7. 開幕
「おはよう」
「……おはよう」
ホテルのロビーで顔を合わせた二人は、昨日のこともあり、気まずく朝の挨拶を交わした。それでもこうやってここにマナがいるということは、昨日のジーンとの約束を忘れてはいないということなのだろう。それに時刻は七時。セイシェルとの約束の時間には、間に合う時間帯だ。
「もう、車は頼んであるんだ。マナも行くよね?」
一応の確認のため、そう聞いてみる。
「う……うん。どこに連れて行かれるのか、わからないけど」
まだ会話はどこか、ぎこちない。それでもジーンは、話し続けた。
「えーっとね、昨日の政務官邸にもう一度行くんだけど、別にレナートに会いに行くわけじゃないからね」
そこはかとなくするりと、統主を呼び捨てにしたが、どうやらジーンもそのあたり、気にしていないようだ。ジーンの言葉は、尚も続く。
「国防長官のセイシェル=タウに会いに行くんだ。カミュの直接の上司にあたる人なんだけど、まずはこの人に会うのが第一目的かな。そのあとは、どこに連れて行かれるのかは、俺もわかんない。ノア国の朝を見せてくれるらしいんだけれど……」
「なんなの、その人? そもそも、いつどこでそんな人と知り合ったの?」
マナのその疑問も、尤もなことだろう。セイシェルのことを話すのは、初めてなのだから。そもそも昨日の酔っ払いマナに、そのことを話しても覚えてくれているか怪しいところだが。
と、その酔っ払いマナを思い出すと同時に、ジーンはレナートとの契約の件も芋ずる式に思い出す。いずれまた正式に、契約を結ぶための会見をしなければいけないのだろうけれど、今はそのことはできるだけ、考えたくなかった。
気を取り直して、ジーンはマナの質問にこう答える。
「マナが酔っぱらっている間だよ。アブサンを取りに行く途中? みたいな」
その答えを聞いたマナは、なにが〝みたいなじゃ!〟とでも言い出しそうな見事なまでの眉間の皺を披露した。そもそもあのとき、アブサンの〝アブ〟さえも手にしていなかったじゃないか! と。バーテンもその点に関しては、呆れかえっていたが。
「どうすれば、そんな人と知り合えるんだか、不思議で仕方がないんですけど。かと言って、自分が知り合いたいってわけじゃあないけど」
そんな小さな文句を口にしているとき、ちょうど車はホテル入り口に着いた。そこで会話は途切れてしまったが、車に乗り込む途中でジーンは小さく、〝昨日はごめん〟と呟いた。マナはそれには少し面食らってしまったが、少しだけ気持ちが丸くなった。
へー、気にしてたんだ……と思えば思うほど、なぜかわからないが、小さな笑いが浮かび上がってしまう。流れる景色を頭の隅で眺めながら、やっぱり自分は苛めっ子タイプかもしれないと思った。ジーンから言わせると、ドSなのだろうけれど。
車は予定走行ルート通りに走りましたと言わんばかりに、自然な減速で政務官邸前に止まった。ちょうど、出社中の人々でごった返す入り口を通り、上階へ向かうエレベーターへと乗り込む。
目的の階に着くと、そこにはもうすでに待ち合わせ相手がいた。マナは初めて見るセイシェルに面食らったが、それは相手も同じだったようだ。しかも彼は、私服姿だった。
「なんだ……。彼女を連れてくるんだったら、それなりのところにすればよかったなぁ」
完全なる勘違いである。マナはそれを正そうと、口を開きかけた。
「いえ、彼女では……」
「いやぁ、すみません! 急遽、マナが行きたいって言い出しまして……」
〝こんの野郎……〟と腹の中で思いつつ、握りしめた拳が行き場なく、我慢の体である。何気に、〝彼女ではない〟という否定さえも、かき消されてしまったから、セイシェルの中では〝この子はジーンの彼女だ〟という認識になってしまっているのだろう。認識レベルで、屈辱である。それとも、昨日の意趣返しのつもりなのだろうか。
