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北欧の神にあこがれて  作者: 原 神太郎
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神様に出会った頃

僕は大学で唯一の友人に出会った。彼は交通事故により、他大学を受けることが困難になったため、この大学へ入学したと言っていた。彼は僕と同じ様々な知識を得ることを趣味としていた。しかし、彼は僕よりも膨大な知識を持っている。彼は、受験勉強をしており、同じ興味のある分野でも、彼の方が上回っている場合が多かった。また、彼と僕には大きな違いがあった。僕は暗い人間であるが、彼はとても明るい人間であった。そんな彼だからこそ、僕は一緒にいて楽しかった。

 僕は彼の提案により、サークルを作った。サークルを作ったといっても、物事をあれこれ議論や討論をする、ディヴェート&ディスカッションサークルである。サークルは当初、意識高い系と言われる人間が多くいた。しかし、彼らは意識が高いわけではないため、明らかに間違っていることを間違っていると認めず、終いには怒って帰る人間が多かった。意識高い系とはつまりそういうことである。正しい情報を得るのではなく、己が正しいと、だだ言いたいだけの人間である。エゴイストの塊である。だから、彼らはすぐにこのサークルから出て行った。残った人間は、僕ら含め、5人と意外にも多かった。残った人間との会話はとても楽しかった。

 しかし、彼らは仲間であって、友達になることはできなかった。サークルは5人が集まれる日以外は活動していなかった。基本的に学校のある平日のみである。休日は基本的に独りでいることが多かった。しかし、週に一度、彼と出かけることが多くなった。彼と行く場所は博物館や美術館などが多くとても楽しい場所であった。そこの場所を訪れた後、カフェなどで、見たもの聞いたものについて話すのがとても楽しかった。しいてあげるならば、意見が合うことが多かったのが、難点であった。僕らの感受性や考え方はとてもよく似ているため、討論になることは少なかった。まだ、大学一年で、入学して3ヶ月しか経っていない僕らは、すべてが楽しかった。

僕らはサークルの合宿を行うことに決めた。八月のまだ暑い日に僕らは合宿をした。合宿の主な日程は、三泊四日で現地に当日の夜の7時に集合し、次の日から活動することになっている。ココは一見、何もない場所に思えるが、活動範囲内には石碑が立っおり、美術館なども近い。またその石碑は日本三国碑としても有名である。僕は彼とともに当日現地へ訪れた。僕らは午前中に用事があり、三、四年の校舎へ訪れていた為だ。僕らの学校は一、二年生の頃は田舎の校舎だが、三、四年になると、都心に近づく。都心に近づくと言っても、東京の端であるが、僕らはその校舎へ、一年で訪れたことに興奮を抱いた。用事を終わらせて、僕らは書店で時間を潰した。その後現地へ向かった。初日は改めて自己紹介をした。二日目からは、たくさんの場所に訪れては、僕らは夜になると、訪れた場所について語り合った。しかし、僕が合宿の事をよく覚えているのには理由があった。彼は僕に言ったのだ。「人は死ぬと分かっていても、常に生き残る事を模索し続けている。例え、生存率が絶望的な数値でも、模索し続けている。死と呼ばれる事実は、この現実世界では捻じ曲げることが不可能である。そして、マンガやドラマの世界では一時的に回復する寿命も、現実では一時的な回復すらも可能性は0に等しく、下手に希望を持つよりも、諦めが必要である。それでも、模索し続けている自分がいる。」僕はこの言葉の意味を後に理解した。僕は正直、驚きを隠せなかった。あんなにも明るい彼にも、このような悲観的な部分があるとは。しかし、深く考えてみれば、僕らの考え方や感受性は似ていた事から、彼がこのように考えても何ら不思議ではないと、その時は理解した。

僕は神様に出会った気がした。

何故なら、あんなにも完璧な彼にも暗部があり、僕にとって彼は究極に近い人間であり、それは神様なのかもしれないと。明るく、頭もよく、人から好かれる、そんな彼にも暗部がある。僕にとっては完璧な人間である。暗部を持たない人間は人間ではない。人間は誰しも暗部を持つ。そして、あんなにも完璧な彼にも、暗部が存在した。彼こそ完璧である。僕はそう考えた。しかし、この考えは間違っていた事に後になり、僕は気付く。彼は自身の世の先を悟っていただけなのだ。

秋学期が始まった。秋学期に受講している科目のほとんどは午後からのため、普段は寝ていることが多かった。学校へ行くまでに約2時間はかかる。電車で乗り換える駅までに約30分、乗り換えてから約1時間、最寄駅から大学までバスの待ち時間含め30分と約2時間かかる。行くだけで疲れてしまう。そのため、寝れる日はたくさん寝ていた。僕にとって寝ることは、辛い現実を逃れるだけでなく、マイナスな考えも考えずに済むからである。夏休み以降サークルの活動回数は増えていった。平日のみであったが休みの日なども活動をするようになった。仲間との会話はとても楽しく、日に日に会話のテンポも弾むようになった。しかし、仲間止まりである。未だに彼らとは友人になれなかったのだ。

