第二章 『世界消滅』③
九月二十二日。
あの日以来、敦也は学校に通えていない。義務教育に限らず、学校と名がつくもの全てが休校になってしまったからだ。
そう、三週間前の米国消滅は、悪夢などではなく、紛れもない事実だったのである。
学校の閉鎖とともに、仕事についても国からの達しが出た。ライフラインに直結しないものは極力人員を削減し、労働時間も短くするよう命じられたのである。
学びたくとも学べない働きたくとも働けない現状に、国民の政府に対する反感は高まった。それなのに国会は、進展なき議論ばかりを繰り返している。即ち、“パウ”に隷属するか戦うか、である。ところが、今を以てそのどちらにも決まらない。
「これでは、未来どころか明日さえも見えないではないか!」そんな国民の鬱積した感情は、もはや爆発寸前。その心を映す鏡となる内閣支持率は、実に三パーセントを下回るまでになってしまっていた。混迷する国、日本。どこまでも優柔不断な国、日本。自国民に愛想を尽かされる政府が指揮する国、日本。諸外国からは、冷ややかな目が向けられた。
そんな中、世界第二位の経済大国、中国が動いた。
中国は、一基に複数弾頭を搭載し、かつそれを別々の標的へと向かわせることのできる弾道ミサイル(MIRV)をアメリカ本土へと発射。同時に、四川省の西昌衛星発射センターより核弾頭搭載衛星ミサイルを用いて“パウ”への攻撃を行うという、いわば一気呵成なる作戦を発表した。
「自分の星と移住先を同時に攻撃されれば、いくら異星人でもひと溜まりもないだろう」、「これで地球は守られた」関係諸国は、中国の英断を口々にそう称賛した。
だが、この作戦は、ミサイル発射を待つことなく水泡に帰することとなる。
中国国籍を持つ約十三億人が、米国人同様、突然いなくなってしまったのである。それは、ミサイル発射を三時間後に控えた日本時間で二十三日午後八時のことだった。
もちろん、ミサイル兵器もこの時に消滅。世界中に“絶望”の二文字が色濃く広がり始めた。
いかに最新鋭の兵器を使おうとも、発射前に全てを消されてしまうのではどうしようもない。人間消滅、兵器消滅の謎が解けぬままの“パウ”及び異星人への攻撃は、徒に地球人の数を減らしてしまうだけなのである。
しかし、それでもやらねば世界は征服されてしまう。アメリカ、中国に次いで意を決したのは、こちらも強大な軍事力を誇るロシア、フランス、イギリスの三国だった。
二十五日。三国は協定を結び、一斉にアメリカ本土を攻撃しようと動き出した。
結果は、言わずもがな。地球上から、さらに三つの国が消えただけであった。
この日を境に、世界の動きが一気に加速し始めた。地球上には様ざまな国や地域があるが、それぞれが取った行動は二つの内のひとつだった。玉砕覚悟で戦うか、和平への道を模索するかだ。“パウ”に対しての無条件降伏は、死よりも大きな苦痛を伴うと分かっていたのである。
ところが“パウ”は、戦いを挑んだ国は固より、和平を願い出た国に対してもその全ての人間を消し去ってしまう。
そして、この後僅か五日間で、地球上に存在する国と地域のうちの九割が消えた。