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救世主、山田  作者: 直井 倖之進
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最終章 『救世主、山田』②

「今から五年半ほど前、八月十八日のことだ。地球侵略を画策していた“侵攻派”は、その日、月の近くへと“パウ”を移動させていた。地球人の文化・文明を調査するためだ。私たちは、その期に乗じて山田を“パウ”へと呼び寄せた。地球の危機を知らせようとしてのことだ」

「え? どうやって? 星間転送装置は、地球側にも設置されてないと使えないはずでは?」

「被転送者の生命に危険が及ぶ可能性があるため今日から使用が禁じられることになったが、強制的に“パウ”へと身を移させる装置も存在するのだ。それを使った」

「じゃあ、あの日、山田がいなくなったのは……」

「あぁ。私たち“反侵攻派”が、彼女を強制転送したからだ」

「どうして山田を? 危険を知らせるのであれば、もっと他に適した人たちがいたはずなのに」

「時間の都合上、仕方がなかったのだ。山田は、七十億の地球人の中から適当に選び出されたにすぎない」

「まだ小学五年生の子供だったのに、ですか?」

「そうだ。私たちも山田が送られてきた時には正直驚いたよ。だが、もっと驚いたのは、彼女に地球の危機を知らせたあとだ」

「何があったのですか?」

「地球へと送り帰そうとする私たちに、彼女はこう言ったのだ。“地球は、私が宇宙で一番好きな星です。そして、その地球には、私が宇宙で一番好きな人、初恋の人、敦也君がいます。だから、悪い人たちの勝手にはさせません。私はここに残り、地球と敦也君を守ります”と」

「俺が、……宇宙で一番好きな人。……初恋の人」

 山田が自分と同じ想いでいたことを知り、敦也は、彼女のいる宮殿へと目をやった。

 そこに、驚いた様子でテルが尋ねた。

「え? 昨日、ムコルで話をした時に、彼女から告白されたんじゃなかったのか?」

「いいえ。それに近いことはお互い言ったかも知れませんが、直接的には……」

「そうか、それは参ったな。女王陛下に怒られてしまう」

 テルは困ったように頭を掻いた。

「……女王?」

 敦也が首を傾げる。

「ん? いや、何でもないんだ。とにかく、今の話は内緒にしてくれ。それより続きだ。彼女の言葉に深い感銘を受けた私たちは、“侵攻派”の地球侵略を阻止しようと決意した。しかし、当時の“反侵攻派”は、百に満たない数。“パウ”の中での発言力は無に等しかった。それでも彼女は諦めなかった。“侵攻派”の民への説得を続けたのだ。結果、四年間で“反侵攻派”は一千万に増加し、他の星のことなど知らぬ存ぜぬの“保守派”にも、話を聞いてもらえるようになった」

「では、山田が貴方たちのリーダーだというのは、それがあったから」

「あぁ、そうだ。彼女は、僅か四年で“反侵攻派”の数を十万倍にした。これは、私たちだけでは到底成し得なかったことだ。だが、遅きに失した。“侵攻派”が、地球侵略を開始してしまったのだ。そこで、私たちは最後の賭けに出た。革命を起こそうと考えたというわけだ」

「そういえば、革命って、具体的にどんなことをしたんですか? 昨日、山田は、今は言えない、と……」

「彼女が行った革命は実に簡単なものだった。ただ一度の演説をしただけだ」

「演説?」

「そう。中央宮殿でムコルを介し、山田は、“保守派”と“反侵攻派”、計一億一千万の民に向けて一冊の本を広げて見せた。そこには、青く輝く地球の写真があった。サファイアのような煌めきを持つ美しい星に、誰もが目を奪われ、溜め息を漏らした。続けて彼女は、宮殿の後方で鈍く黄土色に光る星を指さして言った。“青く綺麗だった地球が、僅か一年半であんな姿になってしまいました。これは、この星に住む民、皆の責任です”と」

「え? じゃあ、今、宮殿の向こうに見えている星って……」

「あぁ、地球だ」

「そ、そんな。馬鹿な……」

 愕然とした思いで、敦也は黄土色の地球を遠く見やった。

「僅か三分ほどだったが、山田の演説は“保守派”の胸に深く突き刺さった。彼らは、すぐさま二つのことを約束してくれた。ひとつは、自分たちが持つ宇宙空間転移装置を、決して“侵攻派”に渡さないこと。もうひとつは、今後、他の星を侵略しようとする民が現れた場合、ともにそれを阻止すること。つまり、“保守派”の一億が、“反侵攻派”に転じたというわけだ」

「……」

「“侵攻派”が転移装置の譲渡を迫る中、彼らは約束どおりそれに応じることはなかった。転移装置がなければ地球に移住していても仕方がない。結果、“侵攻派”は地球から引き上げざるを得なくなった。こちらに帰った彼らは、さぞかし驚いたことだろう。何せ、一千万だった“反侵攻派”が、一億一千万に増えていたのだからな」

「……」

「そして、本日、不侵攻の名の下に、“パウ”は新しく生まれ変わるというわけだ」

 熱く語るテルに、敦也はひと言、

「……そうですか」

 とだけ答えた。はっきり言って、後半の部分は、彼にとってどうでもよい内容だった。“侵攻派”や“保守派”、“反侵攻派”の数争いなどに興味はなかった。そんなことよりも、一年半もの間、日々汚されていく地球を見続けることになった山田の心の痛みのほうが気になっていたのである。

 誰よりも地球を愛していた山田。今、彼女は、どんな思いでそれを見ていることだろう。

 黄土色の地球に敦也が再び視線をやったその時、車は宮殿へと到着した。

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