学生って授業中に手紙回すの好きだよね
とか、思いながらそれからなんにもなく、冬を越してしまった。
僕はがっくりとしながらクラス替えに全ての希望を託した。
そして、始業式。クラス替え発表の日。女神は僕にほほ笑んだ。
僕と同じクラスの名簿に、神埼瑠璃とはっきり明記されていた。これは正直大チャンスだと思ったわけなのだけども。
その矢先が、つかさちゃんの、
「つかさ、井上春樹お兄ちゃんのパートナーになります」
だもんね…………。
正直かなりきつい。
さっき、ちらっと、神埼さんの方を見たけど、にっこりとしていたし。これはどうしたことか。
「この勢いでお前も自己紹介してこい、今なら行けるだろ」
落ち込んでる僕の背中を叩いて、誠が言ってきた。
いや、無理だろこれは。
でも、自己紹介しないといけないみたいだし、この機会を逃したら結局怒られる羽目になるのかと思い。
すっごく重たい足を動かしながら教壇に上った。
「井上春樹です。よろしくおねがいします」
一言で済まそう。そうしよう。と思ってこれだけ言ってお辞儀をした。これで自己紹介も終わりだ。さっさと自分の席に。
「よー。旦那の方が来たぞ」
「ヒューヒューロリコン」
「ロリコンだーキャー」
嫌な罵声を浴びせられた。
みんなが盛りあがってるのは、おそらく、つかさちゃんがそういう対象じゃないから。完全に他人事として見れるんだと思う。
「いや、僕は違うから!」
罵声に対して僕は拒否の意志をちゃんと伝えた。
このままつかさちゃんのパートナーになってしまっては困る。
「そんなこといって。ホントは嬉しい癖に」
この声は聞き覚えがある。誠だ。
あいつ、いい加減なこと言いやがって。僕が神埼さんのこと好きだってことも知ってる癖に。
僕はもう、罵声を聞かないことにして、教壇を降りた。
次の授業が終わったら昼休みだし、神崎さんを昼ごはんに誘おう。そうしよう。それでつかさちゃんとの誤解を解いて、なんとか仲良くなるしかない。
僕は廊下側の一番後ろ。要するに一番端っこの席なんだけど、神埼さんは真逆。窓側の一番前というかけ離れた席。
一見声がかけにくい席だけど。そんなこと言ってられない。期間はあと一週間しかないんだ。
つかさちゃんは、神埼さんの真後ろの席。
つまり、つかさちゃんに関わることがないように、後ろからじゃなく、教壇から神埼さんの席まで行けば問題がない。
あとは、神埼さんが弁当なのか、食堂で食べるつもりなのか、もしくは購買部でパンを買うつもりなのか。それで色々と変わってくる。
その全パターンのシチュエーションを考えなければ。
まず、弁当だった場合。僕も今日は弁当を持ってきているわけだから、一緒に食べようと誘う。流石に一対一は僕の精神的にきついから、誠も誘おう。そして神崎さんも女友達を誘う形になったら二対二で食べれるわけだ。これはかなり好都合。
食堂で食べるつもりだと言われたら。僕は弁当を隠して、「僕も食堂で食べるんだ、よかったら一緒にどう?」で完璧だ。
購買部だった場合。「あっ、僕今から行くところだからついでに買ってくるよ何がいい?」
よし、これだ。完璧。
授業はほぼ聞かず、板書もとらず、ノートに作戦を書いて行く。
といっても、書き記していたら、ヘマした場合誰かに見られてしまう可能性がある。なので消して証拠を隠滅。
この徹底さ。これはもう成功を約束されたようなものだ。
だが、一つだけ懸念があった。
誠は昼ごはんどうするんだ。という点。神埼さんと偶然にも同じならば良いけど、そうじゃない可能性だってある。
しょうがない、ここは――。
僕は誠の背中をトントンと叩いた。席が前後同士のため出来る手段だ。
「……なんだよ」
誠が小さい声で返してくる。もちろん先生にばれないためにだ。
「手を後ろむきに出せ」
誠は言われた通りに手をこちらに出してきた。
僕は先程用意したノートの切れ端を畳んで、誠に握らせる。
書いたことはこうだ。『誠、今日の昼飯なに?』
僕の算段では、これに対して誠が弁当かどうかで返してくるはず。もし食堂や購買部で済ませるつもりなら、まだ考えて無い。とくるだろう。
誠は、先生が板書し出したタイミングで手を後ろに回してきた。
返事だ。僕はそれを受け取って、早速開いてみる。
『カレー系』
書かれていたのはそれだけだった。
一体どういうことなんだろうか。もしかして、二段弁当で上はルー下はごはん。といった上級者のような弁当を持ってきているのか。
それとも、とりあえず学食でカレー、それかカツカレーみたいな感じで考えているのか。
もしくは、購買部でカレーパンを買うつもりなのかもしれない。
それよりも、カレー系ってなんなんだ。系って。例えばチャーハンみたいなドライカレーでもこれに入るのか? それが入るんだったらカレーうどんもカレー系と言えるだろうし。いや、うどん系か?
