第2.7話 勇者は雨にも風にも負けないのか
勇者とは魔王を倒そうとする者である。
この世界の勇者は女神に選ばれた者らしいので、「使命だから」というのが魔王を倒す最大の理由だろうが、それ以外に個人的な理由もあるはずだ。名誉や名声が欲しい、人々や家族の平和を守りたい、自らの強さを試したい、そのような思いが。
いずれにしても、自分が傷つくことを恐れずに立ち向かう姿はまさに勇者だと言えるだろう。たとえ生き返るとしても死の痛みからは逃れられないし、魔王に辿り着くまでの苦難は想像出来ない。勇者と仲間たちの心は、非常に高潔なものなのかもしれない。
一方の魔王は、なんというか、色んな意味でいやらしいわけで……
「魔王様! 勇者一行が城に近づいています!」
俺と魔王と姫様がくつろぐ部屋、その入り口で魔王の部下が叫んだ。
「来たね……総員第一種戦闘配備! 姫は自室に避難! 悪魔さんはモニターの前で待機!」
俺だけ子ども向け番組を楽しみにしている感じになっているのだが?
「大丈夫だよ、すぐに帰ってくるから」
心配そうな顔をしている姫様の頭を撫でる魔王。ちょっと死亡フラグっぽいが体力全回復状態異常全快の超回復魔法を覚えている魔王に負ける要素など無いのであった。
「それじゃあ、行ってくるよ。悪魔さんはちゃんとモニターを見ててね」
「えいよ」
俺は軽く手を上げて魔王を見送り、姫様は祈るように両手を組んで見送った。姫様、女神に祈ったらマズいぞ。
そして姫様は俺にお辞儀をして、部屋を出て行く。石造りの部屋の中、タタミの上に俺ひとり、残される。
「さてと……」
モニターと、モニターの下に置かれたテレフォンのスイッチを入れ、俺は観戦モードに入る。音を伝える魔術装置であるテレフォンは半月程度で完成し、既に各地の魔物への支給が始まっている。
それにしても、この魔王軍の開発力は高すぎる気がしてならない。実は電話とかテレビとか知ってました~別の悪魔から昔作り方教わってました~とか言い出しても不思議ではない。ただしその時はキレる。
「うん?」
モニターに映っている大広間の中では、魔王がまるで立ち位置を調整しているかのように、すり足で前後左右に動いていた。
「なにしてんだアイツは……」
いまいち意図の分からないものを長々と見せられ、そして……
「お」
勇者と、その仲間が現れた。
勇者と剣士の男2人に、僧侶と魔法使いの女2人。4人パーティーというRPG的な人数である。職業もバランスが良い。普通すぎる気もするが、王道を行くというのも堂々としていて悪い印象は受けない。
どっちの味方だ、俺は。
『……くん!……れた!』
「んん!?」
テレフォンから聞こえる音は途切れ途切れである。音を上手く拾ってないらしい。
「ちゃんと調整しろよ……」
『……って来るが……』
音を大きくすればどうにかなるかと思ったが、音量調整のダイヤルやらリモコンやらはどこにも見当たらなかった。リモコンはあったらむしろビビるが。
叩けば直ったりとか……いや、そんなオカルトありえません。
仕方ないのでテレフォンは放置して観戦を続ける。
「勇者たちはどこまで頑張れるかな……」
魔王と勇者の対決を見るのは、実際これが初めてである。前回の戦いでも大広間を覗くことは可能だったが、魔法の流れ弾でケガするのが嫌だったのでやらなかった。
戦闘時間は前回が30分程度だったため、今回もそれくらいだと思われるが果たして……
『……オォーー……』
勇者と剣士が開始早々、息の合ったコンビネーションで魔王に斬りかかる。魔王は2人の剣を大胆にも両手で受け止め、拮抗状態を作る。
次の瞬間、その3人の足元が真っ黒くなった。
「んんんんん!?」
体勢を崩し、真っ黒な床に吸い込まれていく勇者と剣士。一方の魔王は同じ黒の上で悠々としていた。
……って落とし穴かっ!?
