第一章 『新星発見』②
今年も八月十八日がやってきた。
現在、敦也は十四歳。中学三年生になっていた。受験という現実に齷齪し、山田のことを思い出す機会も減ってはいたが、今日だけは別だった。
自宅リビングに置かれたテレビを食い入るように見つめる敦也。画面には、『行方不明少女、現在も捜索中。情報求む』のテロップと共に、山田の写真が映し出されていた。行方不明から三日後に警察が公開捜査に踏み切り、その時から使われ続けている小学五年生当時の彼女の顔写真である。
山田の写真がワイプアウトすると、スタジオの女性アナウンサーが口を開いた。
「四年前の今日、当時小学五年生の山田優子さんが行方不明になりました。現在までに、延べ二万五千人の捜査員が捜索に当たっていますが、残念ながら発見には至っておりません。県警では、山田優子さん発見に繫がる情報を求めています。どんな些細な情報でも結構です。ご報告を待っています。電話番号は……」
読み上げる声とともに画面にも出てくる番号を眺めながら、「恐らく、今年も、何の手がかりも寄せられはしないだろう」と敦也は感じていた。
何故なら、あの時一番近くにいた自分でさえ、何も見てはいないのだから……。
「……はぁ」
小さな溜め息が口を吐いて出る。そこに、
「敦也、何を見ているんだ?」
と声がかかった。声の主は敦也の父親、隆史だった。今年四月の統一地方選挙において、無事に三期目の当選を果たした市議会議員である。
「……」
隆史と目を合わせることもせず、敦也は無言でテレビ画面を指さした。
「ん? あぁ、お前の友だちの……。実に残念な出来事“だった”な」
分かった顔で隆史は頷いた。
その瞬間、敦也の全身がわなわなと震えだした。「まだ終わってない!」そう怒鳴りたくなるのを、彼は喉元で飲み込んだ。この父親には何を言っても無駄。そう分かっていたのである。
何しろ隆史は、山田が行方不明になったあの日、「市議の二期目に当選したばかりなのに、面倒はごめんだ」と、河原にくることさえしなかった。それどころか、敦也がその場にいたという事実、その隠蔽に躍起になっていたのである。
外面に人間としての魂まで売り渡した隆史。体裁のみを生きる術とする隆史。そんな彼を、敦也は父親であることに吐き気を覚えるほど嫌いだった。
「……」
敦也は、隆史を無視してテレビを見続けた。画面には、四年を経て十四歳になっている山田を推測したモンタージュ写真が映っていた。これは今までにはなかった新しい手法だ。
あの頃よりも少しだけ大人びた表情の山田。あまり変化はないように思えるが、あくまでも推測画像である。真実は実際に彼女を見るまで分からない。
しかし、敦也には自信があった。たとえ山田の顔がモンタージュどおりであったにせよ、大きく違っていたにせよ、「会えば分かる」という自信が。
そんな彼の気持ちが、「会いたい!」に推移したその時、突然、テレビ画面が真っ暗になった。
「ん? 故障か?」
敦也が心の中で口にした言葉を、隆史が声に出した。
別に故障ではなかったようで、テレビはすぐに映像を取り戻した。だが、そこに山田のモンタージュは既になく、代わりに『政府緊急放送』の字幕と共に、内閣総理大臣の姿が映し出されていた。
総理大臣は、深刻な面持ちで告げた。
「たった今、ホワイトハウスを通じてNASAからの情報が届きました。『新星が発見された』とのことです。この度見つかった新星には、地球を遥かに凌ぐ文明を持った生命体が生息している可能性があり、彼らは英語にて声明を発表しています」
「は?」唐突過ぎて混乱する脳内を、敦也は整理した。
つまり、超高度な文明を持つ宇宙人が地球に対して何か物申している、ということだ。
思わず敦也は隆史に目をやった。「何か知っているか?」という意味だったのだが、彼は首を横にふって見せるだけだった。
「使えない親父だ」敦也はそう思った。まぁ、所詮は地方議員、国をも揺るがす重要な案件については、すぐには連絡がこないということなのだろう。
いや、方々に知らせる時間すらないほどの事態だ、という可能性も否定はできないが……。
あれこれ考えている敦也の前で、テレビの中の総理大臣は、宇宙人の発した声明を読み上げ始めた。
「『我々は、宇宙空間を自在に移動する星、“パウ”の住人である。“パウ”は、地球の言語で“力”を意味する。その名のとおり、我々はこれまでに数多の星を武力にて鎮圧、征服してきた。そして今回、そのターゲットを地球と定めた。地球人に告ぐ。生き残りたければ、投降せよ。逆らえば抹消する』、……以上です」
「抹消する? 殺すってことか?」
思わず口をつく自分の言葉に、敦也は我ながら馬鹿らしくなった。まるでSFの世界。あまりにも非現実的ではないか。
だが、一国を預かる総理大臣の顔は、真剣そのものだった。
彼は続けた。
「私たちはこれより緊急対策会議を開くと共に、アメリカとの連携も密にしながら、地球規模なるこの災厄を可及的速やかに解決していく所存です。国民の皆さんは、決して慌てることなく、今後の情報をお待ちください」
随分と難しい話に聞こえるが、簡単に言えば、「日本としては、アメリカの出方を見たあとに、できるだけ急いで頑張るから、安心して」そういう意味である。
「安心できるか!」
テレビに向かって敦也が大声を上げると、それから逃げ出すように総理大臣の映像は消えた。
続いて映し出されたのは、NASA本部から届いた“パウ”の写真だった。宇宙空間の自在移動を証明するためか、“パウ”は地球の引力圏ぎりぎりにまで近づいているようで、その画像は、月のクレーターなどとは比較にならぬほど鮮明だった。
地球上の先進諸国に見られる超高層ビルのような建物はないが、宮殿に似た建築物が存在している。そこを中心に扇状に広がる道路は、驚くべきことに宙に浮いていた。リニアモーターカーのような磁気浮上の応用なのか反重力装置があるのかは不明だが、確かに浮いているのである。さらにその上を、新幹線の頭だけを取ったような形の自動車らしき物体が飛行していた。
公開されたのはその一枚だけだが、それでも「地球以上の文明を持つ」という先ほどの話の信憑性を示すには十分だった。
写真の撮影時刻は、十七日午後八時となっていた。
敦也は、リビングの壁掛け時計に目をやった。午前十時二十七分だ。
NASA本部は、ワシントンD.C.にある。日本との時差はマイナス十四時間。つまり、写真は日本時間の今日午前十時に撮影されたものだということになる。
“パウ”を確認、撮影。それから僅か二十七分での世界公開。情報の伝達が迅速であるのはよいことだが、何となく度が過ぎているような気もする。敦也は、そこに小さな影を感じていた。
まさか、その小さな影が最悪のシナリオを描き、僅かな期間で世界中を覆い尽くすことになろうとは、この時の彼は固より、地球上の人類、七十億人の誰もが知る由もないことだった。
ご訪問、ありがとうございます。直井 倖之進です。
いつも拙作に目を通していただいている方々には、私の勝手な思いつきでご迷惑をおかけしました。
これにて、第一章終了です。
次回更新は2月9日。更新は、いつも通りの時間帯で行います。
それでは、失礼いたします。