表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が不死身すぎてつらい  作者: kurororon
第1部 勇者が不死身すぎてつらい
3/153

第2話 勇者はどうやって強くなるのか?

 魔王には力が必要だ。

 勇者などの敵を倒すための戦闘力は当然として、部下をまとめる統率者としての力も不可欠である。だが、その力には多くの形が考えられる。

 ある者は歴史や伝統に裏付けされた権威がその力となり、またある者は戦闘力そのものが手下を従える力となる。知恵や実績で人望を集める者も当然存在する。

 それらの力をあえて1つの言葉で表現するのならば、「魅力」とするのが適切だろう。王は強い魅力を持つからこそ、王として尊ばれるのだ。

 そして、この世界の魔王の魅力は………………

 ……なんだろ。



「魔王様、持ってきましたよ!」


 そう言っていつもの部屋にやってきたのは、3メートルはあろうかという大柄な男2名であった。


「お、完成したんだね」


 タタミの上で相変わらずの姫様ひざまくらを堪能してた魔王が起き上がる。部下にひざまくら見られて恥ずかしいとか思わないのかこの金髪は。


「はい、バッチリのようですぜ!」


 蒸暑いというか肉体派というか筋肉質というか、とにかく典型的な巨人族に見えるその2人は、水晶らしきもので出来た横長で大きな板の両端をそれぞれ持ち上げている。


「とりあえずその辺に1回置いて」


 魔王は8畳のタタミ空間から少し離れた床を指差す。水晶の板には3本の脚を持つ台が取り付けられており、巨人たちがそれを床に置くと、水晶の板の高さはタタミに座っている俺や魔王の目線と同じくらいの高さになった。

 てかこれテレビでしょ?


「んー、向き少し調整した方が良いかな」

「こんな感じすか?」

「もうちょいこっち向きに」


 手でジェスチャーをする魔王。もうこれ完全にテレビの設置だわ。ファンタジー世界にあるまじき光景だわ。


「うーん、こんなもんだね。お疲れ様」

「はい、それじゃあ下の作業に戻ります」

「うん、頑張ってね~」

「失礼します」


 巨人たちは頭を下げながら部屋を出て行く。魔王より人間が出来ていると本気で思う。


「フッフッフ、悪魔さん」


 魔王は俺の方を向いて楽しげな笑みを浮かべ、水晶の板というかテレビを指差す。


「これが何だかわかるかな」

「テレビ」

「テレビ……?」


 ああ、この世界にはテレビもねえしラジオもねえし車も馬車しか走ってねえんだった。俺こんな世界嫌だったわ。


「えーと、その板になんか映るんだろ。どっか別の場所の景色とか」

「あー……そう、そんな感じだよ、うん」


 少しつまらなそうに魔王が答える。


「そりゃ悪魔さんから借りた本に載ってたのを参考に作らせた魔術装置だから分かるよね……そうだよね……」


 魔術装置。この世界ではエネルギーとしての魔力を工学的に利用したものを「魔術」と呼び、魔力を利用する生物の能力である「魔法」とは区別している。そして魔術による効果を手軽に得られる道具が「魔術装置」であり、魔力の発生源が確保されていれば魔法の使えない者でも魔術装置は使うことが出来る。

 簡単に言えば電気工学と電気ウナギと電化製品なわけだが、この魔法と魔術の区別を理解するのに自分は結構難儀したわけで。魔王が困った顔しながらバカを見る目で俺を見たりしたわけで。思い出したらちょっと腹が立ってきたわけで。


「で……これで何を見るつもりなんだ」


 昔の屈辱はとりあえず脇に置いておいて、俺は魔王に尋ねる。


「見るのはボクじゃない。悪魔さんだよ」

「俺ぇ?」


 何、いつも頑張る俺のために女子更衣室とか映してくれるの? でもこの魔王城って女の子いたっけ? 目の前の姫様だけじゃね? 姫様の着替えてる所とか映すのか? 正気か?


「うん。ボクと勇者の戦いを見ておいて欲しくてね」


 正気じゃないのは俺だった。


「まぁ、そうだろうな……」

「なんでさっきのボクみたいにガッカリしてるの?」


 妄想が先走り過ぎたからだよ。


「それで、俺が魔王様と勇者の血沸き肉躍る勝負を見てどうするんだ?」


 ん? 待てよ。たしか勇者パーティーには女の子もいたはず……


「ボクが気付かない勇者攻略の糸口を見つけてくれるかもと思ったんだけど……」


 ……なんか魔王が訝しげな目でこっち見てる。信用されてねぇ。


「……可能性はゼロじゃない」

「うん……その通りだと思う」


 少し気まずい空気。いや、まさかこの魔王が真面目に勇者攻略を考えているとは思ってなかったんで。

 そんな空気を変えようとしたのか、姫様が魔王の服の袖を引っ張る。


「ん? どうかした?」


 優しい声色。姫様に対してはまるで壊れやすい宝物を扱うような態度を示すんだな、この男は。

 いや、実際壊れやすい宝物なのだ。魔王であるこの男にとって、ただの人間である姫様はあまりに脆く、儚い。それなのに恐れること無く自分に接してくれる姫様を、魔王はきっと大事に想っている。

