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〈想い、想われ〉物語集

想い出旅行にでかけましょう。

作者: 高戸優

 秋、と言っていいのだろうか。疑問に思うほど季節外れな温い風が身を包み横をするりと通り過ぎていく。窓の外から漏れ出る日差しに軽く目を細めた。

 

 晴れ渡った空の下。クリーム色の比較的新しい小学校の校舎。


 一年二組と書かれた部屋の中、たくさんの子どもと一人の先生、そして保護者の群れの中。


 私と旦那は年甲斐もなく手を繋いで教室の中央、後ろ寄りに立っていた。腰程の高さがある荷物入れに軽く背を預けながら。


 丁度視線の先真正面には最愛の一人娘――かなたが立ち上がって作文を読むところだった。隣に視線を配ると彼の心配そうな表情が見て取れる。


 かなただってもう小学生だよ、信じてやろうよ。小声で言い聞かせるが、それでも心配なんだよ、と申し訳なさそうな声が返ってくる。


 ――どっちが子ども何だか。かなたが年のわりにしっかりしているのはアンタの所為かもね、と内心で悪態づいた。


 そんな状況を当然知らないかなたは前を向き、原稿用紙を目線の高さまで持ってくる。息を短く吸うと一息にタイトルを高らかに宣言した。


「『ようとさつきちゃんについて』。……渡瀬かなた!」


 タイトルを聞いた瞬間周りから失笑と微笑の嵐。思わず私や彼もずっこけてしまった。


 今まで全ての子どもがタイトルを『お父さんとお母さん』にしてたのにまさかの名前呼びとは……内心呆れかえる。


 隣の彼――陽を見ると涙目になりながらかなたの名を悲しげに呼んでいた。私も私で


(……咲月ちゃんって呼ばれても返事するのやめようかな)


 なんてことを考えている中でもかなたの作文は読み進められていった。


 陽と咲月ちゃんはとっても仲良しです! と開口一番に言いきったかなたの声はとても嬉しそうだったが、こっちは恥ずかしさで死にそうだった。


 特に陽は咲月ちゃん大好きです、と続いた時は流石に頭を抱えた。反応から私が母親だと確信を持ったのだろう、隣のお母さんがよかったわねぇ、と微笑みと共に言ってくる。


 苦笑を返しついでにと彼の方を見るとやや赤くなりながら無意味にメガネを弄っていた。


 お前の所為だと軽く小突くと片手を口元で立てごめん、と苦笑交じりに謝ってくる。


 何だかんだそれだけで許してしまうのだから問題だろう。


 ため息をついてかなたの作文に集中し直す。何時からそうしていたのか、つらつらといかに彼が溺愛してるかを語っていた。


 怪我をすると酷く心配して消毒液やら絆創膏やらを大量に持ってくること。それを横目に見ながら私がばっかじゃないの、と傷口を舐めるだけで終わること。


 言い間違いをやんわりと訂正しながらやっぱり咲月ちゃんは可愛いね、と笑顔を向けること。それを見た私がるっせぇ黙れと頭を丸めたチラシで叩くこと。


 私が行きたいなと呟いたことを聞き逃さず次の週末には連れていくこと。そこについた私が「そんなこと言ったっけ?」と言うとしょんぼりとして面倒くさいこと。


 大抵が陽の優しさに私が酷い仕打ちを返すというオチだった。事実のため仕方がないが、苦笑を零す先生を見る度に提出する前に内容をチェックするべきだったかなと反省する。


 手を繋いでいる相手は空いてる手で顔を覆うと、耳まで真っ赤になりながら娘の名前を情けなく呼ぶ。次いでもうやめて、と恥ずかしそうに呟いた。


 その様子を盗み見ている最中、かなたが次に話題に出したのはまさかの『けど咲月ちゃんも陽が大好きなんです』というもの。思わず目を向けると彼女は小さな背中を誇らしげにぴんと伸ばし、これまたつらつらと語りだした。


 仕事帰り、陽がソファで寝こけていると毛布をかけること。かなたが起きていることに気がついたら、口元に指を当てて静かに、と合図してくること。


 深夜になっても陽の帰りを待つこと。彼が一人で夕食を取ることがないように、かなたを寝かしつけてからどんなに眠くても起き続け待ち続けること。


 彼の誕生日には必ず好きな物を作ること。0時ジャストになったらおめでとう、と笑顔を向けること。


 今度は私が真っ赤になる番だった。空いてる手で顔を押さえて陽の様になっていると頭にひんやりとした大きなものが乗っかる。彼の方を見ると、こちらに身体を向いて頭を撫でてきていた。