いやいやいや、そんなことは大事じゃない。
今大事なのは誠がどこで昼ごはんを食べるかだ。
よし、質問を変えよう。
『どこで食べるの?』
これならちゃんとした返答が帰ってくるだろう。
僕はもう一度誠の背中をつつく。
誠はもうわかったようで、すぐに手を後ろに回してきた。渡し終えると、誠はすぐにそのノートの切れ端に目をやっている模様。
そして、今回も返事が早かった。
手を回してくる誠から僕は手紙を奪うと、即座に畳まれたノートの切れ端を開いた。
『学校』
いや、それはそうだろう。わざわざ学外に出て昼ごはんはラーメン食べてきたぜって奴も居ないし、今日はお外でランチ食べてきたわ。なんていう女子も居ない。
そりゃ、学校に来てるんだから学校で昼ごはん済ませるわけで。
まさかこいつ僕をからかってるんじゃ……。
まてまて、僕、ここは心を落ち着かせて大人の対応を取ろうじゃないか。
実際誠は嘘を書いているわけではない。カレー系の昼ごはんを食べる気なんだろうし、もちろんそれを学校で食する。
これは、僕の聞き方が悪かったって解釈もできる。
もう回りくどい言い方はダメだ。
『昼ごはんを神埼さんと食べたい。協力してくれ』
もう、単刀直入に言うしかない。
僕は三度誠の背中を叩いた。
誠はノートの切れ端を受け取ったので、じっくりと返事を出す。
一年からの悪友なので、これくらいすんなりオーケーしてくれるはず。困った時はお互い様精神だ。
誠から返事が返ってきた。
『絶対に嫌だ』
そうか、絶対に嫌か。まいったなこれは。
一年の頃からの悪友だから、快く引き受けてくれると思った僕が間違っていた。
「なんて僕が言うと思ったか糞野郎おおおおおおおお」
僕は授業中にも関わらず声を荒立ててしまった。
先生やクラスメイト全員が僕に注目する。どよっというざわつきが発生したが、僕はお構いなしに。
「ちょっとぐらい僕の頼みを聞いてくれてもいいだろこのウドの大木」
ウドの大木という言葉が頭にきたのか。誠も立ちあがって、
「なんだとこの野郎。いきなりわけわからんこと聞いてきたかと思えば自分勝手なこと言いやがって、何でも自分の思い通りになると思うなよ!」
「なんだとこの野郎! この世は僕の思い通りになるって決まってるんだよ!」
「そんなわけあるか、てめぇは真性のアホか」
「やるかこら」
「やんのかこら」
火花が散りだした僕らに対して、止めに入ったのは先生だった。
「二人とも、そのまま静かに立ってなさい」
「「…………はい」」
先生はいたって冷静だった。立つ場所が廊下じゃないだけ他の時とはまだ扱いが違った。けれど、教室でずっと立ちっぱなしっていうのはどうも辛いものがある。
チラチラとクラスメイトの視線を感じる。まるで見世物になったかのような状態だ。
廊下だと、たまーにすれ違う人にチラ見されるだけだから、こんな羞恥は無かった。
先生はこれを見越してその場に立たせたのだろうか。廊下に立たされるより数段きついぞこれ。狙ってやってるのならば先生は生徒に対しての罰の与え方を知ってるな。
羞恥心をえぐられながら、黙って立っていると時計の針が少しずつ進んでいった。
立たされる前にすでに残り少ない授業時間だったから、本当に後少しなんだけど。さて、どうしたものか。誠と一緒にっていう作戦ダメになる可能性が高い。かといって、ここで神埼さんを誘わない手はない。
ここは一か八か、突撃してみるしかない。
僕は立たされ、クラスメイトからチラ見され、クスクス笑われながらも、熱く意志を固めた。