僕らの校舎はとても広かった。田舎ということもあり、自然豊かである。信号もなく、とにかく田舎であった。それに比べると三、四年の校舎も、東京の田舎であるが、やはり東京である。僕は知らず知らずのうちに、今いる環境の居心地の良さに心を奪われてしまっていた。そんな中、文化祭の時期に入り始めた。僕らのサークルはクイズゲームを催すことに決まった。準備は以外にも簡単に終わってしまった。小さなホワイトボード、ペン、クリーナー、机、椅子、シキリと景品で準備は終わった。人が来るとは予想をしていなかったため、当日は驚くことになった。僕達はクイズゲームは、一回十分程度である。早押しクイズのため何回も回すことが出来た。毎ゲームごとの成績優秀者2人とサークルの人間との対決をするゲームもあった。選抜メンバーは2人である。僕と彼が選ばれた。僕らは負け知らずであった。サークル代表者との対決方法は2人1組での対決である。また、このゲームの優秀者の決め方は二回に分けて行う、クイズゲームの優勝者2人で組んでもらっている。また、最後にはその日のクイズゲームの最優秀者と準最優秀者の2人に組んでもらって戦った。狭い教室から外にまで人が溢れ出るほど混んでいた。やはり僕らは負け知らずであった。文化祭も終わり、次の日からは普通に活動を始める予定であった。しかし、文化祭の影響がとても大きく、僕らのサークルには10人も入りたいと募集がきた。僕らのサークルは15人と初期の頃のように人が集まり、また栄えたのであった。

僕はこの時、この空間、この感情、全てが忘れられない記憶となった。今でもこの記憶を思い出して、浸ってしまっている自分がいる。

月日は流れ、冬休みとなった。僕らの大学の冬休みは、とても短い。二週間もないため、これといった行事はなかった。しかし、僕は、あいも変わらず、彼と出かけていた。大晦日は帰省もせず、僕らは一晩を過ごした。前々から、福袋の列に並んでみたい、と僕らは話していた。これといった欲しい物はないが、大晦日から正月にかけて、並ぶという行動に意味がある、と僕らは考えていた。予め下調べをし、僕らは、列に並んだ。大晦日の夜は、僕らの予想以上に寒かった。しかし、どこか一体感があり、感情的な面では温かみがあった。

正月になり、僕らは朝を迎えた。初詣も行かずに、僕らは店に入った。笑ってしまう程、あっけなく商品は消えていった。何だか、本気で並んでいる人を笑ってしまいたくなった。こんな寒い中、毎年毎年並び、必ず買えるとも分からないのに、彼らの滑稽さに。勿論これは、物欲が乏しい僕等だから言える事であって、僕らの普段の行動も無駄な事だらけである。僕らにとって、今回の行動は、自らの行動を省みる良い機会となった。

定期試験も終え、世間も僕らも春へと向かった。あいも変わらず、僕らは学ぶ事しか考えていなかった。春が近づくに連れ、世間は浮かれ気味になる。僕らには苦い季節である。彼が珍しい発言をした事を僕は忘れない。「受験に落ちているのに何故笑っていられる?浪人ができるから?受験など、どうでもいいから?何故そう言った人ばかり、普通を得られるのだ?神がいるならば、問いたい。なぜ僕にはその普通で平凡をくれない?」その時の僕は、彼が何を言いたいのかが理解できなかった。世間批判にも見られるが、彼はどこか嫉妬をしているようにも見えた。しかし、僕は彼が嫉妬をする理由が思い浮かばず、霧のかかったような感情へと至った。


二年になると僕らの関係もより一層深くなった。授業を可能な限り一日に詰め、時間を作った。時間を作り、多くの事を学ぶ機会を得た。彼はこのころ「万華鏡のようだ」という言葉を多用するようになった。その頃の僕には意味を理解することが不可能であった。いや、その事象を様々な角度から考察すると全く違った見解が生まれるとの表面的意味を理解することは可能であった。しかし、僕にもそれが真意で無い事は理解が可能である。その真意が僕には分からなかった。そして僕らの日常は何も変わらないまま、秋になった。ある秋の日、僕らの人生が大きく変わる言葉を知った。僕らの受けていた授業が連続で休講となった。その為、大学へ来たのはいいものの、何をするか迷っていた。ふと、とある教授の講義を受けてみないか、と彼が提案した。僕らは以前からこの教授の講義を受けたいとは考えていた。しかし、必修科目と同じ時間であった為、諦めざるえなかった。しかし、良い機会だと僕らは教室へと忍び込んだ。そこでは教授が「フィールドワーク」の大切さを説いていた。僕らはこの講義を終えた後、あまりの感激にその日の講義を全て忘れ話し合いをしてしまっていた。僕らは芸術分野に興味はあったものの感受性が少々乏しかった。しかし、その講義内で「自然と触れ詩を読む」というフレーズの与えた僕らへの衝撃は凄まじいものであった。今僕らに足りたいものが何かを明確に伝えてきた。僕らは文学を学ぶ者でありながら、詩を読み、自然に身体を委ねる事を忘れていた。僕らはその日から休日は山に登る事になった。




この章がこの本のメインとなるので、しばらく続きます。この章だけで数万文字を考えています。他の章はまえがきに近いものなので、短めです。

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