第1.3話 魔王は高みに昇るのか?
人は悪魔と聞いて、どのような姿を想像するのだろうか。
どの世界でも、典型的なのは牛のような角とコウモリのような翼が生えた容姿である。しかしそのような示威的な姿は契約者に過度な期待を抱かせ、悪魔への無茶な要求の増加へと繋がり、結果として契約の不履行に至る場合が多い。
そんなわけで多くの悪魔は信用を保ちつつ、契約者のサポート役であることを強調出来る姿を取る場合が多い。
言葉を話すカラスや不気味な化粧の道化師、聡明そうな少年、ブロンド美人、下っ腹の出たオッサン、筋肉モリモリマッチョマンの金髪、白くてつぶらな瞳のかわいらしい小動物、ピンク色のまんまるした謎の生物、カチューシャを付けた黒髪ロングストレートの14歳女子など、悪魔は各々好きな姿を取っている。
そして俺は、20代前半の黒髪男性の姿を取っているわけだが……
今日も今日とて、俺と魔王と姫様の3人がタタミの上でくつろいでいる。
3人とも読書に夢中な様子はまるで学校の部活動にも見えるが、年齢も髪の色も微妙に統一感が無いため奇妙な感じでもある。
これが100年続くかも知れねぇんだよなぁ……
「やっぱりさ」
姫様にひざまくらされながら本を読んでいた魔王が、急に切り出した。
「悪魔さんって悪魔に見えないよね」
うん、自分でもそう思う。
「それを言えばアンタも魔王には見えないだろ」
「そういえば悪魔さん」
急に話題を変えるな。空気読めない系男子か。それともわざとか。わざとなのか。どうなんだよオイ。
「また新しい魔法を覚えたわけですよ」
あ、そう。
「今回の魔法は面白いよー」
頼むから面白い魔法じゃなくて勇者を倒せる実戦的魔法を覚えてくれ。
「で……どんなのだ」
でもちょっと気になっちゃう俺。
「フッフッフ……」
ひざまくらから起き上がり、テーブルの上に本を置く魔王。
「見るがいい!」
俺はとりあえず顔を上げ、立ち上がった魔王を見る。姫様も本を膝の上に置き、魔王に視線を向けている。
「レビテエショ!」
魔法の名前らしいものを魔王は叫び、両腕を天井に向けて勢いよく伸ばした。
何が起こる!?
「……」
何も起きない!
「……で、効果は?」
「見てて」
そう言って魔王がジャンプする。すると、不思議なことが起きた。
落下速度が、まるでスローモーション映像のように遅い。
「この魔法は身体を宙に浮かせる魔法なんだ」
ああ、ダメージゾーンとか地面属性の攻撃とか避けるためのアレね。
「どう?」
得意げな魔王に、姫様が淑やかな拍手を送っている。心底魔王を敬っているのだとは思うが、腹黒キャラである可能性も量子レベルで存在する気がしてきた。
「連続して跳べば!」
浮いた状態でさらにジャンプを繰り返す魔王。その身体はどんどん上へと向かっていく。
「天井まで行ぐあああああっっっ!!!!!?」
そして、頭頂部を天井にぶつけた。
「うおおおおおおおお!!」
天井付近の空中で痛みに悶え転がる自称魔王。
「あ」
魔法の効果が切れ、タタミから少し離れた床に落下する阿呆。
「うぼぁぁぁぁっ!!!!」
全身を強く打って苦しむマヌケ。
「……」
俺はその様子を呆れて見つめるだけだったが、姫様は魔王にすぐ駆け寄り、おろおろとしだす。
「……はぁ」
果たして、魔王に宙を浮く呪文が必要なのか。そもそも他に覚えるべき呪文は無かったのか。
這いずってタタミの上に戻った魔王を見ながら、俺はバカに召喚された不運を呪わずにはいられなかった。