 感情を持つ存在は、種族が違っても大差など無いのだろう。 

 姫様は水晶の板を指差し、ぐるぐると円を描くように指先を回す。


「魔術装置を使ってみて欲しいの?」


 頷く姫様。以心伝心とも言えるコミュニケーションだと思えた。


「それじゃこの遠方光景転送映出魔術装置を」

「モニター」

「え?」

「その装置はモニターと呼べ」


 遠方なんたらは流石に名前が長い。固有名詞付けられて発音不能になるよりは遥かにマシだけど。


「わかったよ悪魔さん。それじゃあモニター、起動!」


 台についているスイッチらしいものを魔王が押すと、大広間を天井から俯瞰した映像がモニターに映し出された。


「おー、映ったね」


 この城の大広間には玉座があり、勇者を迎え戦うための場所として今は使われている。そのため普段は使用されていないはずだが……


「……何してんのこいつら」


 映し出された映像では、魔王の部下が大勢、工事らしきことをしている。


「それは後のお楽しみかな~」


 ムカつく!


「それでどうかな、悪魔さん。このモニターの出来栄えは」

「まぁ……悪くは無いが」


 監視カメラとほとんど同じ機能のものを作れたのは確かに凄い。しかもモニターにはコードのような物が付いておらず、つまり無線で映像を送っているようだ。この世界の魔術ではそれくらい普通なのかもしれないが、便利であるのには間違いない。

 ただ、個人的には不満点もあった。


「これ、音でないの?」

「は?」

「音」

「音……」


 俺の指摘に考え込んでしまう魔王。どうやらその発想は無かったらしい。


「確かに音があると状況がより分かりやすく……いや、それだけじゃない。音を送る魔術装置があれば遠くの相手と会話が出来る……」


 今、この世界に電話という発想が生まれたようだ。


「うん、凄い着眼点だよ悪魔さん」

「俺の世界では普通だ」

「このモニターを使って例の計画を進めようと思ってたけど、音を送る魔術装置があればもっと円滑に計画が進むかもしれない」

「例の計画……?」

「それについては今から話すよ。そのためにまず……」


 察したように、姫様がゆっくりと立ち上がった。


「お茶の準備だね」




「それで、例の計画ってのは……の前に」


 紅茶っぽいものが置かれたテーブルを挟み、俺と姫様が向かい合っている。

 正確には、あぐらを掻いた魔王の脚の上に座った姫様と向かい合っている。


「女の子を脚の上に乗っけて人と話すなっ!!」

「え~、気にしないでよ~」


 そう言って魔王は姫様を後ろから両腕で抱きしめ、姫様は恥ずかしげに笑む。


「イチャイチャするなら自分の部屋でやれ!! やっちまえ!!」

「さて、冗談はこれくらいにして」


 魔王が抱擁を解き、姫様がするりと脇に逃れる。息合ってんなこのバカップル。


「例の計画についてだね」


 ようやく本題である。


「悪魔さんは、勇者がどうやって強くなるか知ってる?」

「魔物を倒すと経験値が貯まるんだろ」

「経験値……うん、なんか変な表現だと思うけど、そんな感じだね」


 RPGの無いRPG的異世界は用語が通じないのが面倒くせぇ。


「勇者は魔物みたいな魔力を持った存在を倒すと、その魔力の一部を吸収するみたいなんだ。だから強い魔族や魔物を倒すほど強くなる」


 この世界での魔物は魔力を持った生物を指すらしい。しかし人間たちは魔王の影響下にある生物だけを魔物として扱い、それに対して魔王のような魔族は強い魔力と高い知能を持つ種族を魔族と呼んで特別扱いし、それ以外を魔物と呼んでいるそうだ。

 定義がメチャクチャすぎるので世界共通の定義を作ってください魔王様。


「だから、勇者を強くさせないためには強い魔物と戦わせないように仕組めばいい」

「それが例の計画ってやつか」


 魔王が頷く。


「勇者が最近現れているのが、強い魔力によって物凄い俊敏性と耐久性を持った小型の金属生命体が生息する洞窟でね」


 ああ、ほにゃららメタルね。


「その洞窟をどうにかしたかったわけなの」

「入り口塞げば?」

「生き埋めにしたら可哀相でしょ。そんなことしたら魔王失格だよ!」


 魔王って極悪非道が基本じゃないの?


