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無視師

作者: てこ/ひかり

 「小夜ちゃん、お昼一緒に食べよ!」

 「いいよ!片付けていくから先行ってて!」


 昼休み。三限目の英語が終わり、クラスメイトがランチタイムに心浮つかせる中、私は一人机に突っ伏して寝た振りを始めた。教室ではそれぞれの仲良しグループで集まって、つかの間の休憩時間に大いに羽を伸ばしている。私は目を閉じ、心の中で意味も無く「南無阿弥陀仏」を唱え続けていた。別に、おなかが空いてない訳じゃない。ただ私はこのクラスで、何処の仲良しグループにも入れなかったというだけの話だ。



 「…それでさぁ…」

 「…なにそれぇ!?ウケルんですけど…」


 楽しそうな笑い声が教室に響き渡る。私は必死にその声を聞くまいと心を閉ざし、頭の中で「

南無阿弥陀仏」を唱えた。何て楽しそうな声…何処にでもある光景でも、皆が青春の一ページを今まさに謳歌しているのだ…私以外。机に押し付けたおでこが、じんじんと痛くなってきた。


 「…ねえ、恭介君が昼休みバスケするから、穂波達もどう?って…」

 「マジ!?いくいく!!」

 「俺も行っていい?」

 「じゃあ、私も!」


 一人の女子がそう提案し、クラスメイトたちがガヤガヤと教室を出て行く音がした。ちょうど入り口の近くにある私の席の横を集団が通り過ぎたので、私は彼らに気づかれないように、必死に息を殺した。まあ心配しなくても、五月になっても友達も一人も出来ずハブられがちになった私に声をかけようなんて者は、一人もいなかったが。


 「………」


 誰一人いなくなり、静まり返った教室で私はおそるおそる顔を上げた。誰に見られているわけでもないのに、「さっきまで寝てましたよ」という演技は欠かさない。大きく伸びをしたあと、私は惨めな気持ちでいっぱいになった。なんで私は、こう引っ込み思案なんだろう…。自然と深いため息が漏れる。子供のときから、友達を作るのは下手だった。特に、相手が一人ならまだ会話も出来るのだが、複数相手だとどのタイミングでしゃべっていいのか分からない。冗談でもなんでもなく、本当に分からないのだ。だから黙っている。そして、いつの間にか輪の中から外れていく…。


 「はぁ…」


 もう一度深いため息をついて、私は身を屈めた。誰かに見られたら惨めだが、流石にさっきからお腹が空きっぱなしだ。脇に置いていた鞄から、私は持ってきた弁当を取り出した。


 「旨そうじゃな」

 「ぎゃあっ!?」


 突然、後ろから声をかけられ、私は勢いよく弁当箱を宙に放り投げた。慌てて両手を伸ばし、何とか逆さまになった弁当をキャッチする。すると、私の頭の後ろからひょいと手が伸びてきて、私の手の中からそれを取り上げた。私は驚いて振り返った。


 「この弁当、ちょいとワシに分けてくれんかの」

 「誰っ!?」


 誰も教室には残っていないと思っていた。私の後ろに立っていたのは、和服姿で、同い年くらいの、如何にも古風な女の子…それが、私と「無視師」である彼女との、初めての出会いだった。


 「無視師?」

 「そうじゃ」


 聞きなれない言葉に、私は一人取り残された教室で首を捻った。私は突然姿を現した何とも場違いな少女を、マジマジと見つめた。おかっぱ頭の黒髪に、鮮やかな華のかんざしが刺さっている。赤を基調にした渋い花柄の着物は、もちろんこの高校の制服なんかではない。一体何処から現れたのか、少女は躊躇いも無く私の弁当を、夢中になって食べている。


 「無視師ってなんなの?それより、貴方何処から入ってきたの?」

 「このエビフライは美味じゃな。ご飯によく合う」

 「…ちょっと。無視しないでよ」

 

 結局少女は私の質問には一切答えず、弁当を米粒残さず平らげると、平然と教室のドアから何処かへ行ってしまった。あまりの出来事に私が唖然としていると、ちょうど運動を終えたクラスメイトたちがぞろぞろと教室に戻ってくるところだった。


 「あれ?里奈ちゃん、此処にいたんだ」


 一人のクラスメイトが、私に気づいて驚いたように言った。複数の学友達の視線を浴び、私は軽くパニックになって口ごもった。とりあえず「ごにょごにょ」と伝えると、私は逃げるように席を立って教室を飛び出した。


 「何処行くの?もう四限目始まるよ!?」


 呆気にとられたクラスメイトが背中から声をかけてきた。だが、一目散に廊下の角を曲がった私の耳には、もう届いていなかった。






 「はぁ…はぁ…」


 数分後、一階の女子トイレで、私は用も無く個室に閉じこもり息を荒げていた。不味い。自分でも何で逃げたのか分からない。気がついたら走り出していた。何やってるんだろう、私…ここまで対人関係が苦手だったとは。自己嫌悪が押し寄せてきて、私はトイレに腰掛け頭を抱えた。