僧侶と魔法使いは突然の事態に呆然としており、魔王がその隙を突いて僧侶へと一気に接近する。そして右手で以って、一撃で腹部を貫いた。
「強っ!!!?」
単純な腕力では無く魔法の力を借りているのかもしれないが、恐るべき威力である。魔王は貫いた手を引き抜き、重傷の僧侶を掴むとそのまま後ろへ下がった。そして、落とし穴に僧侶を投げ入れる。
そういう妖怪かよ。
残された魔法使いは見るからに熱そうな炎魔法を使用したが、それを物ともせずに魔王は魔法使いにも接近し、首根っこを掴む。そして落とし穴へと魔法使いを放り込む。
『そうい……かかれ!』
テレフォンから魔王の声が聞こえると同時に、大広間に魔王の部下たちが大勢現れる。部下たちは大きな石やら変な液体の入った桶やらを持っており、落とし穴にそれらの石や桶などを投げ入れた。
続いて現れたのは落とし穴を塞ぐほどの大岩を持った巨人族で、巨人族が大岩で落とし穴に蓋をすると、他の部下たちが何かを大岩に貼り付けた。恐らくは呪符のような、魔法の効果を持つ札だろう。
最後に魔王が両手を叩き、部下たちは退場した。魔王も伸びをして、大広間から退場する。
戦闘時間、約3分。
…………なんじゃこりゃ。
「いやー、つかれたつかれた」
魔王が首をコキコキ鳴らしながら帰ってきた。
「おい」
「どうしたの?」
靴を脱いで、タタミに上がる魔王。
「今の……何?」
「え? 落とし穴に勇者たちを落としたんだけど」
「……お前が落ちなかったのは魔法の効果か」
「うん。この前覚えたでしょ?」
レビテエショとかいう宙に浮ける魔法覚えてたね。使い道無いと思ってたぞ。
「まさか勇者たちも斬りかかったら穴に落ちるなんて想像もしていなかっただろうね」
「大丈夫なのか……? 穴から出てくるだろ」
「あの穴の側面には魔法を妨害する魔術装置が埋め込んであるし、穴の中には汚水がいっぱいな上に追加の石や汚物も入れたし、蓋をした大岩にも魔法を妨害する呪符を貼り付けたし、大丈夫大丈夫」
「それでも魔法で破壊される可能性はあるし、そうなると厄介だろ?」
「あんな穴の中で強力な魔法使ったら、生き埋めになっちゃうよ」
そりゃそうだな。
「それで……なんで落とし穴?」
「理由の1つは楽だからかな。正攻法で倒すより速いし安全。でも警戒されたら失敗しちゃうから、もう使えないね」
「他の理由は?」
「いやがらせ」
最低な一言が飛び出した。
「ちょっと悪魔さん、軽蔑したような目をしないでよ! ちゃんとした意味があるんだから!」
「どんな意味があるんだ、いやがらせに」
「もしさ、苦労して魔王の所まで来て開始早々臭くて汚い穴の中に落ちたらさ、勇者たちはどう感じるかな?」
「魔王への殺意が増すな」
1兆倍くらい。
「それもそうなんだけど、とても嫌な気分になると思うんだよ、ボクは」
「嫌な気分?」
「うん。強い魔力を持つ敵が逃げ隠れるようになって、なかなか強くなれない。それでも頑張って強くなって魔王の所に来たら、不快な思いをしただけで戦いにもならなかった。そんな状況、かなり嫌だよね」
魔王が言わんとしていることは、勇者たちにストレスがかかる、ということだろう。確かに苦労に対して成果が全く無く、勇者たちのストレスは相当なものだろう。
「きっと、やる気も無くしちゃうと思うんだ。やる気が無くなれば、勇者たちは弱くなるし、もしかしたら仲間割れしちゃうかもしれないし」
そりゃ魔法使いや僧侶のような女の子が肥溜めみたいな穴に落とされたら、たまったものではない。でもそのストレス全部お前への殺意になると思うんだが。
「こういう勇者たちのやる気を無くす倒し方をどんどんやるのが、ボクは正解だと思うんだよ」
最低な考えではあるが、効果的かもしれない。肉体的なダメージが無意味な以上、精神的なダメージを与える方が有効である。仮に怒りを増す結果になろうとしても、冷静さを失わせることには成功していると言える。
「まぁ……いいんじゃねぇか」
それにしても、この魔王は阿呆なのか賢明なのか小賢しいのか。変人であるのは確かだが、未だに評価が難しい。
「あ、お茶だよ悪魔さん」
安堵した表情の姫様がお茶を持って、こちらに歩いてくる。誰かが戦いの終わりを知らせたのだろう。
「ありがとね」
お茶をテーブルに並べ終えた姫様にそう言うと、魔王はタタミに座った姫様の膝に頭を乗せた。
「あー、つかれたー」
微笑む姫様。目を閉じ、子どものように膝に頭を擦り付ける魔王。
うん、ただのバカだコイツ。