◇回想その二
投稿順でその二となっていますが、その一よりも時系列的には前の話です。
赤ちゃんの名前はもう決めてあるの、私とあの人の名前から一文字づつとって”和葉“っていうのよ。人と人の和を大切にできるような優しい子に、自分の葉を精一杯広げて、明るく元気に育ちますように。
「和葉、ごめんね育てあげられなくて…姉さん、お願いね」
葉月の細い指が、生まれたばかりの我が子を優しく撫でる。温かく柔らかいその存在に、これからこの子を置いて自分が去らなくてはいけないことを、心の底から惜しく思った。
「大丈夫よ、この子は私がきちんと育てるから。安心しなさい」
数週間前に生まれた自分の息子を抱いた叶絵は、最初で最後の我が子を愛おしげに撫でる妹を見て、こみ上げてくる感情を抑え努めて冷静にそう言った。自然と息子を抱く手に力が入ってしまったものの、大人しい息子は少しむずがっただけで、じっと葉月を見つめている。
「姉さんのところならきっと大丈夫ね。裕介くん、私の和葉を可愛がってあげてね」
和葉を撫でる指の動きが段々とぎこちなくなっていき、ゆっくりと、止まった。
「「ふぎゃああ!」」
葉月の心音を告げる音が止まった途端、大人しかった裕介と和葉が同時に泣き出した。あやしても止まらず、看護師が手を伸ばすと小さな身体を捩じらせて嫌がる。そこへ、葉月の訃報を聞きつけた叶絵の夫の瞬一と息子たちが駆けつけた。
「叶絵さん、遅れてすまない」
「…いいのよ、彰、裕介をお願いね」
「おー、裕介は今日はよく泣くなあ」
「…この子、葉月おばさんにそっくりだね」
葉月の逝去により慌ただしくなった葉月と瞬一の代わりに彰が裕介を抱き上げ、賢治が和葉の傍に行って小さな掌に自分の指を握らせた。すると二人はさっきまでの号泣が嘘のようにピタリと泣き止んで、真っ赤な頬にきらきらと涙を光らせたまま、泣き疲れたのか眠りについた。
「お兄ちゃんだって分かっているのかしらね?」
たった一人の妹を喪った喪失感に襲われながらも、子供たちの触れ合う姿を見た叶絵の顔にはわずかな安堵の表情が見て取れた。子供ながらに状況を察して、自分よりも幼くか弱い存在を守ろうとする息子たちの姿が、弱った彼女の心を奮い立たせてくれるような気がした。
「叶絵さん、あの子たちならきっと”妹“を可愛がってくれるよ。なんたって君の息子なんだから」
「そしてあなたの息子だから、ね?」
姉さん、私この子を産んだら死んでしまうって言われたの。でも産むって決めたのよ。あの人の子供だからじゃない、跡取りだからじゃない、私の愛しい子供だから産むの。この子の成長を見届けられないのは辛いけれど、私この子に一目でいいから会いたいの。姉さんに迷惑をかけてしまうだろうし、この子にも悲しい思いをさせてしまうかもしれない。でもね、きっとこの子は私の何倍も幸せになれるわ。確証はないけれど、そんな気がするのよ。