マナは簡単な自己紹介をしたが、統主の来賓の一人ということもあり、相手はわかっていたようだ。それ以上にセイシェルは、〝ジーンの彼女〟というほうに、興味津々だったようだが。それも相俟ってなのか、ますます腹立たしさばかりが募るので、できるだけそのことは考えないように努力するマナだった。
「で、ノア国の朝というのは……?」
ジーンがそんな言葉で話を継ぐと、
「まぁ、ついておいで」
とセイシェルは言い、エレベーターへと乗り込んだ。
途中途中、乗り込んでくる職員に、じろじろと観察されたが、近くにセイシェルがいることが一定の効果を生んだのか、必要以上に追及されなかった。
一階へと降り、政務官邸を出ると、驚くべきことに彼はそこから徒歩で移動した。その行動を不審に思い、追いかけてきて声をかける職員もいたが、〝健康のためだから、気にするな〟の一言で終わらせた。
途中、公共交通機関の電車も利用した。その中で見えてきたのは、ノア国の人々の暮らしだった。一般市民はどんな服を着て、どんなことが今の話題の中心なのか。一部の権力者の考えだけでなく、市井の人々の価値観を知ることは、大いに意味のあることだとジーンは思った。その二つの間の差が大きければ大きいほど、独裁化し、はたまたそれに対する抵抗勢力が出現することの兆候ともみてとれることだろう。
それにしても、地下世界であるにも拘らず、アルテミスのように交通機関も栄えているとは思わなかった。もっとも、こちらの世界は電気で走る〝電〟車だが……。
そして、人々の服装や会話にしてもアルテミスと似た部分を所々感じるのである。
そんなことを考えていると、電車は駅へと到着し、人の波に合わせるように三人は外へと出た。駅の改札を出てある通りに出ると、そこはもうすでに賑わいを見せていた。野菜や魚、様々な加工品、飲食の実地販売、大道芸人のステージ……。活気に溢れるそこは、朝の蚤の市だった。
「すごいですね……」
マナが口にした言葉は、どうやらセイシェルを満足させたようだ。
たしかに、マナが言うように、様々な商品が並んでいる。しかしよく見ると、野菜にしろ、魚にしろ、種類の多さはアルテミスのほうが豊富だった。野菜は根菜類中心に、魚はクラヴ地方の魚介類が多かった。
しかしここで疑問に思うのが、地下世界なのになぜ魚介類が販売されているのか、ということ。そのことを口にすると、セイシェルからその答えが返ってきた。
「ノアに来る途中で、たくさんの枝分かれした道があっただろう? あの海水と共に、魚も流れ着いてくる。この国の漁師たちは、それを獲っているんだ」
しかしその答えを聞くと同時に、ジーンの中で思い浮かんだ考えがあった。それはセイシェル自身の口によって、語られることとなったが。
「だからここの魚は新鮮さに欠ける。やはり、地上の魚のほうが美味いよ。野菜もね。ノア国には申し訳ない意見だが」
「そう……なんですか?」
そんな疑問の形で発してしまった言葉だったからなのだろう。セイシェルは、この市に慣れた人のようにすたすたと歩いてゆき、スープとパン料理を売る店から三人分を注文し、ふるまってくれた。
「どうも、すみません……」
気を遣わせてしまったことについ、そんな言葉が口を突いて出た二人だったが、セイシェルは〝朝飯を食っていなかったから、ちょうどいいと思ってな〟と何事もなかったかのように、そう言った。
小洒落たオープンカフェのように、椅子とテーブルが設けられている休憩スペースで、しばし三人は朝食とも言える食事を楽しんだ。たしかに鮮度や味は、セイシェルが言っていた通りだったが。
陽も上がり、あたりは朝の幕明けを告げていた。差し込んでくる光も、昼間のそれよりも白さを感じる。それが、まっさらな空気を感じさせていた。
それらは全ての朝の幕明けのように、感じられた。これから世界が回り始める。子供たちのはしゃぐ声も、食べ物を啄みに集まった鳥たちも、店主たちの粋なかけ声も、これから世界は始まるのだということを、改めて感じられるその瞬間だった。
