第20話 魔王と悪魔は無事に陸地に戻れるのか
海は広大である。無限とも言える可能性を内包する海には始まりと終わり、生と死が寄り添って存在し、豊穣を与える反面で破滅も容赦なく与える。海とは畏怖すべき対象でもあるのだ。
つまり、陸地から離れた海の真ん中で乗っている船が難破したらマジやべぇ超やべぇってことだ!
いつもの部屋のいつものタタミの上のいつものコタツから遥かに離れた海洋、帆船の甲板の上。俺と魔王は太陽光線を浴びながら彼方の水平線を見ていた。
「なぁ」
「なに、悪魔さん?」
「もうこの辺りで実験した方が良いんじゃないか?」
魔力が結晶となった魔力結晶を膨大な魔力に変換する、爆縮魔力結晶兵器。その使用実験のため、この船はわざわざ陸地から十分に離れた遠洋まで航海しているわけであるのだが……
「えー、せめて離れ小島とか見つかるまでは先に進もうよ~」
コイツ、目的を忘れてやがる。
「だから船旅を楽しむためにここまで来たんじゃなくて、実験しに来たんだろっ!? 早く帰りたいの俺は!」
「悪魔さんってなんか帰りたがるよね。もしかして外に出るの嫌いなの?」
うん!
「それはともかくとして、帰りの食料も考えるともう限界だろ……」
この帆船には俺と魔王の他に、乗組員が20名ほどいる。食料は1週間分ほど積んだはずだが、航海2日目である今日の時点で予想より早く消費が進んでいるらしい。食いすぎなんだよ船に乗ってる奴ら!
「まだ食料はあるでしょ?」
「魔王城に帰るまでの航海が難航する場合も考えろよ……」
「帰るのに3日か4日かかるかも知れないってこと?」
「ああ」
「うーん……その時はその時だよ」
「はいっ! みんな注目!」
俺は頭上で両手をバンバン叩きながら、甲板にいる乗組員一同に呼びかける。
「この辺りで実験を行うから、準備を頼む!」
「ちょっと悪魔さん、勝手に仕切らないでよ~」
「魔王のことは無視してどんどん進めてくれ! コイツのワガママに付き合ってたら城に帰れないからな!」
「はい!」だの「了解しました!」だの返事がそこら中から上がった。最近の魔王はただの邪魔者になってる気がする!
「小舟を降ろす準備、および周囲の魔物への避難連絡、完了致しました!」
「うん。小舟はゆっくり降ろしてね」
魔王は報告に来た部下にそう指示した。忘れていたけど魔王軍って海にもいたんだよな。人魚とかタコ女とかイカ少女とかいるのだろうか。一部の人にはパラダイスなのだろうか。
「にしても、肝心の占い博士はどうして実験に参加してないんだ?」
爆縮魔力結晶兵器の開発は未来予知魔法で電子計算機ばりの予測を行った占い博士の働きが大きい。開発の中心人物である占い博士が実験に不参加とは、一体何故。
「占い博士は予知は完璧だから実験を見る必要が無いとか言ってて、それとお腹が痛くて船酔いしやすくて、海上恐怖症で帆柱に張られた帆の恐怖症だから参加出来ないんだって」
逃げたな、あいつ……
「魔王様、爆縮魔力結晶兵器を乗せた小舟が無事着水致しました!」
「それじゃあ引き返そうか。船長に連絡お願い」
再び報告に来た部下にそう言って、魔王は船尾の方に向かう。俺もその後に続くと、程無くして船が方向転換を始めた。
「あれが爆縮魔力結晶兵器か」
「うん。あの箱の中に入っているよ」
船から遠ざかる小舟、その上で日光を反射する金属の箱。大人の男なら1人でも運べる程度の大きさだが、そこには大魔王と女神を滅ぼす破壊の可能性が詰まっている。はず。
「どれくらいの威力になるのか見当は付いているか?」
「さぁ?」
「……可能な限り離れた方が良いな」
小舟と帆船の距離がどんどん離れて行く。波は穏やかで、小舟が転覆するようなことは無さそうだった。
「船長、止めて!」
小舟の目視が難しくなってきた辺りで魔王が声を上げた。この辺りが限界距離なのだろう。
「ここにある起爆信号送信装置の信号が届くのはこの辺までかな」
魔王がなんたらかんたら装置を手に持って言った。リモコンって言葉教えておけばよかった!
「それじゃあ始めるか。集合かけてくれ」
「うん。全員、集合!!」
魔王の掛け声で船員が全員集まる。男だらけ。女性がいてもなんか困るけど。
「これから爆縮魔力結晶兵器の起爆をするから、帆柱に張られた帆を畳んだり、身体を固定する縄を用意したりとにかくお願いね!」
適確かつテキトーな指示だ! だが船員たちはツッコミなどせずに「はい!」と元気のいい返事をした後、手早く作業へと移った。帆はすぐに畳まれ、端の方をマストの根本に固定した長いロープ1本と普通のロープ約10本があっという間に用意された。
船員たちは長いロープに普通のロープを結び付け、さらにその普通のロープで自分たちの身体を固定した。ロープ1本につき3人は結索されており、木というより網のような形でお互いが繋がれている。動きづらい半面、ロープがどこかで切れても大丈夫な構造になっている……ように見えるけどこいつらアホだから実は駄目だったりしそう。その時は頑張って!