 「どうした?夕食の献立を悩んどるのか?」

 「ぎゃあっ!?」


 股下から声をかけられ、私は文字通り飛び上がった。洋式トイレの中から、先ほどの少女がすーっと顔を覗かせ私に笑いかけていた。私は腰を抜かし、内側から鍵のかかった扉にもたれかかった。驚きのあまり、次の言葉が出てこない。間違いない…この少女、人間ではない。


 「また『無視』をしたな?」

 「は…!?」


 私がわなわなと震えていると、トイレの中から上半身を出した少女が、私にそう告げた。


 「先ほどの学童…お主、折角の縁結びの機会を、無下にしよったな?」

 「えん…?」


 少女が何のことをいっているのか分からず、私の頭は混乱するばかりだった。


 「ワシはな、とある神社で縁結びの神に仕えておる。通称『無視師』じゃ」

 「無視…」

 「お主が結ばれるべき家族や友人との縁を『無視』すれば…無視師が神罰を下しにやってくるのじゃ」

  

 ざばあ、と風呂から上がるような音を立て、無視師がトイレから全身を顕にし、そのまま椅子の部分に腰掛けた。私は無意識に、トイレから溢れてくる水に触れないよう足を縮めた。


 「お主は今、同じ学童達を無視しておるじゃろう?」

 「私が?」

 

 鋭い目を向けられ、私はドキリとした。


 「そうじゃ。本当は仲良くなれるはずなのに、お主はわざと寝た振りをして、縁を拒絶しておる」

 「それは…」


 そんなことはない。私だって、仲良くできるものならとっくに仲良くしている。それが出来ないから、私は教室で寝た振りをしているんだ。


 「それは違うよ。無視なんて、されてるのはむしろ私のほうで…」

 「違う。お主がみんなを無視しておるんじゃ。大体お主、自分から誰かに話しかけたことあったか?」

 「……!」


 じっと、透明な黒い目で見据えられ、私は思わず体を強張らせた。私が?みんなを無視している?そんなことあるはずない。私はただ、みんなと同じように仲良くできないだけ…。


 「…いいだろう。じゃが覚えておけ。お主が無視を止めぬ限り…罰としてこのワシが、お主の食事を全て頂く」

 「えーっ!?」


 驚いた私が何か言う前に、ざぱあ、と音を立て『無視師』はもう一度トイレの流れる部分の中へと消えていった。私がしばらく呆然としていると、突然背中のドアが激しく叩かれた。私は飛び上がった。



 「里奈ちゃん、大丈夫!?」

 

 声の主は、どうやらクラスメイトの小夜ちゃんだった。さきほどの私の奇行を目撃して、私を心配して追ってきてくれたのだろう。


 「だ、大丈夫…だよ。ちょっと、気分が悪くなっただけ」

 「平気?先生に言って次の授業休ませてもらおうか?」

 「ううん、大丈夫…」


 私はそういいながら、不思議と心が晴れやかになっていくのを感じた。もしかしたら、期待なんてこれっぽっちもしていなかったが、心の片隅で誰かが私を追ってくるのを待っていたのかもしれない。こうして心配されることが、こんなに嬉しいとは思いもよらなかった。


「みんな、心配してたよ。このクラスになってから、里奈ちゃん元気がないって」


 扉の向こうで、小夜ちゃんが私に小声で話しかけた。私は口ごもった。あの少女が言っていたことは、少しは正しかったのかもしれない。机に突っ伏し心を閉ざし、みんなの声を「無視」していたのは私のほうだった。出来る出来ないじゃなく、仲良くしたいと思っていたのなら、本当は私から心を開くべきだったのだ。


 彼女の声を聞きながら、私は反省した。今日から、そうしよう。この気持ちを、この嬉しさを「無視」しまっては、私は本当の愚か者だ。


 熱くなった目頭を押さえ、私はゆっくりとトイレの扉を開けた。扉の外に、私を追いかけてくれた小夜ちゃんの姿は…なかった。視線を下に向けると…そこに『無視師』が立っていた。少女が私の目を覗き込んでニヤニヤ笑った。


 「ほら!やっぱり仲良くしたいんじゃろ!」

 「……!!」

 

 不意打ちに、私は思わず顔が熱くなるのを感じた。恥ずかしさで体がブルブル震える。そんな私の様子を見て、少女は楽しそうに笑った。


 「おい!待て、無視するな!何処行くんじゃ!」


 笑い転げる少女に愛想を尽かし、私はさっさと皆のいる教室に戻ることにしたのだった。

 


 

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