なぜセイシェルがここに自分たちを連れてきたのか、ジーンはなんとなくわかったような気がした。人々の今日という一日の立ち上がりを、この国の底力の強さを、セイシェルは見せたかったのかもしれない。それは、実際に屈んでいる人物が片膝を立てて、前を見据えているときの息遣いに似ていた。そしてそれらは、ノアもアルテミスも、そう変わらないということにも気づかされる。
「アルテミスに似ていると、そう思ったんじゃないか?」
唐突にセイシェルは、ジーンにそんな問いをぶつけた。突然のことにジーンも、繕う暇もなく、正直な答えが出ていた。
「はい、至るところで」
セイシェルは、深く何度か頷いた。それは何かを理解しているかのような、そんな雰囲気を持っていた。隣でマナもしばし考え、それに思い至ったのか小さく一人頷いていた。
そしてセイシェルは、静かな口調で物語を語るように話し始めた。
「元々は、ノアもアルテミスも同じ人種だったんだ。人によっては、隕石と共にやってきた宇宙人だという妙な都市伝説を言いやがる奴もいるが、元々の俺たちの祖先は、アルテミス人だ」
ジーンもマナも、セイシェルのその話には特別驚いたりはしなかった。カミュからもその話は聞いていたし、アルテミスへの憧れにも近いそんな感覚を、ノアの要所要所で感じるからだ。それよりも不思議に思うのは、
「ではなぜ、その一部のアルテミス人は、この暗い地下世界で暮らそうと思ったのでしょうか。太陽もない、こんな闇に分け入っていくなんて、相当の何かがなければ……」
そう口を開いたのは、マナだった。その様子に目を細めて満足そうに、セイシェルは答えるのだった。
「そうだな。俺が伝え聞いている祖先の話では、当時のアルテミスでは、他国との争いが絶えなかったと聞く。それらの戦争から逃れるために、この暗闇の世界を敢えて選んだ人々がいた。それがこのノア国の礎を築いた人々、ノア人だと伝え聞いている」
「まさに、〝ノアの方舟〟ということか……」
ジーンの呟きに、セイシェルは〝さぁな〟と、曖昧な返答で濁した。と同時に、こう続ける。
「〝ノアの方舟〟のように、自分たちは生き残るのに選ばれた者たちなのだと、思いたかったのかもしれないな。暗い世界へと降るその心を、奮い立たせるために」
「……」
ジーンは口を噤んだ。何もない野へと降り、荒地を切り拓いて生きてゆくことの大変さを、まざまざと知らされたからなのだろう。それは、出会ったばかりの頃のジーンが口にしていた夢だ。いや、今でも抱いているのかもしれないが、いずれにせよ、ノア国の起源の話は、他人事ではないと感じたのだろう。
しばらくの間を置いたあと、ジーンはぽつりと口を開いた。
「そうか……。だから彼らはどこかで、アルテミスへの憧れにも近い郷愁も、歪んだ敵対心のような感情も、それら矛盾した感情が綯い交ぜになって、今のこの大国の中心部に存在している……」
ジーンのその物言いは、誰とは特定しない、抽象画のような言い方ではあったが、それでもほぼ正確に、的を射ていたのだろう。
「まぁそれはあながち、間違ってはいないのかもしれないな」
セイシェルはそんな曖昧な返答で終わらせたものの、本心はジーンと同じ気持ちなのだろう。
「だが、気を付けたほうがいいぞ」
そしてセイシェルは唐突にそう言い出した。声を潜めて、尚も続ける。
「この国の頭は、ああ見えてなかなか食えない男だ。何を考えているのか、手の内がさっぱり読めない。〝未知数〟という言葉がよく似合う」
あたりは来場者でごった返している。人々の話し声という雑音で満たされていても、セイシェルはまわりを気にしているような、そんな素振りである。
「昨日の会食は、大変な騒ぎになったらしいじゃないか。まぁ俺はその場にいたわけじゃないから、どんな状況だったのかさっぱりわからんが……」
ついにその話が来たか――。
二人の腹の中では、その危惧が膨れ上がった。相手は国防長官なのだ。話が耳に入っていないはずがない。
