない。そんな恐ろしい女と出会ってもう半年近くになる。もう諦めた……。早く何か買って帰ろう。さすがにあいつももう俺の弁当食い終わってるだろう。だったら早く戻って弁当を回収してから空腹を満たそう。さすがに何もなしじゃ午後の授業が辛い。

「おばちゃん。カレーパン一個」

「あいよ~」

 売店に到着しカレーパンを購入する。次いでに自販で飲み物でも買うか。

 売店のすぐ横にある自販機にてコーラを買った。

 カレーパンにコーラがベストだと思うのは俺だけだろうか?友達いないからわかんねえわ。

 しかし一ノ瀬に捕まってから早くも半年。まあだから何だって言えば特に何もない。ただ付き纏われ、時に弁当を買ってに食われる。それだけの物だ。

 だがそんな一ノ瀬がただの一般的な女子高生化といえばそうでもない。変わっている。ていうかおかしい変人だ。変態だ。

 何故そうまで言うかといえば彼女は事あるごとにこういうのだ。

「遅いぞ助手よ。この名探偵であるところの私を待たせるとは随分な余裕ではないか」

 そうそうこんな感じ。

 ……

 その声の方を見上げると教室がある階への階段の踊り場。そこで一ノ瀬明が腕を組みながらすんごいドヤ顔を浮かべている。ホント何なのこいつ。

 百歩譲って推理物が好きだとか探偵に憧れてるとかは良いとしよう。でも名乗っちゃダメでしょ。お前が事件解決している所なんてこの半年間で一度も見てねえよ。どこが名探偵?あ、無名探偵。

「何か私を貶すようなこと考えてないかね?」

 そう言いながら一ノ瀬明は階段を降りてくる。だがその顔は変わらずドヤ顔。やめろホントそれ。

「なんも考えちゃいねえよ」

「そうかね。では教室に戻るとしよう」

「あいよ」

 階段の途中まで下りた一ノ瀬に合流し階段を上る。

 一ノ瀬が何かを喋り、俺がそれを受け流すというのが俺と一ノ瀬との基本的な会話構成になる。俺にはこの目つきのせいで友達がいなかった。一ノ瀬も多分そのおかしな発言や行動のせいで友達はいないのだろう。人とつるんでるの見たことねえし。

 結論言うならお互い会話が凄く下手。話が広がることもないし区切りが付けばまた次の内容へ。世間話ではあるのだろうがお互い会話の経験値が少ないから話の基準が分からないんだ。どこまで話していいのか、逆にどこで止めたらいいのか。それが分からないから大概「昨日のテレビは面白かった」「どんなん?」「推理物」「へー」で次の話へ。

 ……

 経験値少なすぎだろう。銀色のジェル状生物出て来いよマジで。レベルがマイナスにカンストしちまうじゃねえか。

 そうこうしている内に教室までたどり着き俺の席に着く。一ノ瀬も前の席の椅子を向きを変えて腰を落とす。そして自分のであろうリュックをあさり出す。次の授業の準備か?結構根は真面目なんだよな。

「あ、そういえば次の連休ちょっと孤島に行くから付き合ってくれ。外出許可書は君の分も取ってあるから」

 とリュックをあさる姿勢のまま一ノ瀬がそんなことを言う。

 ん?ていうかこれって俺の弁当箱?なんでおかずだけ消失してるんだ?白飯オンリー?え、鬼畜。

「は?連休ってことは今週か。なんで?」

「まあ良いじゃないか。詳しくはまた話すよ」

 言いながら一ノ瀬はリュックをあさり続ける。

 いや全くもって良くはないんだがなあ……

 来週は祝日が重なっているために土日を含めると休みが四日入ることになっていたはずだ。いやまあ特段用事はないけど休日までこいつに会わなきゃいけねえの?普通に嫌なんだけど。

 ていうか孤島ってなんだ?確かに人工島だけあって周りは海だ。他の島などいくらでもあるが何か観光できるような物を置いてある島があったか?……いや無人島ばっかだった気がするが。

 そもそも外出許可まで取るというのはかなり大きな用事という事か?いや許可証は申請すれば簡単に取れるのだが正月や盆の時期の帰省以外にそれを使うものは少ない。この島の方が本土より居心地がいいからな。だが突然なんだって言うんだ?孤島だとかそんなのは関係ない。突然俺を連れてどこかへ行くというのがこの半年で初めてだったからだ。

 だがどうせ大したことではないんだろうな。平然とリュックをあさり続けるこいつの間抜けさがその証拠だ。ていうか苦戦しすぎだろ。どんだけ中身ぐちゃぐちゃなの。

 ……

 しかし後から思うとこの考えがもうフラグというか馬鹿だったというか。

 この時全力で拒否していればあんなことに巻き込まれずに済んだのかと思うとそれだけでムカつくぜ。

 だというのにこの女はそんな事予想もせずにようやく取り出すことに成功した物を勢いよく俺の机に叩き付けた。

「……」

 それは弁当箱だった。恐らく自分の。

 ……

 ぶん殴ってやろうかこいつ。

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