表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/41

第一章 其の九

 「神隠し!?」、と康介は思わず反芻した。主に其れは、幼い子供がふつりと行方不明になることだ。しかし、何故其れが賞金稼ぎがいることと結び附くのか、康介は腑に落ちなかった。


 怪訝な顔をする康介に、エルシールが続けた。

 「私たち自警団も手を尽くしてはいるけれど、手掛かりらしい手掛かりを得ていないのが現状よ。だから、この事件を解決した者に市政は賞金を出すことにしたのよ。其の噂を聞きつけて、賞金稼ぎが集まってきたの」

 康介は、成る程と納得した。

 「其のことで、貴方たち二人に折り入って話があるの」

 エルシールが苦面を作った。其れは、康介が初めて見るエルシールの表情だった。

 「厚かましいお願いだと分かっているけれども、食事は此方で用意するから、暫く此処で子供達の相手をしてくれないかしら?」


 康介にはエルシール意図が判然としなかった。孤児院の皆は親切であり好感も持てたので、康介は此処で暫く厄介になることに異存はなかった。金銭的なことを考えれば、コロナも賛成するだろう。しかし、何故其のようなことを康介たちに頼むのかが分からなかった。

 真意を掴めない康介が困惑していると、「私も無理なことをお願いしていると思うけれども、何とかならないかしら」、とエルシールが重ねて云った。


 二階のエルシールの部屋からは窓越しに通りが見下ろせた。夜の息遣いさえ聞こえそうなほど静まり返ったリュックブルセルクの界隈を見ていると、此の街が『神隠し』と云う怪異に怯えているとは信じ難かった。願わくは、其のような忌み事とは無縁であって欲しいと康介は思った。きっと、自警団に所属しているエルシールも同じだろう。

 エルシールは口を閉ざしたまま、じっと窓の外を見つめていた。窓に映る彼女の横顔には、空虚な悲愴さが湛えられているように思われた。


 不意にエルシールは口を開いた。

 「貴方にはサーニャはどう見えた?」

 サーニャと云えば、カミーユより一回り小柄な少女で、先程この邸宅を一通り案内してくれた。コロナと同様に、赤髪の少女で、雀斑が良く似合っている。喋り方がやや勝気だが、さっぱりとした性格で康介は好感が持てた。


 サーニャが何故突然出てくるのか、此の問の真意も康介には判然とし得なかった。少なくても、外見ではなく内面的なことを訊いているのだろうと推した。

 「元気でとても親切に思いました」

 「貴方にはそう見えるのね」、とエルシールは深く溜息を吐き、そして呟く。

 「『神隠し』の初めての被害者は私の妹のターニャと云う子で、サーニャの双子の妹よ」

 「!?」

 一瞬、康介は告げられたことを理解できなかった。

 「ターニャは丁度コロナちゃんより二三歳年下で、彼女と同じく赤髪の女の子よ」

 メイがコロナを玄関先で初めて見たとき、「ターニャお姉ちゃん?」と無意識に云ったことに、康介は納得した。寝起きのメイは、コロナの薔薇色の髪を見てターニャと間違えたのだ。


 エルシールは淡々と続けた。

 「丁度一ヶ月前よ。あれは早朝から小降りの雨の日だった。カミーユたちの話では、ターニャは昼過ぎに市場に行くと云い残して家を出たあと、夕方になっても戻ってくることはなかった。心配したカミーユたちが、自警団の私のところまで知らせに来たのよ。勿論私たちは心当たりの或る所を探したわ。しかし、結局ターニャの行方は分からなかった。それからね、同様に子供たちが攫われる事件が発生するようになったのは」

 そう云うエルシールの顔には深い悲嘆が刻まれていた。

 「ターニャが帰ってこなかった日、カミーユたちは本当に心配していた。メイなんかは泣きじゃくっていたわ。確かに、最近は落ち着いてきている。だけど本当は皆、ターニャのことが気が気でならないけれども、顔に出していないだけなの。あの子たちはターニャが無事に帰ってくるように、神さまに祈っているのよ」


 康介は膝の上で拳をじっと握り締めていた。きっと如何なる慰めの言葉を掛けても、エルシールたちの心を癒すことは出来ないだろう。若し、彼女達の心を癒すことができるとすれば、其れは無事にターニャが帰ってくることだけだ。


 エルシールは独白を終えると、再びじっと窓の外を見た。康介には、エルシールが今どのような気持ちで窓の外を眺めているのか分からなかった。只ターニャと云う子が無事に帰ってきてくれることを願っているのか、姿が見えない犯人に憤りを感じているのか、それとも其のどちらともなのか。少なくても康介には、エルシールが自分の感情を押し殺しているように思われ、其の表情からは何も窺知できなかった。血の繋がりはなくても家族同然である妹のターニャが攫われたことに、彼女は心をひどく痛めている筈だ。それでも、自分の感情を顕にしないのは、エルシールは自警団隊長としてターニャと他の被害者達を等しく扱っているからなのだろう。だからこそ、身内が攫われても毅然とした態度で臨もうとしているのであろう。


 暫くの沈黙の後、エルシールは康介に云った。

 「だから、暫く貴方たちに子供たちの相手になって欲しいの。酒場で貴方たちを見て、私は確信したの。貴方たちは信頼できる人間だと。只遊び相手や話し相手になってくれれば、あの子たちも幾分か気分が紛れるでしょうから」

 エルシールは椅子から立ち上がると、深々と頭を垂れた。

 年上のエルシールに頭を下げられるとは思っていなかった康介は、突然のことに吃驚して椅子から腰を浮かせた。康介は、慌てふためくだけでどうしていいのか分からなかった。


 頭を下げ続けるエルシールを見て、康介の心の中には一つの気持ちが芽生えた。自分が役に立つのか正直判らない。ちっぽけな自分が何か出来ると思うなんて、きっとおこがましい考えだろう。それでも、エルシールの話を聞いているうちに、微力ながらでも彼女たちの助力になりたいという考えに至った。

 康介は二つ返事を返そうと思った。

 「分かりました。何ができると云うわけではないですが、話し相手ぐらいなら出来ると思います。でも、自分の一存だけでは決めかねます。コロナにも訊いてもらえないでしょうか?」

 エルシールの表情は、安堵に晴れ渡った。

 「有難う。そう云ってくれると、私も胸を撫で下ろせるわ。勿論コロンちゃんの方にもお願いするわ」


 そこに、「康介、お待たせー」、と扉が勢い良く開かれた。コロナが艶やかに濡れた髪を布で拭き絞りながら入ってきた。コロナはカミーユの服を貸して貰い着している。コロナの活動的なさっぱりとした服に比べ、カミーユの其れは袖の長い臙脂色で、スカートは足首まで隠れる丈の長い鳶色であり、着ているコロナがおしとやかな女性のように見えた。

 「あら、どうだった」、とエルシールが訊くと、コロナは、「好かったわよ。久しく湯に入っていなかったので、サッパリした」、と答えた。コロナは服を指差しながら、「でも、この服少し私には大きいかしら」、と云った。


 見れば確かに心なしか、カミーユの服は少々だぶついているように思われた。そう、胸元の辺りが特に……。触らぬ神に祟りなしと云う言葉を思い浮かべた康介は、服に関して抱いた感想をひっそりと自分の胸に仕舞い込むのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