むしろ、そのことで叱責や、厳罰が来るかと一瞬思った。だがセイシェルからは、咎めるような、そんな雰囲気は感じられなかった。代わりに、警告めいた言葉がセイシェルの口からもたらされた。
「だが一つ言えることは、油断してはならないということだ。思わぬところで、張っていたりするものだ、あの男は」
国防長官という立場の男が、そんな風に一国の主を評してしまっていいのかと、第三者である自分たちのほうが心配してしまいそうになる。だがセイシェルからは、そのことは気にした素振りさえ感じられなかった。そして意味深にも、こう言った。
「俺がもし、レナート統主ならば、今が潮目と考えるだろう」
その言葉は妙に、マナとジーンの耳に残った。そんな三人を尻目に、市の雑多な音は、変わらずそこに存在し続けていた。
◆ ◆ ◆
マナは揺れる水面を見つめていた。
セイシェルとの蚤の市の後、再度レナートとの会談が待っていた。そこでは、契約書の取り交わしが行われた。その階段は、粛々と行われていった。さしたる会話もなく――。
それなのにレナートは始終、笑みを絶やすことはなかった。それが一層、不気味さを感じさせる。
そして頬の傷も、たった一夜なのに、傷跡一つ残っていなかった。再生医療の技術の高さを感じさせる瞬間だった。それどころか、破れた布を貼り換えたようなその美しさは、サイボーグを思わせるに等しいものだった。
進む水面を見つめていると、そんなことばかり思い出してしまう。ノア国からアルテミスへと戻り、コアからクラヴへの移動中のことだった。誰もが無言で、そのボートに揺られていた。それぞれに、それぞれが、今後のことを考えているのだろう。とは言っても、考えても行き着く先は、結局は研究所なのだ。閉鎖のその日が来たら、機動部隊として徴集される。その契約は、履行しなければならないのだ。
願わくば、事は穏便に進んでほしいと誰もが思っていることだろう。だがレナートは、そう思っていないのかもしれない。何かしらの罪状を並べ立て、研究員たちを最悪の場合、抹殺にまで追い込む可能性は、大いにありうることなのではないかと、マナはそう思った。
マナは一つ、息を吐き出した。その息が誰に届くでもなく、目の前の水面さえも揺らさない。それでもそうせずにはいられなかった。ただ、胸いっぱいになった何かを、吐き出したかった。
そのときだった。不意に声が聞こえたのは。いや、始めは声とさえ思えない何かだった。マナは不思議に思いながらも、小さなそのサインに耳を傾けた。
……、……、……っ、……て
その音は、本当に小さな音だった。その音が聞こえているのは、自分だけだということもわかっていた。不気味に思ったり、怖いと思う心はあったけれど、それでもマナはその音に耳を澄ました。そうしなければいけないような、そんな気がしたのだ。
……、……きて、……ここに、……私はここにいる……
マナの耳には確かにそう聞こえた。世の中で言うところの所謂、心霊現象というものなのかもしれない。それでもマナは、その声を聞き続けようと思った。そこからは、おどろおどろしい恐怖に近いものを感じなかったからだろう。むしろそれは、透明で透き通っていた。そしてそれは、水面から聞こえているように感じられる。
――ここって、どこ?
マナは心の中で聞いた。だけどそれも、半信半疑だった。だから、返してくれるとは思いもよらなかった。
……ここよ。わからないの? ……海の底。
――海の底?
会話が成り立ってしまうことの戸惑いと、正体の知れない者の返答に、マナは混乱した。だけどそれでもマナは、彼女は悪いものじゃないと、なぜかそう思えた。理由はない。だが全てに理由が必要だというのならば、彼女の声は味方だと漠然と思う。それだけだった。
マナは尚も、その声に聞いた。
――海の底……、私をそこに導いているの?
……そうよ。クリスタル。クリスタルの海に来て。マナ。待ってる。大切なものを、渡すために。
箇条書きのように切れ切れのぶつ切りのような声は、最後にそう言った。
――待って! どうして私なの!? あなたは誰!?
