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第二章(完)

むかし、あるところに一人のお祖父さんがいた。彼は噂話好きで誰も信じないような噂話もすぐに信じて実行した。


隣の家の犬が畑から大判小判を掘り当てたと聞けば、その犬を連れてきて穴を掘らせた。ご近所さんが鬼と踊ったら顔の瘤を鬼に取ってもらったと聞けば、鬼と一緒に躍りに行った。どこかの誰かが池に斧を落としたら金銀の斧を貰ったと聞けば、斧を池に落としに行った。


彼は欲望に忠実で他人に意地悪をしてでも得をしたがる。そんな彼の事を知っている人は彼を【意地悪じいさん】と呼んだ。意地悪じいさんの失敗談を元にした彼の話はとても面白く、意地悪じいさんは村人に大変人気だった。



意地悪じいさんはとある噂話を耳にした。曰く、『隣村のじいさんがおむすびを鼠の巣穴に落としたら自身も穴に落ち、穴の中から領主様の財宝を見つけた』とか。もちろん誰もそんな話を信じなかった。『人が入るような鼠の巣穴があるわけ無いだろ。そんな大穴を掘る鼠がいたら体長が1尋(=約1.8メートル)を越えるだろ。』と。しかし意地悪じいさんは違った。「隣村の話だったらその鼠の巣穴を見つけること出来るかもしれないじゃん。だったら探してみよう。そして財宝は領主様に納めず、しっかりと着服しよう。」そう考えた。


翌日、意地悪じいさんはおむすびを持って山へ出かけた。すると案外あっさり怪しい大穴を見つけた。試しにおむすびを蹴って入れてみる。すると、


♪おむすびコロリン コロコロリン。

♪コロリンころげて 穴の中。


と聞こえた。間違いなくこの穴だと思った。だって普通の穴におむすび落としてもこんな音しないし。確信した意地悪じいさんはこの大穴の中に入って行った。


鼠の巣穴の中には大量の鼠がいた。その中の一匹が話しかけてきた。

「数日ぶりですね。ようこそおじい……よく見ると別人だ。誰だお前。」

「ご託はいいから財宝よこせ。」

「嫌だよ。なんであげないといけないの?」

「さっき、おむすびくれてやっただろ?」

「あんな、まるで砂糖と塩を間違えたようなクソ不味いおむすびの礼なんてやるかよ!」

……なるほど、どうりでで手がベタベタするわけだ。まぁそんなことはどうでもいい。

「そっちがその気ならこっちも手段は選ばないぞ!」

意地悪じいさんはそう言って猫の鳴き真似をして鼠を脅そうとした。しかし、意地悪じいさんの鳴き真似は凄く下手だった。

「このジジイなんか変な声出すだけで何もしてこないぞ。野郎どもやっちまえ!!」

さっきまで会話していた鼠がそう言うと、他の鼠たちがいっせいに意地悪じいさんに噛みついた。意地悪じいさんはたまらず降参して、穴から脱出したのだった。



翌日、意地悪じいさんは昨日の失敗談を友人に面白おかしく話した。人と人の繋がりを大事にする意地悪じいさんは会話することが好きだった。だから財宝を入手することは叶わなかったが、自分の話で友人が笑ってくれる事が嬉しかった。そうして意地悪じいさんは楽しい時間を過ごした。


数日後、意地悪じいさんの友人が高熱を出した。意地悪じいさんも心配だったが、自分が行っても何も出来ないからお見舞いは後日行こうと思った。


翌日、別の友人も高熱を出した。流行り病なのかと思って意地悪じいさんは外出を控えようと思った。


更に数日後、高熱を出した友人が亡くなった。葬式に出席した。涙が止まらなかった。友人の奥さんにお悔やみの言葉を交わして帰った。


翌日、友人の奥さんもまた高熱を出した。そして村の中でこんな噂話が出回るようになった。


【意地悪じいさんと会話したら高熱を出して死ぬ】


意地悪じいさんはいつしか村一番の嫌われ者となった。意地悪じいさんと話す人なんて一人もいない。人と人の繋がりを大事にする意地悪じいさんはひどく悲しんだ。誰とも会話出来ない事よりも、自分と会話した人が死ぬという事が辛かった。そんなことを考えると体が重く感じた。


