第3.26話 悪魔は外を探検するのか
何故人は恋に落ちるのか。
知るかっ!!
「そういえば悪魔さん」
いつもの部屋のいつものタタミの上。いつもの3人がいつものように読書をしている。やはり悪魔と魔王と姫様の日常風景としては違和感を感じざるを得ない。
「この前、爺様に城を案内してた時に思ったんだけど」
「ああ」
「悪魔さんに城の中を案内したことってあったっけ?」
魔王の言葉に、記憶を手繰ってみる。
「無いな」
「やっぱりかー」
魔王は本をテーブルの上に置いて、伸びをした。そしてそのまま倒れて、姫様の膝に頭を乗せる。
どうでもいいけど何で姫様はいつも正座しているのか、いやそもそもこの世界に正座なんて無いはずだぞどこで覚えたんだオイ。
「悪魔さんに城内の説明してなかったのは失敗だよねー。そういうの知ってた方が良い発想を思いついてくれるはずだからねー」
「あんまり期待されても困る」
お前は俺が失敗したらすげぇ馬鹿にするタイプだと思うしな。
「というわけで」
魔王が起き上がる。
「今日は悪魔さんに城を案内するよ」
「めんどうくせぇ」
「やらないと今日の晩ごはん抜きだよ」
「……わかったよ」
ああ、情けなさすぎる俺。
「それじゃあお城案内、はっじめるよー!」
「まずここが大広間」
「知ってる」
俺たち3人は1階の大広間にいた。この場所は三方を廊下に囲まれており、廊下を挟んだ反対側にはさまざまな部屋が配置されている。そして残る一方が勇者たちの入ってくる方向である。
「知ってるんだが……」
この部屋には玉座があり、勇者たちを迎え撃つ場として使われている。前回は落とし穴に勇者たちを落とし、その上に巨石を置いて蓋をするという卑怯な手を使ったのであるが……
「まだ片づけてなかったのか、あの蓋」
大広間の真ん中には、前回の戦いで落とし穴を閉じた巨石がそのまま置いてあった。
「そろそろ片づけようと思ってるんだけど……ちょっと怖くて」
「怖い?」
「あの岩どけたら落とし穴の中で腐った勇者たちが待ち構えてるかも知れないし……」
ゾンビかよ。
「もう死んでるだろ……死んでどっかの城か教会に飛ばされているだろ」
「いや、万が一ってことも……」
なんか害虫駆除の罠にかかった獲物を確かめるかどうかみたいな感じになっているな。
「んじゃとりあえず放っておけばいいんじゃね……」
「そうだね……死んでれば外からやってくるだろうし」
もはや勇者がゴキブリ扱いである。
「で、向こうから勇者が来るわけだな」
俺は勇者たちが入って来る方向の大扉を指差す。
「そうだよ。まずはそっちから案内しようか」
先に進む魔王の後に、俺と姫様が続く。大扉が開かれるとその先は廊下だった。きっと長い長いダンジョンを抜けた後の、魔王へと続く最後の一本道なのだろう。そう思うと感慨深い。
廊下の突き当たりにも大扉があり、魔王がそれを開く。
大扉を抜けると、そこは屋外だった。
「……は?」
目の前には跳ね橋と、その先に長く続く道。
「…………」
俺は跳ね橋を駆け渡り、道に出て城を見上げる。水の張られた堀に囲まれた城の正面に、俺は立っているようだ。
「……ちょっと待て」
「どうしたの悪魔さん? いきなり駆け出して」
「なんで城に入ってすぐに大広間なんだっ!? なんで玄関開けたら2分で魔王なんだ!?」
「なんでって……ダメなの?」
「迷路のように複雑な構造や仕掛けは!? 鬱陶しい程の魔物の数々は!? 強力な武具が入った宝箱は!?」
「迷路とか作っても道覚えられたら意味無いし……魔物は倒されると勇者が強くなってこっちの人員が減るから無駄だし……強力な武具を勇者が通る場所に置くとか意味分からないし……ていうか何言ってるの悪魔さん……?」
「お前はっ! 勇者を楽しませるつもりがあるのかっ!?」
俺は魔王を指差して叫んだ。
「そんなの無いって……」
「ロマンが無さすぎるだろ! ロマンが!!」