「固定完了しました!」
「大丈夫そうだね。それじゃあ、起爆させるよ」
魔王がリモコンのスイッチを入れようとする。
「ちょっと待て」
「どうしたの?」
俺の静止に魔王が首を傾げる。
「起爆させる前に防御魔法を使っておけ。なんだっけあの……熱とか防げるやつとか」
「フーバッハ?」
「それだ。頼む」
「わかったよ。フーバッハ!」
魔王が大声で魔法名を言うと、目の前の空気が一瞬揺らいだ。バリアみたいなものが張られたらしい。
「よし。それでいい」
そして俺は異次元収納装置から計測装置を取り出す。見た目はサングラスだが魔力の計測から赤外線や紫外線といった各種電磁波の計測も出来る優れモノだ。見た目はサングラスだが。
「なにそれ悪魔さん? 悪魔眼鏡?」
なんだよ悪魔眼鏡って。性悪眼鏡とか鬼畜眼鏡とかの仲間かよ。
「目の保護用だ。強い光が出るかも知れないからな」
実際の機能は魔王に伏せておく。言ったら貸してくれってうるさいからなこのバカ!
「大丈夫だと思うけど。とにかく、準備も出来たみたいだし起爆させるよ!」
魔王が小舟にリモコンを向け、スイッチを入れる!
瞬間――
日の出のような閃光――
膨張する茜色の魔力と熱量――
爆心から昇り始める灰色の雲――
「うぉまぶしっ!!」「目が、目がァァー!」という悲鳴――
「あれ? もしかしてこれかなり危ないのかな……」というバカの呟き――
広がって行く波――
耳を劈く様な轟音と全てを揺らす衝撃波――
折れるマスト、恐怖の声を上げる男たち――
続く荒波、揺れを増す船、ロープで身体を固定していなかった俺と魔王――
船の上にまで襲いかかる海水の暴力、飲まれまいと抗う微力なる者たち――
悪魔の力で甲板に指を突き入れ、根性で船体にしがみ付く俺――
肩から上しか身体が見えない魔王――
よく見たら甲板に穴をあけてそこに身体を突っ込んでいる阿呆――
やがて治まって行く波――
戻って行く穏やかな海、残骸のような船――
遠くには、巨大な煙が茸の様な形で、空にまで――
「……」
「……」
「……」
俺、魔王、船員一同。全員無言だった。船はマストを失い、帆船と言うより難破船になった。
か、帰れるのか……
「……すごかったね、悪魔さん」
「ああ……」
穴にはまった魔王と両手の指が甲板に突き刺さっている俺。怯えきっている約20人の男。これが俗に言う阿呆船である。
「……で、どうするんだよ」
「とりあえず、少し休もう……柱が折れちゃったから、帰るのも大変そうだし」
「だな……」
海水を被った甲板は酷い惨状である。死人が出なかったのが奇跡……
「……全員いるよな?」
俺が確認すると、船員たちがお互いの顔を見合わせる。そして「はい……」と力なく答えた。
「よかった……」
魔王が安堵の声を漏らす。部下は大切にね!
「なんにしても、全員無事なら慌てる必要は無いか……」
俺は甲板から指を引き抜き、大の字に倒れる。サングラス越しの太陽が、眩しく見える。
ああ、海風が、心地良いな……
「悪魔さーん」
うるせえな馬鹿野郎。ちょっと寝かせろ。
「爆縮魔力結晶兵器で発生した魔力の量、ちゃんと測れた?」
「……」
俺は起き上がり、まだ穴に入ったままの魔王を見る。
「……まずそこから出ろ」
「うん」
穴から這い出る魔王。幽霊船に巣食う魔物みたいな感じである。
「計測結果はだな……」
俺はサングラス型の計測装置が取得した各種数値を確認する。爆発の瞬間において生体に有害な光線も多少検出されていたが、問題とする程では無かった。有害物質が船に飛散している様子も無く、実験の後遺症は精神的ショックと今後の船旅だけになりそうである。
そして、肝心の魔力量は――
「……以前、俺以外の悪魔が大魔王と女神の魔力を計測したって言ったよな」
「うん」
「一瞬だが、それを大きく上回る魔力が発生している」
「ということは」
「ああ」
喜びの表情を見せる魔王に、俺は不敵な笑みで返す。
「大魔王と女神を、倒せる」
ちなみに帰りは近くに住んでる海の魔物さんたちに助けてもらいました。
筋肉隆々な半漁人さんが「避難しろだの助けろだの注文が多いんすよ!」と怒り気味だったのが印象的でした。魔王は笑ってごまかしてました。
ムカついたんで海に落としてみた。
半漁人さんに余計怒られた。
おのれ魔王。