 幸せそうな笑顔を見ながら頭を振った。やめろと内心で抗議する。


 来てよかったなぁと心底嬉しそうに呟く声に無理してきた癖にと返した。






 その後も、かなたは楽しそうに嬉しそうに家族のことを語っていた。


 かなた、という名前は好きじゃなかったが陽から命名理由を聞いて好きになったこと。


 陽によく星を見に連れていってもらったこと。


 陽に頼んだら髪型がくしゃくしゃになってしまって、私に泣きついたこと。


 色々あったけど大好きなようとさつきちゃんです、と締めくくった。私と陽の他にもたくさんの人が拍手をしてくれた。


 授業も残り十分程度。まるで締めくくりのように先生は教卓の前に立つと、皆よく出来ましたと褒め始める。


 最中、拍手の為に一旦離れた手が包み込まれる。驚いて横を見ると、彼が苦笑を零していた。目尻に光っているのは涙だろうか。


 冷たい手を握り返す。次いで目を閉じると、彼との思い出が自然と再生され始める。


 告白された時、知らない存在で驚いたこと。


 全く知らないんでと断ると、だったら友達からよろしくお願いします、と泣きそうな顔で懇願されたこと。


 それから暫くして時間に流されるまま付き合ってみると、ヘタレ具合が目についたこと。


 それを嫌がらず私がしっかりしなきゃな、という考えに至ったことに私自身驚いたこと。


 名前から影響されて星を見るのが好きだ、という彼に付き合ってよく夜に出かけたこと。


 太陽と月で運命みたいだ、と恥ずかしげに言ってきた彼に寒いよ、と笑顔を返したこと。


 メガネにすることになった、とかけ始めた彼の顔が真面目そうで思わず笑ったこと。


 結婚し、かなたが生まれてからは二人で右往左往しながら育てていった。


 かなたが何かするととても喜んで笑顔を零し、逐一私に報告してきたこと。


 仕事に行っているはずなのに何度もかなたの様子をメールで聞いてきたこと。


 成長して行くうちに何時かお嫁に行っちゃうんじゃ、と早々に心配しだしたこと。


 まだ平気だよ、と言っても男子と遊んでる姿を見てすぐに泣きそうになること。


 それを見た周りの保護者に優しいお父さんね、と言われてやや顔を赤らめること。


 かなたを何度も星を見に連れていき、いかに素晴らしいかを語ったこと。


 いつの間にかかなたになめられ『よう』と呼び捨てにされたこと。


 それでもそれを怒ることなく友達みたいだねぇ、と和やかに笑んだこと。


 かなたの学校で行事があれば何が何でも仕事を休んでやってきたこと。


 思い返せば思い返すほどいい父親だった。


 それでも素直に伝えるのは恥ずかしくて、ヘタレの癖によくここまで育てられたよねぇ、と呟いてみる。


 咲月ちゃんのお陰だ何て呟いてくるがそれはない、と全力で否定する。アンタのお陰だよ、と顔を覗きこんで言うと照れくさそうに頬を掻いて、そうかなぁとほほ笑んだ。


 だったら二人とも頑張りましたってことで、と彼は纏めると前を向く。娘が真面目に授業を受けている姿を焼き付ける様に、ただただじっと。


 代わりにと、私の視線は彼の方を盗み見ていた。かなたもたくさんの視線が集まったら嫌だろうし、今は彼の方を見ていたかったから。


 授業終了まであと三分。たくさんあった人生だったねぇ、と呟いた。アンタに会えて幸せだった、とも。すると陽はどうしたの突然、と驚きながら照れくさそうに言う。


 僕も咲月ちゃんに会えて幸せだよ、と返してくる。やっぱりひねくれている私はそりゃどうも、とだけ。


 あと二分。頭上から何時かかなたもお嫁さんに行っちゃうのかな、と寂しそうな声が降る。行かなきゃ孫見れないよ、と言うとでもさみしいと涙声。私の両親から私貰った癖して随分な言い草じゃん、と返すとぐうの音も出ないようだった。


 だって咲月ちゃん可愛いんだ、と拗ねたように言われたので多分かなたの旦那さんになる人も同じ言い分だと思うけど、と苦笑交じりに返した。


 だったら許すしかないのかなぁ……、とため息交じりの声を聞いていたらあと一分を切った。


 ぎゅっと彼の手を強く握りしめる。彼の方からも、力が返ってきた。


 暫くの無言。あと数十秒でチャイムが鳴って、待ってましたとばかりに子どもは席から立ち上がるだろう。


 そんな時だった。彼は急に顔を覗きこんでくると、にかっと今日一番の笑みを浮かべ


「咲月ちゃんとかなた、大好きだよ。今までも――そしてこれからも」


 言うと。







 するりと、私の隣から、手の中から消えていった。







 チャイムが鳴る。先生の合図で子どもたちが立ち上がる。その様子を眺めながらばれないように唇を噛みしめた。


 私だって大好きなのに。私だってずっと一緒に居て欲しかったのに。


 ずるいじゃない。


 ――あっさりと、向こうへ帰るなんてずるいじゃない。


 ありがとうございましたー、と間延びした元気な声が四方八方から届く。蜘蛛の子を散らしたように子どもたちが一斉に親の元へ飛んでいった。


 私の方にもかなたがやってきて、スカートを引っ張ってママ、と呼んでくる。


 零れそうな涙を堪えながらしゃがみ込んでどうしたの、と問う。するとかなたは屈託のない笑みを浮かべ


 ――どうだった? と聞いてきた。


 柔らかな髪を撫でて良かったよ、と言う。かなたの表情は先ほど以上に嬉しそうにほころんだ。


 次いで、ようもきけたよね! だって、チリ―ンってやってよんだもんね! と自慢げに言ってくる。


 仏壇の前にある鈴を呼び鈴と勘違いしてることに気がついて苦笑した。けれど実際来たのだからそうだよ、来たよ聞いてたよ、ありがとう、と呟く。


 髪を指先で梳きながら、何で貴方は来てくれたんだろうなんて考える。


 きっと、かなたが呼んだから。


 ――此方彼方を繋げてくれたのかな。


 流れそうになる涙を堪えて帰ろうか、とかなたに明るく言う。するとかなたは心底嬉しそうに返事をしてランドセルを取りに行った。


 かなたの小さな背中を見つめながら二人っきりの道を、辿って帰ろうと思った。


 けれど、ほんの少し感傷的になって。



 ――もう居ない彼の姿を隣に映して、久しぶりに三人で帰ろうか。




ベッドの中でぼんやーっと思いついた話でした。

久しぶりのこの調子の話だったんですが、楽しんでいただけたら幸いです。

では高戸優でした!

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