第二章 『世界消滅』①
第二章 『世界消滅』
敦也の住む市の義務教育諸学校は、三学期制だ。九月一日。今日から一斉に二学期が始まる。
突然の声明発表から二週間がすぎたものの、これまでに、テレビやラジオを通じての主だった政府放送はなかった。だが、それだけに憶測が憶測を呼び、久しぶりに全員が集まる教室では、あちこちから“パウ”に関する噂話が聞こえていた。その塊の中のひとつには、敦也の姿もあった。
「だから、マスコミは、掴んだ情報の全てを伝えているわけじゃないんだって!」
髪の毛を短く刈り込んだ友治が、周囲へと熱弁をふるう。
敦也には、彼の言葉が痛いほど胸に響いていた。何しろ四年前に山田が行方不明になった際、一緒にいたはずの自分について報道されることは、一度もなかったのだから……。
表現の自由を謳いながら、都合でその内容を選別する。それでは真実が見えるはずがない。誰よりもそう分かっているのは、他でもない敦也だった。
「じゃあ、全てを知るにはどうしたらいいんだ?」
敦也が問うと、友治は携帯電話を取り出した。それから、ブックマークしておいたサイトを開き、周囲へと向けて告げる。
「動きがある国の人間の話を聞けばいいんだよ」
「動きがある国?」
敦也は画面に顔を近づけた。そこには、英文による会話が並んでいた。どうやら海外の掲示板のようだ。
「英語じゃ分からないよ。何て書いてあるんだ?」
困った様子の敦也に、友治が苦言を呈した。
「受験生だろ? 少しは読もうという努力をしろよ。しかも、受験じゃ命まで取られやしないが、この話は、それが懸かっているんだぞ」
そう言われても分からないものは分からない。
「いいからまとめてくれよ。十五字以内で」
「十五字以内?」
「そう。受験生だから簡単だろ?」
したり顔で今度は敦也がやり返す。
だが、いとも容易く友治は答えた。
「えーと、“き・ょ・う・ア・メ・リ・カ・が・ミ・サ・イ・ル・を・射・つ”。これで十五字だ」
「ミサイル? アメリカが?」
「今日だって?」
俄かに級友たちがざわめき始めた。無論、それは敦也も同じだった。
「でも、“パウ”は、逆らえば抹消する、って言ってきてるんだろ? ミサイルなんか発射したら……」
「それだよ。アメリカのミサイル攻撃をこの国が今日まで隠していた理由は」
「どういう意味だ?」
そう尋ねる敦也に、友治は携帯電話をポケットに仕舞いながら答えた。
「良くも悪くも、日本は平和主義国だ。そんな国の人間に、これから“パウ”に先制攻撃を仕かけます、などと話してみろ。反対論は一気に過熱するだろう。それがネットを通じてアメリカ本国に飛び火すれば、その士気が下がることは明白だ」
「だから日本のマスコミは、アメリカから報道を止められ、知らないふりを……」
「そういうことだ。こと戦争において、日本は、アメリカの足手まといにしかならないからな」
「なるほど。それにしても、やけに詳しいな。同じ中学生だとは思えないぞ」
感心する敦也に、友治は、
「なぁに、全ては“これ”に書かれていたことの受け売りだよ」
と、自分のポケットを指さして笑って見せた。
「それで、アメリカからのミサイル発射の時刻は?」
「フロリダのケネディ宇宙センターから日付が変わるのと同時だから、時差の十四時間を進めて……。日本時刻は、今日の午後二時だ」
「に、二時? 発射まで六時間もないじゃないか」
「あぁ。そろそろ報道規制も解除されるだろうから、始業式が終わって家に帰ったころには、日本中が大騒ぎだ」
「随分と勝手なことをしているが、アメリカに勝算はあるんだろうな?」
「さぁな。アメリカ国内でも、意見は分かれているみたいだしな」
「じゃあ、結局は、今日の攻撃を見てからってことになるわけか……」
「あぁ。そのとおりだ。本当は俺たち、学校なんかにきてる場合じゃないのかも知れないぞ」
軽い口調でそう言うと、友治は乾いた声で笑った。
久しい再会なのに、その心の中では、地球に迫る不穏な陰を感じている生徒たち。当然、普段のような調子でいられるはずがなかった。そのままの流れで体育館での始業式も終わり、いつの間にやら放課となっていた。