とある日の深夜、意地悪じいさんは夜逃げを実行した。重く感じる体を引きずるようにして、人のいる所を探した。すると、隣村にたどり着いた。ここに住もうと考えた。


隣村での住居は案外あっさりと見つかった。なんでも、少し前まで三人家族が暮らしていたらしい。しかしその家族は罪を犯した結果、打ち首の刑でみんな死んだという曰く付き物件だとか。意地悪じいさんもこんな曰く付き物件は勘弁したかったが、他に住む所が無いからしょうがない。


翌日、まだ体が重かった意地悪じいさんは村医者の所に行った。村医者はただの風邪ではないだろうかと言っていた。あと、検査の結果意地悪じいさんは病気の進行が遅くなるという珍しい体質の持ち主だとも言っていた。


その数日後、意地悪じいさんは風邪がさらに酷くなったと感じたので再び村医者を訪ねた。すると、村医者が高熱を出して倒れていた。慌てた意地悪じいさんは何か役に立つものが無いかと村医者の机を探してみた。すると、一冊の本が机から落ちた。意地悪じいさんはその本を拾った。どうやら医学書らしい。おもむろにページを捲ると、とあるページで手の動きが止まった。そのページには気になる記述が書いてあった。


『海外に【ペスト】と呼ばれる感染症がある。この感染症は鼠が発症し、その鼠の血を吸ったノミがヒトの血を吸うことでヒトに感染する。

この症状が出た者は高熱を出し、死にいたる危険性がある。』


意地悪じいさんは心当たりがあった。穴の中にいた鼠たち、そして高熱を出した友人たちやここの村医者。さらに村医者が言っていた自分の珍しい体質の事。意地悪じいさんは震えが止まらなくなっていた。


心の中では友人が死んだ原因が自分では無いと信じていた。しかし、本当に原因は意地悪じいさんだったのだ。その事を理解した意地悪じいさんは逃げるようにしてこの村を出ていった。


意地悪じいさんはひたすら走った。しかし日に日に重く感じる体は思うようには動いてくれない。そして人気の無い場所で意地悪じいさんは力尽きるようにして倒れた。人との会話が好きな自分が誰にも見られない所で孤独な最期を迎えるとはなんという皮肉か、そう思いながらそっと目を閉じた。



「あっ、起きた。」

意地悪じいさんが目を覚ますと何故か知らない娘(年齢は15歳くらいだろうか?)が目の前にいて、知らない場所で寝ていた。そこで目の前の娘にどんな状況なのかを尋ねた。

「おじーさん人気の無い場所で倒れてるんだもん、びっくりしちゃった。だから私が担いで私のうちまで連れてきて看病してたってわけ。つまり私がおじーさんの命の恩人ってわけ。だからよきにはからえ~。なんちゃって。」

娘が可愛らしく舌を出しておどけてみせる。よく喋る子である。


そこで意地悪じいさんは思い出した。自分が感染症を患っていることを。これ以上長居をするとこの娘にも感染してしまう。そう思った意地悪じいさんは起き上がって軽く礼を言うと娘の家を出ようと思った。しかし

「ダ~メ~で~す~。顔色も良くないし、フラフラした足取りの人は外には出しません。」

と娘に言われてしまった。意地悪じいさんはなるべく話したくなかったが、話さざるをえないと思ってこれまでの経緯やペストについて話した。そしてこれ以上長居をすると娘にも感染してしまう事も。話終えると娘は頷いた。