「ロマン……?」
どうやら通じないらしい。そりゃRPGの魔王城なんて長くて面倒臭いだけのもんだと俺も思ってたけど、ここまで簡略化されると怒りたくもなるのだ。
「悪魔さんの言っていることはよく分からないけど、多分それ効率的じゃないよね」
「ああ」
だってゲームの世界の話だもん。
「じゃあやらなくてもいいよね……?」
「……ああ」
少しRPGとRPG風異世界を混同しすぎていると自分でも気付き始めた。空想と現実の区別のつかない大人が、ここにいます。
「そうだ、せっかく外に出たんだし、少し城の周りも見た方が良いかな」
魔王が話題を変えた。ちょっぴし助かった気分だ。
「この城の周囲に何かあるのか」
「ちょっとね。あ、姫は大広間で待っててくれないかな。すぐ戻るから」
魔王がそう言うと、姫はお辞儀をして城内へと戻って行った。
「なんで姫様は一緒に行かないんだ?」
「あまり見せたくない場所だからね……」
ほんの少し、魔王の顔が寂しげに見えた。
城に続く道を逆方向に進む俺と魔王。左右の木々は魔王城の近くとは思えないほど自然で、禍々しさが無い。
「普通の場所だな」
「普通の場所だからね。魔界と繋がってるのは城の地下だけだし」
俺は来た道を振り返る。道の先にある魔王城は2階建てで、1階の外壁の隅には太い塔が柱のように設けられている。2階は1階の上に乗っかっているように見え、無骨とも言えるほど飾り気の無い外壁は1階も2階も同じだった。
見ているうちに、城の前にあるポールに上手いタイミングで捕まると花火が打ちあがることで有名な、とある城に似ていると思い始めてしまった。ヒゲのおっさんがジャンプしながらやって来ても俺は驚かないぞ。
「それで、どこに向かってるんだ?」
「悪魔さんには見せておかないとダメだと思ってね」
答えになってねぇ。
「そろそろだよ」
魔王と進む道の先に、開けた場所が見えた。道の左右には家々の残骸だろうか、ガレキがそこかしこに散乱していた。
「ここは……」
恐らくは、かつて村だった場所。何かの理由で滅んだ村。
「ボクが滅ぼした村だよ」
そう、ここはあの爺様が言っていた村だ。つまり……
「……姫様がいた村か」
「知ってたの?」
魔王が驚きの表情を見せる。
「爺様が教えてくれた」
「あの人も口が軽いんだから……」
呆れ顔で、魔王は村の残骸の中へと進む。俺もその後ろに続いた。
「勇者を迎え撃つ城を作る場所は、魔界への通り道があるこの土地しか考えられなかった」
歩きながら魔王が話し始める。それはまるで、この村へ弁明をしているようにも見えた。
「だけどこの村に住んでいる人たちが、それを許すわけがない。ボクたちを邪魔するのは必至だったし、もしこの村が勇者の拠点になったら後々厄介だった」
魔王は村のどこに向かっているのだろう。もはや誰一人存在しない村に、何があるというのか。
「だからボクはこの村を滅ぼした。自分たちのために、この村の人々を全て、いやただ1人を除いて、皆殺しにした」
「女子供もか」
「うん」
そして、魔王は足を止める。そこには直方体の角を丸く削ったような形の、磨かれた大きめの石が立っていた。
「墓石か」
「そうだよ。魔界で採掘したとても良い石を使っている。でもこんなものでボクのやったことは許されるはずないし、ただの自己満足だと思う」
そう言って魔王は腹の前で手を組み、目を閉じて俯いた。それがこの世界における鎮魂の姿勢らしい。俺もそれを真似し、顔も知らぬ犠牲者の冥福を祈る。
「誰も生かすわけにはいかなかった」
鎮魂の姿勢を解き、魔王は話の続きを口にする。
「他の町や村にボクらの脅威を知られたら困るし、子どもだって成長した後に村を滅ぼしたボクらを恨むかもしれない。徹底的に、殺す必要があった」
「目的のためならいくらでも非情になるか」
「うん。だって、魔王だからね」
