第一章
むかし、あるところにお祖父さんとお祖母さんとその老夫婦の一人息子がいた。
お祖母さんは半身不随で体が思うように動かず、お祖父さんは精神が壊れて廃人となっていた。両親共に働ける状態では無いから、息子は一人で家族を養うために誠心誠意働いていた。この家族の状態を知っているご近所さんの援助もあって、どうにか生活出来た。
ある日の夜、廃人となってからというもの全く外に出なくなったお祖父さんを心配したお祖母さんはお祖父さんに「お散歩にでも出掛けたらどうですか?」と提案した。お祖父さんはその提案に弱々しく頷いた。息子はその様子を見て、何か再び事故が起こるのではないかという不安が半分、もしかしたら少しでも改善してくれるのではないかという期待が半分だった。
次の日の早朝、お祖母さんは早起きしてご飯を炊いていた。事故が起こってからは息子が家事もしてくれていたのでなかなか上手くいかない。それでも、いつも自分達の為に遅くまで働いてくれている息子にこれ以上の負担を強いる事が出来ないし、何よりお祖父さんがお祖母さんの症状を自分のせいだと責任を感じていたように、お祖母さんもお祖父さんの精神が壊れたのは自分のせいなのではないかと責任を感じていた。なので罪滅ぼしとして、せめてお昼のお弁当のおむすびは自分の手で作りたかったのだ。
聞きなれない物音を聞いて息子が目を覚ました。するとお祖母さんが思うように動かない体を必死に動かして台所に立っていたのだ。急いで駆け寄り、
「料理くらい俺がやるから、無理しないで休んでてよ。」
と言った。するとお祖母さんは息子に仕事と家事を毎日任せきりであることが心苦しかったこと、お祖父さんが廃人になったことに責任を感じていること、だから罪滅ぼしとしてお祖父さんのお弁当は自分で作りたいということを話した。息子はその話を泣きながら聞き入っていた。
数分後、お祖母さんはおむすびを完成させた。上手く握れなかったのか形はお世辞にも綺麗とは言えない、具も入っていないただの塩むすび。でも息子にとって事故以来の母親の料理は涙が出るほど美味しかった。
お祖母さんの作ったおむすびを持ってお祖父さんは散歩に出かけた。切りかぶに腰をかけてお弁当を食ベようとタケの皮の包みを広げた。すると、中のおむすびの一つが転がって近くの穴に転がっていってしまった。お祖父さんがその穴の方によると何やら楽しげな声が聞こえた。
♪おむすびコロリン コロコロリン。
♪コロリンころげて 穴の中。
その声を聞いて気分を良くしたお祖父さんは再びおむすびを穴の中に入れた。すると再び
♪おむすびコロリン コロコロリン。
♪コロリンころげて 穴の中。
と聞こえた。夢中になっておむすびを穴に入れ続けた。気がつけばおむすびは全て穴の中に入れてしまっていた。
夕方になってお祖父さんが家に帰ってきた。お祖父さんは何やら楽しげな様子。「おむすびコロリン コロコロリン」と不思議なフレーズを口ずさんでいる。気になったお祖母さんがお祖父さんになにがあったのか問うとお祖父さんは今日の出来事を子供のようにはしゃいだ様子で語った。それを聞いたお祖母さんは笑みを浮かべて、
「じゃあ、明日からはもっとたくさん作ってあげますね。」
と言った。しかしそれを聞いた息子は怒った。
「親父!母さんが思うように動かない体でどんなに苦労しておむすびを握っていると思ってるんだ!!そんな無駄な事で母さんのおむすびを捨てるくらいなら外になんて出掛けないで家の中で大人しくしていてくれよ!!」
息子の悲痛な叫びが家の中に響く。お祖母さんの苦労して握っている姿を見ていた息子にとって、お祖父さんの行動は許しがたいものだったのだ。しかしお祖父さんは「おむすびコロリン コロコロリン」という不思議なフレーズを口ずさむのを止めない。
「親父……!!」
お祖父さんが廃人になってから、お祖父さんが話を聞いてない事が多くなった。それを頭で理解していても許せなかった。息子は右の拳を握りしめ、右手を振りかぶった。
「ええんよ。」
お祖母さんが優しい声で言った。
「あんたが私の為に怒ってくれるんは嬉しい。でもな、私はこのままでもええんよ。ほら、お祖父さんを見てみぃ。事故以来、全く笑わなかったお祖父さんがあんな笑顔を見せてくれとるんや。私はそれだけで嬉しい。」
お祖母さんの言葉を聞いた息子は振りかぶった手を力無く下ろした。そして行き場の無い怒りを押さえ込むようにして床に着いた。
次の日、お祖父さんは大量のおむすびを持って穴の所に来た。そこにおむすびを入れると昨日同様に不思議なフレーズが聞こえる。夢中になって入れていき、遂には全てのおむすびを投入してしまった。お祖父さんは他に入れるものは無いかと探そうとした。しかし、お祖父さんは足を滑らせてしまい自分が穴の中に入ってしまった。
穴の最深部にたどり着くとそこには大量の鼠がいた。
「ようこそ、お祖父さん。おいしいおむすびをたくさん、ごちそうさま」
鼠たちは小さな頭を下げて、お祖父さんにお礼を言った。
「さあ、今度はわたしたちが、お礼にお餅をついてごちそうしますよ」
鼠たちにお餅をご馳走になった後、鼠たちは「拾ってきたんですが、わたしたちは使わないのでこちらをあげましょう。」と言ってつづらをお土産として渡してきた。そして鼠たちに別れを告げ、穴から出てつづらを持ち帰った。
お祖父さんが家に帰ってきた。何やらつづらを持っているようだ。お祖父さんが家を出た時には持っていなかったつづらを持っている事が気になったお祖母さんがお祖父さんになにがあったのか問うとお祖父さんは今日の出来事を子供のようにはしゃいだ様子で語った。そしてつづらを開けるとなんと中にはたくさんの財宝が出てきた。
翌日、お祖父さんの持ち帰った財宝による収入があったので税を納めるために息子はつづらを持って領主様の所を訪れた。領主様につづらを渡すと、
「これはどのようにして手にいれた?」
と聞かれた。息子はお祖父さんが昨日言っていた事を領主様に説明した。すると領主様は
「人が入る大きさの鼠の巣穴なんてそんなバカなことがあるわけ無いだろ!それにこのつづらについている家紋はうちの物だ。私の財宝を盗み出したんだな!!」
そう、鼠たちが拾ってきた財宝は領主様の所有物だったのだ。
「この不届き者めが!話に出てきたお前の父親も共犯だな。お前の家族全員打ち首だ!!」
こうして家族全員は打ち首の刑により死んだ。死ぬ直前にお祖父さんはぶつぶつと呟いていた。
「おむすびコロリン コロコロリン」と。