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パンツ売りの少女

作者: 湯城木肌

 それはとてもとても寒い日のことでした。日の光もおとろえ、雪の道を通る人たちも少なくなってきています。

 1人の少女はそんな寒い町の中で、ありったけの勇気でまちの人に声をかけます。


――ぱんつは、ぱんつはいりませんか。


 少女にはせいいっぱいの声でも、長い時間売り歩いた疲れと寒さで大きな声とは言えず、だれにもとどきません。

 それもそのはず、少女の家はまちから大人の足で2時間かかり、少女は頭に何もかぶらず、足に何もはいてもいなかったのです。

 もちろん、パンツははいていました。


――ぱんつは、ぱんつはいりませんか。


 少女はたくさんのパンツが入ったかごをかかえながら、呼びかけつづけます。けれど少女からパンツを買ってくれる人は一向にあらわれません。

 マッチ屋の青年だけがちらりと少女を気にかけましましたが、買いに来てくれるようすはありません。


 寒さでかじかんだ手と足にパンツをかぶせてあたたまりたいところでしたが、パンツは売りものなので、自分のために使うことは出来ません。もし使ったのなら、家で待っているお父さんに怒られてしまいます。


 少女のおじいさんはお金持ちでした。たいそうなお金持ちで、おじいさんのしゅみであるパンツコレクションのために、家をひとつ用意するほどでした。

 少女はおじいさんのしゅみはよく分かりませんでしたが、目をかがやかせて好きなことを話すおじいさんのことをとてもしたっていました。


 けれどおじいさんは1年前にお空にむかえられ、おじいさんがのこしたお金は少女のお父さんが受けつぎました。たくさんのお金をもらえると思っていたお父さんでしたが、おじいさんはお金のほとんどをパンツにつぎ込んでいて、パンツとパンツのべっそうを受けつぐだけでした。お父さんはたいそう怒りました。

 お父さんは少女に言いました。


――このパンツをすべてお金にかえて来なさい。お金を持って帰るまで家にはいれません。


 おじいさんが亡くなった今、少女がたよれる人はお父さんだけです。学校にも通っていなかった少女は友達もおらず、お母さんには会ったことすらありません。

 つまりパンツを売ることが出来なかったら、少女はこごえながら夜をこえるしかないのです。

 なんとかわいそうな子でしょう。


――ぱんつは、ぱんつはいりませんか。


 最後の元気をふりしぼって、少女は目の前を通り過ぎようとしている男女に声をかけました。

 他に通る人はまったく見当たりません。おそらくこの男女が今日最後でしょう。


 ですが少女の声はとどくことなく、2人は楽しげな会話をしながらさっていきました。2人はどうやらクリスマスパーティで、あたたかい家であたたかいごはんを楽しむようです。


――ああ、もういいかな。


 少女はかごの中に手を入れました。パンツを1まい取り出します。

 ただのパンツにすぎませんが冷たい風からはだを守り、こごえる体をあたためるにはそれしか方法はありません。

 1まい、また1まいと取り出します。


 取り出すたびに少女はおじいさんのことを思い出していました。おじいさんはパンツ1つ1つに対して思い入れがあり、1枚のパンツでゆうに1時間は語ることが出来ました。おじいさんとの思い出は楽しいものばかりで、少女の心をあたためていきます。

 しかし心はあたたまるだけでは体はあたたまりません。


 少女は取り出したパンツを足に手に頭にまとい始めます。パンツにパンツをかさね、体をあたためていきます。

 体中をおおうパンツのおかげで、少女の体は少しずつにあたたかさを取り戻していきました。すると次におなかがすくのを感じはじめました。少女は朝から何も食べていなかったのです。さきほどまでは寒さに気をとられ、おなかがへっていることを忘れていたのです。


 おなかのへりにたえ切れず、少女はパンツを口の中にいれてしまいます。おいしくもまずくもありません。味の感覚がもううすれていたのでした。パンツを何回もかみますがおなかはみたされません。


――おじいちゃん?


 少女のしかいはぼやけていました。かすみがかかり、しかいもせばまっていきます。そのしかいの中、おじいちゃんのわらったかおがはっきりと見えました。


――おねがい、わたしをつれていって。


 少女は力なくたおれ、あおむけで星がよく見えるすんだ夜空をあおぎました。かごは投げられ、雪の上にちらばります。


――あ、ながれぼし。


 流れ星は、死んでお星さまになった人が地上で生きている人に会いに来た合図なのだと、少女はおじいさんからパンツの話の次にきかされていました。少女はおじいさんが自分をむかえにきたのだと思いました。


――このぱんつをすべておじいちゃんにとどけるから。だから。


 少女はちらばったパンツを集めて、夜空にかかげるために体を起そうとがんばります。けれど体はまったく動いてくれません。


 そのまま少女は動くことなく、えがおのままおじいちゃんの元へたび立っていきました。



 翌朝、マッチ屋の青年が雪の上で倒れている少女を発見しました。少女はパンツに囲まれ、パンツを身に纏い、パンツを被り、パンツを口にほお張り、とても幸せそうに死んでいました。

 それを見た人々は、パンツが好きだったんだろうなあ、と口を揃えて言いました。

 少女はお祖父さんとの優しい思い出に包まれていたのだろう、と考える人は誰一人いませんでした。

 好きであろう物に囲まれて笑顔で死んだ少女を皆羨みました。


 その中でマッチ屋の青年だけは違う感想を抱いていました。

 少女の身につけたパンツなら買ったのになあ、と。

マッチ売りの少女

ハンス・クリスチャン・アンデルセン作

結城浩訳

http://www.hyuki.com/trans/match.html

のサイトを参考にさせていただきました。

この場を借りてお礼を述べさせていただきます。


<版権表示>


Copyright (C) 1999 Hiroshi Yuki (結城 浩)

本翻訳は、この版権表示を残す限り、 訳者および著者にたいして許可をとったり使用料を支払ったりすること一切なしに、 商業利用を含むあらゆる形で自由に利用・複製が認められます。


プロジェクト杉田玄白正式参加作品。


<版権表示終り>

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