「しばらくの間は洞窟の狭い所に隠れててもらおうと思ったんだけど……悪魔さんの持ってきた本にいい発想が載ってたんだよ」

「いい発想?」

「セキュリティってやつ」

「セキュリティか……」


 警備システムかよ。


「洞窟に勇者が入ってきたら警報とか鳴らすのか?」

「すごい! 悪魔さん流石に自分の世界の知識には冴えてるね!」


 褒められているのか馬鹿にされているのか微妙な所である。


「洞窟の入り口に魔力の感知器を設置して、強大な魔力を持った誰かが入ってきたら洞窟の管理人に警報で知らせる仕組みを魔術装置で作っちゃったんだよ」


 洞窟の管理人ってなんだよ。


「これなら危ない時だけ隠れれば良いし、勇者以外の危険からも逃げられる。効果的だと思うんだよね」


 ハイテクすぎる洞窟だな。もう洞窟じゃなくてマンションにしろ。


「この仕組みを色んな洞窟に設置すると共に、洞窟以外でも勇者から逃げるための工夫をする。これで勇者が魔物を倒せなくなって、勇者が強くなるのと魔物が被害に遭うの、両方を防ぐことが出来る」

「なるほどねぇ」

「それで洞窟以外の、つまり野外での勇者回避法なんだけど」


 ここまで後ろ向きな魔王軍は全異世界でもここだけだろう。


「勇者を見つけたら指揮官がモニターを使って、勇者が来たことを魔王城に知らせる。魔王城にいる連絡係が、さらにモニターを使って勇者の現れた地点の周辺にいる他の指揮官にそれを伝える、ってのをさっきまでは考えてたんだよね」


 かなり組織化した魔王軍である。でも目的は逃走。鬼ごっこかよ。


「だけど悪魔さんの意見でもっと良い案が浮かんだ。モニターじゃなくて音で伝えればいいんだ」


 さっきからモニターという言葉を誤用しているように思えるが、どうも魔王は映像を映す板だけでなくカメラも含めた装置一式の名前がモニターだと認識しているらしい。

 言葉の壁は険しいな、まったく。


「光景じゃなくて音で伝えられるなら、文字とかを書かなくても言葉で色々なことを知らせることが出来る。それは凄く速いし、魔術装置以外の道具が必要無い。本当に便利で有効だよ」

「それで、作れるのか?」

「そんなに難しく無いと思うよ。モニターが作れたんだし、出来る出来る」


 多分その通りだろう。だが、問題は他にもある。


「海を越えた先の音を送れるのか」

「え……?」


 しばし沈黙する魔王。考慮してなかったのかよ。楽しい空想だけ考えるロマンチストかよ。


「あ」


 何かに気付いたらしく、魔王が声を出す。


「直接魔王城に知らせるんじゃなくて、一番近くにいる団長に知らせればいいんだよ」


 指揮官とか団長とか上下関係がいまいち判然としないが、言っている意味は分かる。


「それで、団長は魔王城の方角にいる別の団長に知らせる。その団長も、同じようにより魔王城に近い団長に知らせる。そうすればどんな遠くからでも魔王城まで届くよ」

「海の上は?」

「海にだって団長はいるよ?」


 確かにファンタジー世界ならいてもおかしくない。


「問題は音を送る魔術装置が送る相手の数だけ必要になって大変なことだけど……」

「1つの装置で色んな相手に送れるようにすればいいんじゃね?」

「それは……出来るのかな?」

「出来る出来るやれば出来る気持ちの問題だって」


 そう言って俺はお茶を飲む。暑苦しい台詞を吐いてみたが、お茶は結構冷めてた。 


「うん……そうだね、頑張ってみるよ」

「頑張って作れ」

「作るのはボクじゃなくて部下だけど」


 お前は何を頑張るつもりだったんだ?


「とりあえず計画をまとめると、勇者が入って来た時に警報で知らせる魔術装置を各地の洞窟に設置する。それと各地の指揮官と団長に音を送る魔術装置を持たせて、勇者が現れたら指揮官は団長に、団長は付近の指揮官と魔王城の方角の団長に知らせる。そうやって勇者との遭遇を回避する」

「悪くないじゃないか」

「それで音を伝える魔術装置の名前は……」


 魔王が期待した目で俺を見つめる。気に入ったのかよ、モニターって名前。


「……通信機で」

「えー」


 駄目かよ。カタカナじゃないと駄目なのか?


「……んじゃテレフォン」

「テレフォン!」


 嬉しそうに拳を上げて、魔王が繰り返す。姫様も真似して拳を上げる。


「テレフォン!」


 もっかい繰り返す魔王と姫様。気に入ったのかよ。すげぇ気に入っちゃったのかよ。


「それじゃあテレフォンの開発を部下たちに命じておくよ! テレフォン!」

「……」


 テンションに付いていけなさすぎて、つらい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