第4.1話 魔王に危機回避能力はあるのか
人生には逃げなければならない時がある。逃げるべき時に逃げないことは、決して勇気とは言わない。逃げてでも本懐を遂げるのが正しき選択である。
では逃げるべき時とはいつか。それを察知するのは本能であり、知性である。己の肉体と精神が警鐘を鳴らしたならば、それを信じて逃げるしかない。その能力を衰えさせないよう、ある程度の刺激が人生には必要であると言える。
そして俺は、今も逃げる心構えをしている。あの男がアレを使う前に……
「魔王様! 勇者たちが来ましたよっ!」
いつもの部屋の真ん中に敷いたいつものタタミの上のいつものコタツで暖まるいつもの3人。そんな自堕落な俺たちの前に魔王の部下が報告に来た。
「やっと来たね。ついにあの魔法を使う時が来たよ……」
コタツから這い出ながら魔王が呟く。あの魔法とは、恐らく……
「姫は自室に避難! 悪魔さんはモニターの前でたい……どこ行くの悪魔さん!?」
逃げようとした俺を魔王が引き止める。やめろ、死にたくない。
「いや、少し地下に避難しようかと」
「大丈夫だって。この前覚えた凄い爆発魔法で勇者たちなんて一瞬で倒せるよ!」
その魔法が怖いんだよ。威力が不穏すぎるんだよ。
「とにかく悪魔さんはおとなしくしててね。姫も部屋に戻って戻って」
姫は素直に部屋を出て行き、魔王も勇者と戦うために部屋を出て行く。そして俺は部屋に1人取り残される。
「さて……」
地下に逃げるか。それともモニターの電源を入れるか。迷った挙句、俺はモニターの電源を入れた。まずは状況を確認してから考えるべきだろう。
モニターに映ったのは魔王城正門から見た外の風景だった。
「ん……今日は屋外で戦うのか」
あの魔法の威力が以前魔王の言った通りならば、当然であった。大広間で使ったら魔王城が崩れるレベルの威力なのだから、勇者たちが城に入る前に撃たなければ大惨事だろう。
とはいえ、どのくらいの距離なら安全かは分からない。この魔王城の外壁も相当の厚さらしいから大丈夫な気はするが、断定など出来ない。万全を期すなら地下に……
いや、地下だって魔法の威力次第では地盤が抉れて堀の水が流れ込むとかいう可能性も……やべぇ、威力が不明だと何処へ避難するのがベストか全然分からねぇ。
「はっはっは!!」
などと悩んでいたら、モニターから音が聞こえた。あれ? 俺、音声の電源入れたっけ?
確認してみると、音声を出す……名前なんだっけこの装置……スピーカーじゃない……イヤホン……ヘッドホン……あ、テレフォンだっけ? そんな名前の魔術装置が、モニターの台と結合していた。いつのまにか1つの装置として合体していたようだ。便利なのだがますますテレビっぽくなってお笑い番組とか映らねぇのかなぁと思いたくなる。
「なので今日は城の外でお相手しよう!!」
モニターと合体したテレフォンからは魔王の声がよく聞こえている。以前は雑音がかなり混じっていたが、改良されたらしい。驚異の科学力である。
「行くぞ、勇者たちよ!」
「……って逃げる時間無くなった!?」
改造されたモニターに注意を向けているうちに、魔王が魔法を放つ時が目前に迫ってしまっていた。モニターに映っている風景には魔王城から少し距離を取った場所で戦闘態勢に入る勇者たちの姿があった。
「ティルウェイ!!」
来た。例の魔法。威力不明、しかし強力なのは間違いない。俺はタタミを掴んで衝撃に備えた。
「いやこれ意味ないだろっ!?」
自分の行動にツッコミを入れた瞬間、モニターが眩しい光を放つ!!
「うお、まぶしっ!!」
直後、テレフォンから轟音!! 衝撃で揺れる城!! そしてモニターの画面は何も映らなくなり、テレフォンからも何も聞こえなくなった!!
「……」
大した威力では無かった……のか? だが城は揺れた。恐らくモニターが壊れたのも魔法の爆発のせいだろう。結局威力はわからずじまいだ。
「……」
とりあえずコタツに入ってしばらく待つと、部屋の入口に人影が見えた。
「いやー、参ったよ悪魔さん」
そこには、全裸の変態がいた。ボロ布と化した服を着て、全身汚れまみれだ。ちょっと焦げてるようにも見える。
「……勇者は?」
「えっと……あれはちょっと口にしづらい状態かな……でも凄いね勇者の装備してる伝説の鎧って。着てる本人があんなことになっても鎧は壊れてなかったよ」
マジで何があった。
「倒せたのか?」
「倒したというか、溶かしたというか……」
溶かしたってなんだよ。
「城の前はどうなってる?」
「土木工事が当分は必要かな……今、部下たちが林に燃え移った火を消しに行ったんだけど、うっかり勇者たちの姿を見ちゃった何人かが吐いちゃって」
「待て。もう聞かなくても分かった」
というか想像したくねぇ。
「だけど今回ので分かったよ!」
全裸が拳を握りしめる。
「何が?」
「あの魔法、危なすぎて使えない!」
「そうか、よかったな」
「距離がもう少し近かったらボクもトロトロの」
「やめろ」
想像したら気持ち悪くなってきた。
入口の付近で何かが割れる音がした。
「あ、姫。ごめんねこんな格好で」
どうやらお茶を運んできた姫が全裸の変態に遭遇して取り乱したようだ。
「もうお前は風呂に行け。体洗え。新しい服着ろ。髪の毛全部剃れ」
「そうだね。最後のは意味分からないけど」
逃げるよりも重要なことは、危険なことに首を突っ込まないことである。
もう手遅れだった。