そりゃそうだ。むしろ墓石を立てるようなことをしている方がおかしいのだ。
「だったら何故、姫様は生かした」
「……村をあらかた焼き尽くして、生き残りがいないか調べてた時だったね」
魔王はその日の光景を思い出しているのか、目を閉じて語り始める。
「部下たちが地下牢を発見したんだ。なにか狼狽えた様子で、ボクの指示を欲しがっていた。ボクがその地下牢に行ってみると、そこにはとても人間には見えない汚れた少女がいたんだ」
爺様が言っていたのと同じ内容。魔王はその後、姫様を抱きしめたはずだ。
「部下たちも少し怯えていてね。目の前にいるのが人間なのか何なのか、分からない様子で。だからボクがその少女に近づき、手を伸ばしてみたんだ」
その光景を想像する。それはまるで、運命の出会いのようだった。
「近づけばよく分かった。その子は恐らく、生まれて間もない頃から地下牢に幽閉されていたんだってことが。食事は与えられていたかもしれないけど、人間扱いはされてなかったことが」
白い髪に赤い目。不吉な子どもだとされても不思議はない。それでも生かされたのは、やはり人の子だからか、それとも殺すことすら恐れられたのか。
「少女はきっと、この世のすべてから見放されていた。この世界に少女の味方なんて、いるはずもなかった。それなのにあの子は、姫は、伸ばしたボクの手に触れたんだ」
その時、姫様は何を思っていたのか。想像など、及ぶはずがない。
「あの子は、何も分かっていなかったんだ。自分がどれだけ人間たちによって酷い目に遭わされたのか。そしてボクらがどれだけ村の人たちに酷いことをしたのか。そんなあの子が憐れで、だけど美しく見えて、とても愛おしかった」
村人たちは姫様を迫害した。魔王たちは村人たちを虐殺した。その場にいる者の中で唯一、姫様だけが何の罪も無く、純粋だったのだろうか。
「ボクは牢屋を壊して、あの子を抱きしめた。ホント、ひどい臭いだった。だけど、温かかった。そしてあの子は、ボクを抱きしめ返してくれた」
姫様はその時初めて、人の温もりを知ったのか。俺にはやはり、想像もつかない。
「ボクは思ったんだ。この子なら、ボクを受け入れてくれる……ううん、違う」
そう言って、魔王は言い直す。
「この子に受け入れて欲しいって、そう思ったんだ」
そして魔王は頭を掻いた。
「ごめん悪魔さん。あんまり上手く言葉に出来ないや」
「そうか……」
姫様と魔王の出会い。罪にまみれた、その出会い。そこにある、想い。
「お前が言葉に出来ないそれを、俺は一言で表せるぞ、魔王様」
「それは……なんて言葉なのかな」
「お前は恋をしたんだ」
言ってみて、少し後悔した。あまりにも恥ずかしくて、少し気持ち悪い発言だったから。
「そっか……」
だが、魔王は嬉しそうに微笑んだ。
「ボクはあの時、恋に落ちたんだ」
「かもな」
知らんけど。もう知らねぇよ、恥ずかしいから。
「変な話だね。魔王のボクが、か弱い人間の女の子に恋するなんて」
「姫様に限っては、人間だの魔族だの関係ないだろ。そういう所に惚れたんじゃないのか?」
「うん……そうだね、その通りだよ。悪魔さんの言うとおり、魔族とか人間とか関係が無くて、だけどあの時、どんな魔族や人間よりも綺麗に見えたんだよ」
「そうかよ」
「うん、そうだよ。今もそれは変わらない。姫は今も、魔族だの人間だの悪魔だの気にしてないし、そのどれよりも可愛くて、綺麗なんだ」
「惚れすぎだな」
「もちろん」
魔王は笑う。それは何かを吹っ切ったような笑顔だった。
「戻ろうか悪魔さん」
「そうだな、姫様も待っている」
俺たちは墓に背を向け、歩き出した。
「とはいえ、顔が好みだった、とかが一番の理由じゃねぇのか?」
「顔は好みだよ。当たり前でしょ?」
俺の軽口に、魔王も軽く答える。そのやり取りが、ほんの少しだが、心地良く思えた。
まったく俺もコイツも、恥ずかしい生き物である。