「お話はわかりました。尚更ここを出る事はダメです。ここでおじーさんを外に出すとおじーさんが死んじゃうって事じゃないですか。」

「でも、このまま儂をここに置いておくと娘さんまで死んでしまうんだぞ。儂は恩人を殺したくなんて無い!!」

「例えそうだとしても私はおじーさんを放っておく事は出来ません!おじーさんが私を殺したくないからここを出ようとする事と同じように、私だっておじーさんを見殺しになんて出来ないんです!!」

意地悪じいさんの目に涙が浮かぶ。

「どうして、儂みたいな初対面の相手にそこまでするんだ?そんな義理なんてないから見殺しにしたって構わないだろう?」

意地悪じいさんがそう聞くと、娘はさも当然のように答えた。

「人の命を救うのに理由が必要ですか?」

意地悪じいさんはそれを聞いて涙が止まらなくなった。


娘の献身的な看病を受けて数日経った。娘の心遣いはありがたかったが、自分と深く関わらせると感染させてしまう事を考えると気持ちがどんどん沈んでいった。そしてその懸念は現実のものとなり、娘も高熱を出して倒れてしまった。

「おじーさんを看病するために連れてきたのに、私が病気になってたら意味無いですよね。えへへ…。」

娘が力無く笑う。意地悪じいさんは心が締め付けられるような思いでそれを見ていた。

「儂のせいでごめんな…。」

意地悪じいさんは涙を浮かべながら謝罪した。

「私が好きでやったことの結果なので気にしないでください。……それよりも、お願いがひとつあるんですがいいですか?」

「なんだ。なんでも言ってみてくれ。」

意地悪じいさんは娘の願いがどんなものでも叶えたいと思って聞いた。

「じゃあ、笑っていてください。私は最期は笑って見送られたいって思ってたんですよ…。」

願いを叶えたいと思っていたのに、口から出た言葉はそれと真逆のものだった。

「そんなこと言われて……笑えるわけ無いだろ……。」

意地悪じいさんの涙が娘の頬を濡らす。

「涙なんて流さないでくださいよ。私が見たいのは笑顔なんですから。こうなったら実力行使です。」

そう言って娘は意地悪じいさんを擽ろうとした。しかし、横になっている娘は手が意地悪じいさんの所まで届かなかった。

「ん~、ん~~。」

手を空中でバタバタさせてる。その様子がおかしくて、意地悪じいさんは笑った。

「あはっ、ようやく笑った。」

娘は意地悪じいさんが笑ったのを見ると満面の笑みを浮かべた。そして安心したのか娘は眠りについた。娘の目が開く事は二度となかった。



娘の家にいるのが辛くなって、意地悪じいさんは行く当ても無く歩いた。しばらく歩くと見覚えのある村にたどり着いた。意地悪じいさんが最初にいた村である。


そこで一本の木が目に映った。季節外れに咲いた桜の木だ。意地悪じいさんが元々住んでいた家の隣の家のおじいさんの仕業だろう。隣の家のおじいさんは『死んだ飼い犬を埋めた所から生えた木から作った臼を燃やして出来た灰』を枯れ木に撒く事で花を咲かせることが出来るのだ。

「あぁ、きれいだなぁ。」

意地悪じいさんは桜の木を眺めてそう呟いた。そして、その隣の家のおじいさんの飼い犬の事を思い出した。その飼い犬は意地悪じいさんが殺してしまったのだ。友人や娘の死を目の当たりにして考え方が変わった意地悪じいさんは激しく後悔の念が押し寄せた。

「ごめんよ、ごめんよ…。」


何故自分だけ病気で早く死ねないのか、何故こんな特殊な体質なのかに疑問を持っていた。早く死ねたらこんなに辛いことにはならなかったのではないかとも思った。でも、それは今までの自分の行いを懺悔するための時間だったのだと意地悪じいさんは思った。



そして意地悪じいさんは自宅からロープを持ってきて桜の木に結び、そのロープで作った輪に自分の首を引っ掛けた。




          おしまい

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