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◇非日常編その二

 未来の義妹いもうとなどと爆弾発言をかました女性の名前は高塚彩音こうづかあやね、中堅自動車メーカーの社長令嬢らしい。たまたま街を歩いていたら工事現場で落下事故が起きて、巻き込まれそうになったところを賢治が助け、彼女の代わりに怪我を負ったのだそうだ。彼女はその時の賢治がいかに格好良かったか、自分が負傷しているというのに彩音を気遣って優しくしてくれたことなどを、うっとりとした表情で語り、一人で悦に浸っていた。

 「だから私その時思ったの、私の運命の人はきっとこの人なんだわって!」

 「はあ…そうですか…」

 正直もう勘弁してほしい程に恋愛フィルターのかかった兄の姿や言動を聞かされまくった和葉は、段々と気分が悪くなってきた。彼女のまくしたてるような話し方についていけないのと、他の兄たちがなかなか来ないので元来人見知りの和葉には、この彼女に付き合うのは正直拷問だと言ってもいいい。

 「それで、結婚式はやっぱり六月にやるのがいいと思うの、ジューンブライドは乙女の憧れでしょう?」

 「結婚…」

 「場所はどこがいいかしら、賢治さんが海外がお好きだったらいいのだけど、お嫌いだったら国内でいい場所探さなきゃっ。」

 (この人の思考回路はどこまで広がっていくんだろう?今日出会ったばかりの相手との結婚までもうそ…想像するなんて。大体、賢治兄さんもこの人に一目惚れしたのならまだしも…)そこまで考えて、和葉はもしも兄もこの人に一目惚れしているのなら、自分は妹として彼らを応援する立場になるのか、と気づいた。二人が両想いなら自分が口を挟む必要はないし、むしろ祝福しなければいけない。そう思ったら、とても、とても嫌だった。

 「もちろん和葉ちゃんも式には出席してくれますよね?」

 「まあ…」

 嫌だとは思っても、今日会ったばかりの他人にいきなり強く言うのは気が引けて、思わず同意してしまった。彩音が何か言う度に感じていた胸の奥のもやもやとしたものがどんどん溜まっていくような気がする。その時ようやく彰、雅也、裕介の三人が病室にやってきて、彩音の姿を目にするなり三人とも口を揃えて、誰?と言い放った。

 「初めまして、賢治さんの未来の妻の高塚彩音と申します」

 綺麗なお辞儀をした彩音とその言動に三人とも困惑を極めたようで、揃って和葉に説明を求めるように見つめてきた。まあ、いきなり未来の妻ですとか言ってきたらそうなるよね、と三人に先程彼女に聞いたことをかいつまんで教えた。



 「それで、今日はそのまま付き添って下さったんですね」

 「ええ、私のためにこんな怪我を負ってしまわれたんですから、当然です」

 彰が淡々と彩音と話しているのを聞きながら、壁に掛けてあった賢治のスーツを丁寧に畳み、ビニールにしまっていると唐突に彰が、ではお帰り下さいと彩音に退室を促した。

 「どうしてです、せめて賢治さんが目を覚まされるまでいてはいけませんか?」

 「そろそろ面会時間も終わるころでしょうし、貴女の家の方も心配していらっしゃるでしょうから。」

 「…そうですね、分かりました。明日もまた来ますね、お義兄様にいさま

 寂しそうに目を伏せた後、にっこりと笑った彩音は眠ったままの賢治の手を撫で、軽やかな足取りで病室を出ていった。



 「俺、あの人怖い」

 ぶるり、と身体を震わせ、裕介は呟いた。雅也もひきつった笑顔で同意した。

 「なんだか、猪突猛進タイプって感じだね」

 「おれはアイツ嫌いだ」

 彰は嫌悪感も露わに吐き捨てた。人が好きで、悪口を言うことがほとんどない彰があからさまに他人を嫌うのを見た三人は、思わず口を噤んだ。何が彼の地雷を踏んだんだろうか、と。まあ彼女の言動は暴走しすぎではあるが、このくらいで怒る彰ではないのに。

 「とりあえず、賢にいの荷物しまうね」

 居心地が悪くなってきた和葉は努めて明るい声でそう言った。彼女が動き出すと、自然と裕介がまず手伝い始め、彰と雅也もそれに続いた。そうしてテレビカードを買うか否かで雅也と裕介が議論しだした頃、ようやく賢治が目を覚ました。

 「…腹減った」

 「開口一番それかよ賢兄さん」

 「俺は賢ちゃんらしくていいと思うよ!」

 目を覚ました賢治が眩しそうに目をしばたたかせて言うと、裕介が呆れたように言い、雅也は笑った。とりあえず無事目が覚めたことで和葉がほっとしていると、賢治はおもむろに和葉、と呼んだ。

 「何、賢にい?」

 「俺、和葉のオムライス食べたいなあ」

 期待の眼差しで見てくる賢治に、和葉はわざとらしくため息をついた。

 「退院したらね」

 「やった!」

 正直、先ほどの彩音のことを現時点でどう思っているのかとか、聞きたいことはあったけれど、明日の面会の時にまた話せばいいと和葉は言葉を飲み込んだ。

 「ところで和葉、顔洗ってきた方がいいぞ、ラメでキラキラ光ってる」

 「…最悪だ」


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