マナはそんな疑問と共に、彼女の声に強く語りかけた。だけど、もう返事は返ってこなかった。その代わり、マナの身体を強く揺さぶる何者かの手の感触を不意に覚えた。
「マナ!! どうしたんだ!? 急に!」
急激に意識は、現実の世界へと戻ってきたようだ。いや、そのことを把握すると同時に、自分は少し別の世界へと意識が飛んでしまっていたのだなということを、そのときになって初めて知るのだった。
目の前にはジーンの心配顔があった。マナは彼のその手によって、押さえつけられているような、そんな体勢だった。なぜなら、マナは彼のその向こう側の海へと手を伸ばしていたからだ。ジーンがそんなマナを止めていなければ、マナは海へとその身体を転落させてしまっていたことだろう。
「クリスタル! クリスタルに行かなきゃ!」
「クリスタル? なぜ? 急にまた……」
ジーンはマナの豹変ぶりに狼狽えた。いつぞや、うわ言を呟きながら急に意識を失ったときのことを思い出したのだろう。心なしか、ジーンも蒼い顔をしている。
「理由? 理由なんて、うまく説明できない! でも、行かなきゃって思うの! 大事な何かがそこにある気がするから……」
「……?」
ジーンは戸惑いの表情を露わにした。理解できないという感情以前に、マナの精神的健康のほうを心配しているという顔である。
それでもマナは訴えた。理解できなくてもそれでも、行かなければならないという使命感だけで動いていると言っても、過言ではない状態だった。
「きっと何か、思い出したんだろ……」
不意に横から、別の声が上がった。レグルスの声だった。立場上、第三者であるせいなのか、妙に冷静に聞こえる声だった。尚も彼の言葉は続く。
「ソフィアの記憶の中で、その大事なことを思い出したんだろって意味だよ」
そろそろ言いたいことをわかれといった雰囲気で、レグルスは少し苛立った。だがジーンは、なんとなくそのことは頭の片隅でわかっていた。しかしそれが、ソフィアの記憶から来るものなのかについては、いまいち確証が持てないのだった。それどころか、ジーンのことだから、心配のほうが先に立ってしまう。
そんな感情が、顔に出てしまっていたのだろうか。レグルスはため息と共に、こう提案した。
「そんなに心配だったら、お前も一緒に行ってこい」
「……」
ジーンはただ、戸惑いの表情をレグルスに投げるだけだった。その顔の言いたいことは、レグルスにはわかっていた。
「クリスタルに滞在中に、レナートからの徴集があるかもしれないって、心配してるんだろ? いいさ。そのときはオレが行く。うまい言い訳の方法も、たんまりと考えとくさ」
「……、いいのか?」
「あぁ」
言いながらレグルスは、犬か何かを厄介払いするときのように、手を振った。まったく、素直じゃないなぁと、ジーンは心の中で思いながらも、ありがたさに軽く頭を下げた。
「それに、まだ借りを返し切れていないからな」
そう呟くレグルスは、遠くを見ていたが、それも彼なりの照れ隠しでの感謝のサインなのだろう。もう少しそういうところをわかりやすくしたなら、もっと友人も増えるだろうにと思ったが、それは余計なお世話というやつだろう。それにそれは、人のことは言えないというやつでもある故、ジーンはおとなしく黙ることにした。
代わりに、レグルスにはこんな言葉で返した。
「悪い。必ず、徴集までには間に合わせる」
そんな話でまとまった頃には、クラヴの港はすぐそこまでに迫っていた。三人は、それぞれの道に進むために、クラヴの陸へと足をかけたのだった。
そして三人は、そのままで道を分かれるはずだった。その知らせが、ジーンのタブレット端末に届くそのときまでは。
題名はもちろん暗号化されていたが、それを読み解くと、「至急、目を通してください」という丁寧な題名だった。ケイロンでは、決してこのような題名は打ち込まない。送信者名をチェックすると、それはカミュだった。思い返せば、カミュに連絡先を教えたのだったと、そのときのことを思い出す。
〝至急〟と言うくらいなのだ。さっさと見てやろうという気持ちで、ジーンはそのメール画面を呼び出す。中身は、動画映像が添付されていた。何気ないいつもの感覚で、その動画を再生する。マナもレグルスも自然と興味を示し、寄ってくる。
だが三人は、その動画を見終わる頃には、その場に凍り付いてしまった。
動画の内容は、ニュース映像だった。それは、レナート統主の突然の死去、そして新たな統主の会見映像だった。
第三部 了
第三部はこれにて終了です。
そしてやはり、第四部に突入します。
現在執筆中。