◇倉田家の日常風景その二
ここ最近、賢治は前にも増して和葉に甘くなったと裕介は感じていた。リビングのソファに座る和葉に甲斐甲斐しく紅茶を出したり、お茶請けの菓子を勧める賢治はもはや執事かと言いたくなるほどだ。そして同じくリビングにいる裕介や彰の分は、当然のように用意されない。もちろん和葉のことは家族みんな甘やかしているのだが、それにしても最近の賢治の構いようは異常だと思う。
学校の送り迎えは毎日、しかも仕事を抜け出してまでしているらしいし、スーパーに買い物に行くと言えば荷物持ちを買って出るし、(砂糖や米、醤油にみりんなどのストックができると和葉は喜んでいた。)夕飯の当番が和葉の時にはこれでもかと褒めちぎっていた。そして肝心の和葉がどこか満更でもなさそうなのが、余計に彼を増長させている。
ここは我が家の長に一発ガツンと言ってもらうか、と隣でメールを打っている彰に訴えた。
「あー、賢治ね…実は最近ちょっとな」
「ちょっとって何?」
なんでも長兄によれば今年、和葉の担任になった先生が彼女好みの渋いオジサマだったらしく、外見もさることながら中身もダンディーなんだとか。それに和葉の方から声をかけて、放課後しょっちゅう物理準備室で勉強を教えてもらっているらしい。和葉を溺愛している賢治にはそれが面白くないため、なんとか和葉からの評価を上げようとアピールしているとのことだ。
まあ、和葉と双子同然に育った裕介から言わせてもらうなら、その作戦はあまり意味はないと言える。和葉の賢治に対する評価はこれ以上上げようがないと思うし、担任のことを和葉はもう一人の父のように慕っているだけだ。和葉自身、気づいていないようだけれど。
「彰兄さん、気づいててほっといてるよね、教えてあげないんだ?」
「見ている分には面白いしな、普段は完璧な優等生の賢治が振り回されてるの」
ニヤリと笑った彰兄は、夕飯の時間には起こして、と言って自室に戻って行った。彰の言う完璧な優等生が妹にこき使われているのを見ながら、まあ教えてもいいけど、自分にとっても教えない方が(賢治が)面白くなりそうだしいいと思い、裕介は夕飯の準備のため、立ち上がる。
万が一、和葉が泣くようなことになれば別だが、彼女が幸せならそれでいい。そんな風に考えている裕介自身も相当和葉に甘いのだけれど。